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閑話 そして騒動は勃発する


 ある日の早朝、ノゾムは寮の自室を突然訪れたフランシルト家のメイドに頼まれ、アイリスディーナ達の邸宅を訪れていた。

 そして、フランシルト邸の広間で繰り広げられる珍妙な光景を、神妙な表情で眺める羽目になってしまっていた。


「ソミア! ソミアーーーー! どこにいるんだーーーー!」


「ええい、退くのだメーナ! ソミアが、ソミアが……!」


 雷のような悲鳴と怒号が、広大な屋敷中に木霊している。

 ノゾムは聞こえてくるあまりの音量に耳を押さえつつ、この騒音の発生源に注目した。

 叫び声をあげているのは、アイリスディーナとヴィクトル。アイリスディーナは焦燥にかられた様子でソミアの名前を叫び続け、ヴィクトルは今にも駆け出しそうなところを、複数の使用人達に押さえつけられている。


「お待ちください旦那様、先ほど申しました通り、ソミリアーナお嬢様が誘拐された可能性は低いです。

 今は冷静にお嬢様の行先を……」


 メーナが押さえつけられているヴィクトルに、何とか冷静になるよう声をかけている。

 しかし、肝心のヴィクトルは冷静になる様子がまるでなく、「万が一という可能性があるではないか!」と声を荒げてメーナの拘束を解こうともがいていた。


「あ、あの……。すみません、何がどうなっているんですか?」


 状況が全く理解できないノゾムは、せめて何があったかだけでも知ろうと、メーナに声をかける。


「ああ、ノゾム様、いらしてくださったのですね。実は、今朝からソミリアーナお嬢様のお姿が見えないのです……」


「……は?」


「ノゾム! ソミアが、ソミアが突然屋敷から居なくなってしまったんだ! どこにいるか知らないか!?」 


 ソミアが行方不明。その言葉を聞いたノゾムの頬が引きつる。

 一瞬、メーナが何を言っているか理解できなかったノゾムだが、とりあえず状況を把握する為にもメーナから事情を尋ねようと口を開く。


「ええい、放せ! 私はソミアを探しに行くのだーーーーーーーー!」


 しかし、ノゾムが質問をぶつける前に、錯乱したヴィクトルに中断させられてしまった。

 彼は自分を拘束していた使用人達を、力づくで振りほどき始める。

 文官のくせに、どこにそんな力があったのだろうかと思えるほどの勢いで、使用人達を投げ飛ばしていくヴィクトル。

 彼は自分を押しとめていた使用人全てを排除すると、一目散に屋敷の玄関めがけ駆け出していく。


「仕方ありません。旦那様、失礼いたします」


「はう!?」


 しかし、ヴィクトルの足が数メートル進んだところで、彼の後ろに回り込んだメーナが手刀を一閃。彼の意識を奪い取った。

 一瞬で意識を飛ばされたヴィクトルの体は、慣性と重力の楔に従い、顔面から床に激突。そのまま勢いよく前方宙返りを二回転半をきめ、背中から再度床に叩きつけられてしまった。

 

「あ、あの。大丈夫なんですか?」


「はい、問題ありません」


 完全に意識を喪失しているヴィクトルを前にしながら、元凶の侍従長はしれっとした態度で、ノゾムに簡潔な答えを返す。


「ええっと、本当に問題は……」


「全くありません」


 思わず尋ね直してしまうノゾムだが、メーナは淡々とした表情で同じ答えを返すのみ。

 そのあまりの手際の良さと変わらない態度にノゾムは言葉を失ったのか、これ以上問い詰めることはしなかった。

 ついでに、倒れたヴィクトルからも、出来るだけ視線を逸らしている。


「あの、ソミアちゃんが行方不明って……。ま、まさか誘拐……」


「いえ、その可能性は低いのです。部屋のカギは内側から開けられていましたし、争ったような形跡もなく、薬や魔法を使った痕跡もありませんでした。おそらく、お嬢様自身がご自分の意思で出て行かれたのだと思います」


 だが、万が一ということもあるので、連絡の使用人をジハードと憲兵隊の所に向かわせたと、メーナは付け加えた。

 さらに、とりあえず自分達でソミアを探し、発見できなければ、憲兵隊やジハードの力を借りるとの事。


「ノゾム様は、お嬢様の行先に心当たりはありますか?」


「い、いえ。あまり……あっ」


 ノゾムの脳裏に浮かんだのは、商業区の路地の先にあった空き地だ。ソミアは最近、猫達と会うためにそこに行っていた。

 とりあえずノゾムは、ソミアが最近訪れていた空き地につての話を、アイリスディーナ達に伝える。 


「ソミアはそこにいるのか!?」


「い、いや。確証はないけど……」


「なら……。ウィルカース! フランソワ!」


「「ワン!」」


 威勢の良い鳴き声と共に二匹の犬がアイリスディーナの傍に駆け寄ってくる。

 やってきた犬たちはよく訓練されているのか、アイリスが手を上げると二人並んで座り、じっと飼い主の命令を待つ。


「アイリス、この犬たちって……」


「この前の依頼で引き取った猟犬の番だ。雄のウィルカースと雌のフランソワ。どちらも元猟犬。ソミアの匂いを辿って追いかける事ができるはずだ!」


 猟犬だったこの犬達なら、確かに適任である。

 ソミアの匂いをこの猟犬に覚えさせれば、追跡が可能なはずだ。 


「なるほど、では、旦那様を起こしてその犬達に追跡させ、ノゾム様がおっしゃる空き地に行くか確かめてみましょう」


 メーナはスタスタと気絶している主に近づくと、ヴィクトルの額に向けて再び手刀を一閃させた。


「はう!」


 打ち込まれた衝撃で、ヴィクトルが一瞬で目を覚ます。

 再び自分の主を殴った侍従長。その姿に、ノゾムは再び言葉を失ってしまった。

 起き上がったヴィクトルは呆けた表情で辺りをキョロキョロと見渡している。


「私はなぜこんなところで寝ているのだ?」


「旦那様、ソミリアーナお嬢様の行先に関する情報が手に入りましたので、これからその場所まで赴こうかと考えます。よろしいですか?」


「う、うむ。分かった。 よきに計らえ?」


「では、私は少し準備をいたします。五分で戻りますゆえ、しばしお待ちください」


 メーナは簡潔に用件を述べると、未だに混乱しているヴィクトルを放置し、猟犬達を連れてさっさと屋敷の中へと消えてしまう。おそらく猟犬達にソミアの匂いを覚えさせるため、彼女の部屋に連れて行ったのだろう。

 一方、ノゾムは先ほどメーナの突飛な行動について、アイリスディーナに尋ねていた。


「なあ、アイリス。メーナさん、あんな事をして大丈夫なのか?」


「ああ、大丈夫だ。実は二人とも普段はあんな感じなんだ。

 メーナはお父様の学友で、フォスキーア国の貴族学校で同期だったらしい。その頃から、かなり親しい付き合いだったらしいからな」


 どうやら、ヴィクトルとメーナの付き合いは相当長いらしい。

 長年の友人だというのなら、先の行動も理解できる。おそらく、数年前にソミアが家出した時、暴走して騎士団を招集しようとしたヴィクトルを止めたのはメーナだったのだろう。


(でも、貴族学校って名前からすると、通っているのは貴族だよな? メーナさんって貴族なのか?)


 そんなノゾムの疑問を他所に、数分後に猟犬を連れて戻ってきたメーナとアイリスディーナ達は、ソミアを探しに街へと繰り出して行った。

 








 ソミアを捜索する為に街へと繰り出したノゾム達。

 貴族の当主と令嬢、メイドに学生に犬二匹というかなり奇抜な組み合わせは、当然ながら周りを歩く人達の注目を浴びていた。

 奇妙な注目をされ、ノゾムは居心地が悪そうに肩を震わせる。

 一方、ノゾムを覗いた三名は、そんな周囲の視線などどこ吹く風というように受け流し、ただひたすらにソミアの匂いを追跡する猟犬を追っている。

 特にアイリスディーナとヴィクトルは前を歩く二匹の猟犬を穴が空きそうな程凝視しており、ちょっとの仕草で右往左往する始末である。

 犬が立ち止まれば、両手を握りしめて犬が嗅ぐ地面に注目し、犬が顔を上げれば、二人一緒になって犬の視線を追う。

 その妙に息の合った仕草に、ノゾムは思わず「やっぱり親子だな……」と心の内を吐露していた。


「どうやら、お嬢様が商業区へ向かったのは間違いないようですね」


 犬達は行政区から中央公園を通り過ぎ、商業区の中へと向かっていた。


「そこに、いるのか?」


「わからない。でも、ソミアちゃんが商業区に用事があるって考えると、最近だと牛頭亭か、あの猫空き地くらいしか思いつかないけど……」


 犬達は商業区の大通りをしばらく歩くと、唐突に路地の方へと入っていく。そこは、以前ノゾムがソミアを見かけた時、彼女が入っていった路地だった。


「どうやら、間違いなさそうですね」


 路地を進みながら、ノゾムは確信めいた言葉を口にする。

 猟犬達が進む道は、以前ソミアがクロを追いかけた道筋と全く同じ。この道をソミアが通ったなら、行きつく先はあの空き地で間違いないだろう。

 ノゾム達が薄暗く狭い路地をしばらく進むと、突然目の前が開けた。

 

「ワンワン!」


 犬たちが「着いた!」と言うように吠える。

 ノゾム達の目の前には、密集した建物の隙間にポツンとできた空き地がある。

 そして、そこにはやはり十数匹の猫達が集まっていた。


「ここがその空き地です」


 猫達は突然来た多数の来訪者たちにおっかなびっくり距離をとると、じっと警戒心に満ちた視線を向けてきた。

 連れてきた猟犬達も、猫達の緊張感に当てられたのか、視線を逸らさず、猫達の様子を覗っている。

 商業区の一画で、異種動物同士の奇妙な緊張感が満ちていた。


「「ソーーーミーーーアーーーー!」」


 しかし、フランシルト親子には動物同士の緊張感など知ったことではなかった。

 愛しのソミアを探す為に、まるで戦場を蹂躙する騎馬のように、猫達がいる空き地に突撃していく。

 一方、猫達は鬼気迫る様子で突撃してきた親子に驚き、にゃあにゃあ! と叫び声をあげながら、空き地から逃げ出そうとする。

 とはいえ、空き地は三方を他の家に囲まれており、出口となる一方には猟犬を従えたノゾム達がいる。

 当然ながら、猟犬は猫達を警戒しているので、結果的に猫達は逃げ場を塞がれた形になってしまっていた。


「どこだ、どこにいるんだ!」


「ソミア、いきなり屋敷から居なくなった事はお父さん怒っていないから、出ておいで~~!」


 一方、フランシルト親子は、近所迷惑など気にする様子もなく、大声をあげながら空き地の端から端まで駆け回り、あらゆるものをひっくり返していく。

 ニャアニャア、ワンワン、ドタバタドタバタ。

 逃げ回る猫たちの悲鳴と、アイリスディーナとヴィクトルの怒号が響く。

 

「そこの白猫! ソミアがどこにいるか知らないか!? 正直に話せ! 隠すと為にならないぞ!」


 必死の形相でアイリスディーナの質問をぶつけたのは一匹の白猫。そう、あのクロ親衛隊のリーダーである。

 他の猫たちが右往左往する中、彼女だけは気丈にも逃げ出さず、アイリスディーナと正面から相対していた。

 アイリスディーナの問い掛けに対する白猫の答えは“シャー!”の威嚇のみ。

 ノゾムがよく見ると、クロの寝床がひっくり返され、土と埃まみれになっている。どうやら、想い猫の寝床をひっくり返されて、怒り心頭らしい。

 一方、アイリスディーナもかなり熱くなっている。あくまでもソミアを隠すつもりか! とこちらも怒り心頭なお嬢様。相手が人の言葉を話せないことなどすっかり忘れ、腰にさした細剣に手を伸ばしている。


「いや、ネコは“ニャー”くらいしか言えないから、少し落ちつけ」


 さすがに猫相手に剣を抜くのは拙いと思ったのか、ノゾムが後ろからアイリスディーナを押さえこむ。

 その時、空き地の入り口で待機していた猟犬が、突然吠え始めた。


「ワンワン!」


 何かに気づいたように吠える猟犬達。その視線の先を追うと、空き地の草むらで動く影があった。

 大きさは、人間の子供くらい。チラリとこちらを覗うように覗かせたその顔は、ノゾム達が捜していた探し人のものであった。


「あっ、いた」


「「ソミアーーーーーー!」」


 ノゾムの言葉に、アイリスディーナとヴィクトルが反応した。

 アイリスディーナはあっという間にノゾムの拘束を振り解くと、ヴィクトルと共にソミアに飛び掛かった。

 ノゾムでも反応できないほどの超速度。思わず呆けた表情を浮かべるノゾムの視線の先で、二人は一直線にソミアに向かってダイブしていく。

 

「にゃう!」


「「ふぎゃ!!」」


 だが、アイリスディーナ以上の反応速度で、ソミアはその場から飛び退いた。

 目標を見失い、フランシルト親子は誰もいない草むらに頭からダイブしてしまう。


「え? いま”にゃう!”って……。それに、その猫耳と尻尾……」


 一方、ノゾムの視線は草むらから飛び出してきたソミアに釘づけだった。

 彼女の外見が、はっきり言って目を疑うものだったからだ。

 仕立てのいい絹のパジャマに、艶やかな漆黒の猫耳と尻尾。いわゆるパジャマ猫耳であった。若干土で汚れてはいるが、まるで子猫のような愛らしさがある。

 しかし、何より目を引くのは、その仕草。人ではなく、獣のように四肢を地面につき、威嚇するその姿は、猫そのものだった。


「ふしゃーーーーー!」


「完全に猫化してる。なぜ?」


 草むらにダイブした肉親に向かって、威嚇するソミア。

 彼女はそのまま踵を返すと、ノゾムの方に向かって駆け出してくる。


「あっ……」


 そして跳躍。ノゾムの脇を駆け抜け、メーナと猟犬の頭を飛び越えて逃げていく。

 その十一歳とは思えない素早さと跳躍力に、ノゾムとメーナ、そして猟犬たちは呆然としたまま、見送ることしかできなかった。


「「ソーーーミーーーーアーーーーー!」」


 一方、ソミアに逃げられたフランシルト親子は、大声で叫び、土煙を巻き上げながら、猫娘を追いかけていった。

 二人の姿はあっという間に路地の奥へと消えてしまう。

 残されたのは、ノゾムとメーナ、そして二匹の猟犬のみ。ちなみに、空き地の猫達はノゾム達がソミアに気を取られている隙に、スタコラサッサと逃げてしまっている。


「ええっと、メーナさん。どうしましょうか?」


「……迂闊でした。あまりに変わってしまったお嬢様を前にして、旦那様達を拘束することを失念していました」


「いや、拘束って……」


 主に対する不穏な発言に、ノゾムは頬を引きつらせる。メーナを見つめるノゾムの目が、何となく怪しいものを見るような色を帯び始める。

 

「ノゾム様、ソミリアーナ様が付けて居た猫耳と尻尾について、心当たりがありますか?」


「ええっと、知ってどうするんですか?」


「お嬢様の異変。まず原因として考えれるのは、あの猫耳です。ですので、制作者に非常に良いものだとお礼を……。いえ、何が起こっているのか原因を問い質しに行こうかと……」


 ノゾムは、なにやらこの場にそぐわない単語がメーナの口から出てきたような気がした。

“非常に良いもの”とか”お礼を……”とか。

 とはいえ、ここで追及すると、藪蛇になりかねない。ノゾムはメーナが漏らしたその発言を全力で無視した。

 

「でも、以前ソミアちゃんがあの猫耳をつけた時は、特に異変はありませんでしたよ?」


「……ノゾム様は、あの姿のお嬢様を見たことがおありで?」


「え、ええ……」


 キッとしたメーナの視線に、思わずノゾムは半歩距離をとってしまう。

 普段から毅然とした雰囲気を持つ女性だが、なぜかこの時、ノゾムは背筋を這うような寒気を感じたのだ。


「……しかし、現状お嬢様があのような状態になってしまった原因が、あの猫耳以外には考えられません。まずは、一番可能性のある要因を探った方が良いかと」


「アイリス達はどうするんですか?」


「今さら追いつけません。今は原因を究明することを優先しましょう」


 丁寧な言葉使いの裏に、ノゾムですらドン引きするような威圧感を乗せながら、メーナは製作者に会わせろと言及してくる。


「こっちです……」


 ノゾムは再び騒動に巻き込まれた事、そしてこれから巻き込まれるであろう災難に嘆息しながら、トボトボと市民区への道を歩き始めた。


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