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第7章第17節

お待たせしました。第7章第17節、投稿しました。

今回はちょっと短めです。

 アークミル大陸、クレマツォーネ帝国。この国に存在するある街の酒屋に、その男はいた。

 黒羽をあしらった衣装で全身を包んだ男。酒場の端で独り、楽しそうに杯を傾けている。


「くう~! やっぱりお仕事の後の一杯は格別だよね~」


 満面の笑みを浮かべて酒を飲み干す黒づくめの男。

 身に着けている陰気な服装とは相反する軽快な口調だった。

 酒場の中に陽気な声が響くことは別段おかしくはない。しかしこの酒場から聞こえてくる声は、なぜかこの黒羽の男のものだけだった。

 それもそのはず。酒場の中にいた人間は、一人残らず床の上に臥せっている。

 数にして十人前後。その体から流れ出る紅い液体が、その十数人の命が既に尽きていることを鮮明に物語っていた。


「それにしても皆さん、随分とお急ぎのようでしたが、焦りは禁物ですよ。落ち着いて、ひと休みひと休み……あ、もうお休みでしたね!」


 倒れている人間は全員、普通の衣服を身にまとっているが、見る者が見れば誰もがよく鍛練された肉体を持っていると見抜ける。

 異様な雰囲気に包まれた酒場の中。ここで何かが起こっていたことは間違いない。

 その時、酒場のドアがギイッ……と軋みを上げ、身なりの良い男性が入ってきた。

 男は床に横たわる死体と、血海の中で嬉しそうに酒を飲む黒羽の男を一瞥すると、不快そうに眉を細めた。


「終わったようだな」


「はいはい、終わっていますよ~。それにしても害虫掃除の為に下っ端をこれだけ働かせて、自分は重役出勤ですか~?」


「その為にお前を雇った。それ以外に言う事はない。“物”を出せ」


 彼らはクレマツォーネ帝国に潜り込んでいた密偵。

 黒衣の男はハイハイと懐から封をされた書を取り出し、依頼主に放り渡す。

 依頼主は特に気にした様子もなく書を取り出し、懐に納めると代わりに麻袋を取り出し、黒羽の男に投げ渡す。

 黒羽の男が袋を受け取ると、ガチャリと重量感のある音が響いた。袋の口からは、色とりどりの宝石が顔をのぞかせている。

 宝石を見て、黒羽の男は満面の笑みを浮かべて依頼主に手を振った。


「まいどあり~。今後ともヨロシク~」


「お前とは金輪際関わり合いになりたくはないな。死体漁りの“屍烏”」


 依頼主は死体に囲まれながら笑顔を振りまく屍烏を一瞥すると心底嫌そうな顔を浮かべ、早々に酒場を後にする。


「あり? また嫌われちった。仕事はきちんとこなしたのにな~~」


 心底わからないという表情を浮かべ、屍烏と呼ばれた男は振っていた手を降ろす。

 屍烏が受けた依頼内容は密偵の排除と密書の回収。別に密書の内容は見ていないし、その辺も依頼主は確認している。


「まっいっか! 鼠掃除でボロもうけ……。これだから傭兵稼業はやめられないってね! さてさて、次のお仕事はっと……」


 その時、死臭漂う酒場の窓から、漆黒の鳥が音もなく室内に入り込んできた。

 ちょうど血に染まった酒場の床のように、真紅に光る瞳を持つ不気味な鳥は、屍烏が腰を下ろしているテーブルに留まると、かぱっと口を開く。


“聞えていますか?”


「おやおや。その声はメクリアお姉ちゃんじゃないか。いったい何の用かな~?」


 烏の口から響くのは、今アルカザムにいるはずのメクリアの声。

 はるか遠くにいるはずのメクリアの声が聞こえていることに疑問も持たず、飄々とした口調で屍烏は応対する。


“屍烏、あなたに姉と呼ばれる理由はありません。それよりも、話があります”


 一方、メクリアは余計な会話をするつもりはないのか、淡々とした言葉を述べる。だがその口調の端には、隠しきれない不快さを滲ませていた。

 その口調に隠れた危険さを感じ取ったのか、それとも単に興味がないのか。屍烏もすぐさま話を元に戻す。


「おやおや、かの女傑様がこんな風来坊に一体何のお話でしょうか?」


 真紅と漆黒に包まれ、砂鉄の匂いが漂う中、メクリアは屍烏に話を続ける。

 死体だらけ部屋の中で、話をする不気味な男と烏。男の衣装も相まって、この世のものとは思えないほど気味が悪い光景だった。

 しばしの間、真紅の惨状の中で、ボソボソと怪しい会話が繰り広げられる。


“話は分かりましたね。それでは、頼みましたよ”


「はいは~い。おまかせを~」

  

 メクリアの話は数分程度、ごく短い間で終わった。

 通話を終えた烏がその口を閉じると、再び窓から闇夜の中へと消えていく。

 出ていく烏を一瞥もせずに、屍烏と呼ばれた男は再び酒を呷りながら、先程のメクリアの提案に思いをはせていた。


「さてさて。こいつは一体どういう事なのかね~~」


 疑問を口にしながらも、その顔はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。

 しかしその部屋の惨状、長身痩躯の体躯も相まって、あまりにも禍々しい。

 屍烏は残っていた酒を飲み干すと席を立ち、ビチャビチャと粘っこい音を心地よさそうに響かせながらドアへと歩いていく。


「どちらにしろ、随分と楽しいことになりそうじゃないか」


 口元を吊り上げながら、屍烏は血にまみれた酒場を後にする。

 その背中に、どうしようもない程の死臭を漂わせながら。








 太陽が南中を過ぎて西に傾く頃、ノゾムはソルミナティ学園の廊下を一人歩いていた。

 周囲には一日の最後の授業を終えて教室へと戻る生徒達が歩いており、ノゾムの姿を見つけると指をさし、ヒソヒソ話を始める。


「見て見て、ノゾム先輩がいるわよ」


「ねえ、ちょっと話しかけてきなさいよ。あんた受けようと思っていた授業について相談したいことがあるっていっていたじゃない」


「ええ!? で、でも迷惑じゃないかな?」


 以前は聞こえてきた罵詈雑言はもうほとんど聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのはどこか浮ついたこそばゆい声。

 ノゾムは180度変わってしまった自分の環境に苦笑を浮かべつつも、どこか浮かない表情を浮かべていた。

 ヴィクトルとの対話から一週間。ノゾムは今だに自分の未来に答えを出せないまま、ただ悶々とした多忙な日常に戻っている。

 ジハードとの鍛錬は日に日に厳しさを増し、早朝から深夜まで鍛錬と勉学に身を投じ続けているものの、一方でリサとの関係については、日々の多忙さから一向に進展はない。

 そんなリサとの関係に若干焦りを覚えつつ、同時にノゾムは胸の奥に言いようのないわだかまりを感じるようになっていた。

 ヴィクトルに指摘された“未来を見ていない”という言葉を聞いた時から、胸の奥で何かが渦巻く。

 ヴィクトルの言葉は真を突いていた。

“リサの夢を支える”という目的をいつの間にか免罪符にし、そしてそんな逃避し続けた自分と向き合い続ける。それが今までノゾムがしてきたこと。だが同時に、それはノゾムを未だ過去に縛り付けてもいる。

 心のどこかでは理解していたのかもしれない。しかし、自分自身の未来について、ノゾムはどうしても具体的な展望が持てなかった。


「どうすれば、いいのかな……」


 ノゾムの口から自然とそんな言葉が漏れる。

 リサの事、これからの自分の事、取り込んでしまったティアマットの事。ついこの間まで見えていたはずのものが、急に霞がかっているように感じる。

 いつの間にか周囲の声も聞こえないほど考えに耽るノゾム。だからだろうか、背後から近づいてくるよく知る気配に、ノゾムは全く気がつかなかった。


「ノゾム、どうかしたのか?」


 自分の名を呼ばれてノゾムがハッと後ろを振り向くと、教科書や文具を手に持ったアイリスディーナとティマ、そしてシーナ達が佇んでいた。

 一階級と二階級のアイリスディーナとシーナが一緒にいるところを見ると、どうやら合同授業の帰りらしい。


「皆……。いつの間に後ろにいんだ?」


「ついさっきからだ。ノゾムらしくないな。こんな大人数が近くに寄るまで気づかないなんて」


 アイリスディーナの言葉にノゾムはウッ……と苦い表情を浮かべた。

 普段なら確実に気配を察する距離まで気づかなかったところを見ると、相当考え込んでしまっていたらしい。


「考えごとでもしていたのか?」


「うん、ちょっと……ね」


 アイリスディーナがノゾムの様子を窺うように顔を覗き込んで来る。

目の前に迫る端正な顔。ノゾムは何とも言えない恥ずかしさと気まずさから、思わずスッと身を離す。

 アイリスディーナはそんなノゾムの仕草に一瞬傷ついたように顔を顰めると、妙に真剣な眼差しでノゾムを見つめてきた。


「父に、何か言われたのか?」


「え?」


「いや、あの時からどこか様子が変だったから……な」


 その言葉にノゾムは目を見開く。別に隠していたわけではないが、ヴィクトルとの会話については誰にも話していない。


「その……心配なんだ。父はああ見えて私やソミアに対しては甘い部分はあるけど、決して伊達や酔狂でフランシルト家の当主をやっているわけじゃない。

 当主として必要ならば非情にもなれるし、ノゾムの事も多分かなり深くまで事前に調べて知っていたと思う……」


 アイリスディーナが不安げな表情を浮かべながら、憂いを帯びた目でノゾムを見つめている。

 ただ純粋にノゾムの身を案じている瞳。後ろにいる仲間達もみんな程度の差はあれ、同じ色の視線を向けている。


「それは……っ!?」


 まさか龍殺しという事まで知られているとは言えないノゾムは、押し黙るしかなかった。

 その時、ノゾムは自分の背中に刺すような視線が突き刺さっていることに気付いた。

 振り向いて視線の先を辿ると、廊下の端から銀髪の獣人がジロリとノゾムの方を睨みつけている。


「あいつは……」


 見覚えのある銀髪の獣人。それは特総演習の時にやたらと絡んできたケヴィン・アーディナルだった。


「ちっ!……」


 彼はノゾムが自分の視線に気づいたことを悟ると、口元を歪ませ、踵を返して立ち去っていく。

 ノゾムはその表情に、妙な既視感を感じた。


「……ノゾム? どうかしたのか?」


 遠くを見つめているノゾムに、アイリスディーナが怪訝な顔を浮かべて話しかける。その表情は先程よりもさらに不安の色を増していた。


「ノゾム君、ちょっと……」


 更に今度は後ろに控えていたシーナが何か言おうとしたが、その前にノゾムに話しかける人物が現れた。


「ノゾム君、ここにいたか」


 声を掛けてきたのは保健医のノルン先生。

 彼女は軽く手を振りながら、何とも言えない微妙な雰囲気の中を物怖じせずに割って入ってきた。


「ノルン先生、どうかしたんですか?」


「いや、ちょっと手伝ってほしいことがあってね。この後時間があるかい?」


「ええっと、ジハード先生との鍛練は……」


「ジハード殿は、今日議会のほうで一日がかりの仕事があるらしい。だから、問題はないと思うよ。なに、保健室で使う薬品を店から受け取ってきてもらえるだけでいいんだ」


 現在ノゾムはほぼ毎日の放課後、ジハードと鍛練を行っているが、今日はどうやらジハードに用事が出来たらしい。

 とはいえ、まだ終礼が終わっていない。ノルンの依頼を受けるのであれば、担任であるアンリ先生にも話しておかなくてはならない。

 それにノゾムは、隣で自分の顔を見つめてくるアイリスディーナ達が気がかりだった。


「もちろん、正式な依頼だから御代は払うよ?」


「いえ、代金とかは別に気にしなくてもかまいませんが……」


 ノゾムがチラリとアイリスディーナ達を横目で覗くと、彼女は小さくうなずき、 ノゾムを促すように手を振って踵を返した。どうやらこっちのことは気にしなくていいと言っているようである。

 ノルンは立ち去っていくアイリスディーナ達の背中を眺めながら、申し訳なさそうな顔を浮かべている。


「話の途中にすまないな。結構急な要件なんだ。手伝ってくれる人は既に裏門前にいるから、すぐに向かってほしい。アイリスディーナ君達やアンリには私がキチンと話をしておく」


「……わかりました。お手伝いしますよ」


 普段のノルンらしくないやや強引な口調にノゾムは首を傾げるが、いまさら断る訳にもいかないだろう。そう考えたノゾムは、ノルンと一緒に裏口へと向かう。


「本当にすまないね。本来なら学園まで商人が運んでくれるんだが、事故で馬車がだめになってしまったらしい。結構量があるから、ノゾム君の他にも手伝いを頼んでいるんだ」


 校舎を出て裏門へと続く道を抜けながら、ノゾムは頼まれ事の詳細をノルンから聞いていく。

 どうやら保健室の備品が足りなくなりそうなのだが、注文した品がまだ届いていないらしい。

 取りに行きたいが最近多くなってきた合同授業のせいで軽い怪我を負う人が増えてきており、ノルンはまだ長い間保健室を離れられないらしい。

 それで代わりにノゾムに注文した備品を取りに行ってほしいとのこと。

 ノゾムとしても普段から世話になっている人物からの頼みごとを断る理由はない。軽い気持ちで了承して頷くのだが……。


「わかりました、それで手伝いっていうのは一体……だれ、が……」


 正門で待っている人物を見た瞬間、ノゾムの思考は真っ白に漂白された。

 深紅の長髪。緊張した面持ちでキョロキョロ辺りを見渡していた彼女の目がノゾムの姿を捉えると、その瞳がまるで満月のように大きく見開かれ、続いてギュツと口元が硬く噛み締められる。

 

「リサ……」


 思わず漏れた彼女の名前。

 ノゾムが思ったよりも大きな声を出してしまったせいだろうか。

 リサがノゾムの言葉に反応し、ビクッと肩を震わせる。


「彼女が手伝いだ。店の場所は彼女に教えてあるから、後はよろしく頼むよ」


「えっ!? ちょ……」


 満足のいく説明もなく、ノルンはさっさと校舎の中へとも戻ってしまう。

 後には予想外の事態に硬直してしまったノゾムと、俯いたままのリサが残されていた。



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