第8章第18節
そのパーティー会場に入った時、そのあまりの豪華絢爛さに、ノゾムは“凄すぎる……”という単純な言葉しか出てこなかった。
アイリスディーナの屋敷の広間も広かったが、それをも上回る大広間が、ノゾムの目の前に広がっていた。
巨大さと華やかさを兼ね備えた大広間では、様々な装いで着飾った要人達がグラスを片手に談笑を交わしている。
パーティーは立食形式で、様々な趣向を凝らした古今東西の料理が並んでおり、各々が思い思いに皿に取り、舌鼓を打っている。
既にパーティー慣れしている生徒達は、自分に縁のありそうな要人たちの元に挨拶に向かっている。
一方、パーティー慣れしていない生徒達の反応は様々だ。
キョロキョロと視線をせわしなく動かす者、とりあえず近くの要人に形式ばった挨拶をしてみる者、酒の力を借りようと手近にあったワインに手を伸ばす者、緊張のあまり動けなくなっている者。
その中でノゾムはそのどれにも当てはまらなかった。というのも……。
「初めまして、ノゾム・バウンティス君。私はフォルスィーナ国のエルドイル家の当主だ。武技園での活躍は私も見ていたよ」
「あ、ありがとうございます」
「私はクレマツォーネ帝国のミルハルン男爵だ。帝国の南部に居を構えている」
「は、初めまして。確かそこはミスリルの産地の……」
「おお、知っているのかい?」
「え、ええ。授業で名を聞いたくらいですが……」
「そうなのかい? 名を知って貰えていただけでも光栄だよ。最近は……」
会場に入ってから、いきなり多くの要人たちに囲まれたからだ。
要人たちの多くはフォルスィーナ国とクレマツォーネ帝国が多く、次いでスマヒャ連合。
アイリスディーナと懇意にしている事からだろうか、比率としてはやはりフォルスィーナ国の関係者が多い。
国の要人、一都市の領主、他国間を股に駆ける大商人。どの人物もノゾムよりも権威的にも経済的にはるかに恵まれており、成功者と呼べる者達である。
一方、午前中の模擬戦の時とは打って変わって、ノゾムの受け答えは肩肘が張っていた。
明らかに場慣れしていない雰囲気が、丸出しになっている。
ノゾムは元々がこのような社交パーティーには縁のない平民である。授業でやった地理や魔法理論等の知識を何とか思い出しながら当たり障りのない返答を返しているが、本人としては一言一言返すだけで精一杯だった。
「君は卒業した後の進路は決まっているのかい?」
「あ、いえ、その……」
「もし進路が決まっていないのなら、卒業した後には、ぜひとも私の所で……。充分な報酬も用意できますよ」
最初に話しかけてきたエイドイル家の当主が、あからさまな勧誘を仕掛けてくる。
ノゾムとしては、その言葉に下手に頷くわけにはいかない。
「すみません。まだ自分は進路については決めかねていますので……」
「そうなのかい? それだけの実力を身に着けたのも、何か目標があってのことだと思うのだけど?」
「その通りだ。それに、それほどの刀術、どうやって身に着けたのですか? この学園にそれほどの使い手がいるとは聞いたことがないのですが?」
「もしかして、既にフランシルト家に仕えると決まっているのですかな? かの家のお嬢さんとも親しいらしいですし……」
何とか乗り切ってこの場を離れようと考えるが、勧誘してくる要人たちは次々に質問や言葉を重ねて、ノゾムに考える余裕を与えようとしない。
実のところ、それが彼らの狙いである。まだ場の雰囲気に慣れていないノゾムに無数の質問をぶつけて思考力を奪い、何らかの言質を取る機会を伺っているのだ。
だが、そこに救いの手を差し伸べる者がいた。
「ノゾム君、ここにいたの?」
涼やかな声がノゾムと要人たちの間に吹き抜ける。
「シーナ?」
話しかけてきたのは、ノゾムの学友であるエルフの少女。
彼女もまた、以前にヴィクトルから送られた蒼を基調としたドレスを纏っている。
相変わらず短いスカートを隠すような半透明のシースルースカートと肩にかけたショールが、妖精族としての彼女の魅力をこれでもかと引き立てていた。
実際、先ほどまでノゾムを勧誘していた要人たちもシーナの魅力に魅せられ、言葉を失っている。
「探したわ。少し付き合って」
「え? あ、ちょ!」
要人達が固まっている間に、シーナは素早くノゾムの手を取って歩き始めた。
いきなり手を引かれて驚いたノゾムだが、前を歩くシーナが、ノゾムにチラリと流し目をしてきて呟く。
「大丈夫だから、少し静かなところへ行きましょう」
その言葉を聞いて、ノゾムはシーナが要人に囲まれた自分を気遣ってくれたことに気付き、彼女に促されるまま、会場の端に移動した。
カーテンの傍のあまり目立たない場所に落ち着くと、ノゾムは大きく溜息を吐く。
「ありがとう、シーナ。助かったよ」
「いいのよ。私もしつこい人達から少し離れたかったから」
「しつこい人達?」
「ええ、卒業後の進路について勧誘してくる人とか、貴方と同じよ」
ノゾムが横目で軽く周りを確かめてみると、ノゾム達を囲んでいた要人達のグループ以外にも、視線を向けてきている集団があった。
おそらく、シーナを勧誘していた要人達だろう。
その数、およそ10人前後。
ノゾムを囲んでいた人数と比べてもそう変わらない人数である。
「やっぱり、ものすごい勧誘?」
「ええ、エルフの精霊魔法は希少だし、そもそも人前に出ることがほとんどないから」
「大丈夫か?」
「ええ。こんな場だもの、仕方ないわ。それに、大変なのは私だけじゃないしね」
シーナがちらりと会場の一角に視線を向ける。
ノゾムが彼女の目線を追っていくと、そこには艶やかな白のパーティードレスで着飾ったアイリスディーナと、豪奢な装いに身を包んだヴィクトルがいた。
魔力の過剰使用によって白くなってしまったアイリスディーナの髪に合わせたのか、彼女が着飾っているドレスの色は白。
二人の周りには同じように綺麗で豪華な装飾が施された衣装を身にまとった要人達が集まり、我先にとヴィクトルとアイリスディーナに声をかけている。
その人数は、ノゾムやシーナの周りに集まった要人たちよりもさらに多く、パーティー会場の一角を完全に占領してしまうほどだった。
集まったあまりの要人の多さに、ノゾムは呆然となる。
「アイリスディーナさんはお父様と挨拶回り。しばらくは忙しいでしょうね」
「そうみたいだ……」
自分達の元に集まり、次々に声をかけてくる要人達。その数多の声の一つ一つに、アイリスディーナとヴィクトルは笑顔で対応していた。
ほんの少し、声を掛けられただけで緊張し、うまく受け答えできなかったノゾムでは、今のアイリスディーナのように振舞うことは到底不可能である。
(今の俺にはとても無理だな……)
集まる人々の中心で輝くアイリスディーナは、まさしく夜空に輝く月のようだった。
魔力の過剰使用によって白くなってしまった彼女の髪に合わせた衣装も、今までの凛とした彼女のイメージを覆すのに一役買っている。
さらに、よく見るとドレスには、銀の装飾が施されており、それが今の彼女がもつ“純白”のイメージをより一層高めていた。
そのせいだろうか、アイリスディーナに声を掛けている要人達は、なんとなくヴィクトルと話している人たちよりも若いようだった。
視線の先で要人達に笑顔で対応するアイリスディーナの姿にノゾムは驚きつつも、自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
「マルス達は?」
胸に走った痛みを誤魔化すように、ノゾムは視線をシーナに戻す。
「マルス君やフェオ、ティマさん、トム達もおおむね貴方と同じ状況よ。
マルス君やティマさん、マルス君は帝国関係者と、フェオ君はスマヒャ連合の人と話をしているわ。今行ったら間違いなく一緒に囲まれるでしょうね」
「うえ……」
その光景を想像し、ノゾムの表情が曇る。
さらに追い打ちをかけるような言葉が、シーナの口から出てきた。
「それに、一人でいても囲まれるわ。さっき勧誘してきた人たちだけじゃなく……」
「え……?」
シーナがスッ……とパーティー会場に設けられたテーブルの一つを指さす。
そこには色取り取りのドレス装飾で着飾った令嬢達が集まっていた。
見たところ、令嬢たちはノゾムと同じ人種。だが、ノゾムはその女性たちの顔に見覚えは全くなかった。
「……誰?」
「要人たちに付いてきた彼らの令嬢よ。一通り要人達の挨拶が済んだら、今度は彼女たちの相手をしなきゃいけなかったでしょうね」
どうやら、彼女たちは元々アルカザムに住んでいたわけではなく、この開園祭に合わせて都市外から来た令嬢たちらしい。
よく見ると、彼女達の視線がすべてノゾムに向かって固定されている。
ノゾムと視線の合った彼女たちは一斉に色めき立った。
年若い貴族の令嬢は、輝かしい勇者とか英雄とかに憧れるものである。
おそらく、彼女達はジハードと接戦を演じたノゾムに、未来の英雄の姿を重ねているのかもしれない。
事実、興奮した様子で身を震わせている者、色っぽい視線を向けてくる者、手に持った扇子で恥ずかしそうに顔を隠す者など、反応はさまざまであるが、そのどれもが好奇や恋慕などで彩られていた。
「モテモテね。貴方」
「や、やめてくれ……」
相変わらず人から注目されることに慣れていないノゾムは、自分の頬がヒクヒクと引きつるのを感じながら肩を落とした。
ノゾムは最近になって学園内では好意的な視線を受けることは多かったが、それでも先ほどは慣れない応対を迫られ、さらに今度は貴族令嬢達からの強烈な熱視線である。
ノゾムを意気消沈させるには十分だった。
「おふ……。やっぱり壁の華になりたい」
「ふふっ、華って、貴方男性でしょ?」
肩を落とすノゾムの姿に、シーナは思わず笑いを噛み殺した。
エルフの少女に笑われたことに、ノゾムは思わず、唇を尖らせる。
「いいじゃないか。気配を断って隠れるくらい……」
「壁の華どころか、壁そのものになりそうね……」
割と本気で隠れそうなノゾムの気配に、シーナは思わず呻く。
この男、刀術の技量は文字通り桁外れだが、気配察知にも長けている。
それだけじゃなく、師の鍛錬(本人曰く拷問)によって、森の中で数多の魔獣と追いかけっこしてきた経験もあるのだ。
当然、外敵から身を隠す術も心得ている。
事実、ノゾムは森の中でアビスグリーフと追いかけっこを演じ、見事に逃げ切った実績持ちである。
ノゾムが本気で隠形をしたら、本当に見つけられなくなるかもしれない。
(大丈夫、よね? ここは森じゃないし、服も目立つし……)
今ノゾムがいるのは、森の中ではなく迎賓施設、さらにノゾムは隠形には到底向かない正装をしているから、多分隠れても見つかるだろう。
そんな風に考えつつも、今までの彼の非常識さを見てきたシーナとしては、心の中に浮かんだ一抹の不安がぬぐい切れなかった。
「ん?」
シーナが割と本気でノゾムの逃亡を心配し始めた時、ノゾムは視界の端に特徴的な男性が二人程入ってきた。
一人は相当な年を召した老人。もう一人は、まるで舞台男優のような美麗な青年で、二人とも緑と白を基調とした民族衣装を身に纏っている。
何より、特徴的なのは、まるで笹のように長い耳。それはノゾムの隣にいる少女が持つ耳と全く同じものだった。
「エルフの人?」
老人は探るような視線を隠そうともせず、ノゾムとシーナへ睨むような視線を向けている。
美麗な青年は穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、その視線には明らかに二人を探るような色が混じっていた。
ノゾムの言葉に、シーナも彼が見つめる先を確かめる。
そして彼女は、なぜか諦観したような表情で大きく溜息を吐いた。
「……ええ、エルフの長老の一人よ。今日の模擬戦の時も来ていたわ」
ノゾムにはよくわからなかったが、どうやら老人の方はエルフにとってはかなりの重鎮らしい。
「知り合い?」
「ええ、まあ。私の曽祖父になるわ」
「……え?」
知り合いどころか、なんと血縁関係。
意外な事実に、ノゾムは驚く。
「言ってなかったかしら? 私の姉は故郷の大樹に仕える巫女だった。エルフの中でも、その地位に就ける人は本当のごく一部」
「お姉さんがいたことは聞いていたけど……」
シーナに姉がいたことはノゾムも知っていた。そして、その姉が大侵攻の際に両親と共に、シーナを逃がすために亡くなった事も。
だが、シーナの親族が実はそんなに重要な役目を担っていたことは知らなかった。
「もしかして、シーナもアイリスと同じように……」
「アイリスディーナさんとは少し違うわね。人間の国では血筋が重視されるけど、大樹の巫女に必要なのは精霊との優れた感応能力と契約能力」
大樹の巫女は、エルフにとって最も重要な役職の一つ。
フォスキーアの森の中心に存在する大樹と契約し、意思を通わせることで、フォスキーアの森は難攻不落の要塞となり、エルフという種を守っていた。
“尊き謡手”“高き御方”“ハイエルフ”
そんな風に呼ばれるような、ある意味長老よりも権威のある存在なのだ。
「私も故郷にいたときは巫女の候補だった。でもあくまで、候補でしかないわ。一時は精霊契約ができないこともあったし、巫女であった姉さんとは今でも比較にならないでしょうね」
シーナの言葉に、ノゾムは息を飲む。
彼女の精霊魔法の強大さは、ノゾムもアビスグリーフの一件でよく知っていた。実際に彼女は、精霊魔法でアビスグリーフの動きをほぼ封殺している。
そんなシーナよりも優れていた使い手とは、いったいどれほどのレベルだったのだろうか。
「それでも私は、生き残った数少ない巫女候補の一人。当然、長老は私がアルカザムに来ることも大反対したわ」
フォスキーアの森を失いながらも、何とか生き延びたエルフ達はクレマツォーネ帝国とスィマヒャ連合の国境付近に隠れ里を作り、今まで生き延びてきた。
しかし、生来の排他的な思考までは簡単には変わらなかった。
長老たちの多くは故郷の奪還を願いながらも、今でも中々他種族と関わろうとしない。
「馬鹿げた話だわ。そもそも、そんなだから私たちは故郷を失うことになったのに……」
実際、フォスキーアの森が陥落した要因の一つが、エルフの排他的な気質に起因しているといわれている。
大樹を落とされるまで、エルフは他種族が森に入ることを許さなかった。
その事で、今でも連合内でエルフの立場は芳しくない。
(もしかして、あの長老はシーナを連れ戻しに来たのだろうか?)
そんな思考がノゾムの脳裏によぎる。
だが、シーナはそんなノゾムの考えを吹き飛ばすように微笑んだ。
「大丈夫よ。曽祖父に私を連れ戻すことはできないわ。その理由も無くなっているのだし」
「……え?」
「曽祖父が大反対したのは、私が精霊魔法を使えなかったから。身を守る術がないから、外にはいくなというのが彼の言い分だった」
シーナは故郷を失ってからノゾムと出会うまで、精霊契約を行うことができなくなっていた。
これは家族を失った際のトラウマが原因であるが、それはノゾムとミムル達の活躍で解決している。
「でも、それももう無い。今はちゃんと精霊魔法が使えるようになっているから」
「そう、か……」
「ええ、貴方のおかげで、ね」
シーナが華やかな笑みをノゾムに向ける。
ノゾムには彼女の白い肌は、熱に浮かされたように火照っているように見えた。
信頼と親愛、そして愛情に満ちた、曇りのない、たおやかな微笑み。
妖精を思わせる容姿とドレスが相まって、ある種この世のものとは思えない神秘的な魅力に満ちた笑みだった。
「…………」
思わず見惚れたノゾムの頬が、本人の意思とは関係なく朱に染まる。
まるで鏡合わせのように頬を染めた二人は、しばしの間、甘酸っぱい雰囲気の中で押し黙る。
やがて、照れているノゾムの様子を見ていたシーナの目に、悪戯を思いついた童子のような色が浮かんだ。
「ふふ、照れているの?」
「別に……」
目元を緩めてからかってくるシーナに、ノゾムは顔を背ける事しかできなかった。
はっきり言えば、ノゾムは気恥ずかしかったのだ。
元々男女問わず、容姿端麗な者達の多いエルフである。
そんな妖精族であるシーナの容姿も、この場にいる着飾った令嬢たちと比べても飛び抜けているといっていい。
そんな彼女に至近距離で微笑まれたら、どんな男であれ見惚れるというものだ。
そんなノゾムの思考を読んでいるのか、シーナは頬を朱に染め、悪戯っぽい笑みを浮かべたままノゾムをからかい続ける。
「照れなくてもいいのに。私だって人前でこんな言葉を言うの、少し恥ずかしいのよ?」
「だったら、何でこんなところでそんな台詞を……」
「だって、気に入らないじゃない……」
「はい?」
ノゾムには聞こえないほど小さな声でそう呟くと、シーナはその魅力的な笑みを一瞬だけ真顔に変え、こちらに注目していた令嬢たちに視線を送った。
シーナには及ばなくとも、着飾った有力者たちの令嬢は確かに華やかで、人目を引く容姿をしている。
令嬢たちの視線はノゾムに向けられ、まるで有名なお気に入りの役者に出会ったような熱を帯びている。
だが、それだけだ。
シーナの森の中で鍛えられた優れた聴覚と視力、そして何より、女性としての勘が、この賑やかなパーティー会場中で、令嬢たちの言葉を拾い上げていた。
どんな素晴らしい力を持っているのか、どれほど素晴らしい展望を持っているのか、何を差し上げたら、その心を虜にできるのか。
令嬢たちの視線は、ノゾム・バウンティスという青年の本質を見ているのではない。
ジハードに匹敵する強者では? という評判と噂が彼女達を突き動かしているのに過ぎない。
だからこそ、シーナはノゾムに注目する令嬢たちが面白くないと感じるのだ。
彼と深く繋がっているシーナだからこそ、分かる。
ノゾム・バウンティスとは、物語の英雄のような、紙の上に書かれた薄っぺらい人ではない。
彼は決して完璧ではなく、彼は決して強いのではない。
挫けて、折れて、それでも立ち上がったその心が、ノゾム・バウンティスの本質であり、潔癖なエルフの少女が、神聖な血約の儀を彼自身に隠してまで、支えたいと想った男性なのだ。
“ああ、そうか……”
彼女の中から漏れ出した、小さな嫉妬心。
そして、自分の決意を再認識した時、彼女は自分の胸の奥に宿る熱の正体に気付いた。
“私、ノゾム君の傍にずっと居たいんだ……”
それは、友人の令嬢とまったく同じ願い。
ノゾム・バウンティスの隣に居続ける事、寄り添う事。時が許す限り、たとえ同じ場にいられなくとも、魂は傍に居続けたいという熱く、深い情愛。
そんな彼女の願いの形が、血約の儀だった。
「精霊は今でもきちんと感じ取れる?」
「ああ、相変わらずぼんやりとしていて、意志とかは全くわからないけど……」
そう言いながら、ノゾムは会場を照らすシャンデリアを指差す。
ノゾムの目には何かがぼんやりとシャンデリアの周りに纏わりついていることしかわからないが、シーナの目には、そこでクルクルと蝋燭の炎の周りを回りながら、楽しそうに戯れている火と光の精霊が見えていた。
“だけど、私は……”
血約の儀という、エルフにとって神聖な儀式を使ってまで、ノゾムの力に成ろうとしたことも、全ては思慕と尊敬、そして愛情からである。
だが、同時に血約の儀という神聖な儀式が、シーナの心を縛る鎖になっていた。
血約の儀は、エルフにとって魂を分け合うことに等しい、唯一無二の契約法だ。
それを行えるのは、全幅の信頼を置いたもの同士であり、例え一点の迷いや不信があれば、成立しない。
この儀式は、本来はエルフ同士で行われ、そしてその契約を結んだものは、どちらかが死ぬまでこの契約は成立し続ける。
ノゾムとシーナがこの契約を行えたということは、二人が強い信頼関係で結ばれていることの証左だ。
契約で相手の心意を理解するエルフであるからこそ、シーナは契約を通じて繋がっているノゾムからの曇りのない感謝と信頼を、彼が自身で思う以上に感じ取ることが出来る。
“そんな彼に、私は血約の儀の真意を伝えなかった……”
そんなノゾムからの信頼が嬉しくも、同時に、どうしようもなくシーナの心を締め付けていた。
胸に走る鈍痛をごまかすように、シーナはチラリと、パーティー会場の一画に視線を移す。
不機嫌そうな顔を浮かべた曾祖父とそのお付きは、相変わらずノゾムとシーナの様子を覗っていた。
「挨拶しなくていいの?」
「いいのよ。長老は私の様子を確かめて、この機会に連れ戻すつもりだったんでしょうけど、無駄になったのだから」
ノゾム・バウンティスは血約の儀の意味を知らない。それがもたらす影響も、一部しか知らない。
ティアマットの力の制御訓練のために、わざとシーナが伝えなかったから。
だからこそ、儀式の意味を知る身内の存在は、シーナには頭が痛い存在だった。
できるなら、話しかけないでほしい。
だが、彼女の真意とは別に、彼女の曽祖父は御付きを伴ってノゾムとシーナに近づいてきた。
「ふう、仕方ないわね。ごめんなさい。ちょっと、失礼するわね」
「あっ、ちょっと……」
早く、この場から離れないと。
そんな焦りに急かされたシーナが足早にこの場を去ろうとするのを、ノゾムが呼び止める。
「なに?」
「シーナのおかげで少しだけど、前に進めた。まだまだだけど、改めてお礼が言いたい。ありがとう……」
振り返ったシーナが見たのは、まっすぐにこちらを見つめて礼を述べてくるノゾムの姿。
その目は契約を通して感じ取れるものと全く同じ、曇りのない信頼と親愛に満ちている。
たとえ心で感じていても、実際に言葉にして向けられた感謝の威力は絶大であった。
シーナの顔が茹蛸のように真っ赤になる。
(不意落ちとか、ズルいじゃない!)
シーナは咄嗟に視線を前に戻して、背を向けた。
バクバクと逸る胸を押さえながら、一回、二回と深呼吸を繰り返す。
「……いいのよ。私も貴方のおかげで自分の夢を諦めなくて済んだのだから」
「故郷の?」
「ええ、故郷を取り戻す。それが私の目標」
力強く誓った目標を口にするシーナだが、彼女はもう一つの願いは言えなかった。しこりのように胸に残った後ろめたさが、それを許さなかった。
「それじゃあ、また。くれぐれも、変な人についていかないようにね?」
「俺は子供か!」
「連れていかれるかもしれないけどね?」
要人の令嬢たちは、未だにノゾムに注目している。
しかし、シーナがノゾムと楽しそうに会話をしていたために彼女達の妬心を刺激したせいか、その視線にはかなり剣呑な色を帯び始めていた。
「う……」
「それじゃあね」
「ちょっ! 待って……」
後ろから向けられた助けを求める視線を振り切り、シーナは同族の元に足を向ける。
愛しい人の力になれた歓喜と、胸をかきむしるような疚しさを抱いたまま。