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第8章第36節

すみません、お待たせしました。第8章の第36節です。


 ノゾムがミカエルに魔力を注ぎ込んだことで、眩い光に包まれた森の一角。その光景を、ゾンネは遠く、空の上から眺めていた。

 人型のまま宙に浮き、万感の想いを込めた瞳で眼下を見下ろしている。


「始まったか……」


 そう言うと、彼はおもむろに膨大な源素を引き出し、シノの小屋の周りを自らの源素で覆い隠し始めた。続いて、魔法陣を幾重にも展開し、小屋全体を結界で包み込む。


「今、邪魔をされるわけにはいかんからな。少し、保険を掛けさせてもらうぞ」


 ゾンネが展開した結界は、結界の内と外の空間と時間を断絶する、龍族が使う者の中でも特に強力なもの。

 時空間を歪める結界は、結界の内側を異界に変え、外界からの干渉を完全に遮断する。


「後は、お嬢さん達の方か……」


 アルカザムの方を眺めながら、ゾンネは喉が詰まったかのような、重苦しい声を漏らす。

 アイリスディーナの申し出を断った彼だが、実の所、ウアジャルト家の存在は気にはなっていた。

 

「今このタイミングで、あの国の者がこの地に訪れた……。彼らも、今更ながら小僧が気になったという事か? それとも、他に理由が……」


 何かを思い返すように顎髭を撫でながら考え込んでいたゾンネだが、すぐに何かを振り払うように首を振る。改めて自分が展開した結界を見下ろしながら、吐き捨てるように大きく息を吐いた。


「今更、じゃな……」


 老龍は悲哀を帯びた瞳で、空を見上げる。

 どこか手に届かない、はるか遠くを見つめるような姿は、古の伝説の種族とは思えないほど小さく、弱々しいものだった。


「……誰じゃ」


 だが、重苦しい声と共に、悲しみに満ちていたゾンネの表情が、唐突に引き締められた。

 空を見上げていた彼が視線を横へと向けると、一匹の鳥が羽ばたきながら、ジッと老人を見つめている。

 闇夜をその身に落とし込んだような漆黒の翼と、血のように赤い瞳。特徴的なのは、普通のカラスと比べても大きな鉤爪と、先端が曲がった嘴。

 烏というよりも猛禽を彷彿とさせるその鳥を見た瞬間、ゾンネの瞳が、信じられないものを見たかのように見開かれる。


「久しぶりだね、白龍公。随分と感傷的になったじゃないか」

 

「お主、まさか……」


「だけど、老人はいい加減退場する頃だ。所詮君たちは、消えるべき定めの種族なのだから」


 次の瞬間、羽ばたく烏の羽から、おどろおどろしい色の霧が噴き出した。

 まるで数多の絵の具をゴチャ混ぜにしたかのような、混沌とした黒の霧が、ゾンネに向かって殺到する。


「むう!」


 迫りくる混沌の霧を前に、ゾンネは体から白く光り輝く源素を吹き出しながら、杖を構える。

 激突する混沌の霧と白光。膨大な量の源素がせめぎ合い、紫電が舞い、空間がギシギシと悲鳴を上げる。

 拮抗しているかに見える混沌の霧と白光。しかし、肝心のゾンネの額には、大粒の汗が噴き出していた。明らかに、余裕がない様子が見える。


「無駄だよ、白龍公。愚かな孫を止めるために魂を削った今の貴方では、抗えない。大人しく、虚無の闇の中に落ちるといい」


「一体、いつから……」


「灰は灰に、塵は塵に。役目を終えた者は、疾くに還るべきだ。地の奥深く、深淵の底へ……」


 烏の宣言と共に、混沌の奔流が一気に勢いを増す。白と黒の拮抗が崩れた。

 混沌の霧は渦を巻くようにしてゾンネを飲み込むと、一点に収束。まるで虚空に飲まれたかのように、消え去ってしまった。


「さて、これでさようなら……と言いたいけど、さすが白龍公。簡単には飲み込まれてはくれないか。とはいえ、俺も限界な上、白龍公の結界の所為で、目的のものには干渉できないんだけど……」


 紅眼の烏が、その姿を変える。

 人の頭ほどだった体躯が一気に肥大化し、羽ばたいていた翼が人の腕に、鋭い爪を足が人のそれに変わる。そして嘴をもつ顔が、蒼白で気味の悪い風貌へと変化した。

 そこにいたのは、開園祭でノゾムにジョン・スミスと名乗った男、屍烏だった。


「あ~あ。やっぱり、この姿になると昔の口調に戻っちゃうな~」


 凝った肩をほぐすように、思いっきり背を伸ばした屍烏は、改めて眼下にあるゾンネの結界を見下ろす。


「ふふふ、くく、くけけけ……。これで俺の役目は一応完了。メクリアちゃんの方は問題ないだろうし、確保はできるだろうね。今は覚醒を待つとしようか。さてさて、偶然生まれた異端の龍殺しは、どんな答えを出すのかな~~。ふ、ふふ……」


 端正な顔立ちに倒錯的な笑みを浮かべなら、空中で胡坐をかくと、屍烏の姿はそのまま闇夜に溶けるように消えていった。








 ノゾムがシノの小屋に行った翌朝。マルスは中央公園の前で、いつものメンバー達が登校してくるのを待っていた。

 学園の制服に身を包み、大剣を背負いながら立つ大柄な青年は、非常に目立つ。

 登校中の生徒達がチラチラとマルスの様子を盗み見ていくが、その視線は彼の右腕に向けられていた。

 まるで骨折を治療したかのように、三角巾で吊られている右腕。グルグル巻きにされた包帯が痛々しい。

 だが、肝心のマルスは向けられる視線など気にする様子もなく、ジッと誰かを待つように、大通りを見つめながら佇んでいる。

 やがて、彼の待ち人たちが登校してくる。ティマ、フェオ、そしてトムの三人。

 マルスと三人は互いに軽く挨拶を交わす。トムとフェオは元々同じ男子寮。ティマの方は、ここまでくる過程で合流したらしい。

 だが、トムとフェオの二人だけという状況に、マルスはいぶかしむ。男子寮には、もう一人、彼の親友が住んでいるはずだったからだ。


「なあ、ノゾムはどうしたんだ?」


「それが、昨日は寮に帰っとらんみたいなんよ。部屋をノックしても返事があらへんし」


 フェオの言葉にトムが頷く。マルスの脳裏に、何かが引っかかった。隣を見れば、ティマの様子もどこか影がある。

 普段は親友のアイリスディーナと一緒に登校する彼女だが、今日は一人。俯く顔の表情は暗く、シュンと気落ちしたように瞳を伏せている。


「ティマ、アイリスディーナの奴は?」


「会えなかったの。屋敷の方まで迎えに行ったんだけど、メーナさんが大事な時期になったから、アイも登校を控えさせるって……」


「……う~ん、妙やな」


 ティマの言葉に、フェオが疑問の声を上げた。


「どういう事だ、狐」


「妹を置いて姫さんが学園に登校していたのは、ノゾムを引き込むためや。でも、それを今になって止める理由が分からん。多分、フランシルト家の方でなんかあったんや」


 何かがあった。その言葉に、ティマが不安そうに俯く。親友と友人の安否を案じる彼女の様子に、マルスもまた表情を険しくしていた。


「フランシルト家の交渉は、何時頃始まるんだ?」


「明後日の昼からや。場所はフランシルト邸。確認したんやけど、アルカザムの議会が念のために周囲の区画を閉鎖する事を決めたようや。広さにして、行政区のおよそ四分の一。随分と警戒しとるようや」


 行政区はその名の通り、アルカザムの頭脳と呼べる区域。それを一時とはいえ四分の一も閉鎖するあたりが、ヴィトーラ、ひいては皇国に対する学園の警戒心を示していた。


「街の様子はそれほど変わらんけど、裏では学園も議会も既にてんやわんやの状態のはずや」


「まあ、相手は吸血鬼。しかも、この大陸で特級の力を持つ国家だからね。偏見もまだ色濃く残っているし、今ヴィトーラ姫が滞在している行政区の屋敷も、周囲は閉鎖されているみたいなんだ」


 フェオに続いて、トムが説明を続ける。

 アルカザム建設と、それに伴うあらゆる分野の研究が進展したおかげで、吸血鬼についても新事実が明らかになっている。

 その一つが、吸血鬼に対する誤った認識。その最たるものが、吸血鬼は意図的に人間を化け物に変えていないという事実。

 そもそも、生きていく上で絶対に血を必要とする種族が、血を吸う度に相手を化け物に変えてしまっていては、種族の維持が出来なくなる。


「じゃあ、どうして人を化け物に変えるなんて話になったんだ?」


「その辺は、ちょっと事情が複雑なんだ。まあ原因は、吸血鬼が人を吸血鬼、もしくは化け物に変えるって話が主なんだけど、その辺に色々とあってね。ええっと……」


 自分もグローアウルム機関に行って、資料を調べてみた。トムはそう言うと、自分のカバンの中から紙の束を取り出すと、ティマとマルスに差し出した。

 二人は差し出された紙の束を受け取ると、さっと内容に目を通していく。

 おそらくトムとフェオが自分の手で写し書きしたと思われるそれには、彼が調べた吸血鬼に関する最新の研究内容が記されていた。


「吸血鬼が人を同族に変えるとき、吸血鬼は血を吸っていない。むしろ、己の血を相手に流し込むんだ。そして流し込まれた血が、人を吸血鬼へと変える」


「……なんだって?」


「問題はここから。血を注がれたからといって、吸血鬼になれるとは限らない。むしろ、ほとんどの人間が吸血鬼にはなれず、力尽きるまで無差別に誰かを襲う存在になってしまった」


「食屍鬼……」


 食屍鬼。別名、グールとも呼ばれる化け物。殺した相手を同じ食屍鬼へと変え、無尽蔵に増殖していくアンデットだ。

 このグールという存在、非常に厄介で、不完全でも吸血鬼の能力を受け継いでいるのか、四肢が欠損した程度では止まることがない。

 完全に殺すには頭を潰すか、心臓を破壊する、全身を炎で焼き尽くす、もしくは、日光に当てるしかない。しかし、吸血鬼として強化された肉体が、簡単に破壊できるはずもなく、身体能力に優れた相手に日の出まで耐えるのは難しい。

 おまけにグールは、ランクにしてBランクの力を持っている。

 Bランクともなれば、一般人では太刀打ちできない。そして増殖した個体も、同じくランクの脅威度となる。

 一般兵士のランクがD、熟練兵士の実力がCランクとなれば、その脅威は予想しやすい。

 そんな化け物が街中という、脆弱な一般市民が密集している場所に解き放たれれば、後に待っているのは地獄絵図だ。


「なるほど、そのグールってやつが、吸血鬼の悪評の元凶ってことか。だが、そのグールは吸血鬼にとっても害だろ? 自分達の害になると思っていたのなら、なんで吸血鬼は自分の生み出したグールを殺さなかった?」


 マルスの疑問ももっともだった。グールが暴れれば、その非難は必然的に吸血鬼に向く。そして実際、大陸中の各国は血眼になって、吸血鬼を排除していった。

 結果、吸血鬼の数は激減。極寒の極地にある小さな国の、一領域にしか住めなくなっていった。血を吸うだけなら、吸血鬼にも吸われる側の人間にも何の影響もない。それだけなら、ここまで過剰な迫害を、吸血鬼は受けなかっただろう。

 マルスの疑問に、トムの他にフェオも加わって説明が続けられる。


「各地の吸血鬼伝説を探っていくと、奇妙な点がいくつも出てきたんだ。それは、グールたちが殲滅されても、元凶となった吸血鬼が逃げなかったパターンが多かったんだ」


「血に酔って暴れる吸血鬼もいるにはいたんや。そやけど、そんな吸血鬼が出た時には、原因の吸血鬼が討伐されるだけで、グールは出現しなかった」


「おまけに、グールの親の吸血鬼が自害している場合も多い。これはつまり、吸血鬼にとって自分がグールにした……してしまった相手は、自分の半身ともいえる存在だった可能性があるってこと」


「つまり、情が沸いたってことか……」


「それも、自身の死を厭わないほどの情がね。そしてこれが、これまでの吸血鬼の見方を変える根源になったってわけさ」


 吸血鬼に対する恐怖心は、血に酔った個体による惨劇と、血を分けるほど人に情を傾けた吸血鬼による悲劇が混同された結果だった。

 トムとフェオは一通り説明を終えると、大きく背伸びをする。

 よく見れば、トムとフェオの目の周りには、濃い隈がある。おそらくこの件を調べるために、徹夜をしていたのだろう。


「しかし、よくそこまで調べたな、二人とも」


「図書館の資料も古いってわかったから、グローアウルム機関に直談判して見せてもらったんだ。元々公表している内容だし、直ぐに資料は見せてもらえたよ」


「もっとも、持ち出しは不可だったから、ワイら自身で書き写すしかなかったんやけどな」


 自分達が調べた死霊の説明を終えたとトムは、包帯の巻かれたマルスの右腕に目を向ける。


「それでマルス君、腕の方はどう?」


「まあ、悪くないな。もう痛みも引いている」


「でも、定着するにはもう少し時間がかかるから、まだ安静にしていてよね」


「ああ、分かってる。大人しくできる間は、大人しくしてるさ」


 パンパンと左手で包帯の巻かれた右腕を叩くマルスに、トムも苦笑を浮かべる。

 一方、そんな二人の様子が気になったのは、フェオだった。

 元々好奇心が強いことも相まって、意味深な二人の様子が気になり始める。


「ん? マルス、お前さんトムに一体何を頼んだんや?」


「まあ、ちょっとした実験さ。上手く行けば御の字といったところだが……」


「ふ~~ん……」


 元々細い糸目を見開きながら、鋭い視線を向けるフェオに、マルスもまた口元を吊り上げ、思わせぶりな笑みで答える。

 一方、トムは中央公園から市民街へ向かう通りを見つめていた。その道は先ほどトム達が歩いてきた道であるが、同時に女子寮にも続いている道である。


「ところで、ミムル達も遅いね。どうしたんだろう……」


 トムが気にしていたのは、自身の恋人がまだ来ていないこと。

 割とトムに対してはいつも真っ先に会いに来る彼女が遅いのが、気にかかっていた。

 だが彼がそんな台詞を口にしてから時を置かずに、通りの先から、件の亜人の少女が姿を現した。

 姿を見せたミムルに、トムが手を上げる。


「あっ、来たよ……あれ?」


 だがそこで、彼の眉がハの字に変わった。

 俯きながら歩いてくるミムルの表情が暗い。冬が間近に迫っているとはいえ、あまりにも暗い。まるで、さっき話していた食屍鬼のような空気を纏っている。


「ミ、ミムル、一体どうしたの!? シーナは?」


「シーナは今日、休むみたい……」


「休むって、え? なにがあったの!?」


 あまりにも変わり果てた恋人の姿に、トムが大慌てで駆け寄る。

 ミムルの肩を掴んで正面から覗きこもうとするが、肝心の彼女は恋人に顔を見られたくないのか、一層顔を俯かせてしまう。

 その時、陰鬱と戸惑いに満ちた空気とは真逆の、陽気な声が響いた。


「やっほ~! おはよう」


「リサさん、それにカミラさん」


「おはよう、何だか暗いわね。どうしたのよ?」


 やってきたのは、リサとカミラだった。

 紅の髪を揺らしながら手を振ってくるリサの声に、俯いていたはずのミムルがグン! と顔を上げた。

 目を見開き、鬼気迫る様子で振り返るミムルの様子に、トムは思わず目を見開く。

 一方、睨み付けてくるミムルと、彼女の隣にいつもいるエルフの少女がいない事を確かめたリサは、一瞬眉をしかめると、挑発するような笑みを浮かべた。


「ふ~ん、シーナさんは休み、かな? 具合でも悪くなった?」


「いったい、誰のせいだと……」


 言葉尻を上げた挑発的な言葉。わざとらしさを隠そうとしないリサの台詞に、トム達の困惑はさらに深まる。いったい、この二人の間に何があったのだろうかと。

 それは、リサの隣にいるカミラも同じだった。


「あ、あれ? なに、この空気……」


 突然緊迫した空気を醸し出し始めたリサとミムルの様子に戸惑い、キョロキョロと二人の間で視線を揺らしている。

 トム達の戸惑いの視線を感じながら、リサは顔に浮かべていた挑発的な笑みを引っ込めると、疲れたように肩を竦める。


「そんなに睨まなくても……。仕方ないでしょ。私にだって譲りたくないものはあるし、なんだか知らないけど、変に悩んでウジウジしているから……」


 敵意を引っ込めたリサと違い、彼女を睨み付けるミムルの視線は緩まない。

 むしろ、奥歯を噛み締め、鋭い犬歯をむき出しにしながら、いっそう鋭い敵意をリサにぶつけている。


「ま、いいけどね。それよりトム君、またお願いがあるんだけど、あの術式、もう一回剣に施してもらえないかな?」


「ま、また? でもこの前付呪したばっかりじゃなかった?」


「それが、もう壊れちゃって……ね、お願い!」


「まあ、いいけど……むぎゅ!?」


 ミムルに何を言っても聞かないと察したリサは、今度は唐突にトムに視線を向けると、以前爆散させた剣の付呪を再び依頼しはじめた。

 ズイッと身を乗り出し、顔の前で手を合わせて頭を下げるリサに、トムが思わず了承しようとすると、背後からミムルがトムを抱き上げる。


「トムに近づかないで」


 大きな瞳を敵意と警戒心で満たしながら睨み付けてくるミムルに、リサは頭痛を覚えたのか、こめかみに指を当てると、困ったように口元をへの字に曲げた。


「あのねぇ……私が好きな人はノゾムなの。確かにトム君は凄い人だと思うけど、恋愛対象にはならないから。それに、譲れないのは確かだけど、別にシーナさんにも敵意はないのよ。しっかりしてくれないと困るだけで……」


「ちょ、ちょっとミムル、どうしたのって……わあああ!」


 リサの言い分も、トムの質問にも答えることなく、ミムルは恋人を抱えたまま、中央公園の林の中に駆け込んでいった。

 木々の隙間から聞こえるトムの悲鳴が、あっという間に遠くなっていく。


「ありゃ~、ちょっとやりすぎたかな……」


 マルスを含めたリサ以外の全員が呆然としている中、リサは手で額を抑えて天を仰ぐ。


「ね、ねえ、どうかしたの? シーナさんとミムルさんの間に一体何が……」


「うん? ああ、実は私、ノゾムにもう一回告白したの」


「……え?」


「はい!?」


「ほっほう~~!」


 リサは嬉々として、先日のノゾムとのデート(強制)について語り始める。

 その様子を、マルスとティマ、カミラの三人はポカーンとした表情を浮かべ、フェオは興味深そうに口元を吊り上げながら眺めていた。

 鍛冶屋で偶然出会ったことから彼と一緒に街に繰り出し(引っぱりまわし)、スイーツをおごってもらい(紹介料をふんだくり)、そのまま体を密着させて告白した。

 嬉しそうに語る言葉の裏に、妙なナレーションが入ったような気がしたマルスとティマだが、とりあえず首を振って聞こえてきた空耳を吹き飛ばす。


「そしたら、その現場をシーナさんとミムルさんの二人に見られちゃって……」


「いや、いや、告白ってお前……」


「仕方ないじゃん。アイリスディーナさんもシーナさんもなんか遠慮しているし、ノゾムはノゾムで悩んでいるみたいだったから、これは三人の間に割り込むチャンスだ~~って思っちゃうよ」


 まあ、見事にまた振られちゃったけどね、と付け加え、ぺろりと舌を出しながらリサは肩を竦める。

 アッケラカンな様子で言い切ったリサの様子に、マルス達は言葉を失う。

 立ち直ってからは明るさを取り戻し、これが本来のリサ・ハウンズなのかとも思っていたが、想像以上に行動力がある女性だったと、ようやく認識したのだ。

 一方、フェオはミムルのリサに対する敵意に首を傾げていた。いくらリサが割り込もうとしたからといっても、彼女は恋愛に関してはどちらかというとシーナに発破をかける方だと思っていたからだ。


「告白……だけにしては妙にミムルの奴、敵意丸出しやったな。他にもなんかやったんやないか~~」


「うん。その後に近くの宿でノゾムと既成事実を~~とかも考えて、ノゾムにキスしていい雰囲気のまま連れ込もうとしたんだけど……」


「き、既成事実~~~!?」


 リサの爆弾発言に、ティマが悲鳴を上げた。隣のマルスも口をあんぐりと開けて、完全に呆けている。

 一方、フェオだけは得心がいったというように頷いていた。


「実行しようとしたところで、見ているシーナ達に気づいたってところかいな?」


「うん。さすがにシーナさんに見られながらノゾムを宿に連れ込むのはちょっと……」


 見られなかったらそのまま連れ込んでいたのかい、と頭の中でツッコミながら、フェオはチラリと先程悲鳴を上げた少女の姿を覗き見る。

 そこには、二人の情事を妄想して茹蛸のように顔を真っ赤にしたティマがいた。


「みみみ、見られ、ながら!? はわ、はわ、はわわわわ……きゅう」


「お、おい! しっかりしろ!」


 隣にいたマルスが、倒れ込んだティマの体を慌てて支える。


「その後にシーナさんに責められて逆に言い返したら、なんか彼女落ち込んじゃって……。どうもシーナさんもシーナさんで何かあるみたいなんだよね~」


「何かって、なんだ?」


 気絶したティマを支えるマルスが疑問の声を上げるが、リサも詳しい事情はよく分かっていないのか、肩を竦めるだけだった。


「まあ、シーナの方はええわ。ミムルに聞けばわかるやろ。それで、ノゾムの奴になんて言ったんや?」


「うん? どういうこと?」


「ノゾムの奴、昨日は寮にも帰っていないみたいなんや。話の流れから察するに、そのデート中に紅髪姫はノゾムになんかやったんやろ? それが原因だと思うんやけどな~~」


「ああ、うん。ちょっと考えすぎているみたいだったから、頭の中空っぽにしてみたらって助言してみたんだけど……」


「空っぽ……かいな。という事は、後はノゾムがどうやって頭をからっぽにしているかが問題やけど」


「まあ、アイツなら刀の鍛練だろうな。という事は、必然的に森に行っているはずだ。助言どおりに森で刀を振りまくっているはずさ。場所も多分、あそこだろ」


 考え込み始めたフェオの横から、マルスが答える。

 ノゾムと一年近く付き合いがある彼である。ノゾムの行き先が、倒壊した師の小屋であることは容易に想像がついた。

 マルスの言葉に、フェオが「なるほどな~」と軽い言葉を漏らしながら頷く。


「脳筋やな~」


「アイツの原点みたいなもんだからな。まあ、シーナやアイリスディーナの事も気になるが……」


 ノゾムの行動に苦笑を浮かべていたマルスの表情が、引き締められる。


「深刻そうな顔やな」


「ああ、この状況、嫌な予感しかしないだろ?」


「まあ、そうやな。なんか、陰で不審火がくすぶっているような感覚や」


 開園祭以降、胸の奥から湧き上がっていた不安感。ここ一年ばかりですっかり染みついた騒動への予感が、マルスやフェオの頭には浮かんでいた。


「一応、トムやミムルにも話をしてみるか。まあ、連れ去られたアイツが少し心配ではあるが……」


 そんなこんなで話を一旦終え、マルスが気絶したティマを起こそうとした時、林の中に消えていったトムとミムルが帰って来た。


「あ、帰ってきたみたいだ……ぜ」


「グズグズ、ヒックヒック……」


 涙を流し、えづきながらトムに手を引かれて戻ってきたミムルの姿に、マルスは思わず言葉を失う。

 普段から明るく、暴走馬車のように活発なミムルの泣きじゃくる姿に、マルスだけでなくフェオやリサ達も思わず目を見開いていた。


「皆、聞いてほしいことがあるんだ」


 ミムルの手を引いていたトムが、苦々しい表情で口を開く。

 その重苦しい口調に、マルスとフェオは自分達が抱いていた不安感が、一気に膨れ合っていくのを感じた。


「なるほど、思っていた以上に深刻みたいだな。こりゃあ、今日は学園を休むしかないみたいだな」


 取りあえず気絶したティマを起こし、事情を把握するため、一行は学園への道とは反対方向へと歩き始めた。








 話は少しさかのぼり、トムがミムルに連れ去られた直後のこと。彼は、恋人の腕の中にガッチリとホールドされながらも、恋人の突然の行動に驚いていた。


「ちょ、ちょっと、ちょっと、ミムル、止まって!」


 中央公園の林を駆けるミムルに揺さぶられながらも、トムはなんとか恋人に止まるよう声をかけるが、肝心のミムルが止まる様子は全くない。

 明らかにおかしい。普段の彼女ではない。

 ガサガサとかき分ける草が頬に当たる痛みに眉を顰めながらも、トムはミムルに声を掛け続ける。


「一体どうしたの! いきなりこんなことするなんて……ぐえ!」


 その時、唐突にミムルが立ち止まった。慣性で腹が締め付けられ、トムの口から思わず苦悶の声が漏れた。肺の空気が一気に押し出され、トムはゴホゴホと咳き込む。

 その時、立ち止まっていたミムルが、ストンと力が抜けたように地面に腰を落とした。

 つられてトムの体も地面に降ろされ、二人はちょうど、トムがミムルに背中から抱き着かれたような形になる。


「……ミムル」


「…………」


 ミムルの腕に込められていた力が、いっそう強くなる。

 ギュッと、痛みすら覚えるほど抱擁の中でトムが感じるのは、彼女の焦燥。背中から首を撫でる荒い息と共に、体を強張らせるミムルの様子が、震えと共に伝わってきていた。

 泣いている。

 言葉にならない嗚咽を背中で感じながら、トムは恋人を慰めるようにそっと右手を返して、背中に縋り付いてくるミムルの頭を撫でる。


「大丈夫、大丈夫……」


 しばらくの間、ゆっくりと撫で続けていると、ミムルの体の強張りも、少しずつ解けてくる。

 トムは自分の体を抱きしめていたミムルの腕の力が緩んだのを確かめると、ゆっくりと振り返り、彼女と向き合う。

 普段は闊達として元気いっぱいの彼女は、そのクリクリッとした瞳に涙を一杯に溜めていた。


「トム、私、私……どうすれば、いいのかな?」


「何があったの?」


 堰を切ったように流れ出る涙をぬぐいながら、トムはミムルの話に耳を傾ける。


「シーナがいなくなった」


 ポツポツと語り始めたミムルの話に、トムは眉をひそめた。





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