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第2章第5節

 マルスがノゾムを連れてきた場所は、街の外周部。既に太陽は高く昇り、徐々に暖かくなっていく陽の光が春の陽気を町中に振り撒いていた。

 アルカザムは街の周囲の森に生息している魔獣等の侵入を防ぐため城壁で囲まれている。

 また、城壁は街までの間にかなり距離を空けて建てられている。これはいざ大規模な侵攻を受けた時に、大規模な部隊の展開を可能とし、またその部隊を維持するための物資の保管場所ともなるためだ。

 また、街からの距離も離れているため、人に見られる可能性も森の中ほどではないがかなり低い。

 そこでノゾムとマルスは互いに向かい合っていた。






 マルスは背中に背負った大剣を抜き放つと、いきなりこちらに切り掛かってきた。


「くっ!」


 ノゾムは刀を抜刀しながらマルスの大剣の側面を撃ち、同時に相手の側面に回り込むようにして回避する。


「ちょっ、いきなりどういうことだよ!」


 マルスの体には気が満ち、軽く流すどころではなく明らかに戦闘態勢である。ノゾムは訳が分からず、マルスに問いかける。森での事や自分の事について問い詰められるとは思っていても、まさかいきなり剣を突きつけられるとは思わなかった。



「別に、ただこちらの質問に答えてもらうだけだ」


「じゃあなんで剣を向けるんだよ!」



 マルスはノゾムの問いかけには答えず、斬りかかってくる。ノゾムはやむを得ず迎撃する。2人の奏でる剣戟の音が木霊した。


 マルスが強化された身体能力を使い、大剣使いとは思えない連撃を放ってきた。

 剣の軌道は袈裟切り、横薙ぎ、逆袈裟切りの3連撃で、剣の動きに遅滞はなく、また威力も十分にあり、マルスの大剣使いとしての力量がかなりのレベルであることを伺わせる。

 大剣等の重量のある武器での連撃はかなりの高等技術である。生半可な身体能力では大剣の重量に振りまわされ、流れるような連撃など到底放てない。

 しかしマルスは威力の十分乗った斬撃を十分な速度で放ってきた。


 ノゾムは初めの袈裟切りは体を横に向けてかわし、横薙ぎをしゃがむことで避ける。

 最後の逆袈裟切りはマルスの刃筋に対して刀を斜めに掲げながら、斜め前に一歩踏み込む、自身が受ける力のベクトルを斜めから横方向に変え、そのまま踏み込んだ方向に体を移動しながらマルスの側面に移動する。


 ノゾムは移動する勢いを利用してマルスを切りつけるが、マルスも読んでいたのか、刀の軌道に大剣が割り込み、甲高い音とともに防がれてしまうれてしまう。


 ノゾムは防がれたことは気にせず、そのまま連撃を放つ。間合いはマルスの大剣の間合いのやや内側、ノゾムの刀がギリギリ届くくらい。

 ノゾムの連撃はマルス以上に無駄がなく、速度と力は足りないが、隙がないためマルスは迂闊に攻めに転じることができなかった。

 攻めに回れないマルスは、仕方なく大剣を器用に使ってノゾムの連撃を捌く。



 大剣を両手で持っていたため、両手が塞がっていたマルスは自身の体に気を高めて解き放つ。技名はなく、ただ気を放出させただけだが、豊富な気を持つマルスの気の放出はノゾムの連撃を僅かではあるが遅らせる。


 その隙にマルスは片手に気を集中させてノゾムを殴り飛ばす。

 優れた身体能力を持ち、なおかつ気で強化されたマルスの拳は、魔獣の一撃に匹敵する。能力抑圧の影響下にあり、気術の強化の恩恵もあまり受けられないノゾムには無視できない一撃だ。

 ノゾムは鞘でマルスの拳を受け止め。後方に飛ぶことで力を受け流す。


 ノゾムが着地する瞬間、マルスが追撃してきた。瞬脚で間合いを詰めると気術“塵風刃”を発動。大剣に纏わりついた風の刃を大剣ごとノゾムに叩きつけようとするが、ノゾムは着地の瞬間にマルスと同じく瞬脚を発動。気を足に集中させて脚力を限界まで強化し、一気にマルスに向けて吶喊した。


「なっ!!」


 マルスはまさか真正面から突っ込んでくるとは思わなかった。



 それも当然だろう。ノゾムは今まで攻撃するにしても、まず受け流し、その上で攻撃していた。

 ノゾムは模擬戦でも自分から攻めることほとんどしていない。

 能力抑圧の影響で攻めるために必要な瞬発力に制限がかかっていたためだ。




 マルスが振り下ろし大剣は勢いがつきすぎていた為、マルスは他の行動を起こすことができない。

 ノゾムの速度は頭上に迫る大剣の剣速を上回り、マルスの間合いを侵食する。ノゾムの予想外の動きがマルスの剣筋を僅かに鈍らせたことが原因だ。


 マルスの大剣が自身に届く前に、ノゾムは彼の大剣の内側に侵入。振り下ろすマルスの腕に肘打ちを打ち込む。


「グッ!」


 ガントレットに守られていない部分を攻撃された為、マルスの表情が歪む。

 マルスは片手を大剣から放し、気を集中させると、彼の拳に風の塊が発生する。

 マルスはその風の塊をノゾムの至近距離で解放する。


 気術“風塊掌”


 一塊にした風を一気に解放し、相手を吹き飛ばす風属性の気術。

また、塊にした風で打撃力を上げる等、応用も効く気術でもある。

 解放された風はノゾムを吹き飛ばし、再び間合いを大きく開けたため、仕切り直しとなった。

 互いに間合いの外で睨みあい、自分の間合いと相手の間合いを測り合う。しかし、お互い踏み込まないまま、時間だけが過ぎて行った。






 マルスは改めてノゾムの持つ技量に感嘆していた。


(なるほどな……やっぱり純粋な剣の技量ではあいつのほうが上か……)


 力では圧倒的に俺のほうが上なのに攻めきれない。最初の斬撃の次に速度重視の連撃を放ったが、すべて避けられるか、受け流された。下手に力で押し切ろうとすれば即座にカウンターを放たれた。


 俺の剣はあいつを追い詰めるが、仕留めることはできなかった。

 

 知りたい。あいつがここまで強くなれた理由が、そうすれば俺はもっと強くなれる。


 もっと、もっと、さらに強く………………。


 その為に、こいつを知らなくてはいけない。信じられないほど強くなったこの男の事を…………。







 互いに剣を向け、相手から目を逸らさず、臨戦態勢のままだったが、マルスは「ふう」と息を吐くと練り上げていた気を霧散させて、剣を納めた。


「悪かったな。いきなり斬りかかって」


 ノゾムはあれだけやる気満々だったマルスが剣を納めたことに疑問を持ちながらも、とりあえず自分も刀を納める。




「……お前に聞きたいことがある。…………いつから森に入るようになったんだ」


 マルスは真っ直ぐにノゾムを見つめる。言い逃れはさせないとその眼が雄弁に語っていた。



 正直な話、ノゾムは龍殺しとばれたらどうするか具体的な考えはなかった。正確には知られては不味いとは思っていたが、この力をどうしたいのか、如何するべきなのかといった事は思いつかなかったのだ。

 逃げ続けていた自分を自覚し、このままではいけないと思っていたが、“リサの夢を手伝う”という目的を失い、この学園にいる理由を無くしたノゾムには自分が如何したいのかという具体的な考えはなかった。

 この“強くなる目的”の喪失も“無自覚な逃避”と同じくシノが懸念していたことであり、無自覚な逃避を自覚した今、ノゾムが未だに前へ進めない最大の要因でもあった。

 だからこそノゾムは、“困っている人を見つけたら助ける”と言ったアイリスディーナや“姉に追いつきたい”と言ったソミアの様に、目標にむかって前に歩んでいく人たちに強い憧れに似た感情を感じていたのだ。

 




「そうだな……森に入るようになったのは1年の夏から秋にかけてだったよ。…………まあ、あの時は……リサの事とか……いろいろあったから……」



 マルスの追及にノゾムはとりあえず当たり障りのないことを話すことにした。よく考えれば昨日自分をつけてきた気配は森に入ると無くなっていたことから、ノゾムは直接龍殺しの力を見たわけではないと考えたのだ。



「…………呆れた。お前、そんな時から一人で森に入っていたのか?」



 頷くノゾムにマルスは呆れ、天を仰いだ。学生では危険だからと学園も条件を満たさなければ森に入れないようにしているし、生徒達もそんな事はしない。たまに無茶をして警告を無視する生徒もいるが、そんな生徒のほとんどは重傷を負ってベットの世話になるか、最悪そのまま魔獣の餌になり、いなくなるかのどちらかだった。

 所詮学生は未熟者。いくら能力や戦闘能力が高くても、的確な判断ができなくては生き残れない。その事実は毎年幾人かの無謀な生徒たちの犠牲によって学生達に周知されていた。


「だが納得いった。お前のあの異様なまでの的確な動きと判断力は森の中で培ったんだな。」


 確かにマルスの言うことには正しい。シノに師事してからしばらくは森の中を只管走らされ、当然魔獣にも襲われた。

 襲ってきた魔獣はどれも低ランクに分類される魔獣だったが、当時のノゾムは身体能力こそあまり変わらないものの、刀術、気術、戦術、判断力、どれもが未熟であり、いくら低ランクとはいえ勝てる要素はなかった。


 だからこそ、如何に逃げ切るかが重要だった。

 川に入って臭いを消し、体に葉っぱをつけて擬態し、木に登ってやり過ごす。

 ノゾムの戦場における判断力は、その時生きるために様々なことを考え、判断し、実行していくうちに自然と身に付いていったものだ。

 一昨日の集団模擬戦の時の動きもそうだ。囲まれないように常に動きながら1対1を繰り返し行う。

 これはワイルド・ドッグなどの群れで狩りをする魔獣と戦う内に身に付いたものだ。


 そしてシノとも模擬戦。

 桁外れの力量を持っていたシノとの戦いは、少しでも行動が遅ければ即座に気絶させられたし、判断を間違っても沈められた。

 そんな環境にいたのだ。嫌でも判断力はつくだろう。





「それで、マルスはなんで俺を呼び出したんだ。まさかそんなことを聞くためにいきなり斬りかかってきたのか。おい」


 ノゾムはジロリとマルスを睨みつける。当然だろう、ノゾムには一切非はない。いきなり呼び出され、いきなり斬りかかられたのだ。当然の反応といえよう。


「うっ、まあ、その……なんだ」


 さすがに非常識な事をしたという自覚はあるのだろう。マルスの口調がしどろもどろとなる。


「???」


 急にどもり始めたマルスにノゾムは訳が分からず首を捻る。

 しかし、言いよどむマルスの雰囲気を見る限り、とても自分が龍殺しということを知っているようには見えず、単純にいきなり斬りかかったことに対して気まずさを感じているだけのようだ。

 ノゾムが森に入ったことなどはズバッと聞いてきたところを見ると、この男が剣や強さに関わることで、言いよどむとは思えなかった。

 ノゾムはとりあえず自身が龍殺しであることは知られていないようなので、少し安堵した。

 




「つ、つまり俺が言いたいのは「あーーーーーーーーーーー! お兄ちゃん何しているの!!」げ、あいつ!」


 突然鳴り響いた大声がマルスの言葉を遮る。声の方を見るとマルスとよく似た顔立ちの少女がこちらに駆け寄ってきた。少女の顔には怒りの表情が張り付いていて、視線はマルスの方に向いている。どうやらこの少女はマルスの妹のようだ。


「お兄ちゃん!! こんな人気のない所に人を呼び出して何しようとしてたの!!!!」


「な、何もしてねえよ! というかなんでお前がここにいるんだよ!!」


「お兄ちゃんが朝からこ~~んなしかめっ面で出かけて行ったから、碌なことにならないと思って後を付けてきたのよ。そうしたら案の定こんなところでカツアゲなんかしようとしているし…………。」


 少女が自分の眉を指で吊り上げながら言うと、マルスは心外だといわんばかりに反論した。


「ちげーよ! なんで俺がカツアゲすることになってんだ!!」


「今までお兄ちゃんがしてきたことを考えれば当然の結論よ!今までどれだけ私やおばさんがお兄ちゃんに迷惑を掛けられた人達に頭を下げてきたと思ってるの!!」


「うっ!」


 確かにマルスは周囲の人達に手の付けられない不良と認識されている。本来なら上位のクラスに入っていてもおかしくない実力があるのに、いまだに10階級であることが彼の日ごろの素行が如何に悪いかを示している。

 しかし、マルスは妹には弱いのか、先程から逆に責められっぱなしである。

 多少反論してもすぐさま正論で封殺され、自分の素行が悪いことはマルス自身も分かっていて家族に迷惑をかけていることは自覚していたのか、やがてその反論もできなくなり、妹による一方的な言葉攻めが展開された。


「お兄ちゃんが暴れたせいでお気に入りのお店が出入り禁止になった!」「お兄ちゃんのせいで近所の同い年の子からボス扱いされた!」「お兄ちゃんのせいで一昼夜近所の人たちに謝り歩いた!」等々、出るわ出るわ、よくもここまでやったなと思えるほどだった。

 当のマルスは話が出るたびに「ぐっ!」とか「むう!」とか呻き、何か槍みたいなものがグサグサ刺さっているようだった。


 やがてそれはマルスの恥ずかしい昔話へとシフト。

「最後のおねしょは自分より遅かった。」とか「馬に乗ってみたいと言って、馬車の馬に飛び乗ったら馬が驚いて大暴走。近所の男達総出の大捕り物になった。」とか。

 


 過去の自分の恥を暴露されたせいか、ついには耐え切れなくなり両手を地面についてうなだれるマルス。自業自得とはいえ、見ていて哀れである。

 マルスを散々嬲っていた少女だが、マルスが撃沈したのを確認するとノゾムの前にやってきた。


「すみません。愚兄がご迷惑をおかけしました」


「あ、いや、別にいいんだけど…………お兄さん大丈夫なの?」


「はい。こうでもしないと兄は反省しません。それにこの人のせいで随分大変な目に合ってきました。このぐらいは当然の報いです」


「そ、そう…………」


 心を抉られまくったマルスがさすがに哀れに思え、ノゾムはどうにか少女をなだめようとするが、少女は一刀両断に切って捨てた。


 いきなり斬りかかってきたマルスに怒りを覚えていたノゾムだが、いくら不良でも実の兄をバッサリ斬って捨てた少女にドン引きしてしまっていた。


「あ、自己紹介が遅れました。私、そこで死んでる愚兄の妹でエナといいます」


「あ、どうも。マルスの同級生のノゾム・バウンティスです」


 マルスと違い、きちんと礼儀正しく挨拶をする少女。兄のせいで随分苦労させられたせいなのか、随分としっかりした少女である


「今日は愚兄がご迷惑をおかけしました。ぜひお詫びがしたいので、よろしければ家のお店に来ていただけませんか?うちは酒場付きの宿屋をやっているので昼食くらいはごちそうできますよ」


 詫びがしたいと言ってくる少女。ノゾムは別に詫びについてはいらないといったのだが、エナが「ご迷惑をおかけした以上、きちんとしないといけない。」とかなり強くよく言ってきた。無理に断るのも悪いと思い、ノゾムは御呼ばれに与ることにしたのだが…………。


「まあいいけど、マルスはどうするの」


「あ、そうでした。お兄ちゃんいい加減邪魔だから早く歩いて!」


 エナはマルスに蹴りを入れる。マルスは「何すんだ!」と怒るが、睨みつける妹の眼光に意気消沈してトボトボと俺たちの後に付いてきた。


ちょっと更新するのに時間がかかりました。また思ったより長くなりそうだったので2分割して投稿します。


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[気になる点] 取り巻き達と、どこそこの女は最高だったみたいなやりとりしてたクズ男が突然まともな奴みたいになられても…。
[気になる点] いいヤツ面してるマルスがひたすら気持ち悪い
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