第8章第22節
ヴィトーラ・ルタラーク・ダット・ウアジャルト。
ディザート皇国に名を連ねる大家、ウアジャルト家の現当主。
彼女の傍らには、かつてノゾムやアイリスディーナと相対したルガトの姿もある。
北方の極寒の地に引きこもり、今まで表舞台に出てこなかったディザート皇国。
その国の重鎮が、突然アルカザムを訪問した。
ようやくその事実を飲み込んだのか、他国の要人達が喧々諤々と騒ぎ始める。
一方、ノゾムとアイリスディーナは、絶句して硬直している。
特にノゾムは、ウアジャルト家とフランシルト家の騒動はもう収まったものだと思っていただけに、その驚きも大きかった。
「パーティーへの急な参加、すまないな。まあ、私のことは気にする必要はない。私もお前達は気にならないからな」
周囲の要人達に向かって、謝辞なのか挑発なのかわからないセリフを言いながら、ヴィトーラは足を進める。
彼女が見つめる先にいるのは、今しがた踊っていた平民の剣士。
コツ、コツと大理石の床に響くヴィトーラの足音が、ノゾムの耳には嫌に大きく響いていた。
「お前か、ルガトを倒した人間は。確か……ノゾム・バウンティス、だったか?」
「……ええ」
ノゾムの存在を確かめた瞬間、無表情だったヴィトーラの口元が楽しそうに吊り上がった。
ヴィトーラの口元から覗く吸血鬼特有の鋭い犬歯が、ノゾムの警戒心をさらに掻き立てる。
ノゾムはアイリスディーナの手を引き、自分の後ろに彼女を隠そうとする。
あの密約事件で標的になっていたのは、フランシルト家直系の寵児。
ならば、ソミアの代わりにアイリスディーナが標的になっていてもおかしくない。
だが、アイリスディーナは、自分を下がらせようとするノゾムの手をそっと押さえて身を離すと、ヴィトーラに向き合った。
「ウアジャルト家の当主様、この度はどのようなご用件でしょうか?」
「ん? おまえは誰だ?」
再び無表情に戻ったヴィトーラの瞳が、アイリスディーナを横目で見つめる。
「フランシルト家の次期当主、アイリスディーナ・フランシルトでございます」
「ああ、お前があの家の。そうか、お前がそうだったのか」
無表情のまま、今しがた気付いたというヴィトーラの言葉に、ノゾムの頭に疑問符が浮かんだ。
もしも、過去の密約についての着地点に不満があり、抗議、ないしは報復に来たというのなら、アイリスディーナの顔も知らないというのも不自然だ。
“もしかして、目的はアイリス達じゃない? なら、この当主はいったい、何をするためにアルカザムに来たんだ?”
脳裏に浮かんだ疑問に思考を巡らせながらも、ノゾムはチラリと後ろに控えるルガトに目を移す。
吸血鬼の老執事は、ノゾムの視線に気づくと、恭しく頭を下げた。
十の魔法を同時に操り、長命種がもつ膨大な経験と異能を武器にソミアの魂を持ち去ろうとした執事。
アイリスディーナやマルス、ティマの四人がかりでも圧倒され、ノゾムがティアマットの力を引き出してようやく下した相手。
この老執事も含めて、ウアジァルト家当主が直接アルカザムを訪れた、という事を考えればそこにフランシルト家が関わっていないはずがない。
「なに、この都市には用事があったから来た。そして、このパーティーにも、少し興味が湧いたから立ち寄っただけだ」
一方、渦中の当主様は、アイリスディーナの質問に淡々と答えている。
その声色には全くと言っていいほど感情が乗っていない。
パーティーに興味があったと言ってはいるが、その言葉に真意がないのは丸わかりだった。
「ご主人様、先方がお見えになりました」
「ああ、来たのか」
「ヴィトーラ殿、お待たせして申し訳ない」
割り込むように声を掛けてきたのは、ヴィクトルだった。
後ろにメーナを控えさせた彼は、ヴィトーラと向き合いながら、穏やかな表情で一礼する。
「気にする必要はない。私も今来た」
穏やかな表情でヴィトーラと向き合う父親に対して、アイリスディーナが、疑念に満ちた声を掛ける。
「お父様、どういう事でしょうか?」
「ディザード皇国の重鎮をこのパーティーに招待したのは私だ。この機会に、皇国の方々とも言葉を交わせる機会があれば、と考えてな」
ヴィトーラを招いたのが自分の父と知り、アイリスディーナの瞳が驚愕の色に染まる。
アイリスディーナはヴィクトルの背後に控えるメーナに問い詰めるような視線を送るが、メーナは表情を崩さない。
再びアイリスディーナはヴィクトルに視線を向けるが、彼にとってこの流れは既定路線なのか、特に気にした様子もない。
「まあ、そういう事だ。これから仲良くするかもしれんのだ。相手の顔を知っておく必要はあるだろう?」
ヴィクトルの主張に乗る形で口を開いたヴィトーラは、アイリスディーナに対して淡々とした言葉を返す。
「では、ご案内いたしましょう。どうぞこちらへ……。アイリスディーナ、私は少し忙しくなる。こちらは気にせず、パーティーを楽しみなさい」
「……いえ、お父様、私もご一緒します。ノゾム、すまない。ダンスはここまでだ」
「俺も行こう」
「いや、それには及ばないよ」
ノゾムの言葉を、アイリスディーナはやんわりと固辞すると、チラリと周囲にいるパーティー参加者たちを一瞥した。
アイリスディーナの目配せに、ノゾムもまた彼女の言いたいことを理解した。
今現在、この迎賓施設には各国の要人達が多数集まっている。
先のフランシルト邸でのような騒ぎを起こせば、間違いなくこの場にいる他の客人たちを巻き込む。
いくらウアジャルト家といえども、そのような大事をこの場で起こすことは考えにくい。
「ノゾムはここにいてくれ。父様と彼女が何を考えているのか分からないが、今注目を集めているノゾムも一緒に行くとなると、さらに変な勘繰りをしてくる輩がいるかもしれない」
心配ないと語るアイリスディーナだが、ノゾムはその言葉に頷けなかった。
今は冷徹な無表情を浮かべているヴィトーラだが、ノゾムには明らかに感情の籠った笑みを向けており、それが彼の頭に引っかかっていた。
何より、ノゾムはソミアの魂を持ち去ろうとした家の当主の近くに、アイリスディーナがいることが何より不安だった。
「だが、あの家の関係者とアイリスを一緒には……」
「大丈夫だ。少し案内をするのについていくだけだよ。それに……」
アイリスディーナが再び視線を会場の一角に向ける。
そこには巨剣“顎落とし”を背負い、こちらに向かって歩いてくるジハードの姿があった。
「お話の最中、失礼する」
「……ほう、これは中々。お主、名は何という?」
「ジハード・ラウンデル。この会場の警備担当をしております。お見知りおきを、死鬼姫殿」
再び喜色を宿した瞳で見つめてくるヴィトーラに、ジハードが一礼する。
「私もご一緒しましょう。この都市に初めて来ていただいたお客人だ。この学園の代表として、案内しなければ無礼というもの」
「ジハード殿、それには及びませんよ。ですが、お気遣い感謝しております」
案内の同行を買って出るジハードと、遠慮するような言葉を掛けるヴィクトル。
しかし、双方の言葉にはどこか、示し合わせたような節がある。
事前にヴィクトルから話を聞いていたのだろうか。
だが、二人の真意がどうであれ、ジハードがこの場に来たのは明らかな牽制であることは明らかだった。
愛用のミスリルの鎧と巨剣を背負うジハードは、声色こそ穏やかなれど、すぐさま戦闘が可能な状態だからだ。
「ふむ、わらわを相当警戒しておるようだな。安心しろ、有象無象の相手に一々力を振るうなど、つまらぬことはせん」
「…………」
一方、警戒されているヴィトーラは“なんという事はない”というような軽い調子で、近くにあったテーブルに置かれたチーズを頬張っている。
いくらジハードといえど、相手は天災にも例えられるほどの存在だ。
吸血鬼の姫から見れば、ジハードですら脅威足りえない。
それを如実に表している光景であり、同時にそんな事実を理解しているのか、ジハードの口元も固く引き締められている。
「それに、我が領地としても、そろそろ外に目を向けてもよい頃だろう。そういう事で、急ではあるが、フランシルト家の紹介で今回の催しに参加させてもらったのだ」
警戒してくるジハードにくるりと背を向け、まったく気にした様子を見せず、リラックスしているヴィトーラ。
彼女が述べたフランシルト家の紹介という言葉に、周囲の視線が一斉にヴィクトルに向けられる。
数多の視線には驚愕や猜疑の色が混じっているが、ヴィクトルもまた笑みを浮かべ、表情を崩したりする様子はない。
ヴィクトルが変わらぬ態度でヴィトーラをもてなす一方、苦虫を噛み潰したように表情を歪めているのはアイリスディーナだった。
その様子からも、彼女がヴィクトルからは何も聞かされていないのは明らかだった。
しかし、彼女は今この場で父親を問い詰めることはできない。周りには同じような要人たちが数多くいるからだ。
アイリスディーナはとりあえず、傍で自分を庇うように立つノゾムに声をかける。
「ノゾム、君は早くパーティーに戻って……」
ノゾムは今、大事な時期である。
アイリスディーナ自身、何が起きているかを完全に理解はしていないが、今の自分の傍に、ノゾムを置いておくことは良くない気がしていた。
幸い、周囲の視線はヴィトーラに向いている。
アイリスディーナはこの間に、ノゾムに離れるように言おうとするが……。
「そうだ、せっかくだから、そこの生徒にも来てもらおうじゃないか。この学園の生徒とも、ぜひ話をしてみたい」
アイリスディーナが声をかける前に、ヴィトーラに先を越された。
明らかな好奇を乗せたヴィトーラの言葉に、周囲の視線がノゾムに向けられた。
ノゾムもまた、引く様子がないのか、ヴィトーラの視線を正面から受け止めている。
「……ええ、いいですよ」
「そうか、では、行こう」
この瞬間、ノゾムがあの死鬼姫にすら注目されているという事実が周知されてしまった。
これで、ノゾムが隠れることは不可能だろう。
ノゾムの陰で、アイリスディーナは表情を歪めながら、唇を噛み締めた。
ヴィクトルを先頭に、一行は挨拶回りを行う。
しかし、せっかくヴィクトルが紹介しても、肝心のヴィトーラは「ああ」とか「そうか」とか、気のない返事を返すのみで、気に留めようとする気が全くない。
紹介された要人も顔にびっしりと汗をかき、平身低頭するだけだった。
無理もない。
ヴィトーラの存在もそうだが、臨戦態勢のジハードと、それを牽制するように控えるルガトの存在が、この一行が纏う空気を、一層緊迫したものにしてしまっている。
こんな狭い空間に、大陸有数の実力者が寄り集まって警戒している様子は、さながらドラゴンとグリフォンとキマイラが顔を突きあわせているよう見えるだろう。
ちょっとした火種があれば、一触即発間違いなし。
まるで噴火寸前の活火山の中で、唯一リラックスしているのは、ヴィトーラだけである。
「ふむ、やはり旨いな。私の領地で作られるものより、はるかに上質だ」
料理に出されていたチーズがよほど気に入ったのか、ヴィトーラは再びテーブルの皿の上に置かれていたチーズを一かけら摘みながら、感嘆している。
一噛み一噛み味わうように口の中で転がして、手に持ったワインと共にコクリと喉に通す。
一方、ヴィトーラがチーズを頬張って味わう様子に、ノゾムは驚嘆の目を向けていた。
「不思議か? 吸血鬼の私がワインや人の手で作られたものを味わうのは」
「い、いえ、その……」
ノゾムの視線に気づいたヴィトーラが、笑みを浮かべて視線を向ける。
その眼は、先ほどまでヴィクトルに要人を紹介されていた時のような無感動なものではなく、明らかに興味を含んだ色を帯びている。
「別に吸血鬼だからと言って、常に血だけを飲んでいるわけではない。必要なことは変わりないが、私たちが命を繋ぐには、他の食料も必要なのだ」
「そう、なんですか?」
「ああ。とはいえ、血が私たちにとって、最も甘美なものに変わりはない。個人で趣向こそ違うが、時に血に酔い、狼藉をする同族もいるほどだしな」
そう言いながら、ヴィトーラはグラスに残っていたワインを飲み干す。
血を連想させる深紅の液体が、薄い唇を通って消えていくその様は、思わず息が漏れるほど艶めかしかった。
「血は、私達にとって切っても切れぬ存在だ。私自身も、自分が飲む血に関しては煩い」
「ほう、かの姫の好みとはどんなものなのか、いささか興味がありますな」
横から向けられたジハードの質問に、ヴィトーラは口元の笑みを深めて答える。
「簡単だ。迷いなく、勝利を求める者の血だ。たとえ四肢をもがれても、地に這いつくばっても、希望をすべて奪われても、勝利のためにもがく者の血だ」
答えながら、ノゾムに向けられていたヴィトーラの瞳がスッと細まった。
次の瞬間、ノゾムの頬を一陣の風が撫でた。
「え……」
頬に走る鈍痛に、ノゾムは思わず息を漏らす。
何事かと、ノゾムが痛みの走る頬に手を当てると、ヌルリという粘ついた感触が手のひらに広がった。
同時に、鼻孔に鉄臭く、錆び付いた香りが広がる。
頬を拭った手に目を落とすと、そこには血がべっとりと付いていた。
ノゾムが視線をヴィトーラに戻すと、真っ白な彼女の爪にもノゾムの血が付いていた。
ヴィトーラは自分の爪に付いたノゾムの血を、恍惚とした表情で眺めている。
「これが、そなたの血か。なるほど、若いらしく、色取りも鮮やかだ」
ノゾムの全身から、ブワッと冷や汗が出る。
ヴィトーラがこの会場に姿を見せた時点で、ノゾムの体は戦闘状態に移行している。
例え本人に自覚が薄くとも、師から受けた地獄のような鍛錬と数多の修羅場を乗り越えた経験が、ノゾムに一線級の暗殺者の奇襲にすら、無意識レベルで対応させる。
にもかかわらず、ノゾムはヴィトーラが自分に向けて何気なく振った腕の動きに対応できなかった。
臨戦態勢のノゾムが反応して体を動かす前に、既に軽く振るわれたヴィトーラの爪がノゾムの頬を切り裂く。
それは、個人的技量が介在する余地がないほど、両者の間に能力的格差が存在することの証左だった。
現に、その事実に気づいているジハードも、驚愕に目を見開いている。
そんな中、声を上げたのは、ノゾムの傍らで事の成り行きを見守っていたアイリスディーナだった。
「ヴィトーラ殿、この場でそのような……」
「別によいであろう? 殺しているわけでもない」
「彼は……あなたの血袋ではありません」
静かながらも、アイリスディーナの声色には、明らかな怒りの感情が籠っている。
熱い鉛の塊を、腹から押し出すように述べたアイリスディーナの抗議に、ヴィトーラはようやく視線を彼女に向けた。
災害と同等の力を持つ強者の放つ眼光が、一介の少女に向けられる。
それでもアイリスディーナは、ノゾムを傷つけ、その血をうっとりと眺めていたヴィトーラに、無表情の憤怒を向けていた。
「なんだ、怒ったのか? ふむ、彼がフランシルトに入れ込んでいるのだと思っていたのだが、逆だったのか?」
「っ!?」
そんなアイリスディーナの態度が面白かったのか、ヴィトーラが煽るような言葉を放つ。
その言葉に、アイリスディーナがさらに激高しそうになるが、そんな彼女を諫めたのはヴィクトルだった。
「アイリスディーナ、下がりなさい」
「父様……」
「下がりなさい」
「……失礼しました」
父に諫められたアイリスディーナは、悔しそうに唇を噛み締めながらも、一礼して下がる。
下がった娘を確認して、ヴィクトルは改めてヴィトーラに向かって頭を下げた。
「娘が失礼をしました」
「よい。せっかくの逢瀬に割り込んだのは私だからな。このぐらいの無礼は流す器量はある」
諫められて下がったアイリスディーナには興味をなくしたのか、ヴィトーラは改めて自分の爪に付いたノゾムの血を眺め、ゆっくりと口に含んだ。
まるで飴を味わうかのように舌の上に広げ、丹念に味わう。
やがて、チュピ……と粘性のある音とともに、白磁の指が口から引き抜かれた。
その表情は嬉しくも、どこか物足りない様子だった。
「悪くないのだが……そなた、迷いがあるな?」
「…………」
「ふむ、時期ではなかったか……。ルガト、帰るぞ」
「御意」
ヴィトーラはもうここに用はないというように、踵を返して歩きはじめる。
彼女の前にいた要人達が、潮が引くように道を開けた。
開けた道を歩いていたヴィトーラが、ふと思い出したように振り返る。
「ああ、フランシルトの。後で使いをよこす。我が領地との約定について、きちんと話すとしよう」
「はい。よろしくお願いいたします」
「約定?」
約定という言葉が、ノゾムの脳裏に引っかかる。
その言葉を聞いた要人達がザワリとうごめいた。
驚嘆の表情を浮かべた要人達が、自分達の付き人に耳打ちすると、話を聞いた付き人が、泡を食ったように会場を後にしていく。
ノゾムがその光景に戸惑っている内に、ヴィトーラとルガトは会場から姿を消していた。
「ジハード殿。感謝致します」
ヴィクトルがジハードに頭を下げる。
一方のジハードは頷いてヴィクトルの謝罪を受け入れているが、その硬い表情は崩れていない。
「ヴィクトル殿、この件について、ソルミナティの代表者としては極めて遺憾だ。今後、学園はこの件について一切関知しない」
「分かっております。行くぞ、アイリスディーナ」
「……はい」
踵を返して立ち去るヴィクトルの後を、アイリスディーナが追いかける。
暗い表情を浮かべた彼女がちらりとノゾムに向かって振り返るが、すぐに視線を戻して、立ち去ってしまう。
その表情は、先程まで見せていた朗らかなものとはまるで違い、重苦しいものだった。
アイリスディーナを見送るノゾムの拳が、固く握り締められる。
その時、ジハードが唐突な言葉をノゾムに向けて言い放った。
「ノゾム君。しばらくの間、彼女らとは距離を取りなさい」
「え?」
「分からないのか? ヴィトーラのあの様子、明らかに君にだけ意識を向けていた。かの姫にとって、君は相当な興味の対象のようだ」
「…………」
それはノゾムも感じていた。
ヴィトーラが真の意味で関心を持って接していたのは、フランシルト家でもジハードでもなく、常にノゾムだけ。
このような公で衆人の目につくような場所で、堂々とノゾムの血を舐めようとすることからも、その関心の度合いが他者と比べて抜きんでている事が分かる。
ノゾムとしては、並々ならぬ緊張を強いられる状態であったが、同時に終わったと思っていたウアジャルト家とフランシルト家との軋轢や、ヴィクトルに向けてジハードが言い放った苦言の事もあり、当惑している状態でもあった。
「場所を移そう。来たまえ」
そんなノゾムの様子に眺めていたジハードが、ついてくるよう促して会場を後にする。
ノゾムは一瞬、アイリスディーナ達が去った方に視線を向けたが、表情を引き締めると、ジハードの後に続いた。