第8章第15節
ようやくメインキャラクター達が出ます!
開園祭。
それは、ソルイナティ学園のオープンキャンパスであると同時に、学生たちの一大イベントでもある。
当日は日中に学園が一般に開放され、内外から様々な人達が学園を訪れる。
学生達もまた、この機会に自分の能力をアピールしようと、いつもより気合いを入れて授業に臨んでいた。
その学園内に設けられた各訓練場では、総勢五十人ほどがグループとなって集まり、合同授業が公開されていた。
開園祭の最中なだけに、訓練場の周りには一般の来園者だけでなく、身なりのいい要人も交じっている。
一般の観客たちは、いつもは見ることが出来ない学生達の訓練風景を眺めながら、指をさしたり、時には歓声を上げたりしている。
隣接する他の訓練場でも、同じように来園者たちの視線を浴びながら、複数のグループが訓練に励んでいた。
そんな訓練場の一つ。参加しているのは三学年の生徒達だが、その中で、一際目立つ存在があった。
リサ・ハウンズ。
三学年の中でもトップクラスの使い手であり、双剣と抜群の威力を誇る火炎魔法を使いこなす、紅髪の少女。
今彼女は、三階級の生徒五人を相手に模擬戦を行っていた。
「てええいい!」
「ふっ!」
「うわ!」
横から全力で斬りかかってきた生徒の長剣を、リサは右手の剣でいとも容易く払いのける。
女性らしい、しなやかな腕からは想像もできないほど強力な剣撃。
アビリティ“ニベエイの魔手”によって劇的に引き上げられた身体能力が、サイクロプス並みの膂力を彼女に与えている。
しかし、相手の生徒達もただ弾かれて終わるわけではない。
リサが曲剣を薙いだその隙に、後方で控えていた生徒達が魔弾数十発をつるべ撃ちする。
人一人に撃ち込むには、あまりに多い数の魔力弾。だが、リサは左手に携えた短刀をかざし、巨大な炎塊を形成。迫りくる魔弾の群れに向かって撃ち放った。
射出された炎塊は、迫りくる数多の魔力弾を飲み込みながら炸裂。解放された衝撃破が、後ろに控えていた生徒達を吹き飛ばした。
宙を舞った生徒たちは数秒後に地面に叩きつけられ、苦悶の声を漏らす。
あまりに一方的な展開。
別に三階級の生徒達が弱いのではない。
彼らとて、この学園で鍛練してきた生徒であり、特総演習の時は上位に食い込む成績を残している。
しかし、あまりにこの少女の実力が突出してしまっているために、抑えこむことが全く出来ないでいるのだ。
「どうしたの? もう終わり?」
手に持つ双剣を弄びながら、リサはハツラツとした笑みを口元に浮かべる。
ケンが起こした暴行事件が公になった際は、自らの過ちと罪悪感に苛まれ、まるで枯れ木のように憔悴していた彼女。
一時は己を見失っていたリサだが、今ではその時の弱々しさなどは微塵も感じさせない。
もう一度夢に向き合い、まっすぐに駆け抜ける彼女の姿は、まるで生えたばかりの若芽のように活き活きとしていて、生命力に溢れていた。
「う、うう……」
一方、リサの相手をしていた生徒達は、皆及び腰になっていた。あまりにも隔絶していた力量差に、意気消沈してしまっている。
「もう、これぐらいでヘコタレていたら、この先やっていけないわよ」
「リサ、飛ばし過ぎ。皆、完全に気圧されちゃっているよ」
リサの後ろで控えていたカミラが、嘆息している。
相方であるリサの背中を守るように、いつでも魔法を唱えられるよう待機していたカミラだったが、リサが有り余るほどの活力を見せて相手を蹂躙していったので、何もやることがなかったのだ。
「模擬戦とは言っても、手加減なんて意味ないでしょ。実戦はこんなものじゃないんだから」
「それでもやり過ぎ。いくら開園祭当日だからって、ニベエイの魔手も使って最初から全力全開なんて……」
元々、リサの肉体的、魔力的なスペックは上位階級の学生複数と相対しても十分優勢を保てるだけのものがある。
一方、魔法の効力を倍加するニベエイの魔手は使用回数や待機時間に制限があり、本来はここぞという時に使うもの。
その為、今までのリサの基本戦術は、優れた能力で優勢を保ちながら相手の隙を見極め、機を見てニベエイの魔手を使用し、怒涛のような攻勢で相手を一気に蹂躙するというものであった。
しかし、今の彼女は自分の余力や後先のことなど考えず、初っ端から全力で相手を倒しにかかっている。
カミラも、リサがノゾムと仲直りしてから、勉学に鍛練に、心機一転して励んでいることは分かっていたが、少々心配にもなってきていたのだ。
「開園祭かどうかは関係ないわ。今のうちに、私の限界を徹底的に高めておきたいの。失敗できる今のうちにやっておかないと、絶対に勿体ないわ」
一方、苦言を漏らされたリサは、カミラの懸念を軽い調子で否定する。
彼女としては、今のうちに出来るだけ自分の限界を伸ばしておきたかった。その為に、どんな鍛練でも模擬戦でも、全力で打ち込んでいた。
特にリサが重点を置いていたのは、自らのアビリティ“ニベエイの魔手”の修練である。
ニベエイの魔手は、使い方によっては格上の相手に十分な一撃を与えることが出来る可能性を持っていた。
それは、アゼル襲撃事件の際に暴走したノゾムを止めるための、最後の一打になった事からも窺い知れる。
そして、自らが更に強くなれる可能性を見出したからこそ、リサはこのニベエイの魔手を積極的に使い、もう一度鍛え直そうとしていた。
時には失敗して魔力切れに陥ったり、反動で失神するときもあったが、それでも彼女は止めようとは思わなかった。なぜなら、失神しても学園内なら十分なアフターケアを受けられるからだ。
失敗しても、また挑戦できる環境は貴重である。そして、学園という失敗を許される環境に身を置いている今、彼女に気合が入るのも当然であった。
「それに、もう後悔したくないの。だから、私は今の自分の限界を、全力でもって駆け抜ける。それが、今の私が挑む“冒険”なのよ」
何より、リサを鼓舞していたのは、逃避で立ち止まっていた二年間を繰り返したくないという戒め。
そして、最後まで恨み言も憎しみを飲み込んで、道を示してくれたノゾムの気持ちを無駄にしたくないという想いだった。
その為にも、己の“芯”をもう一度鍛え直す。その目標を胸に、彼女はヒュン! と両手に持った双剣を振り払った。
熱い情熱が、今の彼女を突き動かしている。
己の限界への挑戦を口にするリサの口元には笑みがほころび、一時の彼女が浮かべていた陰鬱さは微塵も感じれらない。
晴天の空のような活辣とした笑顔に、カミラだけでなく、意気消沈していた三階級の生徒達だけでなく、訓練場を訪れていた来園者たちも、思わず見惚れていた。
「それで、次の私の相手は誰かしら?」
「じゃ、私達でどう?」
第三者の声が、訓練場に響く。
ハツラツとした笑顔を挑戦的な微笑みに変えたリサの言葉に答えたのは、二階級に属する山猫族の少女。
その隣には、神妙な表情を浮かべたエルフの姿もある。
「ミムルさんに、シーナさんか……」
「へへ、紅髪姫の実力を疑う余地はないけど、油断していたらブスリといくよ」
「油断なんてするはずないでしょう? むしろ、相手にとって不足はないわ」
「そうこなくちゃね!」
クルクルと愛用の短剣を回しながら、ミムルがリサに戦意に満ちた笑顔を向ける。
一方、リサもまたミムルの戦意に応えるように双剣を構えた。
授業の担当官が手を揚げ、開始の合図を出す。
「ふっ!」
先手を取ったのはミムル。
素早く気で体を強化し、瞬脚を発動。獣人特有の俊敏さを武器に、一気にリサとの間合いを詰めようとする。
しかし、リサもまた素早く対応する。
左手の剣を逆手に構えたまま掲げて詠唱を済ませ、炎弾を生み出す。そして、豹のように突き進んでくるミムルめがけて、炎弾を撃ち出した。
放たれた炎弾は、正確にミムルを捉えている。
さらに、リサはニベエイの魔手を使用。手の平ほどの大きさしかなかった炎弾が一気に頭ほどの大きさにまで膨らむ。
一方、ミムルは迫ってくる炎弾には一切気を払わず、只管に前へと足を進める。
所詮は牽制の魔法。ニベエイの魔手を使っていることから威力はそれなりにあるだろうが、この程度なら後ろに控えている親友が問題なく対処することを理解しているからだ。
「シーナ、迎撃ヨロシク!」
ミムルの呼びかけに答えるように、後ろに控えていたシーナが魔力を込めた矢を放つ。
放たれた矢は、青い魔力光の尾を引きながら飛翔し、ミムルに迫っていた炎弾の中心に突き刺さる。
シーナの弓の腕は、ミムルが一番よく知っている。また、魔力によって強化された矢の威力は、鋼鉄の盾すらも貫通する威力を秘めている。
いくらニベエイの魔手で威力を倍加されていても、牽制程度の炎弾など一方的に粉砕できる……そのはずだった。
「え?」
「あれ?」
突き刺さった矢はまるで枯草のようにあっという間に燃え尽き、炎弾はそのまま直進していたミムルに命中し、炸裂した。
「うきゃあああ!」
至近距離で解放された熱風に当てられたミムルが悲鳴をあげる。
さらに舞い上がった炎が彼女の髪に燃え移って大炎上。シーナとリサ、カミラの三人が大慌てでミムルの髪を叩いて火をかき消し始めた。
幸い髪に移った火はすぐに掻き消えたが、ミムルの髪はまるで焼き栗のようにチリチリになってしまった。
「うえええ、私の髪が~」
「え、ええっと、ごめんなさい。ちょっと失敗しちゃったみたい……」
一部灰になってしまった髪に嘆いているミムルに、カミラが治癒魔法を施していく。
さすがに灰になってしまった髪の毛までは元に戻らないが、ミムルが顔に負った火傷はすぐに跡形なく消え去った。
いくら威力を強化したとはいえ、牽制程度の炎弾だったのが幸いであった。
「いったいどうしたのよ~。シーナの弓なら、全然問題ない魔法だったじゃない~」
「そうね。狙いは正確で、矢は私の炎弾の中心にしっかり刺さっていたし……体調悪いの?」
「ええっと……」
炭化してしまった髪に気落ちしながらも、疑念の声を上げるミムルと、質問をぶつけるリサ。
一方、シーナは何やら言葉に詰まった様子で、チラチラと視線を宙に泳がせている。
明らかに不信を抱いてしまう仕草である。
「そういえば、この前シーナの体から血の匂いが……あ、そうか!」
「う……」
ミムルが何かを思いついたように手を打った。
シーナの体が、ビクンと震える。
“ノゾムと血約の儀を交わした”なんて楽しいことに目がないミムルに知られたら、嬉々として学園中に情報を拡散するだろう。
そうなれば、当然、ノゾムの耳にも入ってしまう。
ノゾムに血約の儀が持つ意味を知られたくないシーナとしては、かなりまずい状況であった。
「シーナ、どうして相談してくれなかったの? そうなら無理言わなかったのに……」
ところが、シーナの懸念とは裏腹に、ミムルは真面目な面持ちで、シーナの両肩に手を乗せてきた。
普段のおふざけキャラとは百八十度違う、親友を案じる優しい雰囲気に、シーナは思わず息を飲み……。
「女の子の日だったんでしょ!?」
「ちがう!」
「ギャン!」
そして、間髪入れずに絶叫した。
声を張り上げた際に、思わず手が出てミムルの頭を叩いてしまったが、それも仕方がない話である。
シーナ本人としては、ノゾムに対する罪悪感とか後ろめたさで悩んでいる時に、こんな無遠慮な台詞をぶつけられたら、手の一つや二つ出るというものだ。
「……違ったの?」
「違うわよ! どうしてそう思ったのよ! というか、そんな話を大声でしない!」
かなりの視線を集めているシーナとミムルだが、視線の中には生徒だけでなく来園者のものもあった。
中にはヒソヒソ話をしながら、含み笑いをしている者達もいる。
周りの視線に気づいたシーナの顔が羞恥に染まる。
こんな周りに学園生達がいる状況で女の子特有の話をすれば、注目されるのは当たり前であった。
「うう、こんな目にあうなんて……」
「ちなみに、シーナの大声も視線を集める原因に……あだだだ!」
「う、る、さ、い!」
白いきめ細やかな肌を恥ずかしさで真っ赤にしながら、シーナはミムルの耳をギリギリと抓る。
ミムルの言う通り、シーナの怒鳴り声も周りから注目される要因になっているのだが、それが尚の事、彼女の羞恥心を煽ってしまうのだ。
「開園祭当日なのに、賑やかだよね」
「ミムルが煩すぎるだけよ。まったく、いい迷惑だわ」
「そうかな? お互い、良い相棒だと思うよ」
下がってミムルとシーナの様子を見ていたカミラが、楽しそうに笑みを浮かべる。
ミムルの生暖かい視線に気づいたシーナは、憤慨したまま“ふん!”と、ミムルの耳を抓っていた指に更なる力を入れてから、ようやく彼女を解放した。
痛々しそうに耳を腫らせたミムルが、涙目を浮かべながら抓られた耳をさすっている。
それでも、シーナ本人としては、またカミラの言葉は甚だ不満の様子。
一方のミムルも”ここまでやることないじゃないか!”と言うように口を尖らせている。
とはいえ、二人の間に尾を引くような陰気さは微塵もない。
そのどこか和やかな雰囲気に、カミラの笑みが深くなった。
「ねえ、リサもそう思うでしょ?」
「……え、何?」
リサに同意を求めたカミラだが、肝心のリサはどこか心ここにあらずといった様子で、隣の訓練場を見つめていた。
「リサ、どうかした……ああ、なるほど」
「な、何よ……」
彼女の視線の先には、隣の訓練場で模擬戦をしているノゾムの姿があった。
乱戦の訓練をしているのか、十人以上の生徒達が互いに警戒しながら模擬剣をぶつけあっている。
その中でも、ノゾムの存在感はやはり別格だった。
彼を取り囲んでいる生徒の数は五人。奇しくも、先ほどリサが相手をしていた人数と同じ。
その五人が振るう斬撃を、ノゾムはことごとく捌いていく。
彼の動きに遅滞はなく、手に携えた模造刀と完全に一体になりながら、滑らかな曲線を描き続ける。
正面から振り降ろされた模擬剣を側面に逸らしながら、横合いから薙ぎ払われた別の剣に、受け流した模擬剣を叩き付ける。
そして素早く正面の相手の背後に回り込み、気術“震砲”で二人纏めて吹き飛ばす。
さらに、気術の隙を突こうと、囲むように飛び掛かってきた他の三人を、自らが発した衝撃波の反動を利用し、素早く身を翻しながら迎撃。
薙ぎ払った模擬刀で、同時に振り下ろされる模擬剣全てを両断してしまった。
その光景に、相手をしていた生徒だけでなく、遠くから眺めていた来園者やカミラ達も思わず固まってしまう。
「相変わらず出鱈目というかなんというか……。斬れないように刃を潰した模擬刀で斬鉄とか、どれだけ高密度の気刃なのよ」
「模擬刀の意味を根本からぶち壊しているよね~」
カミラとミムルが感嘆と呆れの声を漏らす。
一方リサは神妙な顔を浮かべて、ジッとノゾムを見つめていた。
「ん? どうしたのリサ、そんな顔して」
「え、っと、なんだか変な感じが……」
歯切れの悪い言葉と共に、リサは、口元に手を当てて押し黙ってしまう。
しかし、リサが感じたノゾムの違和感に心当たりのないミムルは、首をかしげる。
「変? まあ、確かにノゾムの刀術は変態的だけど」
「そうじゃなくって、なんだかこう、落ち着かない感じが……。シーナさんはどう感じる?」
胸の奥に引っかかる違和感をうまく表現できず、リサは思わず傍にいるシーナに声を掛けた。
しかし、声をかけられたシーナはリサの呼びかけが聞こえていないのか、ジッと自分の手を見つめていた。
ほっそりとした白い指には、ゴツゴツとした赤黒い瘡蓋が一筋付いている。先日、ノゾムと血約の儀を交わした時に出来た傷だ。
「……シーナさん?」
「……え? な、何か用?」
「どうしたのシーナ、何だかボーっと自分の手を見つめちゃって……。その怪我は?」
「な、何でもないわ。それより、どうしたのよ?」
傷跡に気づいたミムルがシーナに身を寄せるが、焦った様子を見せたエルフの少女は手を後ろに回して、憮然とした表情を返した。
「どうしたの。指を怪我でもした?」
「え、ええ。ちょっとさっきの模擬戦の時、ささくれ立った矢が指に引っかかっちゃって……」
「でも、もう瘡蓋になってるよね?」
「え、ええっと……」
ジーーーー。
ミムルが擬音が聞こえそうなほど顔を近づけてシーナを見つめてきた。
探るような熱視線を向けられ、シーナは思わず後ずさる。
「な、何よ……」
「やっぱり、昨日の夜からシーナは変だよ。さっきだって、いつもは万力みたいなアイアンクローで私の頭蓋骨を握りつぶしに来るのに、耳を抓るだけだし。
そういえば、この前アイリスディーナさんの家に泊まった時、夜遅くに部屋に戻ってきたシーナの体から血の匂いが……あっ」
何か思いついたように、ミムルが手を叩いた。
「そ、そうなの。そうだったの? ゴメン、シーナ。それは体調も悪くなるよね?」
「ちょ、急にどうしたのよ」
「体は大丈夫? 血は止まった? 歩きずらいよね? 無理させてごめんね?」
「突然優しくなって気持ち悪いわね。また変な勘違いしてない?」
「今日は赤パンだね!」
「赤パン? なによそれ?」
「東方では、おめでたい日に、米っていう穀物を紅く染めて食べるっていうわ。米については知らないけど、穀物なら小麦粉で代用できるでしょ?」
「おめでたいって、何が?」
「もちろん、シーナとノゾム君が姦通……あだだだ!」
「そ、ん、な、事、し、て、な、い、わ、よ!」
「シーナ、耳、耳千切れちゃう~~!」
シーナが再び不埒な発言をした猫獣人の耳を、引きちぎるつもりで全力で捻りあげた。
もっとも、親友の耳を抓るシーナの顔はこれ以上ないほど朱に染まっている。
彼女としては下手をしたら肉体関係を結ぶよりも密な契約をノゾムとの間に結んでしまっているので、先程以上に羞恥心を掻き立てられていたのだ。
「ちなみに、何を使って染めるの?」
そんな親友同士のやり取りを眺めながら、リサがつぶやく。
リサに質問に、ミムルは耳を抓まれたまま器用に視線を宙に彷徨わせる。
「……唐辛子?」
「おめでたいのに、そんな罰ゲームみたいな物食べるの?」
「え、ええっと……」
どうやらミムルも東洋の赤飯に関する文化について詳しいわけではないらしい。
よく知らないくせにそんな適当なことを言ったのかと、シーナは呆れた表情を浮かべる。
その時、訓練場の端から白髪の女子生徒が近づいてきた。
「みんな、ここにいたのか」
「あ、アイリスディーナ。模擬戦してたの?」
「ああ、4階級の生徒とね。ノゾムは……」
先ほどまでリサ達と同じように訓練に参加していたアイリスディーナ。
魔力の過剰使用で白髪化した彼女は、一時は体調を心配されてこのような模擬戦などの実技にはあまり参加していなかった。
しかし、今日は開園祭という事もあり、実技の授業に参加したらしい。
「さっき5人相手に無双してた。今は残りの5人の相手をしてる」
「そうか……」
彼女の視線の先には、先ほどと同じように相手の得物を斬り飛ばすノゾムの姿があった。
どうやら先ほどの幻無を刀身に纏わせたまま、残りの相手の懐に飛び込んで無双しているらしい。
実際、模擬刀で斬鉄などという予想外な光景を見せられたノゾムの相手は右往左往。ろくに統制も取れないまま、一方的に蹂躙されている。
しかも、ノゾムは気を消耗している様子もほとんどない。
幻無は刀身に纏わせたままだし、身体強化も最小限のみだ。
予想外の事態を見せつけて動揺を誘い、相手が体勢を立て直す前に全てを掃討する。
しかも、相手の立ち位置を上手く調整し、常に一対一の状態を作り上げているという周到さ。
戦闘としてはお手本とも呼べるような作戦に嵌ってしまった事もあるだろうが、規格外な相手をさせられている生徒達がかわいそうに見える光景だった。
「しかし、分かってはいたが、ノゾムはかなり注目されているな」
「ん?」
首を傾げるミムルに、アイリスディーナは顎をしゃくって訓練場の一画を示す。
そこには身なりのよい各国要人達がいる。
要人達は傍仕えの者達と小さく会話をしながらも、残心で佇むノゾムの姿の一挙一動を観察していた。
ノゾムを観察している要人達の服装はバラバラで、ケープのような被り物をした者から、勇ましい騎士風の鎧を纏った女騎士、さらにはタキシードと蝶ネクタイを身に着けた獣人など、その違いは多種多様なものだった。それだけ、国や人種を問わず、多くの人にノゾムが注目されているともいえる。
「見たところ、冒険者ギルドの関係者、クレマツォーネ帝国騎士団関係者、スィマヒャ連合の商人、それに他にも多くの関係者がいるな」
「うわ……。あれだけのスカウト相手にするってメンドクサイ……」
「ミムル、そういう事は言わないの。ノゾム君には必要な事よ。それにスカウトの目的はノゾム君よ。ミムルが相手にする人は今回それほど多くないでしょ」
フニャリと顔を崩して項垂れるミムルに、シーナが苦言を呈する。
「分かってるよ。それはそうとシーナはどうなの?」
「私は、うっ……」
「どうかした?」
シーナの視線が要人達の一画に留まった時、なぜか彼女の表情が曇った。
いったい、何を見つけたのかと傍にいたミムル達がシーナの視線の先を追ってみるとそこには全身をすっぽりとフードとコートで隠した、いかにも怪しい二人組がいた。
「誰、あの怪しい人……」
「たぶん、エルフの長老の一人とそのお付きだわ」
「え? ってことはシーナ目当て?」
「たぶんね」
エルフはその排他的な気質から、他種族と関わることがほとんどない。
また、アルカザムでもエルフを見たという話はほとんどなく、当然この開園祭にも参加したという記録はない。
「シーナ、あまり嬉しそうじゃないの?」
「ええっと、ちょっと今は……」
久しぶりに同族を見つけたというのにシーナの表情は曇ったまま。
何か言いづらい事があるのか、黙り込んでしまったシーナに、リサを初めとした外野陣は何とも言えずに黙り込んでしまう。
話題を変えるように、アイリスディーナが口を開いた。
「ところで、シーナ君とミムル君が騒いでいたみたいだが、何かあったのかい?」
「うん、実はシーナの嫁入りについて……」
「……嫁入り?」
アイリスディーナの声色に影が混ざる。
流麗な瞳が自然と吊り上り、どこか問い詰めるような口調になっている。
「違うわよ! ミムル、いい加減にして!」
「ええ? 違わないと思うけどな~~」
自然とシーナとアイリスディーナの視線が交わる。
とある人物を通して、罪悪感を抱えている両者。互いに言いようのない気まずさを感じたのか、自然と目を逸らしてしまった。
そんなアイリスディーナとシーナの様子を横で見ていたミムル達は首を傾げるだけだった。
ノゾムはまだですが……