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第7章第20節

 ソルミナティ学園の保健室の中。消毒液の漂うこの部屋の中で、アイリスディーナ達はノルンから事情を聴いていた。


「それでは、ノルン先生はノゾムとリサ君を2人っきりにするために、あのような頼みごとをしたというのですか?」


「ああ、そうでもしないと、このままズルズルと長引きそうだったからな。時間を置いた方がよい事もあるが、あの事件からもう2週間以上経っている。そろそろ面と向かい合って話してもいい頃合いだろう?」


 アイリスディーナからの問い掛けに、ノルンはあっさりと答えた。

 確かにノゾムもリサも、過去のすれ違いに決着をつけてもいい頃だ。

 ノゾムの体には後遺症等は診られなかったし、一時は不安定だったリサの精神も安定してきている。


「確かにな。いい加減ノゾムも決める時なんだろう」


「紅髪姫は、ノゾムに対して土下座する勢いで頭を下げるやろな。問題は……」


「ノゾム君がどんな答えを返すか、だね」


 ノルンの話を聞いていたマルスが、納得したように頷き、フェオとトムが冷静に2人の今後を予測する。

 トムの言葉に、アイリスディーナはふっと窓の外に目を向けた。

 彼女の視線の先には、アルカザムの街並みが見える。


「アイ……」


「分かっている。分かっているさ……」


 親友の心配そうな声に、アイリスディーナが絞り出すような声で答える。

 理解はしている。あの2人が互いに向き合う必要があることは。

 アイリスディーナ達は当事者ではない以上、結局のところ、ノゾムとリサの問題に口を出す資格はない。ノゾムが一番大変だった時期に、何もしていなかったのは事実なのだから。

 あの時、リサが自傷行為に走りそうになったときは冷静になり切れず、つい激昂してしまったが、今のアイリスディーナはリサに対する感情をしっかりと胸の内に抑え込んでいる。

 だが窓の外を見る彼女の瞳は、どこか切なそうだった。

 一方、シーナはノルン達の話を聞きながらも、淡々と自分の弓の手入れをしている。

 湿気を取るために布で軽く弓を拭き、掲げて弓本体に歪みや傷がないかを確かめる。 

 弓という武器はかなり繊細な武具で、手入れを怠るとすぐにダメになってしまう。弦も張りっぱなしにすると弓を痛めてしまうため、今は外して傍の台に置いている。

 テキパキと手入れをこなしていく作業に停滞は一切ない。本当にノゾムとリサの事は心配していない様子だった。


「それにしても、シーナ君はあまり気にした様子がないな?」


「そう? ノゾム君がどんな答えを出そうと、私達の関係が変わるわけじゃないでしょ?」


「っ!?」 


 気負う様子のないシーナの態度と言葉に、アイリスディーナは胸を突かれたように目を見開いた。

 シーナの言葉は一見関係ないと突き放すように聞こえるが、アイリスディーナはその言葉の中に、彼女のノゾムに対する想いを感じ取っていたからだ。

 アイリスディーナの胸の内には、このままノゾムとリサが寄りを戻したら、自分達の前からいなくなってしまうかもしれない。そんな不安がずっと胸の中で渦巻いている。

 だが、そうだとしても結んだ絆が消えるわけではない。

 目の前のエルフの少女はそう言って、あくまでノゾムの意思を尊重した上で、真っ直ぐに彼と向き合うつもりなのだ。


「そうか……君は、強いな」


 気がつけば、アイリスディーナは自然と感嘆の声を漏らしていた。

 一方、シーナは感心した様子のアイリスディーナに、不思議そうに首を掲げている。


「そう? 単純に彼と過ごした時間が短いからだと思うけど……」


「はあ……。君は……」


 そんなシーナの様子に、アイリスディーナはため息を漏らすが、何故か口元は自然と緩んでいた。


「そうだな、私もしっかりしないといけないな……」


 もう一度、アイリスディーナは窓の外に目を向けた。

 先ほどまで焦燥の色が濃かった瞳が、今は幾分か穏やかに見えた。


「まあ。ノゾムの事については、今は脇に置いておくしかないだろう。シーナの言う通り、アイツがどんな答えを出そうと、何が変わるわけでもないからな」


「やれやれ、マルスは単純でいいな~~。さすが脳筋!」


「どういう意味だ、こら……」


 ケラケラとからかい始めたフェオにマルスがジト眼を向け、おもむろに手を伸ばす。

 その手をフェオがひらりと躱し、ムキになったマルスが青筋を立てながらフェオを追いかけ始めた。

 また始まったの? と呆れ顔を浮かべるシーナとミムルに、オロオロするティマとトム。

 事の成り行きを見守っていたソミアは、姉に止めなくてもいいのですかと視線を送ってくるが、アイリスディーナも肩をすくめるのみ。

 最終的に保健室で騒ぐなとノルン先生がお怒りになり、彼女の拳が2人の脳天に振り下ろされる。

 頭を抱えて蹲る2人の前に仁王立ちするノルン先生。これから彼女の説教の嵐が、二人を襲うのだろう。

 気が付けば、先ほどまでの緊張感は消え去り、穏やかな空気が保健室を満たしていた。


「全く、いいか2人とも、一応ここは保健室なのだから……」


 頭を抱えてうずくまる2人にノルンが説教を始めようとした瞬間、突然保健室の一角から光があふれ始めた。

 突然の出来事に、アイリスディーナたちは目を見開く。


「な、なんやこれ!?」


 出現したのは真っ白な光の塊。手の平ほどの大きさだった光の球体は徐々にその大きさを増していく。


「わ、分からない! とにかく皆離れろ!」


 慌てて光球から距離をとり、身構えるアイリスディーナ達。いつでも魔法を発動できるように術式を展開する。

 アイリスディーナが周囲に複数の魔力球を浮かべ、ティマ、トム、フェオ、そしてノルンが結界魔法の術式を待機させる。

 シーナは先ほど手入れしたばかりの弓に矢を番えて魔力を込め、マルスが拳に風の刃を纏わせる。


「ね、姉様。いったい何なんですか?」


「分からない。だが、見た目からは想像できないくらいの魔力を感じる」


「下手に手を出すのは危険のようだな……」


 姉の後ろに隠れながら、不安げな声を漏らすソミア。アイリスディーナも妹の質問に答える言葉がなかった。

 保健室に突如出現した光球を睨みつけながら、アイリスディーナはゴクリと息を呑む。

 彼女の見立てでは、目の前の光球に込められた魔力は、この保健室を吹き飛ばして有り余るほど。炸裂すればただではすまない。

 隣で結界を準備しているノルンの額にも汗が滲んでいる。

 空中で浮かんでいた光球が一気に膨らみ、一気に輝きを増す。

 その瞬間、ノルン達4人が一斉に結界魔法を展開。自分達と外部の人間両方を守るように、保健室の内側と自分達の周囲に、それぞれ2重の結界魔法を敷く。

 アイリスディーナ、シーナ、マルスは、結界の内側から光の正体を見極めようと目を凝らし、いつでも術を放てるように身構える。

 そして膨張していた光球が限界を迎えたように、爆発的な閃光を放った。

網膜を焼くほどの閃光。しかし光量とは裏腹に、アイリスディーナが危惧したような衝撃は一切なかった。


「はあ、はあ、良かった、戻ってこれたわい」


「あ、貴方は……」


 変わりに彼女たちの目の前に現れたのは白髪の老人。荒い息を吐きながら肩を落としているゾンネに、アイリスディーナ達が眼を見開く。

 先の事件からずっと消息が分からなかった人物の登場に、驚愕と困惑の色が隠せなかった。

 一方、アイリスディーナの顔を見つけたゾンネは、彼女達の気も知らず、気色満面の笑みを浮かべた。


「おお! お嬢さんこんなところで会えるとはワシ感激! もしかしてこれって運命かの~~! って、こんなバカやっとる場合じゃなかったわい!」


 1人で勝手にノリツッコミを披露していたゾンネだが、彼は突然アイリスディーナ達の前で床に座り込み、頭を床に擦り付けた。


「すまん! お嬢さん方、ワシに力を貸してくれ!」


 老人からの突然の土下座と懇願に、困惑が更に深まる。

 アイリスディーナたちはもう何が何やら分からず、ただ呆然と目の前の老人を見下ろしていた。

 

「……それでご老人、なぜ私達に接触してきたのですかな?」


 真っ先に冷静になったノルンが一歩前へと進み出て、ゾンネに問いかける。その口調はきわめて平坦で、老人を見下ろす瞳には強い警戒の色が伺える。

 先の事件で老人が見せた桁外れな実力。その後の“星影”の追跡も完全に振り切った謎の老人。ノルンが警戒するのは当たり前だった。


「単刀直入に訊きましょう。貴方はいったい何者で、何が目的で私達に接触してきたのですか?」


 ゾンネの正体と目的。最低限、これだけははっきりさせないといけない。

 ノルンもアイリスディーナ達も息を呑んで老人の返答を持つ。


「……ワシは白龍族の一員にして、滅龍の監視者。この地には封印から逃れたティアマットを追ってきた」


 おもむろに顔を上げたゾンネは胸を張り、アイリスディーナ達の視線を真っ直ぐ受け止めながら、よどみなく答えていく。


「今回、こうして姿を見せたのは、お嬢様方の助力を願っての事。我が一族と滅龍との因縁。それに起因する凶兆が、今現在ノゾム・バウンティスに降りかかっている」


「……その凶兆とは?」


「我が不肖の孫が、封印から逃れたティアマットを始末しようと企んでいる。おそらく、既にその刃を小僧の喉下に突きつけているはずじゃ」


「お前は……!」


 思わず老人に手が伸びそうになるマルス。困惑の色を浮かべていたアイリスディーナたちも、ノゾムの危機と聞いて一気に気色ばんだ。


「最悪の場合小僧は殺され、ティアマットが復活してしまう事になる。そうなってしまっては手がつけられなくなる。じゃからこそ! 力を貸して欲しいんじゃ!」


 彼女達の怒気を察したのか、ゾンネは再び床に頭をつけて懇願した。


「……信じられると思ってんのか?」


「今更ムシのいいことを言っているのは分かっておる! こうなってしまったのもワシの甘さが原因じゃ! じゃからこそ、挽回する機会を与えて欲しい!」


 ともすればこの場で腹を切りそうなほど、必死にアイリスディーナ達の助力を請うている。

 普段の傲岸不遜な雰囲気は微塵もない。


「ご老人、貴方では孫娘は止められないのか?」


「アゼルだけならば問題ない。だが、ティアマットは白龍族に強い恨みを抱いておる。監視者であるワシには特に。迂闊にワシが姿を見せれば、小僧の内に潜むティアマットが暴れまわるのは確実じゃ。小僧の状態如何では、最悪の状況を招きかねん」


 ゾンネの話では、ティアマットは白龍族に対して異常なほどの敵愾心を抱いているらしい。

 特に監視者と名乗ったゾンネには並々ならぬ憎悪を滾らせていても不思議ではない。

 だからこそ、以前にノゾムを正気に戻したアイリスディーナたちの助力を請いたいのだと。


「頼む。これ以上、悲劇を繰り返さんためにも、力を貸してほしい……」


 搾り出すように漏らしたその懇願が、アイリスディーナ達の耳奥で鳴り響いていた。






 神秘的な白亜の鱗を煌めかせた白龍アゼルと、全身から剣呑な気を放出させるノゾム。

 生命の感じられない灰色の世界で対峙する両者は、互いに明確な殺意をぶつけながら、睨み合う。

 ノゾムが刀を掲げ、瞬脚を発動。まるで地を駆ける豹のように、アゼルめがけて一直線に突き進む。

 対するアゼルはノゾムの進路をふさぐように、無数の光矢を叩き落としてきた。


「ふっ!」


 だが、既にその程度ではノゾムは止まらない。

 瞬脚-曲舞-で迫りくる光矢を躱し、時には払いのけながら、確実にアゼルとの間合いを詰めていく。

 しかし、真の姿を晒したアゼルも、ノゾムを進ませまいと別の手を打つ。


「っ!?」


 突如としてノゾムの足元の地面が光を放ち始める。

 直後地面から光の槍が無数に突き出し、その切っ先でノゾムを貫かんと迫ってきた。

 ノゾムは即座に跳躍。空中で体を捻りながら槍の切っ先から逃れようとする。

 地面から飛び出た槍はノゾムの体を掠めはしたものの、その身を貫くことは出来ずに宙を突いた。着地したノゾムはすぐさまアゼルめがけて再び駆け出そうとする。


「まだまだ!」


 アゼルの攻勢は止まらない。

 上空に無数の光弾を形成。ノゾムめがけて撃ち放つと同時に、地面から再び光の槍を撃つ。

 空と地面からの波状攻撃。先程のように跳躍すれば光弾に飲まれ、地を駆ければ槍で貫かれる。

 空を覆い隠すほどの光弾の群れと、槍衾のごとくノゾムに迫る槍の軍勢。

 それはちっぽけな人間など容易く飲み込む天災の再現だった。このままではノゾムは光の軍勢に飲み込まれ、肉片1つ残らないだろう。

 だが……。


「温い!」


 そんな天災をノゾムは、一言で切って捨てた。

 右腕を掲げ、地面に叩きつける。次の瞬間、彼の足元から光の奔流が出現した。


 気術“滅光衝”

 

 ノゾムの持つ技で最大の効果範囲を持つ気術。

 天に立ち昇る光の奔流が地から伸びた槍を粉砕し、天から落ちる光弾を飲み込んで源素の塵へと変えていく。

 だが限界を振り切っているノゾムにとって、この技は諸刃の刃でもある。


「ぐうううううう!」


 腕に走る裂傷と、吹き出る血。膨大な気の使用はノゾムの体を容易く傷つける。

 腕を切り落としたくなるような激痛だが、その痛みはすぐに怒りに呑まれ、感じなくなる。

 霧のように舞い散る白の源素を突っ切り、ノゾムはアゼルの首めがけて突撃していく。


「ちっ!」


 アゼルは舌打ちしながら、その翼をはためかせた。

 ノゾムは怒りの瞳に若干の焦燥を漂わせながら、ズドンと耳を突くような轟音と共に、さらに加速した。

 空中に逃げられてしまえば、ノゾムは一気に攻撃する術を失ってしまう。アゼルもそれは理解しているのだろう。

 一陣の風のように疾駆するノゾム。しかし彼の刃がアゼルを捉える前に、彼女は空中へと飛翔してしまっていた。

 

「くそ!」


 互いに位置を入れ替えるように交差する両者。一方は地面を削りながら振り返り、もう一方は空中でくるりと鮮やかに向きを変える。

 直後に、アゼルが上空で無数の光矢の形成し、解き放つ。

 ノゾムを覆い隠すように広がりながら迫る、無数の光。流星群のように襲い掛かる光矢の群れを見た瞬間、ノゾムは迷いなく回避行動に出ていた。

 

「しっ!」


 ノゾムは再び瞬脚を発動。近くに生えている森の中へと飛び込む。

 直後に光矢の群れが着弾。灰色に染まった木々を貫き、大量の土砂を巻き上げながらかき回していく。

 幾重にも重なる炸裂音が無色の大気を震わせ、地面に無数の傷痕を刻む。

 そして全ての光矢が降り注いだ後に訪れる、静かな静寂。

アゼルは静かに、しかし厳しい視線で、濛々と立ち込める土煙を睨みつけていた。


「っ!」


 立ち込める土煙を切り裂いて、一筋の刃がアゼルの首めがけて飛翔してくる。

 アゼルはすばやく前腕を振るい、飛んできた気刃を打ち払った。

 気刃はアゼルの鱗数枚を弾き飛ばしたものの、霧のように四散。直後、土煙の中から、無傷のノゾムが飛び出してきた。


「ちっ! 距離がありすぎる!」


 痛痒を感じさせないアゼルの様子に悪態をつきながらも、ノゾムは足を止めず、立て続けに刀を振るう。その度に極細の刃がアゼルめがけて牙を剥く。

 アゼルは翼をはためかせながら、鮮やかに宙を舞い、ノゾムの幻無を回避し続けるものの、巨大化したその図体のせいで何発かは被弾してしまう。

 だが、ノゾムの幻無では鱗数枚をはがす程度で、大したダメージを与える事は出来ていない。

 元々幻無の射程距離は、せいぜい十数メートル。いくらノゾムの気量が激増しているとはいえ、こう何発もつるべ打ちにしているだけでは、龍に対して致命的なダメージを与える事は極めて困難だった。


「ぐう!」


 幻無を打ち出すたびに、ノゾムの腕に裂傷が増える。一太刀一太刀に全力で気を込めていれば、どうしてもそうなってしまうだろう。

 あまり効果のない様子に、ノゾムは悔しそうに口元を歪めたままだった。

 もっとも、伝説の龍相手に傷を与えることが出来ている時点で、彼の気術の威力は異常なのだが。

 とはいえ、アゼルの表情にも余裕はない。桁外れの気を込められたノゾムの幻無は、大した脅威ではないとはいえ、無視することが出来ない程度には、十分威力が乗っていた。

 

「ええい! うっとうしい!」


 アゼルが咆哮と共に障壁を展開、ノゾムの幻無を弾き返しながら、再び無数の光矢を形成して撃ち出していく。

 ノゾムもすぐさま回避行動に移る。

 瞬脚-曲舞-で縦横無尽に駆け回りながら刀を振るい、迫り来る光矢を叩き落していく。

 舞い上がる土砂と地面に刻まれていく無数の傷痕。光矢の絨毯爆撃によって半ばからへし折れた木が宙を舞い、ノゾムはその木すら盾に使い、アゼルの猛攻を凌ぐ。

 更にアゼルがその口を開くと、光が収縮し始めた。

 ノゾムの眼にもその光景はしっかりと映っている。

 あきらかに今までの光矢とは比較にならない攻撃を準備している。その攻撃がどんなものであるかも十分予測が出来た。


「受けなさい!」


 直後、アゼルの口腔から咆哮と共に巨大なブレスが放たれた。

 放たれたブレスは自ら放った光矢を飲み込みながら、一直線にノゾムめがけて突っ込んでくる。

 ノゾムはすぐさま瞬脚-曲舞-を発動。速度を全く殺さぬように進路を変えつつ、爆発的な加速でその場から飛び退いた。

 次の瞬間、アゼルのブレスが着弾し、開放された衝撃波と源素の奔流が周囲の万物に牙を剥く。

 ノゾムは迫り来る光の嵐に眼を凝らしながら、円を描くように刀を振りぬいた。

 気術“扇帆蓮”

 桁外れの気を込められた膜が、ノゾムに牙を剥く衝撃波を柔軟に受け止める。

 同時にノゾムは、衝撃波を受け止めてたわんだ膜を蹴りつけ、ブレスの破壊圏内から一気に離脱。

 だが、アゼルのブレスの威力が予想以上に強力だったためか、ノゾムの体は爆発の余波を受けて、まるで風に吹かれた枯葉のように勢いよく吹き飛ばされてしまった。

 

「ちぃ!」


 ノゾムは舌打ちしながら、何とか体勢を立て直そうと試みる。

 手を思いっきり伸ばし、近くを掠めた木の幹を引っ掴む。

 慣性で流れそうになる体を激増した筋力と身体強化で無理矢理制御しようとする。しかし傷ついた腕では満足に勢いを止めきれず、手が幹から離れてしまった。

 ノゾムはやむを得ず、空中でくるりと体を捻りながら着地。ガリガリと地面を削りながら速度を殺そうとする。しかし、咄嗟に空を見上げると、再びアゼルの口腔に光が集まっていた。


「捉えた!」


 確信を持って放たれるアゼルの宣言。

 既に追撃の体勢を整えたアゼルと、未だに速度を殺しきれていないノゾム。どちらが優位な状況かは明白だった。

 次の瞬間、アゼルの口から再び白光のブレスが撃ち出された。

 巨大なブレスはしっかりと眼下の獲物を捉えながら、まるで彗星のようにノゾムめがけて疾駆していく。


「…………」


 だがノゾムの目には死の恐怖は欠片もなく、憎しみの炎が紅く、爛々と輝いていた。

 ドロドロとマグマのような激情が、ノゾムの全身を焦がしている。

 脳裏に浮かぶのは、アゼルに吹き飛ばされたリサの姿。彼女を傷つけたアゼルと、それを防げなかった自分自身に、言いようのない怒りを覚える。


“よくもリサを傷つけたな!”


“よくも我を裏切ったな!”


 胸の内で重なる2人の怒りの声。

 怒りは火種となり、薪となり、燃え上がった2つの炎は互いに絡み合いながら、ますますその勢いを増していく。

 アゼルが放ったブレスは、完全にノゾムを捉えている。なりふりかまわずこの場から離脱しても、完全に避けきることは困難だった。

 しかも、ノゾムの周りには森の木々が生い茂っている。瞬脚で一気に離脱するには障害物がありすぎる。


「…………」


 回避は困難。よしんば回避しきっても、アゼルが空中にいる限り、ノゾムの攻撃はどうしても決定打に欠けてしまうので、ジリ貧だ。

 以前屍竜を落とした手段を使うには、アゼルの高度が高すぎる。

 今は相手を低空へ追いやってくれる援護がない。相手のブレスをはじき返したとしても、躱されてしまうだろう。

 ならば……。


「ふっ!」


 短く息を吐きながら、ノゾムは足の力を抜いた。吹き飛ばされた勢いを殺していた歯止めがなくなり、そのまま上体が流れる。同時に傾くノゾムの視界の中に、灰色の地面が迫ってきた。


「しっ!」


 次の瞬間、ノゾムは目一杯足に力を入れて跳躍。側転の要領で体の向きをくるりと変えると、進行方向に生えていた木の幹に着地した。

 

「はあああ!」


 裂ぱくの気合と共に、両足に気を集中させる。

 瞬脚を発動。発射台にした木の幹をへし折りながら、ノゾムの体は宙へと打ち上げられ、アゼルのブレスを飛び越えた。


「っ! すばしっこい奴!」


 ブレスを回避しきったノゾムの姿に、アゼルが焦れたような声を漏らす。先ほどのブレスで仕留めたと思ったのだろう。

 アゼルが自身の周りに無数の光弾を形成する。

 ノゾムは人間。その身に空中を舞う能力は有していない。

 勝利を確信したのか、アゼルの口元に笑みがこぼれる。だが次の瞬間、彼女の表情が凍りついた。

 ノゾムは宙返りの要領で体を捻り、空中で逆さまになりながら、再び刀を円状に振りぬく。

 ノゾムの下側に気術“扇帆蓮”が出現。直後に跳躍したノゾムの下で、アゼルのブレスが着弾した。

 ブレスの炸裂が衝撃波を四方に撒き散らせながら、灰色の瓦礫を粉みじんに消し飛ばしていく。

 さらに拡散した衝撃波がノゾムの“扇帆蓮”に激突。

 文字通り風を受けた帆のごとく、たわむ気膜。直後、ノゾムは足に限界まで気を叩き込み、足元の気膜を思いっきり蹴り飛ばした。

 耳を突くような炸裂音と共に気膜が弾け、ノゾムの体が再び上空へと飛び上がる。その先にいるのは白鱗の龍。


「なっ!?」


「うおおおおおおお!」


 相手を地面に落とせないなら、自分が相手のいる場所まで“跳べ”ばいい。

 まるで投槍のように、アゼルめがけて一直線に突き進むノゾム。その刀には再び膨大な気が込められていた。

 まさか人間が空中で跳ぶとは思っていなかったアゼル。気がつけばノゾムは既に目の前に迫っていた。

 アゼルは咄嗟にまとっていた障壁をさらに重ね掛け、無数の多重障壁を成す。

ノゾムの体から5色の光が出現。渦を巻くように携えた“無銘”へと流れ込み、光り輝いていた刃が混沌に染まる。

 それはまさしく、ティアマットが持つ混沌の力だった。

 

「断ち切れ!」


 ノゾムがその手に携えた刀を振り抜いた瞬間、アゼルの障壁が一瞬で断ち切られた。

 紙のように断ち切られた無数の障壁は空しく四散し、塵となって灰色の空に消えていく。


「ば、ばかな! 人間風情があの力を使いこなすなど……」


 アゼルが茫然としている間に、ノゾムはすばやく二の太刀を繰り出していた。剣線に沿って炸裂した気刃が無数の刃と化し、アゼルの片翼に牙を剥く。


“塵断”


 アゼルの右側の翼は炸裂した無数の気刃によって皮膜をズタズタに引き裂かれ、その機能を完全に奪われてしまった。


「くううっ! こ、この!」


 重力に従い、落下しはじめるアゼルの体。彼女は無理やり体を捻りながら、前腕でノゾムを薙ぎ払おうとした。

 だがノゾムは空中で踏ん張りが利かないことを逆に利用し、薙ぎ払われたアゼルの前腕の勢いを逃がしきる。


「きゃ!」


 片翼を失い、更に無理やりノゾムを攻撃しようとした事で、アゼルは完全に体勢を崩してしまう。その隙を逃さず、ノゾムは更に刀を振り抜いた。


「しっ!」


 混沌の刃がアゼルの体を深々と切り裂き、鮮血を舞い散らせる。

 一切攻撃を寄せ付けなかった白龍の鎧をノゾムの刃はいとも容易く切り裂いていていた。

 更にノゾムは立て続けに二度三度と刀を振り続けた。その度にアゼルの体に裂傷が走る。


「ぐう、がはっ! このおおおお!」


「っ!?」


 だが、アゼルも負けじと、空中に残していた光矢の群れをノゾムめがけて撃ち出した。

 獲物を見つけた鷹のように、天から舞い降りる光の雨。その先には当然ながら、ノゾムとアゼルがいる。

龍鱗という鎧を纏っているアゼルと比べれば、生身のノゾムなどゼリーのようなもの。当然、どちらが深刻な傷を負うかは分かりきっている。


「……ふっ!」


 自爆攻撃に巻き込んでまで、ノゾムを排除しようとするアゼル。だがノゾムはアゼルの体を蹴り飛ばして、自分から迫りくる光矢へと躍り出た。

 腰に差していた鞘を引き抜き、空中で独楽のように回転しながら刀と鞘で迫る光矢を迎撃する。

 同時に、刀と鞘から気術“塵断”が発動。前面に分厚い混沌の壁を作り上げ、迫る光矢を次々と迎撃していく。

 激情に身をゆだねているにもかかわらず、冴えわたる刀術。その動きは異常の一言だった。

 

「ぐうううう!」


 だが、ノゾムの体もまた悲鳴を上げていた。溢れ出る無尽蔵の力が彼の体をさらに蝕んでいく。両手を振るうたびに両腕の筋肉が断裂し、皮膚が避けて血が噴き出し続ける。

 だが激情に流されるノゾムは止まらない。同調したノゾムとティアマットの憎悪は際限なく高まり続け、既に痛覚などあってないようなものだった。

 痛みは感じる。しかし、それは止まる理由にはならない。

 全身を引き裂かれ、血を流しながらも迫りくる光矢を全て薙ぎ払うノゾムに、アゼルは驚愕に打ち震えた。


「そ、そんな……。がっ!」


 次の瞬間、彼女の体は地面に勢いよく叩きつけられていた。全身に走る痛みと衝撃で、彼女の意識が一瞬真っ白に染まる。


「おおおおおお!」


 呻き声を上げるアゼルの上方から、ノゾムが刀を掲げて突っ込んでいく。掲げた刀身に膨大な気と怒りを込め、アゼルにとどめを刺そうとしていた。

 空中で3度も跳躍したノゾムも、今現在相当な高さから落下している。このまま地面に叩きつけられては、彼とて無事では済まない。

 だが怒りに呑まれたノゾムはもはや着地の事など考えていなかった。

 その切っ先に身を焦がすほどの殺意を込め、地面に倒れ伏したアゼルめがけて突っ込んでいく。


「これで終わりだ!」


 ノゾムの体から5色の源素が爆発的に溢れ出す。

 ノゾムとティアマット。両者の怒りに同調するように溢れ出した力は渦を巻きながら“無銘”の刀身へと流れ込み、その刃を更なる憎悪の色へと染め上げていく。

 全てを貪り食うような混沌の光を放ちながらアゼルの命を刈り取ろうとする刃。だがその切っ先がアゼルを捉える直前、膨大な光がノゾムとアゼルを包み込んだ。

 直後に衝撃が走り、ノゾムの体が柔らかく弾かれる。


「がっ!?」


 弾かれたノゾムが受身を取り、なんとか体勢を立て直すと、彼の目に奇妙なものが映り込んできた。

 輝く装飾品をその内に閉じ込めた白い水晶。それが何かを訴えるように、ノゾムとアゼルの間に浮かんでいた。


「っ、邪魔をするな!」


 怒りに飲まれているノゾムは、かまわず刀を振り上げ、水晶もろともアゼルを叩き斬ろうとする。

 だが次の瞬間、水晶が一際輝きを増すと、突如として灰色に染まった地面の一角が爆発した。


「なっ!?」


 舞い散る土砂の中から、白く輝く何かが無数に飛び出してくる。

 紙のように薄い長方形の形をしたその紙片は、ノゾムの周りを囲むように飛び回ると、周囲の地面に次々と落ちていく。

 同時に、ノゾムの周囲に光り輝く魔法陣が出現。魔法陣から飛び出した無数の光が、ノゾムの体を押さえ込むようにまとわりついていく。


“ぐう、がああ……”


「っうううう……」


 直後にノゾムの全身に強烈な倦怠感が襲い掛かった。体の心から熱を奪い取られるように、力が抜けていく。

 膝から力が抜け、崩れ落ちるように地面に手を突くノゾム。そんな彼の前で、アゼルが安堵の息を漏らしながらゆっくりと立ち上がった。


「ありがとうございます、お父様」


 アゼルは恭しく、宙に浮く水晶に頭を下げる。


“ミカ、エルウウウウ!”


 ティアアットが地獄の底から響くような怨嗟の声を漏らす。その意識は既にアゼルにはなく、目の前に浮かぶ小さな水晶に向けられていた。



今回のNGシーン



 舞い散る土砂の中から、白く輝く何かが無数に飛び出してくる。

 紙のように薄い長方形の形をしたその紙片は、ノゾムの周りを囲むように飛び回ると、周囲の地面に次々と落ちていく。


「……は?」


 見渡す限りの肌色。思わず鷲掴みしたくなるような果実、艶めかしい曲線美。多種多様の魅力的な女性が描かれた、元持ち主曰く、芸術品という名の娯楽品。


「っ!?!!」


 この無数の春画をまき散らしたと思われる水晶が、あわてた様子で空中を右往左往とし始めた。

 ついさっきまで、ノゾムに対する殺意で激昂していたはアゼルは、別の意味で顔を真っ赤にしている。


「お父様のエッチィィィィ!」


 可愛い悲鳴と一緒に振るわれる剛腕。勢いよく地面にめり込む水晶。

 何やら訴えるようにピカピカと点滅するが、アゼルは止まらない。“バカ! バカ!”と叫びながら、地盤と一緒に水晶をボコボコにしていく。


「……確かあの爺さん、リグリーナリヤ、とか言っていたっけ?」

 

 無数の女性の名が刻まれた墓標を手に取りながら、一瞬で放置されたノゾムは空しく天を仰いでいた。


 

※爺さんが埋葬した嫁たちのことを何人の読者様が憶えていてくれたでしょうか……。



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