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第2章第2節

「すみません。ノルン先生怪我人が出たんです。治療していただけますか?」


 アイリスディーナ・フランシルトが怪我をしたと思われる女子生徒に肩を貸してそこにいた。

 彼女の後ろを見ると親友のティマ・ライムの姿もあり、彼女はアイリスディ-ナのものと思われる荷物を持っていた。


「分かった。まず怪我した生徒をその椅子に座らせなさい」


 ノルン先生はすぐさま生徒の様子を見に行き、ノゾムも棚の中から薬や包帯など、一通りの治療道具を取り出して彼女の元に行く。


「なにがあったの~~~~」


 アンリ先生は怪我した生徒を治療しているノゾムやノルンに代わってアイリスディーナたちから事情を聴いていた。

 どうやら購買で人気商品の争奪という戦争していた生徒たちに巻き込まれたのが原因らしい。


「ふむ、足を捻挫しているが骨には異常はないな、筋も大丈夫の様だ。数日安静にしていれば治るだろう。一応塗り薬を塗っておこう」


 テキパキとノルン先生が手当をこなす横で、ノゾムも彼女を手伝っていると、付添いのティマ・ライムと目が合った。


「!!」


 彼女はノゾムと目が合うとすぐに目を逸らし、アイリスディーナの陰に隠れてしまう。


(…………俺、彼女に何かしたっけ?)


 話したこともない少女からあからさまに避けられていることにノゾムは多少凹みながらも疑問を感じていたが、今はノルン先生の手伝いをしているのでそちらに集中することにした。

 

「これでいいだろう。しばらく安静にしておくことだ」


「「ありがとうございました」」


 治療を終えたノルン先生に女生徒とアイリスディーナが礼を言う。自分が関わりがあったわけでもないのに、怪我人を助けて保健室に連れてきた上、手当してくれた人物にキチンと礼を尽くしているのを見ると、アイリスディーナという人物の人柄が見て取れる。



 アイリスディーナは大陸西部の大国であるフォルスィーナ王国の重鎮の娘で、この学園では教師も無視できない人間だが、彼女はそれを鼻にかけるわけでもなく、日々努力を重ねる人格者であることは、この学園の人間なら誰でも知っている。


「さて、先生の言ったとおり、君はしばらくおとなしくしていた方がいいだろうね」


「は、はい!! ありがとうございます!!」


 アイリスディーナが女子生徒に声をかけると、彼女は顔を赤らめ、上ずった声で答えた。

 


 その容姿と際立った実力。高潔な人格を併せ持つ彼女は、学園では“黒髪姫”と呼ばれ、多くの男子生徒及び女子生徒から告白されているが、その想いを受け取ったことはないらしい。

 ちなみに2年の1階級の模擬戦において、彼女と互角の戦いを繰り広げたのがノゾムの幼馴染であるリサ・ハウンズであり。彼女もまたその容姿と炎のような赤い髪から“紅髪姫”と呼ばれ、実技においてはライバル同士らしい。


「君も手伝ってくれてありがとう」


 アイリスディーナがノゾムに礼を言ってきた。


「い、いや、俺も偶々ここにいただけだから」


 整いすぎた容姿と深い黒の瞳に見つめられ、ノゾムの返答はかなりぎごちないものになってしまった。



「アイ。そろそろ授業の時間だよ…………」


 ふと、アイリスの後ろにいたティマが言った。確かに昼休みは終わりが近づき、もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。


「ん、そうか。では先生。私たちは教室に戻ります。手当ありがとうございました」


「そうか分かった。ノゾム君、手伝いありがとう。君も教室に戻りなさい」


 彼女たちはそう言い、もう一度礼を言うと、保健室を出て行った。部屋の時計を見ると、昼休みが終わるまであと数分。どうやら昼食の残りを食べている時間はなさそうだ。


「分かりました、教室に戻ります」


 ノゾムはそう答え、教室に戻った。

 






 教室に戻る廊下で、私、アイリスディーナは、先ほどの保健室で親友の様子がおかしかったので、そのことについて尋ねていた。


「ティマ。君が男性を苦手だというのは分かっていたが、先ほどの彼に対する態度はちょっと大げさだったんじゃないか」


 私が言うのは保健室でのティマのノゾムという男子生徒に対する態度だ。ティマは確かに男子が苦手で、一人で男の人の前に立つと、碌に話せなくなる。


 でも、先ほどの彼に対する態度は余りに過剰だった。


「ご、ごめんアイ。でもあの男子。あの人だよ、リサさんを弄んだっていう…………」


 リサは私たちと同じ3学年の1階級に所属する女子生徒だ。私たちと同じランクAに到達した優秀な生徒で、実技では私と互角に戦える数少ない人物の1人だ。


 そういえば1学年の時に、そんな噂が流れていたのを耳にしたことがある。彼女は幼馴染の男子生徒と付き合っていたが浮気され、裏切られたと聞いた。彼がその相手だったのだろうか?


「しかし、噂を聞く限りでは彼とその噂の人物像は一致しないな」


 怪我人のために薬を用意したり、治療の手伝いをするなど噂で聞くような人物がやる事ではない。


「うん。でも私、あの時は怖くて……」


 ティマは落ち込み、俯いてしまう。彼女は優しいのだが少し気弱で、周りを気にしすぎてしまうところがある。

 どうやら件の噂を聞いていたせいで、つい過剰に反応してしまったようだ。


「まあ、今度会う機会があれば、その時謝ればいいさ。あまり気にしすぎても良くないぞ、ティマ」


「…………うん」


 授業開始が近い。私は親友を慰めながら教室へと急いだ。







「は~~い。それでは午後の授業を始めま~~す」


 アンリ先生の間延びした声が訓練場に響き渡る。


 10階級の午後の授業は総合戦闘術だった。

 この授業は今までの1対1の模擬戦とは違い、パーティーを組んで戦闘を行うので、個人戦闘能力だけでなく、チームワークが重要なカギとなる。


 そもそも、単体で強力な力を持つ魔獣に対して単独で戦うことはベテランの騎士でも危険極まりなく、また見返りも少ないので冒険者等のフリーランスの人たちも基本的に数人から数十人のパーティーを組んでおり、強力な魔獣の討伐時には臨時に他のパーティーと組んだり、助っ人を頼むときもある。

 そのため今学園では複数のパーティーでの戦闘を通じ、それぞれの役割と様々な状況に対応できるような判断力を育成するため、3学年からは団体戦などの授業を多く取り入れているのだ。


 しかし、クラスメート達がそれぞれパーティーを組むなか、ノゾムは相変わらず1人きりで、誰とも組めないでいた。


(分かってたけど、マズイなこれは)


 この授業は複数で組まなければ意味がないが、ノゾムが声を掛けようとしてもクラスメート達は取り合わず、無視していた。


(このままじゃ授業にならない)


 このままではパーティーが組めず、授業そのものができず、ノゾムにとっては意味の無いものになってしまう。


 しかしクラスメート達はすでにパーティーを組んでおり、ノゾムが今から入る余地はなかった。




「おい、お前、組むパーティーいないなら、俺達と組むか?」


 その時ノゾムに声をかけてきた生徒がいたが、その人物は、ノゾムはおろか他の誰も予想していない人物だった。


 なんと声をかけてきたのはマルスだった。彼の取り巻きが驚き、クラスメート達がざわめく。


「お、おいマルス、本気かよ」「なんでわざわざ役立たずを入れるんだよ」


 当然の反応だろう。マルスはクラスの中でも特にノゾムに突っかかっていた生徒なのだ。

 クラスの除け者であるノゾムを誘う人間の候補からは真っ先に除外されるし、ノゾムも彼が自分に突っかかってくることを考え、組んでくれるとは思えなかったから彼らに話しかけてはいなかった。


 マルスの取り巻き達が文句を言ってくるがマルスは取り合わず、ただノゾムを見つめていた。


 ノゾムもマルスを見つめる。マルスが何を考えているかノゾムには分からないが、彼には選択の余地はなかった。


「…………分かった。入るよ」


「……よし」


 こうして、ノゾムとマルスの愉快な仲間たちという、このクラスでは最もありえないパーティーが完成した。

 




 授業は相変わらずの模擬戦形式。マルス達とノゾムのパーティーの相手も4人。剣士の男子生徒が2人と槍使いの男子生徒が1人、短刀を2本持った短刀使いの女子生徒1人だ。


 マルスの取り巻きの2人は1人が弓使いでもう1人は魔法を使う術士だ。


 模擬戦開始の合図とともに、まず相手の剣士と槍使いが自身に強化魔法をかけて、マルスに切り掛かってきた。


「ふん!」


 マルスは大剣を引き抜くと、2人の攻撃を受け止める。金属が激突する甲高い音が鳴り響き、強化魔法によって威力が引き上げられた攻撃がマルスを襲うが、気術で身体強化をかけたマルスは、全く揺るがない。


 ノゾムは動きの止まった2人に攻撃しようとするが、突然目の前を風の刃が通り過ぎたことで攻撃を封じられてしまう。風の刃が来た方向を見ると、短刀使いが魔法を詠唱していた。

 再び風の刃が襲い、マルスと分断されてしまう。どうやら相手はマルスとノゾム達を引き離して各個撃破するつもりらしい。確かにこのパーティーで一番戦闘能力が高いのがマルスであることを考えれば、彼を引き離すことは戦略上必要だろう。

 引き離されたノゾムに相手のもう1人の剣士が切りかかってきた。


「もらった!!」


 ノゾムはすぐさま抜刀し、相手の剣を受け流す。身体強化をかけていたため、突進の勢いは強かったが、ノゾムに受け流されたことで体勢が崩れる。

 ノゾムはすぐさま追撃を掛けようとするが、突然後ろから火の玉が突っ込んできて爆発し、吹き飛ばされた。


「あぐぅう!」


「おいおい、いいのかよ。アイツも巻き込んじまって。」


「別にいいだろ。あんな使えない奴、おとり位にしかならないって。」


 火の玉を撃ってきたのはなんとマルスの取り巻き達だった。彼らにとってノゾムは文字どおりおとりでしかなく、攻撃で巻き込んだとしても彼らにとっては痛くもかゆくもなかった。


「くそっ!」


 ノゾムは起き上がり、体勢を整えるがすぐさま相手の剣士が切りかかってきた。さらにもう1人の短刀使いも加わり、ノゾムは防戦一方になる。3つの刃を受け流しながら2人同時に攻撃を受けないように移動を繰り返すが……


「そら!」


「ハハハ! いい的だな!」


 取り巻き2人も魔法と弓でノゾムごと攻撃してくるものだからどうにもならない。魔法による範囲攻撃で薙ぎ払われ、弓による正確な射撃で隙を突かれる。

 取り巻き2人の攻撃は、遠距離攻撃という意味では相性がよく、お互いの長所がうまく絡み合い、攻撃における欠点である魔法の詠唱時間と次の矢をつがえるまでの隙をうまく消していた。

 実質1対4の状況ではノゾムには打つ手がなく、捌ききることは出来るが、反撃しようとすると後ろの取り巻き達がノゾムごと攻撃するのでそちらの対処をしないといけない。そして相手のパーティーから再び攻撃を受けるというループに陥っていた。


 しかし、その状況が崩れた。横から猛烈な寒気を感じたノゾムは瞬脚を使い、全力で離脱する。

 離脱していたノゾムの視界に映ったのは大剣を振り上げるマルス。相手をしていた2人を倒したマルスはそのまま乱戦状態だったノゾムとノゾムの相手をしていた2人の元に瞬脚で突っ込んできたのだ。

 大剣に風の刃を纏わせたマルスが全力で剣を横薙ぎに振るう。強化された膂力と風の刃によって、マルスの周囲が薙ぎ払われ、相手パーティーの残りの2人は吹き飛ばされて戦闘不能になり、模擬戦は終了となった。




 ノゾムとマルスはお互い無言でにらみ合う。明らかにノゾムごと薙ぎ払ったマルスや、彼ごと攻撃してきた取り巻き達にノゾムは明らかに怒りを感じていた。

 今までノゾムは学園ではすべてから目を背けていた。以前の彼ならすぐさま目を逸らし、自分の内に引き籠っていただろう。

 ノゾム本人はそんな自分の変化に気づいてはいなかったが、彼は明らかに変化していた。


 怒りが沸いていたノゾムだが、いつもと違うマルスの様子にやがて心の中で疑問が出てきた。

 ノゾムごと薙ぎ払ったマルスだが、その眼には今までのノゾムを蔑む色は見えない。その眼の奥にある考えはノゾムには分からなかったが、少なくとも敵意などではないことは分かった。


 思えば3学年になってから、マルスのノゾムに対する雰囲気は明らかに変わっていた。

 自分を罵ることも無くなり、授業中に突っかかってくることも無くなっていた。


(一体どういうことなんだ?)


 ノゾムの心には怒りもあるがそれ以上に今はマルスの変化が気になった。しかし、互いに話しかけることはなく無言のまま。取り巻き達はマルスに話しかけてくるが、彼は取り巻き達を相手にせず、ただノゾムを見ていた。


 やがて授業の終了を告げる鐘が鳴り、解散となる。ノゾムは胸の中に芽生えた疑問に答えを見いだせないまま、訓練場を後にした。

 







 授業が終わった後、学校の廊下を歩きながら、マルスは先ほどの模擬戦について考えていた。


「アイツ……変わったな」


 思い出すのは巻き込むのも厭わず攻撃したこちらを睨みつけてきたアイツ。以前のアイツならそんなことはせず、ただ俯いて背を向けていただろう。

 アイツ自身に何があったのかマルスには分からないが、奴の心境が変化する事があったのは察する事が出来ていた。


「…………しかしアイツ、どんな訓練してたんだ?」


 マルスは先ほどの模擬戦で実質1対4だったノゾムの動きに感嘆していた。他の2人の相手をしていたため、戦いの最中に視界に入る程度だったが、4人の攻撃を捌いていたアイツの立ち回りには無駄がなかった。

 アイツのように抑圧された状態で4人からの攻撃を捌くことは、自分では出来ないだろう。動き自体は遅く、そのため相手をしていたやつらを含めて周りは気付かなかったみたいだが、恐ろしいほど的確な動きだった。

 相手の死角に常に動き、かつ常に1対1になるように動き回っていた。しかも、その状況で自分の不意の急襲を察知し、即座に動いたのだ。かなり広い視野を持っているのは間違いない。


「かなり戦いなれてやがるなアイツ。何処でそんな経験積んだんだ?」


 この街で戦いの経験を積める場所は学園かギルドの依頼を受けることぐらいしかない。学園でアイツの相手をする人間はおらず、ギルドの依頼で討伐系を受けるにはアイツはランクが足りない。

 学生がギルドから討伐などの依頼を受けるには一定以上のランクを保有するか、複数の人間でパーティーを組むしかなく、そうでない場合は雑務系の依頼しか受けられないようになっている。学園の生徒は所詮未熟者の集まりであり、また学園側も貴重な人材候補の喪失は避けたいところなので、このような取り決めが交わされているのだ。


「…………アイツ、もしかして1人で森に入ってるのか?」


 他に実戦経験を積めそうな場所は森しかないが、学生が1人で魔獣の跋扈する森に入るのは無謀でしかなく、誰もそんなことをする者はいない。いくら町の近くには強力な魔獣はいないとはいえ、それは絶対ではなく、実際に旅人が襲われた例もある。

だがそうでないと、アイツの動きの的確さに説明がつかない。


「…………確かめてみるか」


 マルスはある決心を固め、足早に廊下を歩いて行った。


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