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第7章第25節

お待たせしました。第7章第25節を投稿しました。

 ノゾムとゾンネの戦いは、徐々にではあるが、ノゾムが押し込み始めていた。

 老人の肉体であるが故に、力の上限を気にしているゾンネ。ノゾムの体の事などおかまいなしに、力を引き上げようとするティアマット。

 接近戦の技巧が互いに拮抗している今、純粋にその差を分けるのは、やはり使い手が行使している力の総量である。


「むう!」


 ノゾムが撃ち込んだ刀が、ついにゾンネの光杖を破砕した。

 術式を破壊され、霧散した源素を置き去りにしながら、ゾンネは後方へ跳躍する。

 さらに右手を掲げて多重術式を展開。身の丈ほどの巨大な光球を生み出すと、すぐさま光球を炸裂させた。

 同時に発生した衝撃波を一方向に集約。ノゾムめがけて解放し、彼を吹き飛ばそうと試みる。

 解放した衝撃波は、とっさに放ったものではあるが、ティマの攻撃魔法に匹敵するほどの威力がある。

 しかも、ノゾムとの距離は数メートル。到底反応できる距離ではない。当然ながら、回避も不可能なタイミングである。

 さらにゾンネは、光球の炸裂に合わせて、左手に光の矢を形成し、光球が炸裂した影に隠れるようにしながら、音もなく放つ。

 面による攻撃と、点による攻撃の二段構え。

 そもそも、高速の斬り合いを制するには、反射神経だけではない。相手の動きを先読みする深い知性と、瞬時に判断を下せる高い思考力も必要なのだ。

 怒りに飲まれた者は、この思考力と知性の欠如によって、敗北を喫することが多い。そういう意味では、怒りに飲まれている今のノゾムには、思考力はほぼ皆無である。


「「おおおおおおおおお!」」


 しかし、そんな常識はこの青年には通用しない。

 ゾンネが手を挙げた時点で彼の行動を予測していたのか、その手に携えた混沌の刃を斬り上げる。

 斬り上げられる刀の軌跡に合わせて、極細の気刃が走る。

 放たれた”幻無”が不可視のはずの衝撃波を真っ二つに切り裂き、さらにその後方から迫っていた光の矢を両断しながら爆散する。


「まだあるぞい!」


 しかし、ゾンネもまた、この程度は織り込み済みである

 突如としてノゾムの足元が輝きを放ち、円錐状の光のとげが無数に突き出してきた。

 面と点を組み合わせた上に、さらに視線を上下に振るような多重攻撃。先ほどの光球も、光矢も、すべてブラフであった。

 ついでに言えば、この光棘による攻撃も、時間稼ぎでしかない。

 光棘ではノゾムを仕留めきれないと踏んだ上で、さらにゾンネは、強烈な反撃を叩き込もうと、再び多重魔法陣を構築。ありったけの源素を流し込み始めた。

 いくらノゾムといえど、身を守るために光棘を切り払えば、半秒に満たないとはいえ、時間はかかる。そのわずかな時間さえあれば、ゾンネには十分だった。しかし……。


「なんじゃと!?」


 ノゾムはゾンネの予想の上を行く。自分めがけて突き上げてきた光棘の1本に、自分から足を踏み出したのだ。

 ザシュッと裂けるような音とともに、ノゾムの足を光棘が貫く。

 否、貫いたのはノゾムの靴だけだ。

 ノゾムは足の親指と人差し指で、光棘を挟み込むようにして体を支えると、そのまま跳躍してゾンネに躍りかかってきた。

 ノゾムもまた、老人の異常性は身に染みていた。刹那でも時間を与えれば、手痛い反撃を食らう故に、このような行動をとったのだ。

 僅かな時間稼ぎすらできず、ゾンネはおもわず目を見開く。

 思考は激しているはずなのに、行動はあまりにも冷静。彼はすでに“己の戦いの理を、相手の理に当てはめる”という行動自体を、思考ではなく反射の領域で体現していた。

 跳躍したノゾムはゾンネを刃圏に捉えると、振り上げた刀を老人の脳天めがけて振り下ろす。


「くっ! 間に合うか!?」


 得物も砕かれ、術式の展開も間に合わない。

 咄嗟にゾンネは、集められるだけの源素を手に平に集約させ、振り下ろされた刃を防ごうと試みる。

 今、人の姿をとっているゾンネは、強靭な鱗を持たない。

 防ぎきれなければ、振り下ろされる刃は容易く老人の命を刈り取るだろう。

 だが、突然横合いから強烈な嵐が2人に襲い掛かってきた。

 戦いの余波で散った白の源素を吹き飛ばし、ガリガリと地面と抉りながら疾走する風牙の嵐。

 唐突に襲い掛かってきた嵐に目を見開いたゾンネがまた慌てて障壁を展開し、ノゾムもまた素早く混沌の刃で円を描き、前面に気膜を作り上げる。

 そして、襲撃してきた裂塵の嵐が2人を飲み込んだ。

 

「のひゃああああああ! へぶっ!?」


「っ!?」


 老人は素っ頓狂な悲鳴をあげながら吹き飛ばされ、ノゾムもまた空中で揉みくちゃにされながら、何とか体勢を立て直そうともがく。

 ノゾムは何とか刀の重みを利用し、体勢を整えて着地に成功するが、ゾンネは頭から地面にキスをする羽目になってしまった。

 

「おお、爺さん。危なかったな!」


「ホントやな。いや~間に合ってよかったわ~」


 白々しい口調で2人の前に出てきたのは、肩に大剣を担いだマルスと、指先でクルクルと符を弄ぶフェオの2人。

 マルスの大剣には、先ほどノゾム達めがけてはなった“裂塵の餓獣”の残滓が纏わりついており、だれが先ほどの嵐を放ったかを如実に物語っていた。


「嘘じゃ! 初めからワシごと吹き飛ばすつもりだったんじゃろう!」


 ゾンネは、ズポッと気が抜けるような音を鳴らして地面に埋まった顔を引き抜くと、顔を真っ赤にしながら文句をまくし立て始めた。


「え~。酷い被害妄想だな~」


「せやな~。 せっかくさっき助けてもらった恩を返そうと思ったのにな~」


 一方、マルスとフェオは一様に心外だというような表情を浮かべているが、ニヤけた口元が隠せていない。

 というか、初めから隠す気がないようだ。先ほどゾンネに吹き飛ばされたことに対する、意趣返しのつもりなのだろう。

 高速で斬り合うノゾムとゾンネの戦いに割り込むには、矢や単発の魔法では効果が薄く、少々強引な手段が必要だったとはいえ、少し哀れである。


「ひ、ひどい。恩人に対してなんという仕打ちだ」


 涙を流しながら地面に跪くゾンネだが、緊急事態とはいえ、助ける相手を吹っ飛ばしたのは彼も同じなので、可哀想という感想はあまり浮かばない。


「ご老人お疲れ様です。一旦下がってください。後は私たちが何とかします」


 打ちひしがれるゾンネに、傍に寄ったアイリスディーナがそっと声をかける。

 美少女からの労いの言葉に、土まみれのゾンネの顔が緩む。


「おお、お嬢さん。この哀れな老人を、その柔らかな胸の中で慰めてくれんか?」


 ゾンネはまるで抱っこを強請る幼子のように、両手を掲げてズリズリとアイリスディーナの足元にすり寄る。

 土まみれでニヤけたシワ顔と相まって、気持ち悪いことこの上ない。


「はぁ……。マルス君、パスだ」


「さっさと退けよ。色欲龍」


 アイリスディーナはあきれ顔で溜息を吐くと、ゾンネの襟首を両手で荒々しく掴み、マルスに向かって放り投げる。キャッチしたマルスが、そのまま勢いをつけてジャイアントスイング。さらに後ろに向かって全力で放り投げる。

 キャッチアンドリリース。

 魔気併用術で激増した身体能力もあって、ゾンネの体は再び勢いよく宙に放り出された。


「ふおおおお! あだ!」


 お約束の顔面着地。

 再び地面に顔を埋める羽目になったゾンネに、ソミアが恐る恐る声をかける。


「あの。お爺さん、大丈夫ですか?」


「ソミア、気にする必要はないぞ。彼は龍族。この程度で死ぬような存在ではない」


「命助けられているから、あまりひどいことは言えないけど、これはちょっと同情できないかな……」


「え、ええっと……」


 姉の余計な劣情を拗らせた老人に対する扱いの悪さと、リサの同情の余地なしという言葉に、ソミアは思わず頬を引きつらせた。

 ゾンネは先ほどよりも土に塗れた顔を持ち上げながら、一応抗議のつもりで声上げる。


「ワシ、この姿だとただ人間と変わらんのですが?」


「あの状態のノゾムと真正面から打ち合える奴が“ただの人間”にカテゴライズされるわけないだろ」


「そもそも、龍だから人間じゃないし」


 ゾンネの控え目の抗議を、マルスとミムルが一刀両断。これ以上ないほどバッサリと人外認定を下す。

 そもそも、肉体の強度と最大出力が人間と同じなのであって、内包した力の総量は明らかな人外なので、間違ってはいない。


「実際、ノゾム君だって……」


「「おおおおおおおおお!」」


 雄叫びとともに、周囲の土煙を吹き飛ばし、ノゾムが姿を現す。

 相変わらず傷だらけで全身から血を流してはいるが、それはあくまで自傷によるもの。それ以外で深手を負っている様子はない。


「ほら。マルス君の魔気併用術でも大した傷を負っていないんだから、気を使うだけ無駄だよ」


 最後に、トムがとどめを刺す。

 彼女の隣でティマが右往左往しているが、積極的に否定しないあたりが、彼女の心情を物語っている。


「ワシ、ちょっと小僧に同情しそうじゃ……」


 背中に哀愁を漂わせ、ホロリと涙を流しながら、老人は項垂れた。

 ついでに、仲間達からも人外認定されているかつての恋人に、リサが頬を引きつらせていたとか。


「さて、冗談はこのくらいにして、いよいよ本番だ」


 冗談はここまでと、気を引き締めながら、マルスが大剣を構える。

 その隣に細剣を携えたアイリスディーナと、魔力を滾らせたリサが並ぶ。


「だな、打ち合わせ通り、私とマルス君で前線を支える。リサ君は……」


「前線で戦うあなた達の援護。こちらで合わせるから、好きに動いていいわよ」


「大丈夫なんだろうな? というか、本当に俺達の動きについてこれるのか? 腑抜けたまま背後から誤射なんて御免だぞ」


「こう見えて、実技に関しては学年トップクラスよ。あなたよりは器用にできるわ」


 リサの言葉に、懐疑的な表情を浮かべるマルスだが、猫の手も借りたい現状では、贅沢は言っていられない。

 一方、いったん後ろに下がったゾンネに、シーナが手に持っていたミカエルを差し出してきた。


「ゾンネ殿、こちらをお願いします」


「うむ? よいのか?」


「はい、私たちの言葉では、彼の心に届きそうにありません。ですので、行動で示します」


 シーナはあっさりとそう言い放つと、ミムルから短剣を借り、自らの髪を十数本まとめて掴むと一気に切り落とした。

 長くて艶やかな蒼の髪が重力に引かれ、はらりと手の上で広がる。


「ワシの手は必要かの?」


「いえ、僕達がノゾム君を抑えた後に、彼の蘇生をお願いします。リサさんを助けたあなたなら、失敗の可能性はほとんどないでしょうから」


「むしろ、何かあったらまずいんだ。いいから早く下がりやがれ」


 シッシッと、マルスが手を振って後ろに下がるよう促す。


「ふむ、そこまで言うなら、任せよう。……頼むぞ」


 ゾンネは頷くと、ミカエルとともにアイリスディーナ達から一歩離れる。


「リサ君、いいか?」


「ええ、やるべきことは理解しているわ」


「来るぞ!」


「「おおおおおおおおお!」」


 次の瞬間、爆発的な加速とともに、ノゾムがアイリスディーナ達めがけて踏み込んできた。


「さて、さっきの続きと行こうぜ!」


 一番にノゾムめがけて踏み込んだのは、やはりマルスだった。

 魔気併用術で激増した身体能力にものを言わせ、突っ込んでくるノゾムめがけて大剣を振り下ろす。


「「しっ!」」


 当然ながら、そんな大ぶりな斬撃がノゾムに通用するはずもない。滑るような動きで大剣の軌跡から身を逸らし、脇を駆け抜けるように刀を薙ぎ払おうとする。


「おらああ!」


 マルスもまた、単調な剣がノゾムに通用するはずもないことは分かりきっている。

 振り下ろした大剣の軌道を、激増した身体能力で無理やり変え、薙ぎ払いへと繋げる。

 マルスの横を駆け抜けながら脇腹を薙ごうとするノゾムと、そんなノゾムを吹き飛ばそうとするマルス。交差した2本の刃が、甲高い音を立てて激突した。

 同時に、強烈な衝撃が両者を襲う。

 

「ぐう……!」


 マルスは、崩れそうになる体勢を必死に立て直しそうと、両足に力を入れる。目の前のノゾムは、既に次の攻撃態勢をとっていた。

 勢いで前へと流れそうになる体の方向を、絶妙なバランス感覚で調整。体を回転させながら、衝撃を器用に逃がしつつ、逆に勢いをつけた斬撃を放ってくる。

 相変わらず驚異的な技巧である。


「なろ!」


 マルスも負けてたまるかと大剣を斬り返し、ノゾムの斬撃を迎撃する。


「でえええい!」


「「おおおおおおおおお!」」


 雄叫びを上げながら、手に携えた得物を振るうマルスとノゾム。

 1合、2合と切り結ぶたびに、甲高い激突音が灰色の森に響き、炸裂した気と魔気が衝撃を伴って周囲にまき散らされる。

 その状況で押し込むのは、やはりノゾムの方。先ほど戦った時とは違い、混沌の力を解放した彼の刃は、大剣に付与されたマルスの魔気を、瞬く間に削り取っていく。

 

「せい!」


 ノゾムの刀がマルスの魔気を削りきる前に、アイリスディーナが横合いから細剣を操り出して牽制する。

 ノゾムが半歩、すり足で後ろに下がりながら、突き込まれた細剣を躱す。

 ノゾムは眼前を通り過ぎる細剣を視界の端におさめながら、刃を返して袈裟がけに斬りつけてくる。

 アイリスディーナは素早く細剣を戻し、ノゾムの斬撃に沿わせるように細剣を掲げる。

 ノゾムの刀とアイリスディーナの細剣が激突。

 自らの魔力剣を一方的に浸食してくる気の刃と、両腕にかかる激烈な圧力に歯を食いしばって耐えながら、彼女は腰を落としてノゾムの斬撃の下を潜りつつ、後ろへと回り込む。


「てええええい!」

 

 回り込んだアイリスディーナは、素早く身をひるがえし、疾風のごとく突きを放った。

 雷のような速度で強襲してきたアイリスディーナの突きを、ノゾムは振り向きざまに弾き返す。

 しかし、アイリスディーナは止まらない。

 突いては引き、引いては突く。単純な動作を秒間数十回という猛烈な速度で繰り返す。

 眉間、秘中、心臓、下腹。視界に収まるすべての急所めがけて放たれる驟雨のごとき突きの嵐。

 あまりに素早い刺突は、常人の目には到底見切れない。見えるのは、彼女の腕の残像と、細剣の切っ先が描いた閃光の残滓のみ。 


「「しっ!」」


 だが、その刺突の雨を、ノゾムは事も無げに打ち払った。

 柔らかく、力強く、縦横無尽に振るわれた刀が、ガガガガガガッ! と鳴り響く金属音と共に、刺突の雨を一滴残らず跳ね除ける。


「ぐっ!」


「「がああああああ!」」


 お返しとばかりに、ノゾムの反撃がアイリスディーナに繰り出される。

 むなしく舞い散る魔力光を切り裂きながら迫る極刃。だが、その刀身が彼女の体を切り裂く前に、3つの炎弾がノゾムめがけて殺到した。


「はああ!」


 炎弾を放ったのは、アイリスディーナ達より一歩後ろに控えていたリサだった。

 アイリスディーナとマルスの後方で彼女たちの戦いを観察しつつ、援護のタイミングを見計らっていたのだ。

 自らに迫ってきた炎弾を確かめて、ノゾムは素早く身を翻す。


「今のうちに体勢を立て直して!」


「すまん!」


 リサの呼びかけに答えるように、アイリスディーナは素早く後方に跳躍、ノゾムと5メートルほど距離をとる。

 一方、アイリスディーナを切り裂くはずだった刃は、迫りくる3つの炎弾を一太刀で斬り飛ばしていた。

 リサの役割は、アイリスディーナとマルスの後方支援。この二人だけでは、すでにノゾムを抑え込むことが困難であるため、その援護が彼女の役割だった。 


「まだまだ!」


 リサはさらに右手に意識を集中させる。

 詠唱とともに収束した魔力が炎に変換され、鋭い一本の槍を空中に形作る。

 彼女は作り上げた炎槍の柄を掴み取ると、力いっぱい全身を引き絞り、ノゾムに向かって投擲した。


「てええええい!」


 予め施していた身体強化の魔法と相まって、すさまじい速度を叩き出す炎槍。大気を貫きながら、その穂先を突き立てんと疾走する。


「「おおおおおおおお!」」


 ノゾムは突っ込んでくる炎槍をまるで気にしない様子で、瞬脚を発動。迫りくる炎槍の切っ先めがけて刀を振り下ろす。

 ノゾムめがけて突進していた炎の槍は、ザンッ! と綺麗に真っ二つに斬り裂かれる。

 

「まだ!」

 

 リサが素早く真っ二つにされた炎槍をかざすと、二つに分かたれた槍が瞬く間に膨張した。


「「!?」」


 リサが持つアビリティ”ニベエイの魔手”が発動。

 魔法の効果を一時的に倍加させるアビリティの対象は、今しがた投げつけた炎槍である。

 一気にその威力を倍加された炎槍の術式は、ノゾムに切り裂かれて崩壊しかけていたこともあり、瞬く間に砕け散る。

 同時に、轟音を挙げて炸裂。ノゾムの眼前で、その膨れ上がった威力をまき散らした。

 さらに舞い上がった炎がノゾムの全身を包み込み、彼の体を焼き尽くそうとする。


「「ぐっ! おおおおおおおおおお!」」


 しかし、ノゾムの勢いを完全に殺すことはできなかった。

 全身に打ち付けられた衝撃波を一切無視。全身から吹き出す混沌の光が、ノゾムの体を包むリサの炎を消し飛ばす。

 舞い散る炎の残滓を突き抜けながら、邪魔者を排除しようと踏み込んでくる。その真紅の目には、すでにリサすら映っていない。

  

「させっかよ!」


 リサとノゾムの間にマルスが割り込む。

 薙ぎ払うと同時に、大剣に付与していた魔気を解放。放出された魔気と無数の風刃が、地面を削岩機のように抉りながら、ノゾムを勢いよく吹き飛ばす。

 宙に飛ばされたノゾムだが、空中でくるりと軽やかに身をひるがえし、きれいに着地を決める。

 その間に、アイリスディーナがマルスとリサに合流。隙を見せぬよう身構えながら、荒れた呼吸を整える。


「おい、アイリスディーナ。シーナ達はまだか?」


「まだ準備が終わっていないようだ。ティマとフェオ君は術式の制御で手一杯。これ以上の援護は期待できないな……」


 一旦、後方に下がったゾンネは、トムたちの後ろでノゾムの動きに目を光らせている。

 万が一アイリスディーナたちが突破された場合に備えての事だろう。

 マルスは改めて、ノゾムに視線を戻す。

 全身には無数の裂傷が走り、傷口から噴き出る血が純白の制服を真っ赤に染め上げている。

 体から吹き出る5色の源素は、相変わらず心臓が凍り付きそうな程の禍々しい気配を無差別に放ち、真紅に染まった両眼に理性の色は全く見えず、煮えたぎるような憤怒を宿していた。


「……単発の技や魔法じゃ、通用しないか」


「技の特徴が変わった訳ではないからな。それでも、先ほどのように接近戦で押し切られなくなっただけマシだ」


「それでも、いつ落ちるかわからない綱渡りだけどな……」


 今の今まで、マルス達がノゾムに与えた有効打は一撃もない。今まで見た彼らの技のすべてを、ノゾムの体が記憶しているからだ。

 単純な威力で相手の防御を突破しようにも、能力的にもノゾムの方が上。使用する技のコンセプトが相手に把握されているうえ、技巧もノゾムに軍配が上がる以上、単純に技や魔法を繰り出すだけでこの均衡を崩すことは難しい。

 

「それにしても……」


「? なに?」


 マルスが後ろに控えるリサをチラリと覗き見る。

 何やら含みがある視線に、リサは首を傾げた。


「お前、かなり強かったんだな」

 

「何? どういう意味よ?」


 マルスとリサの面識はほとんどない。以前、森で行われた特総演習で、彼らのグループは遭遇戦を繰り広げたが、マルスはケヴィンとの戦いに手一杯で、リサの印象がかなり薄かった。

 その後もノゾムと色々ゴタゴタしていた印象しかないので、リサがアイリスディーナに並ぶ強者であるというイメージがないのだ。

 もっとも、3学年1階級に属し、Aランクに属しているリサが、弱いはずなどない。

 実際、高速で斬り結んでいるアイリスディーナとノゾムの間に的確な援護を入れ、あのノゾム相手に、半秒足らずとはいえ、足止めに成功している。


「いやな? なんだか強そうってイメージがなくてな……」


「一歩後ろに下がっているから、何とか対応できるのよ。目の前であんな動きをされたら、流石についていけないわ」


 目の前のノゾムから視線を逸らさないまま、リサは淡々と事実を述べた。

 彼女は魔法の効果を倍加するアビリティを保有しているが、得物を持っていない状態ではノゾムと打ち合うことはできない。

 だからこそ、彼女は少し下がって、アイリスディーナとマルスの援護に専念することにしたのだ。

 とはいえ、援護に専念するとは言っても、前線の3人が打ち合う速度は尋常ではない。

 3つの影が入り乱れる様子は、まるで竜巻の中を木の葉が入り乱れているようであり、響き合う金属音は天に響く雷を思わせる。


「この速度で動く俺たちにあれだけ的確に援護できるって、相当なものだろ……」


 そんな速度で斬り合う3人に対して的確な援護を実行するリサに、マルスは素直に感嘆の声を漏らした。

 元々、リサはアイリスディーナと同じ天才肌の人間である。

 辺境の村出身の彼女が、ソルミナティ学園のトップクラスに上り詰めた事からも、彼女の才気を疑う要因はない。

 だが、マルスはそんな才能以外の何かを、彼女から感じ取っていた。

 彼自身もよく知る人物が持つ雰囲気。そして前を見据える彼女の瞳を見た時、なるほどな、とマルスは納得した。

 あれは、前に進もうとあがく人間の目だ。

 打ちひしがれ、後悔に苛まれた人間が、のしかかる重圧に耐えながら、必死に這い進もうとする意志。

 その瞳は、どことなくノゾムに、そして反対側に立つ黒髪の少女とよく似ていた。


「やれやれ。俺の周りはどうしてこう、俺より強い奴ばかりなのかね……」


「何か言った?」


「いや別に……」


 尋ねてくるリサに気のないような返事を返しながら、マルスは視線を前に戻す。後ろはもう気にならなかった。










 アイリスディーナ達がノゾムと刃を交えながら、綱渡りのような時間稼ぎを続けている中、シーナとトムはひたすら己の作業に没頭していた。

 シーナ達の隣では、ティマとフェオがひたすらに展開した術式の維持に尽力している。

 ティマが掲げた杖の先から展開された陣には絶え間なく魔力が注がれ続け、フェオが手にした符が輝き続けていた。


「ぬううう……」


「くぅ……」


 2人の額からは玉のような汗が流れつづけ、耐えるような呻き声がかみしめた口元から漏れている。

 ティマはアイリスディーナに全力で魔力を送り続け、フェオは送られ続ける膨大な魔力を何とか安定させようと、符を使い続けている。

 なにせ、注がれる魔力の量が尋常ではない。

 一流の魔法使いが行使する魔力の、実に数倍の量が送られ続けるのだ。その量の魔力を制御しようと考えたら、符を大量投入する以外に手段はない。

 それでも、一枚の符で制御できる魔力量はそれほど多くない。しかも、先の戦いでかなりの符を消費してしまっている。

 その様子は、さながら洪水をせき止めようと、必死に土嚢を積み上げ続けるようなものだ。

 このままでは、いずれ限界が訪れてしまうだろう。

 一方、トムの方はシーナの弓に、一心不乱に術式を刻み込んでいた。

 刻んでいる術式は、以前シーナに渡した特性の弓と同じもの。他者の魔力を取り込み、より強力な魔法の使用を可能とする術式だ。

 シーナは自分の長い髪を十本程切りおとすと、縒り合わせながら、まとめていく。

 彼女は自分の髪の毛を切れた弦の代わりにするつもりなのだ。

 髪の毛というのは意外と強度があり、一本当たり約1.5キロの荷重に耐えることができる。さらに縒り合わせることで、強度はさらに増す。

 また、髪の毛は魔力の通りもよく、十分な魔力を流して強化を施せば、弓の弦としては問題なく使えるのだ。


「トム、シーナ、まだなの?」


「もう少し待って、まだ術式を刻み終わってないから……」


 ティマたちの様子を傍で見守っていたミムルが焦れたような声を漏らす。

 一応、アイリスディーナたちが突破された時のことを考えて後方に控えているミムルだが、正直な話、ティマ達の方も限界が近いので気が気ではなかった。

 ミムルは、今の自分がノゾムと相対しても、満足な時間を稼ぐなど不可能だと確信している。

 元々、ミムルは前線で刃を交えるようなタイプではない。どちらかというと、持ち前の俊敏な動きで相手の背後や隙をつくというのが本来のスタイルだ。

 前線で戦うことになったとしても、彼女は極力相手の正面に立たない。シーナとトムたち3人でパーティーを組んでいた時は、役割の配分から前衛を受け持っていたが、常に相手の死角へと回り込みながら、足などを切りつけて、相手の動きを封じる役割に徹していた。

 だからこそ、いつノゾムが前線を突破してくるのかと考えると、背筋が震える思いである。

 そんなミムルの不安を知ってか知らずか、トムもシーナも、冷静に自分の役割を果たしていく。

 

「トム、こっちは終わったわ。後はそちらだけよ」


「うん。後は任せて」


 やがてシーナが自分の作業を終え、出来上がった弦をトムに手渡す。

 トムは受け取った弦をとりあえず脇に置き、作業を続けた。


「ところで、本当にどうにかなるの?」


 不安に駆られていたミムルが、思わずトムに尋ねる。

 トムは作業を続けながらも、淡々とした口調で返答した。


「たぶん。お爺さんの話だと、ノゾム君とティアマットとのつながりに、少しでも楔を打ち込めれば、元に戻る可能性は十分あると思う」


「その証拠は?」


「以前、ノゾム君がティアマットに惑わされて、僕たちに刃を向けてきたことがあるでしょ? その時から、なんとなく頭に引っかかっていたことがあるんだ……」


 確かめるように言葉を切るトムに、ミムルは思わず唾を飲む。


「ノゾム君は、ティアマットを倒したことで、一体どんな力を手にしたんだろうかって……」


「力って、あれがそうじゃないの?」


 ミムルが暴れまわるノゾムの姿を指さすが、トムは静かに首を振った。


「あれはティアマットが持っていた力だよ。僕が言っているのは、龍殺しとなったノゾム君自身が手に入れた力のこと」


 過去の伝承の中には、歴代の龍殺しが、人間のものとは思えない、何らかの特殊な能力を手にした描写が数多くある。

 中には人とも龍族ともいえないような特殊なものがあり、ゆえに龍殺しという種族特有の“異能”と判断している学者もいる。

 かの滅龍王を取り込んだノゾムも、何らかの異能を保持していたとしても不思議ではい。

 むしろ、持っていると考えるべきだろう。

 ちなみに、ミムルも“獣化”という異能を持っており、理性を削られない特殊なタイプだが、魔気併用術を使用したマルス達ほどの身体能力を得るのは難しい。

 当然ながら、ノゾムと打ち合う事は不可能。

 それ以外にも、彼女にはノゾムと相対できない理由があるのだが……。


「確信を持ったのは、リサさんの事件のとき。ノゾム君がアビスグリーフの捕食結界に突入して、ほぼ無傷で戻ってきた事を目の当たりにした時だよ」


“捕食結界”


 アビスグリーフと同化したケンが、欲してやまなかったリサを取り込むために展開したもので、取り込んだ人間の精神を犯し、魂をむさぼり、宿主と同化させる異質な結界だ。

 あの時の捕食結界は、ジハードですら危険と判断された代物だった。

 シーナが通したパスを通じて、ノゾムにかかる負荷を幾分か分散させたとはいえ、急ごしらえの契約では、大した効果は望めなかっただろう。

 普通なら、人間が正気を保ったまま、帰還できる可能性はほとんどない。

 ところが、結界を破壊して戻ってきたノゾムは、疲れてはいた様子だったが、精神を浸食された様子は微塵もなかった。


「たぶん、ノゾム君はすでに何らかの異能に目覚めている……。いや、目覚め始めているのかな? とにかく、僕達はおろか、彼自身も把握できていない能力があることは間違いないと思う」


 ミムルはトムの話をよくわかっていないのか、首をかしげていたが、シーナはトムの話をすんなりと受け止めることができた。彼女自身に、心当たりがあったからだ

 以前、ノゾムが寝込んだとき、彼女は必死に彼の精神に接触しようと試みたが、契約魔法のパスを通る際に無数の鎖に阻まれ、ノゾムの精神に接触する事が出来なかった。

 あの時の鎖が彼の能力と何らかの関係があるなら……。


「よし、できた! シーナ、お願い」


 トムが術式を刻み終わった弓をシーナに渡す。弓の表面には、余すことなくびっしりと術式が刻まれていた。

 シーナは受け取った弓の弦を引いて具合を確かめると、小さく頷いた。


「それじゃあシーナ、お願いね。ミムルは予定通り……」


「うん、分かった。タイミングよろしく!」

 

 ミムルはすばやく身を翻すと、あっという間に灰色の森の中へと消えていく。

 シーナは森の奥へと消えていったミムルを確かめると、ゆっくりと弓を構え、弦を引いていく。


「ふう……」


 小さく息を吐き、全身から魔力を滾らせ、構えた弓に流し込んでいく。

 ほのかに輝いていた蒼色の魔素が徐々にその光を増し始め、同時に弓に刻まれた術式が輝き始める。

 引き絞った弦にまで光が満ちると、さらに構えた弓に赤、緑、黄、青の4色に輝く魔素が集まり、一本の輝く矢を形成し始めた。

 

「ううう……」


 矢が形作られていくに伴って、ティマの表情が一層苦しくなっていく。

 この矢は、アゼルのブレスを誘爆させた矢と同じように、ティマの強大な魔力によって作られた魔力矢だ。

 しかも、先の矢とは違い、矢の本体を含めた全てが、ティマの魔力によって形作られている。

 その威力は、先ほどの矢とは比べ物にならないだろう。

 だが、ただでさえアイリスディーナの強化に全力で魔力を送り続けていたティマだ。いくら膨大な魔力を持つ彼女といっても、精神的に限界が近い。

 それでも、ここでやめるわけにはいかない。

 シーナは心の内でティマに声援を送りながら、流れ込んでくる彼女の魔力を制御していく。

 矢の本体はティマの魔力によって作られるが、その魔力に矢という形を与えるのはシーナの役目だ。

 しかも、彼女は高速で斬り結んでいるノゾムの心臓めがけて、正確に矢を放たなければならない。

 それはさながら、荒波をカッターボートで耐えながら、海中の魚を投げ銛で突くような所業だ。

 いくらエルフとして、弓の腕に秀でたシーナとて、ほぼ不可能な芸当だった。


「はあ……。ん……」


 しかし、弓を構える彼女の目に、迷いや揺らぎというものは一切感じられない。

 背筋を伸ばし、浅く息を吐いて止める。


「ノゾム君……」


 視線の先にいる彼を見つめる。


「私は決めた。貴方の支えになるって……」


 シーナは今一度、自分の気持ちを確かめる。

 以前リサに自分の気持ちを指摘された時は、あまりに恥ずかしくて悶絶し、人前で醜態をさらしてしまったが、その後は特に羞恥の感情は湧かなかった。

 代わりに、胸の奥にほんのりと暖かいぬくもりを感じ取っていた。そして気が付けば、自然と彼を支えようと心に決めていた。

 それは、自分がエルフだからだろうかと、シーナはなんとなく考えている。

 エルフは良くも悪くも純粋な種族だ。

 一度決めたことは、決して譲らないし、頑固な種族と言われることもある。

 身内をとても大事にするが、同種族への感情から、他の種族と対立してしまうこともある。

 そんな種族だから、エルフはかなり閉鎖的で、大侵攻で故郷を追われるまで、同種族以外と交流を持つことはほとんどなかった。

 大侵攻で故郷を失ったせいで、多種族との交流も必要に迫られたので、今ではエルフを他の街で見かける機会も増えはした。

 それでも、人間とエルフでは時の流れの感じ方も違うので、今でもエルフが人に魅かれることは極めて稀だ。

 だが、一度身内と判断した相手は何が何でも守ろうとするし、特に夫婦や恋人間のつながりは強く、番が亡くなると、その悲しみからも、数十年は喪に服してしまう。場合によっては、そのまま相手を追って自ら死を選ぶこともあった。

 そんなエルフとしての在り方故に、彼女は自然とノゾムを支えるように、彼の後ろを歩くようになったのかもしれない。

 だからこそ、人間にこれだけ尽くそうとするシーナはエルフから見れば変わり者だし、それだけ彼女がノゾムに惚れ込んだともいえる。

 別にシーナは、アイリスディーナほど、ノゾムに自分の傍にいてほしいとは思っていない。

 それは多分、人間では繋ぐことのできない絆を、彼との間に結べたからだろう。

 シーナは自分の胸の奥に意識を向ける。

 ノゾムとつないだパスを通じて、彼とティアマットの憤怒が感じ取れる。

 彼女自身の心臓を焼き尽くすのではと思えるほどの激情の渦。でもそれは、確かに彼が生きているという証。


「大丈夫。届くって信じているから……」


 目を閉じて、祈るようにノゾムに語り掛ける。やはり、彼からの声は帰ってこない。

 ノゾムにも、自分たちにも時間はない。おそらく、機会は一度きり。それを外せば、この場にいる全員が死に誘われることになる

 それでも、不安はなかった。

 この契約が切れていないように、たとえ声が届かなくても、今でも自分たちは繋がっていることが理解できているから。

 ついに、魔力矢が完成した。シーナは目を開き、必中の意思を胸に抱いて狙いを定める。

 その視線の先に、支えると誓った人を惑わす元凶を見据えて。


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[気になる点] 話が冗長で、展開が遅すぎるように感じます。
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