第8章第24節
開園祭の翌日。
ソルミナティ学園の授業は休みとなり、ノゾムは一人、職人区を訪れていた。
目的は、アイリスディーナに贈るための鈴を作ること。
以前にソミアに贈った鈴は、ノゾムの師であるシノの小屋の窯を代用したのだが、生憎とその窯は以前に機殻竜との戦いで小屋ごと完全に壊れてしまっていた。
そのため、ノゾムはこうして炉を貸してくれそうな店を探していたのだが……。
「あ? 炉を使わせろ? ふざけんじゃねえ!」
「まず 金床拭きを三年やってから考えてやる」
このように門前払いを食らっていた。
仕方ない話である。職人とは自分の仕事に妥協はしないゆえに、往々にして頑固である。
特に、アルカザムにいる職人たちは総じて腕がいい。
自分たちの腕に自信があり、拘りを持つゆえに、炉を使わせてほしいというノゾムの提案など受け入れられるはずはなかった。
十三件目の鍛冶屋を追い出されたノゾムは、再び職人区の大通りに戻り、次の店を探し始める。
大通りを歩いていると、あちこちから金槌を叩く音や、織機を動かす音が聞こえてくる。
中には弟子を叱咤する親方の声も聞こえており、ノゾムはその罵声に、自らの師を思い出し、口元を緩ませた。
とはいえ、このままのんびりしているわけにもいかない。幸い、材料はなんとか揃えたので、なんとしても炉を貸してくれる場所を探さなければならない。
「アイリス、大丈夫なんだろうか……」
開園祭のパーティーの場で突如接触してきたウアジャルト家の当主。ヴィトーラは、ノゾムに対して明らかな興味を向けてきた。
さらに、そのウアジャルト家に対して、距離を詰め始めているフランシルト家。
かつて、騒動の種となった密約について知っているだけに、ノゾムの胸中に不安が募る。
「メーナさんに話を聞いてみようか……」
そんな考えをつい口にしてしまうノゾムだが、同時にそれが無理だと分かり、首を振って頭に浮かんだ考えを振り払った。
ノゾムは今、フランシルト家に近づかないように、ジハードから言い含められている。
ノゾムとアイリスディーナの関係、そして、ノゾム自身が抱えるティアマットの問題が原因だ。
ジハードが最も警戒しているシナリオは、ウアジャルト家がノゾムに手を出した結果、暴走し、ティアマットが復活してアルカザムが崩壊するというものだ。
ノゾム自身、過去に暴走した経験が二回もあるだけに、ジハードの懸念を理解できてしまう。
今は白龍の監視者であるゾンネとティアマットの力を制御するための鍛練を繰り返しているが、二十秒前後しか力を開放できる時間を延ばせていない。
そして、ノゾムが力になりたいと思った人の周囲は、既に不穏な緊迫感に満ち始めている。
周囲の事態の変化に対し、自身の成長の鈍足さが、ノゾムの焦燥を駆り立てていた。
「今は、約束を果たすことを考えよう……」
良くない思考に陥りかけた意識を振り払い、ノゾムは、アイリスディーナに約束した鈴を作る事に集中しようと、大きく深呼吸をした。
デザインも、既に頭の中にはあった。
材料の一つは少し珍しいものではあるが、決して手に入らないものではなく、既に入手して腰のポーチの中に入れてある。
後は、肝心の材料を溶かすための炉を探すだけ。
問題は、鍛冶に関して素人のノゾムに炉を貸してくれるような奇特な鍛冶屋がいるかどうかである。
ノゾムが改めて探索しようと辺りを見回した時、どこか気の抜ける間延びした声が、ノゾムの耳に届いてきた。
「ノゾムく~ん!」
「アンリ先生?」
声が聞こえた方向に目を向けると、キリッとした仕立てのいい服に身を包んだアンリがいた。
身だしなみをキチンと整えているところを見ると、どうやらまだ仕事中らしい。
だが、彼女の仕事場は学園である。普通であれば、学園から外に出ることはないはずだった。
「どうしたんですか? こんな所で」
「お仕事だよ~。開園祭で使った道具の返却とか~」
「……なるほど」
アンリの話では、生徒がレンタルした衣装や、テーブル、皿などの調度品等は、それらを多数所有している商店から有料で借り受けたものが多いらしい。
開園祭ぐらいの大規模なパーティーというのはそうそうないので、学園としても、購入するより借りたほうが安上がりで済むからだそうだ。
とはいえ、使われた調度品はどれも価値がそれなりに高いものなので、紛失や盗難を防ぐためにも、こうして学園の正規職員であるアンリが、返却に立ち会っていたということだった。
「ノゾム君はどうしてここに~?」
「ええっと、実は……」
アイリスディーナに頼まれた鈴を作るために、使えそうな炉のある店を探していたが、どこも門前払いだったことをアンリに告げると、彼女は納得したというように頷いた。
「なるほど~。それじゃあ、肝心の炉とかはまだ見つからないのね~」
「はい、どうしたらいいでしょうか?」
ノゾムの質問に、アンリは“う~ん……”と、首を傾げ、頬に手を当てて考え始めた。
清廉な淑女を思わせる美貌と、どこか幼さを感じさせる仕草に当てられたのか、通りを行きかう人々がチラチラと横目でアンリの姿を覗き見ていく。
相変わらず無自覚にあちこちの男性を魅了する人だなと、ノゾムが考えていると、アンリは何か思いついたのか、“パン”と、その豊かな胸の前で両手を叩いた。
「それじゃあ、先生がどうにかしてあげましょうか?」
「いいんですか?」
「ええ、まかせて~」
場所がどこだろうと、炉が使えるならノゾムとしてはありがたい話だった。
ノゾムは“よろしくお願いします”と、アンリに頭を下げる。
「その代わり、手伝ってほしいことがあるのよ~」
「荷運びですか?」
炉を使える場所を紹介する代わりに、アンリはノゾムに何か頼み事があるらしい。
アンリが開園祭の借用品を返却していた事を考え、ノゾムはその借用品を運ぶ手伝いをしてほしいのかと考えたが、アンリはノゾムの言葉に首を振って否定した。
「ううん。借用品の返却は終わったから、違うわよ~。とりあえず、一緒に来て~」
無造作にノゾムの手を取り、アンリは歩き始める。
妙齢の美人と会話をしていたノゾムに対し、周りの男達からの視線が殺意に染まった。
“最近、殺気とか敵意とか向けられることが多いなぁ……”
慣れたくない状況に慣れ始めている自分の境遇に苦笑を浮かべつつ、ノゾムはアンリの手に引かれるまま、職人区を後にした。
アンリがノゾムを連れてきたのは、ソルミナティ学園に隣接している校舎だった。
ソルミナティ学園と比べると規模はかなり小さいが、それでも校舎自体はそれなりに大きく、二棟の三階建ての校舎が、南北に並ぶ形で建てられている。
その建物は、ソミアが通っているソルミナティ学園の付属学校であった。
「ここは、エクロスですか?」
エクロス。
アイリスディーナの妹であるソミアが通うソルミナティ学園の付属学校。
大陸中から集められた才能ある子供に、幼い頃から英才教育を施すための学校だ。
当然ながら、ノゾムはこの校舎に足を踏み入れた経験はない。
エクロスの正門には、昼夜を問わず門番がついており、学園の周囲も探知系の魔法陣を施した高い壁に囲まれている。
エクロスに入れる門は正門しかなく、その正門を通れるのも、生徒の他はソルミナティ学園やエクロスの教師、運営に関わる関係者等のみだ。
「そうよ~。ここで教えている先生が~、ぜひノゾム君に来てほしいって言ってたからね~」
そう言いながら、アンリはノゾムの手を引いて、エクロス校舎の正門を堂々と通過していく。
ソルミナティ学園の教師であるアンリがエクロスの正門を通れるのは当たり前だが、正門を通る際に門番に対して軽い調子で手を振り、門番も苦笑を浮かべて手を振り返しているあたり、彼女はかなり高い頻度でこのエクロスを訪れている様子だった。
一方、ノゾムとしては、アンリに手を握られたままと言う状況が、どうにも気になって仕方がない。
「あの、アンリ先生、手を……」
「んん? なあに~~?」
「……いえ、何でもないです」
年上の美人な先生に手を繋がれたままというのは、ノゾムとしては気恥ずかしいことであったが、離そうにもアンリの力が思ったより強かった。
手を離してくださいと言おうにも、アンリの満面の笑みの前に、言い出しづらい。
しかし、ノゾムとアンリの姿はエクロス内では目立ち過ぎた。
しかもアンリは、エクロス内でも知り合いが多いのか、時折すれ違う職員や教師たちから気軽に声を掛けられていた。
そして同時に、挨拶していた人達の視線は、アンリと手を繋いでいるノゾムに向かうのだが、なぜか微笑ましいものを見るような目つきになるあたりが、ノゾムの羞恥心をさらに掻き立てる。
街中で歩いていた時のような男たちの敵意とは違うが、ノゾムとしては、恥ずかしさはこちらのほうが何倍も大きかった。
「アンリ先生、どうして俺なんです? 理由が分からないんですけど」
「まあまあ、いいから~」
羞恥心を紛らわそうとしたノゾムの質問をはぐらかしながら、アンリは歩き続ける。
アンリが案内したのは、エクロス校舎に隣接している屋外の訓練場。
大きさはソルミナティ学園の訓練場と比べても少し狭い。
しかし、訓練場の周囲には、簡易ではあるが、武技園に設けられていたような魔法障壁を生む術式が施されており、学園内の訓練場と比べても立派なものだった。
その訓練場の端に、十歳くらいの少年少女が三十人ほど整列して座っていた。
子供達の前には、彼女達の担任と思われる獣人の女性と、ノゾムもよく見知っている男女が立っている。
「……あれ? マルスにティマさん?」
「あっ……」
「おっ?」
ノゾムの姿に気付いたマルスとティマが、驚きの表情を浮かべる。
「なんでノゾムがここにいるんだ?」
「そういうマルス達こそ、どうしてエクロスに?」
「俺はティマの付き添いだ。アイツがエクロスに知り合いがいるらしくてな……」
「私、学園に来る前は少しの間だけだけど、エクロスにいたの。その縁で、魔法の扱いについての講義の手伝いをしているの」
ティマの話では、彼女はソルミナティ学園に入学する前の数か月間、特別措置でエクロスに在籍していた事があるらしい。
彼女は元々持ち前の高い魔力を見出されてアルカザムに来た経緯があるが、当初はその魔力を碌に制御できなかったため、このエクロスで、魔力制御の基本を学んでいたそうだ。
「ノゾム君はどうしてここに?」
「アンリ先生に頼まれて来てくれって言われたから……」
ノゾムが、アンリに視線を移すと、自分をこの場所に連れてきた元凶はエクロスの教師と思われる兎耳族の女性と話をしていた。
兎耳族の女性の歳は三十から四十歳前後。
整ったというよりは目立たない顔立ちと、焦げ茶色の体毛に包まれた兎を思わせる耳が特徴的な、大人しそうな女性だった。
兎耳族は獣人族であるが、割と脳筋気質が多い獣人の中で、珍しく頭脳労働に長けている種族である。
種族的にも臆病で、争いは徹底的に苦手な気質を持ち、戦いを前にするとすぐに逃げ出してしまう。
しかし、その臆病さゆえに大侵攻ではいち早く避難した結果、かなりの数の兎耳族が無事に逃げ延びることができていた
「ええっと……ごめんなさい。私はヴェリ。ソルミナティ学園の卒業生で、エクロスで教師をしています。
早速ですが、私の授業に協力していただけませんか?」
ヴェリの口調は大人しそうな見た目に違わず、年下かつ生徒でしかないノゾムに対しても謙るようなものだった。
目上の、しかも学園の教師となれるような優秀な女性にかしこまられることに、ノゾムもまた距離を測りかねていた。
「あの、アンリ先生とはどのような……」
「彼女は私の後輩なんです」
「つまり、アンリ先生の先輩……ですか?」
「え、ええ……」
ヴェリの話では、彼女はソルミナティ学園の一期生で、スィマヒャ連合から学園に入学したらしい。
アンリと比べて数年しか入学時期が変わらないのに、妙に二人の間に歳の差があることがノゾムは気になったが、話によると、彼女が学園に入学したのは二十代後半の頃らしい。
なんでも、大陸中から人材や技術が集まるこの都市の存在に、好奇心が抑えられなかったとの事。
その為、以前勤めていたスィマヒャ連合の研究職を放り出して、このアルカザムに来たらしい。
大人しそうな外見のわり行動力が飛びぬけている。
外見や表面上の性格はともかく、この女性もアンリの知り合いだけあるらしい。
「ヴェリ先輩は、エクロスに来た時のティマさんに魔法を教えていて、今はソミアちゃんのクラスの担任なんですよ~~」
「……え? 本当なんですか!?」
「は、はい。もっとも、ティマさんに教えたのは、魔力制御の基本くらいです。このクラスにしても、本当に将来有望な子たちばかりで、私なんかが担当してもいいのかと思えるんですが……」
照れながら謙遜しているヴェリだが、アンリの話では、持ち前の知的好奇心から、数多の学問に対し、幅広い知識を持っているらしい。
当然ながら基礎学問も盤石で、多岐に渡る知識を買われ、このエクロスで将来を嘱望される子供達に知識を提供しているそうだ。
「あの、ソミアちゃんは、今日は……」
「お休みしています。体調不良という話を聞いていますが……」
ノゾムは、チラリとヴェリのクラスの生徒を覗き見るが、彼女の言う通り、その中にソミアの姿はなかった。
少し言い淀むようなヴェリの様子に、ノゾムは内心抱いていた不安が、大きくなっていくのを感じた。
ウアジァルト家とフランシルト家の会合は、このアルカザムで今一番ホットな話題だ。
非公式とはいえ、その話の一端に関わっているかもしれないノゾムとしては、その渦中にいるアイリスディーナとソミアの事が、どうしても頭から離れない。
アイリスディーナに送るつもりの鈴。その材料を入れたポーチに、ノゾムは自然と手を添えていた。
「それで、お願いしたいことなんですけど……」
フランシルト家に向いていたノゾムの意識が、ヴェリの言葉で引き戻される。
ノゾムがこの場に来たのは、アンリに来るよう頼まれたからだ。
見返りとして、アイリスディーナの鈴を作ることに協力してくれるようなので、ノゾムとしては断る理由はない。
「あ、はい。協力っていいますけど、俺に実際何を……」
「ノゾムさんは、東方のミカグラ流の達人でいらっしゃいますよね。今回の授業で、その実演をしていただきたいのです」
「実演、ですか?」
「はい。東方の刀術は、私達には馴染みのないものですが、子供達の見聞と見識を広げるという意味でも、その技術を子供たちの前で見せていただきたいのです」
幼子の吸収力というのは目を見張るものがある。
この頃に吸収した知識や習慣、癖が、その子の未来に直結すると言って間違いない。
だからこそ、ヴェリは子供達の為に、より多くの経験と知識を感じ取り、広い視野を持って欲しいと思ったのだろう。
「まあ、見せるだけなら……」
「よかった! それじゃあ始めましょうか!」
嬉しそうに笑みを浮かべたヴェリが、くるりと教え子たちに振り返る。
そこでようやく、ノゾムは子供たちを向き合う。
突然の参加者に向けられる三十対の瞳に、ノゾムはこそばゆい感覚を覚えていた。
「皆さん。今日は皆さんの授業に参加して、皆さんにとても珍しい技術を見せてくれる方が一緒です。
皆さんの先輩。ソルミナティ学園3学年の、ノゾム・バウンティスさんです」
「ど、どうも」
「皆さん。ご挨拶して~」
「「よろしくお願いしま~す」」
「ノゾムさんは、東方でも由所正しい、ミカグラ流刀術の達人です。その実力は、皆さんも知っていますね~?」
エクロスの生徒達は、以前にノゾムが武技園でジハードと行った模擬戦を観戦している。
その為、確かめるようなヴェリの問い掛けにも、元気な声で返事をしていた。
「今日の授業ではまず、ノゾムさんと一緒にこのミカグラ流刀術について、勉強します。いいですね~」
「「は~い」」
「それでは、ノゾムさんお願いします」
「……え、見せるだけじゃないんですか!?」
いきなり前に立たされて講義をしろと言われ、ノゾムは思わず確かめるような声を上げてしまう。
教えることが決して得意ではないノゾムとしては、少し困った展開ではある。
「実演する前に、簡単でいいので、ミカグラ流の紹介をお願いします。大丈夫です、簡潔な説明でかまいませんから」
ヴェリの話では、簡潔な紹介だけでいいとの事。
その言葉を聞き、ノゾムは気持ちを入れ替える。
「ええっと。俺……じゃない。私の使うミカグラ流は、元は東方の神事から派生した刀術です。
狭く、丘陵な東方の土地において、人、魔獣に関わらず相手取り、そして生き残ることを目的に研鑽されてきた経緯があります」
まずは、ミカグラ流刀術についてのさわりから、ノゾムは語り始める。
研鑽とか、ちょっと難しい言葉を使ってしまったかな? とノゾムは不安になったが、子供たちは特に理解できていない様子はない。
幼くても、エクロスに入学しているだけあって、この子供達もまた、将来有望な神童達だった。
「使う武器は、鍛造によって鍛えられた刀と呼ばれる武具。緩やかな曲線と製作過程で刀身に現れる、波を打つような波紋が特徴的な、斬る事、突く事に特化した武器です」
ノゾムは腰に差した“無銘”を抜き、刀の柄と峰を支えるように両手で持って、子供たちに見せる。
刀を前にした子供達。特に男子たちは相当に興味があるのか、一斉に目を輝かせた。
「ミカグラ流は、基本的に盾を用いません。強大な魔獣が相手であれば、中途半端な防御は意味がありません。
使われる技も一点突破や内部破壊など、殺傷力が強く、生命力が人と比べて桁外れに高い魔獣相手でも、致命傷を与えられる技が大多数を占めます」
キラキラとした子供たちの視線に、妙に関心を持たれていることに首を傾げながらも、ノゾムは話を進めていく。
「一方、防御においては大陸の剣士が使うものと比べて脆弱で、受け流しや回避などに重きを置いているものが多く、さらに多彩な技が存在するため、使い手の能力と力量に非常に左右される流派と言えます」
ここで一回ノゾムは話を切り、マルスに視線を向ける。
「マルス、頼めるか?」
「いいぜ」
ノゾムとマルスは子供達から少し離れると、互いに向き合い、自分たちの得物を構える。
そしていつもの鍛錬でやっているように、刃をぶつけ始めた。
「ふっ!」
「ぜい!」
マルスの大剣が唸りを上げて、ノゾムに振り下ろされる。
ノゾムは迫る刃の側面に刀を打ち付けながらその軌道を逸らし、返す刀でマルスの胴を薙ぐ。
マルスもまた素早く大剣を引き寄せながら迎撃する。
袈裟切り、逆薙ぎ、切り上げ、突きと、二本の刃が縦横無尽に交差する。
「ふわ……」
膂力と迫力で圧倒的に勝るマルスの大剣に、一歩も引かずに楽々と打ち合うノゾムの姿に、その様子を見ていた子供達から感嘆の息が漏れた。
大陸の剛を旨とした剣術と、東方の柔を極めた刀術。
目の前で繰り広げられる、二種類の異なる剣術の競演に、子供たちの目は釘付けになっていた。
やがて、得物を打ち合っていた二人は示し合わせたように同時に踏み込み、刃を一閃。
互いに交差するように立ち位置を入れ替えると、ゆっくりと得物を収めた。
「ええっと、こんな所でしょうか?」
「はい、ありがとうございました。今日は三年生のノゾム・バウンティスさんに、東方の刀術の実演をしていただきました」
「「ありがとうございました!」」
「ノゾムさん、ありがとうございました。ぜひ良ければ、アンリ先生と一緒に授業を見学していってください」
「わかりました。それじゃあ、少し見学させていただきます」
ノゾムはヴェリに一礼して下がる。
そして、ノゾムと入れ替わるように、ティマがヴェリの隣に立つ。
ノゾムは、少し離れた場所からマルスと一緒に、エクロスの授業を眺めることにした。




