第7章第4節
お待たせしました。
第7章第4節投稿です。
今回は正直自信がありあません……。
眼前に広がった光景をどう言えばいいのだろうか。
ノゾムは呆けた顔のまま、眼前に広がった奇妙な景色に目を奪われている。
「ここ、どこ?」
どこまでも広がる闇一色に塗りつぶされた草原。
あちらこちらに葉の無い、枝だけの木が生えているが、生命の息吹はまったくといっていいほど感じられない。
屹立する朽木のような木々。よく見ると、足元の草もどこか様子が違う。
試しに足元の草を踏んでみると、パリンと音を立ててガラス細工のように砕けてしまった。
「何だこれ? 植物ですらないよな? まるで作り物みたいだ……」
ノゾムは顔を上げて空を眺める。
雲ひとつ無い空にもかかわらず、星の輝きは全く見えない。
ただ、地面と同じ黒に染められた天空には、巨大な5つの月が爛々と輝いている。
赤、青、緑、茶、そして黒の五色に染まった月。まるで虹のような月光だけが、暗い草原を照らし出していた。
「どう考えても、アルカザムじゃないな。何所なんだろう……」
不気味ともいえる光景を眺めながらノゾムは独白した。
確か自分はケンと戦い、その後から記憶が無い。
たぶん気を失ったのだろうが、明らかに現実とは思えない光景を前にして途方にくれる。
顔を上げて遠くを眺めてみると、地平線の向こうが赤々と輝いていた。
「火事……か? でも広すぎないか?」
遥か彼方で爛々と輝く紅炎。
地平線の向こうにあることを考えても、その規模はボヤ程度では収まらないほどだろう。
「そういえば、皆は……」
仲間達の姿を思い出し、ノゾムは周囲を見渡してみる。
だがやはり、地平線まで続く漆黒の荒野に生き物の姿は見当たらない。
これだけ広い空間にもかかわらず風も吹かず、不気味な沈黙だけが辺りを支配していた。
「誰もいない……。周りに動物の気配も無い……」
動く者の無い、停止した世界。
不気味な世界に放り出されたことを自覚し、ノゾムの全身がブルリと震える。
「……ここで突っ立っていても始まらないよな」
行く当ても無く、現状を打破する方法も思いつかないノゾムは、とりあえず地平線の先で輝く紅の明かりを目指すことに決めた。
一番めぼしい目標がそれだけだったこともある。
バリバリと足元で草が砕ける音を聞きながら、ノゾムは歩を進めていく。
「ん? 何だ、あれ」
暫く歩き続けるとノゾムの目の前に奇妙な建造物が飛び込んできた。
しかも1つではない。よくよく周囲を見てみると、荒野のあちこちに屹立する物体が見える。
ノゾムはその内の1つに近づいてみた。
「これって門? でも、明らかに怪しいよな」
黒い石をアーチ状に組み上げた物体。あちこちに茎や草が茂っていて全体像はハッキリとはしないが、その形状は明らかに何かのゲートであるように見えた。
よく見ると、門の口にはうっすらと輝く光の幕がある。
しかし、その奥には何も無い。今まで歩いていた荒野が広がっているだけだ。
本来門とは壁に囲まれた建造物に立ち入るための入り口であるが、周りには他の建造物も、壁も、何も無い。
他の門にも他の建造物は無く、まるでそれだけが切り取られたように建てられていた。
「こんなに……。一体何なんだ?」
墓標のように佇む多数の門に言い知れぬ不気味さを覚えながらも、ノゾムは更に漆黒の門に近づいてみる。
「とりあえず、様子を見て見るか」
足元にある石を掴んで、ノゾムは門の口に放り込んで見る。
だが投げ込まれた石は、門の口をそのまま透過すると、奥の草むらにストンと落ちた。
光の幕には何の変化も無く、ほのかな光を放っている。
「何も反応が無い。触って見るしかないかな……」
ノゾムは門の口まで足を進め、手を伸ばす。
だがどう見ても不審な物体であるこの門に、そのまま触っても大丈夫なのだろうか?
僅かな躊躇がノゾムの頭によぎる。
だが、ここで考えていても仕方が無いのも事実である。
今現在自分がどんな状況にあるか、この場所についてすらノゾムはまったく分からないのだ。
「ええい! 考えても仕方ない!」
ある種の開き直りとも取れる言葉を口にしながら、ノゾムは光の幕に触れた。
次の瞬間、強烈な閃光が奔った。
「うわ! な、何だ!?」
同時に、ノゾムの手が強い力で引っ張られる。
「ちょ、やっぱり罠か!? くそ、離れない!」
強烈な力に抗おうと、ノゾムは慌てて足を踏ん張る。
だが悲しいかな。既にノゾムの腕は半分以上が飲まれてしまっていた。
「うわああ!!」
思いの外、強い力に成す術がなく、ノゾムの体は光の幕に飲み込まれ、彼の悲鳴は閑散とした荒野に響き渡った。
昼休みともなれば、学園のあちこちから学生達の快談が聞こえてくる。
ジハードは遠くから聞こえる学生達の声に耳を傾けながら、机の上に置かれた大量の書類を片付けていた。
「失礼します」
トントンと扉を叩く音と共に、書類を抱えたインダが執務室に入ってくる。
「ジハード先生。明日出席される議会での議題についてですが……」
「インダ女史か、ちょっと待ってくれ……」
机の上に散らかった書類をとりあえず脇に片付け、彼女と向き合う。
「よし。それで、議会は何と?」
「はい。予定されていた議題の他に追加の議題があるそうです。内容は、先の事件後の学園の対応についてですが……やはり、各国は厳しい姿勢を取って来ると思います」
「やはりか……」
ケンが起こした先日の事件は、未だに波紋を呼んでいた。
「はい。やはり、身内から内通者が出たこと。そして、生徒達のアビリティを把握しきれていなかったことが……」
「まあ、そうなるだろうとは思っていた。発現したアビリティは、使用しない限り判別ができないものも多いとはいえ、所詮言い訳にしかならないだろう」
学園の中で色々と問題が出てくるのは常だが、今回に関してはさすがに事が大きくなりすぎた。
元々アビリティは使用しない限り、発現しているか見分けがつかないものが多い。
ケンの水鏡の心仮面、リサのニベエイの魔手、アイリスディーナの即時展開、ノゾムの能力抑圧、どれもがパッと見た外見だけでは分からないものが多い。
もちろん、外観の変化に現れるアビリティもあるが、この力に関する研究はまだまだ始まったばかりで、未だ多くの謎に包まれたままだ。
アビリティ発現時のパターンや、その際に発現者が感じる事も千差万別で、頭の中にもう1人の自分が現れて話しかけてくる場合もあれば、唐突に使い方が思いつく場合もある。
ある日魔法を使ってみたら、突然その威力が増したなどの例もある。
ちなみノゾムの場合、いきなり気術の効果が減退したことで気付いたのだが……。
アビリティに関して大陸各地で伝えられる文献も様々で、神々の祝福と書かれていたり、その一族の呪いと伝えられていたり、前世の功罪、産まれた月日、その地特有の食物に秘密がある等、あまりにも多岐に渡る。
中には親族の肉を子供が食えば、親の力を子が引き継ぐとして、食人の文化が残っている地域もあった。
とにかく、今のアルカザムは現実の問題に対して、アビリティの研究が追いついていないというのが現状だった。
「とはいえ、判別できませんと引き下がるわけもない。対策の進捗状況を聞きたいのだろう」
だが、それで対策が出来ませんとは言えない。
弱みを見せれば、餓獣のような権力者達にこの学園はあっと言う間に食い尽くされる。
学園にはまだまだ問題があるが、放り出すことなどできない。
だからこそ出来る手段は全て講じ、出来うる限りの対策を敷かなければならない。
船底に空いた穴を放置すれば、船は確実に沈んでしまう。少しでも浸水を減らし、破孔が塞げるまで時間を稼がなくてはならなかった。
「水鏡の心仮面に関しての対策は終わっています。学園内を覆うように魔力結界を重ねて張り、街の入口となる門にも同様の結界を張り巡らせています。
人体にはほとんど影響はありませんが、水鏡の心仮面を使った状態で街に入ろうとすれば即座に正体がバレます」
「だが、完全ではないな。街の中で変装してしまえば、結局犯行時に正体を隠せる」
「はい、学園内と違い、街中に結界を張り巡らせることは不可能です。一応憲兵隊には水鏡の心仮面に関する情報と対策を周知徹底するようにしておりますが……」
幸いな事に、水鏡の心仮面は繊細な制御を必要とする能力のため、使用されるかもしれないと分かっていればある程度の対策はできる。
怪しい人物に魔力を当てればアビリティが自然と解除され、自然と正体が判明するからだ。
「街中で水鏡の心仮面の使用を察知することは難しい。しかし、上はそれ以上を望むのだろうな」
とはいえ、多くの人間が行き交う街中で、アビリティの使用を察知することは不可能といっていい。
対策はしても、まだまだ穴があるといえるだろう。
「はい……。それに、既にこの街の入り込んでいる外部勢力の諜報員のこともあります。そちらの方の対処は……」
更に言えば、先の事件の裏で暗躍していた存在がまだある。学園の諜報機関“星影”のメンバーを裏で操った者達だ。
あの事件の後、ジハードとインダ達は星影を含めた学園関係者の内部捜査を徹底して行う羽目になった。
そのおかげで学園組織内の不穏分子をほぼ一掃できたが、この問題は未だインダ達にとって頭の痛い問題の一つだった。
裏で糸を引いている存在はある程度予想がついているが、相手は一国の重鎮に仕える名のある人間。迂闊な対応は逆に自分達の首を絞めることになる。
特に今は微妙な時期だ。
今現在、ジハード達を糾弾し続けているのは議員の半分ほど。
今回の事件でアビスグリーフに関するすべての情報を各国に渡したので、矛を収めた議員もいるが、その議員も今は様子を見ているに過ぎないのだ。
ジハードは瞑目して一度思案にふける。
「まあ、それに関する問題もいつか解決しなければとは思っていた。ギリギリ間に合うかというところか……」
「ジハード先生……?」
彼の奇妙な一言にインダが首を傾げる。
インダが問い返す間もなく、ジハードは目を見開くと強い視線を彼女に向けた。
「そういえば、ノゾム君の事だが……ん?」
ノゾムの名を出した瞬間、ジハードは彼女の眼の奥がわずかに揺れていた事に気付いた。
「気になるか? ノゾム君のことが……」
「それは、どういう意味ですか……?」
淡々と返答しているように見えるインダだが、その眼にはハッキリと動揺の色が見て取れる。
自分の質問に押し黙るインダを、ジハードはジッと見つめた。
ジハードの無言の圧力がインダに向けられる。彼女は何かに耐えるようにギュッと唇を噛みしめた。
「気にならないと言ったらウソになります。正直に申しまして、彼には自分の矮小さと卑しさを突き付けられましたから……」
「それは、今までの自分自身についてか?」
「そう……ですね。」
ノゾムの評価について、インダはケンの噂に流される形で、ノゾムの人物評価を低く見ていた。
しかし先のジハードとの模擬戦、そして命がけでリサを救おうとしたノゾムの姿に、その先入観を木端微塵に打ち砕かれたのだ。
彼女は元々生真面目な人間である為、一度刷り込まれるとその先入観から逃れることは難しいタイプだ。
そして同時に、自分の間違いを許せない類の人間でもあった。
「正直、彼が目覚めてもどのように顔を合わせればいいのか……。それに、私のしてきたことは教師としては相応しいものでは……」
空虚さを漂わせながら、インダは眼を伏せる。
生徒や他の教員の前では必死に隠していたのだろうが、実のところ相当落ち込んでいるようだ。
「君の気持ちはわからんでもない。ある意味、君も私も、自分の先入観を打ち壊された人間だからな」
元々彼女は責任感が強く、単純に自分の生徒を守りたかったから、最低の人間と言われたノゾムをシャットアウトしようとしていたのだ。
それは全くの見当違いのものだったと突き付けられた訳だが、性根が真面目で潔癖である為、自分自身の間違いをどうしても許せないのだろう。
この手の類の人間は一度落ち込むと自分で自分を責め続け、際限のない負のスパイラルに落ち込んでしまう。
実際、彼女はそんな状態のようで、ずっと目を伏せたままだ。
「全ての人が等しく中立、中庸であり正しい判断を下すことは難しい。どうしても先入観や自分の常識というものがあるからな。
それに教師のスタンスとして、君のやり方が必ずしも間違えているというわけでもない」
元々インダは教師としては生徒達に厳しい課題を出す方であり、付いていけない生徒は容赦なく単位を落とす。
そのやり方が必ずしも間違っているのかと言えばそうでもない。厳しくする点は厳しくしなければ教育が成り立たないからだ。
そしてどんなに気を使って教えても、ソルミナティ学園の授業や課題は厳しいものだ。その過程で、どうしてもついていけない人間という者は出てくる。
インダはそんな生徒がいた場合、きちんと別の道を示すことをしていた。
授業についていけなくなってきた生徒達に、故郷の自警団などで働いてみてはどうかと提案したり、学園の知識を使って実家の薬屋を手伝ってはどうかと話をしたこともある。
だが、中にはどうしようもない程気質が荒く、他人の事を考えない生徒もいた。
インダはそのような人物に対しては断固とした態度で接した。
だが彼女は、ノゾムの事も陰湿で油断ならない人間だと思い込んでしまっていた。
だからこそ今彼女は“善良な人間を、さも陰惨な人間であると決めつけ、排除しようとした”事に苛なまれているのである。
「正直な話、どうしようもない生徒を排除することは往々にしてある。でなければ、退学という制度はそもそも存在していない。
気休めにしかならんだろうが、間違いを犯さぬ人間などいない」
「はい……」
ジハードの言葉に対する返答にも力が感じられない。
わかっていても、自分を責めることを止められないのだろう。
「だが、人にとって重要なのは、間違いに気付いた後どうするかだ。そのまま座視するか、それとも自分からその間違いに向き合うか。
君は少なくともそのまま座視できる人間ではないだろう?」
「…………」
実際彼女は、先の事件が起こってから、ほとんど寝る暇なく働き続けていた。
ノゾムへの罪悪感と自分への怒りが只管に彼女を動かした。
忙しく動かなければならないジハードのために各国の動きを把握し、膨大な資料を集めて分析し、的確な情報を伝える。
さらに学園での事務仕事も処理しながら、担任の業務も怠り無くこなしていた。
彼女自身、ここ2週間は自分のベッドで寝た記憶がほとんどなかった。
明らかな過剰労働。実際、目の隈はかなり酷く、インダはかなり厚化粧をしてごまかしていた。
「インダ女史、午後の授業はもういい。この報告が終わったら、今日は一度帰って休みたまえ」
「し、しかし……!」
ジハードの言葉にインダは食い下がる。
彼女は元々そんな簡単に自分の気持ちを入れ替えられる人物ではない。
それでも今自分のしなければならない事は把握していた。
今は外に隙を見せられない時。だからこそ彼女は過剰なまでにその職務をこなし続けたのだ。
「確かに、今は出来る事をし続けるしかない。今まで我々の怠慢と未熟による負債。生徒達にこれ以上押し付けるわけにはいかん。
だが、肝心の教師が自己管理できていなければお話にならない。今の君は明らかに疲労が溜まりすぎている」
だがそれも、他人に迷惑をかけるのであれば話は別だった。
ここの責任者として、今の状態で職務を続けることは許可できない。彼女自身にとっても、周囲にとっても。
「それに今夜、君が本調子でないのは不味い」
ジハードは机の引き出しを開けて書類の束を取り出すと、インダに渡した。
いったい何なのかと思いながら、インダが書類に目を走らせると、その瞳が見る見るうちに驚愕の色に染まった。
「ジ、ジハード先生。ど、どこで、こんな情報を……」
書類に記載されているのは、今インダが血眼になって探している情報の一つだった。
目を見開き、震えた声でジハードに問いただすインダに、彼は口に人差し指を当てることで答える。
聞くな、という事なのだろう。
一際強い視線がインダの体を貫く。無言の圧力に圧倒されたインダはそれ以上何も言えず、息を飲んで押し黙った。
「続けよう。ノゾム君の容態は?」
「……未だに小康状態です。体のほうは健康体ですが、相変わらず覚醒する様子がありません。いかがいたしますか?」
「彼についての情報は、伏せておく。彼の秘密を知ったら、各国が身柄を引き渡せと煩くなる事は間違いないからな。特にこの時期は」
ノゾム・バウンティスが龍殺しであることを知った2人だが、正直彼らはこの事実を持て余していた
ジハードの言うとおり、確かに彼の存在は強力な手札となりうるが、同時にそれは諸刃の剣である。
ノゾムの存在は確かに強力だ。
その能力の全容を確かめたわけではないが、ケン・ノーティスと決着をつける際に彼の体から噴出した異常な力は、ジハードから見ても背筋が凍るほどの威圧感だった。
だが、何よりもジハードがノゾムを評価しているのは、その力を悪戯に振るわなかった彼の自制心だった。
彼が龍殺しとなった経緯や、この学園に来てからの事は概ねアイリスディーナ達やアンリから聞いていた。
彼が2年間の間どのような思いで過ごしてきたのか、ジハードは窺い知ることはできない。
彼もおそらく葛藤に悩まされてきたはずだ。
心の奥に渦巻いた怒りや憤りはどれ程だったのだろうか。“分かる”等と言う簡単な言葉では到底言い表せないだろう。
力を手にした瞬間、別人と思えるほど豹変した人間を、ジハードは何度も目の当たりにしてきた。
だがそれほど酷い扱いをされながらも、ノゾムは取り込んだ龍の力を復讐の為に振るおうとはしなかった。
それだけで十分だった。その事実はこれ以上ないほど、ノゾムという人間を表している。
「とにかく、ノゾム・バウンティスに関しての情報は私が一切預かる。」
「彼は先日、武技園での模擬戦でかなり目立っています。もし、今回の事について追及されたらどうしますか?」
「龍殺しであることは一切外部に漏らさず、限定的情報と欺瞞を織り交ぜて説明する。しつこい時は私の名前を出してもかまわん。いざという時の責任はすべて私が取る」
なら、自分にできることは彼に余計な害虫が近づかないようにすることだった。 せめて、彼らが独り立ちできるそのときまで。
ゾンネが何よりも気にかける存在。
あの老人はノゾムについて手段を間違えば、この街を灰燼に帰すとジハードを脅してきた。
その言葉を向かい合って聞かされ、何より彼の“正体”を知ったジハードには、それが嘘でもハッタリでもない事はよく分かっていた。
もし、事が最悪の方向に流れれば、間違いなくこの街は消滅する。
「……」
「……学園の生徒たちに関してはいかがいたします?」
重苦しい表情で押し黙るジハード。話題を変えようと、インダが遠慮がちに声をかけた。
「とりあえず、アビリティの虚偽に関して、更なる厳罰化は既に通知している。一時しのぎでしかないが、それでも何もしないよりはマシだ。
謹慎処分か停学、最悪の場合は退学だな。場合によっては、他の違反も厳罰化するほかあるまい」
また、生徒達だけでなく教師陣全員にも“減俸”及び“戒告”という形で、諌める処分が下っている。
さすがにこれだけ事が大きいと、一部の職員の処分では不充分だと判断されたのだ。
「ではインダ女史。今見せた情報を元に、今夜ネズミ狩りを行なう。星影の準備は私がしておく。それまでゆっくり休むように」
「は、はい……承りました」
強い口調に圧倒されながらも、インダは小さく頷いた。
ジハードはおもむろに席を立つと、窓の外へと視線を向けた。
そろそろ午後の授業が始まる。ジハードは窓からみえる武技園を一瞥すると、執務室を後にした。
今日1日の授業を終えた放課後の訓練場に、気合の入った声が木霊した。
「ぜえええい!」
振り上げられたマルスの大剣が眼前の相手に向かって袈裟懸けに振り下ろされる。
「くっ!? ジン、真正面から絶対受けるな! 下手に受けるとそのまま押し潰されるぞ!」
「分かっているよ! ハムリア、デックの援護を!」
「う、うん!」
トミーが自分の体めがけて迫ってくる大剣の軌道を何とか逸らしつつ、後方で控えるハムリアが詠唱を行なう。
更にマルスの側面から回り込んだデックが、脇腹めがけて槍を突き出した。
「てやあああ!」
「ふっ!」
マルスは振り切った大剣を右手で保持しながら、左手の手甲でデックの槍をかちあげるように弾き飛ばす。
更にマルスは振りぬいた大剣に気を送り込み、周囲の風を巻き込むと、一気に薙ぎ払った。
「うわあ!」
「どあああ!」
充分気を練る時間が足りず、風の刃を纏わせる事こそ出来なかったが、強烈な風の渦は、トミーとデックの体を数メートルに渡って弾き飛ばす。
「もらった!」
「さ、させないよ!」
更に2人を追撃しようとするマルス。
しかし、そうはさせないと、ハムリアの“駆け抜ける風塊”がマルスめがけて打ち放たれた。
「ちっ!」
威力はアイリスディーナ達に遠く及ばずとも狙いは正確にマルスを捉えている。
彼は止むを得ず2人の追撃を諦め、気を大剣に注ぎ込むと、地を這うように向かってくる風塊めがけて大剣を叩きつけた。
ハムリアの魔法とマルスの斬撃がぶつかり合い、炸裂した空気が周囲に土煙を巻き起こす。
「……なるほど、狙いはこっちか」
舞った土煙で周りがほとんど見えない。視界を塞がれたマルスは舌打ちした。
「ジンの策……もしかしたらハムリアの奴かもな」
マルスは薙ぎ払った大剣を正眼に構え直す。
相手は5人いるのだ。何処から攻められてもおかしくない。
前か、後ろかそれとも全方位からか……。
視線だけを動かし、全身を適度に緊張させながら、マルスは相手の様子を伺う。
「っ!?」
突然、マルスの視界の端で土煙が動いた。
咄嗟に構えていた大剣を振り抜く。
しかしマルスの剣は何も捕らえず、空しく空を切った。
「ちっ! 風だけか!?」
「てやあああ!」
大剣を振り抜いたマルスを影が覆う。
視線を上げればそこには太陽を背にして飛び掛ってくる女子生徒の影があった。
「上かよ!?」
上空からマルスに飛び掛ってきたのは、短剣を両手に構えたキャミだった。
前後でも左右からでもない、上空からの奇襲。
先程マルスが薙ぎ払ったのは、彼の意識を逸らすためにジンが魔法で起こした、ただの風だった。
一度意識が横に逸らされたマルスは、予想外の奇襲を前に、動きが完全に遅れてしまっていた。
「貰った!」
「甘えよ!」
だが、マルスも簡単にやられたりはしない。左手に気を叩き込み、手甲でキャミの短剣を無理やり受ける。
「ぐう!?」
「ウソ!?」
人一人の体重を加えた一撃。並みの人間なら防がれても間違いなく地面に圧し倒される。
だがマルスは、キャミの短剣を左手一本で受け止めていた。
左手に気を送り込み、風の刃がマルスの左手を覆い始める。
「や、やば……」
「ぜええやああ!」
マルスの左手を覆った風塊拳が一気に炸裂した。
キャミの体を吹き飛ばし、マルスは反動でたたらを踏む。
その隙にジン達が得物を掲げて殺到する。
「デック、側面から回り込め!」
「はいはい!」
「うおお!」
「ちいい!」
マルスが大剣に気を叩き込むと、風刃が一気に刀身を追い尽くす。
マルスは浮ついた上体を無理矢理抑え込み、後先考えずに気を高め、片手で大剣を薙ぎ払う。
「なめんなよ!」
一閃。
同時に風の刃がマルスの前方を薙ぎ払い、激烈な衝撃がジン達に襲い掛かった。
「くううう!」
「ずわあああ!」
十分な勢いをつけることが出来ない一撃では、ジン達の突撃を押し返すには不十分だった。
しかし、ジン達も殺到する風刃の群れを無視することは出来なかった
彼らは一旦突撃を諦め、後方へ跳躍。立ち合いは仕切り直しとなる。
「くそ、攻めきれなかった……」
「う~ん、もうちょっとだったのに……」
先程の攻撃はそれなりの自信があったのか、デックとキャミが悔しそうに臍を噛んでいる。
「やれやれ、気のせいか? お前ら、なんとなくやり方がノゾムに似てきていないか?」
「かもね。土煙を使っての奇襲は特総演習でノゾム君が使っていた作戦だし、使える手は何でも使わないと。マルス君みたいな格上の相手は特にね」
「お前も随分言うようになったじゃねえか……」
一方、攻撃を凌いだマルスと作戦を考えたジンは微笑を浮かべながら軽口をたたいていた。
口元に笑みを浮かべながらも、互いに相手から目線を外さず、一挙一動を逃さぬように全神経を集中させている。
マルスが大剣を構え直す。
「さて、続きと行こうか。もちろん、まだ行けるよな?」
マルスが挑発的な笑みをジン達に向ける。
その挑発に答えるようにジンが無言で右手を上げ、彼の仲間達が一斉に腰を落とした。
続いて強烈な炸裂音と共に、引き裂く風を纏いながらマルスがジン達に躍りかかる。
豊富な気量と恵まれた体躯を生かし、真正面からジン達を粉砕しにかかったのだ。
突進してくるマルスから感じる威圧感に負けじと、ジンが上げた右手を力強く振り下ろす。
同時にデック、トミーが先駆けとしてマルスに跳びかかる。
さらに2人の後ろからジンとキャミが続き、一番後方でハムリアが詠唱を始める。
次の瞬間、紅に染まる訓練場でマルスと5人が、再び激突した。
ティマとフェオは10階級のクラスメート達による模擬戦を訓練場の片隅で見守っていた。
正確には、ティマとマルスがジン達の訓練に付き合っている場にフェオがフラフラとやって来たのだが。
今のところ、マルス1人に対して、ジン、デック、ハムリア、キャミ、トミーたち5人は誰一人欠けることなく善戦している。
実は、以前特総演習でパーティーを汲んで以来、マルスとジン達は時々訓練するようになった。
今はノゾムが寝込んでおり、アイリスディーナ達がノゾムの看病で忙しいため、ここ最近はジン達と鍛練する頻度も増している。
「マルスの奴、精が出るな~~」
訓練場の脇にあるベンチに腰掛けながら、フェオは興味深そうに眺めていた。
元々力を求めてソルミナティ学園に来たマルスだが、ここ最近の訓練への入れ込み様はかなりのものだった。
「ノゾム君は寝ているけど、鍛練を怠るわけにもいかないし、今はまだ体を動かしている方が楽だからって……」
確かに、今ノゾムは寝たきりで、マルスに出来る事はほとんどない。
気の短い彼の事だ。さぞヤキモキしていることだろう。
その行き所のない思いを、こうして鍛練に当てているのだ。
「ふ~ん。まあ、マルスもノゾムについては思うところがあるのかもな~」
「でも、前みたいにムキになって練習することはないよ? 今日だってあの併用術は使っていないし、気だけを使ってる……」
ティマの言う通り、ジン達とケンを交えるマルスの姿に、以前ノゾムに追いつこうと焦っていた時の様子は感じられない。
無理に魔法を使うこともなく、豊富な気と体躯で相手を圧倒するという、自分本来のスタイルを貫いている。
さらに言えば、ジン達との軽口を楽しんでいる節もあった。
「ノゾムが心配じゃないんかね~」
「そ、そう思ったけど、マルス君は“どうせしばらくすれば、ケロッとした顔で起き出すだろ?”って言ってた……」
「ふ~ん。マジでそう思っているのか、それともアイツなりに気を張っているのか……」
「どう、かな? ノゾム君が心配な事は間違いないと思うけど……」
マルスがノゾムを心配しているのは間違いない。だが彼の様子は、アイリスディーナ達とは少し違うとティマは感じていた。
「シーナさん達は今どこに?」
「ノゾムの病室や。黒髪姫も?」
返された質問に、ティマは小さく頷く。
「で、アイリスディーナはんの様子はどんな感じなんや?」
「あまり変わったようには見えないけど、やっぱり内心無理しているみたい」
ティマが思い出すのは、教室内でずっと無言だった親友の姿。
口を真一文字に固く閉ざし、ずっと外の様子を気にしていた。
彼女の視線に合ったのはグローアウルム機関の医療施設。彼が眠りについている場所だった。
「……さよか。シーナのやつも授業中どこか気が抜けててな~。珍しく先生に怒られとったわ」
フェオの話では、上の空なのはアイリスディーナだけではないらしい。
話では、シーナも授業中に何度も教師に呼ばれたが一向に返事がなく、出席簿で頭を叩かれてようやく気付いたらしい。
「ただ、授業が終わった後もブツブツと何か呟きながら教室を出ていったわ。ミムルの奴が声を掛けたんだが、気づく様子がなかったな~~。
そういえば教室を出る時、妙に顔が紅かったような気が……」
挙動不審だったシーナの様子を思い出し、フェオが首を傾げる。
しばらくウンウン唸っていたフェオだが、“まっ、いっか!”と気楽な声を漏らすと、ティマへの質問を続けてきた。
この狐尾族の青年にも、マルスのように余計な気負いが感じられない。
無言の信頼。そんな雰囲気を感じ取れた。
それが男同士の友情なのだろうか?
改めてティマは、模擬戦を続けるマルスに目を向けた。
「で、黒髪姫の親友さんは、彼女の只ならぬ様子についてどう思うんや?」
「……や、やっぱりノゾム君の事が頭から離れないみたい。それに、リサさんの事も」
授業に身が入らないアイリスディーナも珍しいが、時々彼女はリサ・ハウンズの方を気にしていた。
周りの生徒達は気付いていなかったようだが、ティマはアイリスディーナの視線がそちらに向かった時、彼女は僅かに目を細めていた。
同時にアイリスディーナが他人に向けられる悪意に一言ないのもおかしい。普段のまっすぐな彼女なら、何か諌める発言を少しでもする気がするのだが……。
「う~ん。黒髪姫の方も大変なことになりそうやな~」
「う、うん……」
多分、アイリスディーナはリサに嫉妬している。それが最近の彼女の様子を見てきて、ティマが感じた事だった。
ノゾムと仲間達は、あの時、森で屍竜に襲われた時、確かに仲間として一歩、歩み寄ることが出来たが、ノゾム自身はこれから彼女とどのような関係になりたいかを明言していなかった。
ただ、今のままではいけない。目の前の現実から目を背け続けたら、きっと取り返しのつかないことになる。ノゾムはそんな気持ちに急かされていたのかもしれない。
だが、それを間近で見守っていたアイリスディーナやシーナはどんな気持ちだったのだろうか。
理不尽に向けられた怒りに耐えた年月と憤り。それに蓋をしながら、必死に言葉を重ねる彼の姿を、どんな気分で眺めていたのだろうか。
自分がもし親友の立場だったらどうだろうか。
ティマは目の前でマルスが別の女性に話しかけている姿を想像してみる。
彼は泣きそうになる他の女性の手を取り、何とか話をしようと必死に言葉を考えている。
そして、自分はそれを遠くから眺めているしかない……。
「っ!」
決して穏やかな気分にはならない。ただ想像しただけなのに、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような空虚感に苛まれる。
だが、アイリスディーナ達はこの光景を現実に見せつけられている。
一度心を通わせているだけに、その喪失感はきっと筆舌に尽くしがたいだろう。
「わ、私、明日にでも声を掛けてみるわ。アイはノゾム君みたいに辛い事は自分の中に溜め込んじゃうことあるから……」
「姉だからソミっちには話し辛いし、その方がいいかもな~」
考えたら、余計に不安な気持ちになってきた。
いけないと思いブンブンと頭を振り、
「それにしても、紅髪姫の方はどうすんのかの~」
「そ、それは……」
本当にどうするのだろうか。
ノゾム、アイリスディーナ、リサ、シーナ。錯綜する4人の想い。
それはさながら、複雑に絡み合った蜘蛛の糸のようだった。
「ままならないな~~。本当に」
ボソリと独白したフェオの言葉に、ティマは今度こそ言葉を失った。
しばらくの間、沈黙が2人の間に流れる。
「と、とにかく! 私はアイと何か話しをしてみるよ。抑えているものを吐き出せば、少しはアイも楽になると思うし……」
「まあ根本的な解決にはならんかもしれんが、その方がええかもな。よろしゅう頼むわ」
両手を握りしめ、小さくガッツポーズをするティマに、フェオは苦笑を浮かべる。
するとフェオは何かを思い出したように、真剣な表情を浮かべてズイッと詰め寄ってきた。
「ところで、今朝のマルスときちんと話は出来たんか? 完全に2人の世界になっとったから。それなりに気を利かせたんやけど」
「ふえ!?」
真面目な顔して、いきなりとんでもない方向に話を持ってきたフェオ。ティマは思わず小さく悲鳴を上げた。
今朝というと、テンパったティマとマルスが学園の正門近くで、魔力も使わずにお腹一杯になる結界を作った事だろう。
あの甘ったるい光景は、その場を通った人達に朝っぱらから酷い胸やけと殺意を抱かせるものだった。
今朝の出来事を思い出したティマの顔が、朱に染まる。
あまりに分かりやすすぎる反応。目ざといフェオが見逃すはずもない。
「お! その様子じゃ何か進展があったんやな!? もしかして勢い余って告白か!?」
ここぞとばかりに一気に切り込むデバガメ狐。
最悪だったのは、朝と同じよう暴走するフェオと止められるシーナ達がここにはいなかったことである。
「それともキスか!? まさか“あなたが欲しい~~!”ってそのまま学園とは別の場所へ……」
やはり勢い余って暴走したフェオは止まらない。既にティマの顔は朱を通り越して真っ赤である。
「ほほ~。なるほど、これはええもん見たわ! 四音階の紡ぎ手が顔を赤くして悶える姿は金貨100枚の価値が……」
とはいえ、今は朝の時とは状況が違った。
あの時、確かにフェオを止められる人材はいなかったが、ここで直接ティマをからかうのは不味かった。
「え、えええええ! ふ、ふえええええ!」
「え?……ふぎゃ!」
次の瞬間、強烈な衝撃がフェオの顔面を襲った。
視界に強烈な閃光が奔り、一瞬で地面に叩きつけられる。
その後、ティマはあまりの恥ずかしさにその場から全力で逃走。走り去る彼女の姿をマルス達が首を傾げて見つめていた。
「何やってるんだ? お前……」
「ふふ、今日はもうこれだけでお腹いっぱいや……」
フェオ達のやり取りを聞いていなかったマルスは首を傾げる。
頬に巨大な青痰を作り、地面に突っ伏してニヤける様はハッキリ言って気味が悪い。
正直、話しかけたくない類の人間にしか見えない。街で見かけたら即座に目を逸らして立ち去るレベルのキモさである。
「……どうでもいいけど、今のお前の顔。あのエロジジイみたいだぞ」
「……え?」
「アレと同レベルだな。まあ、分かってたけど」
「ぶふおうぅ!?」
無慈悲なマルスの言葉が、今度こそフェオにとどめを刺す。
あまりにショックだったのか、白目をむいたフェオの口から魂のようなものまではみ出てしまっている。
「マルス君……どうするの?」
「……ほっとけ」
心を打ち砕かれたフェオを放置して、その場から立ち去るマルス。
ジン達もどうしたらいいか迷っていたようだが、関わるのもマズイと思ったのだろう。後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
結局、気を失ったフェオは、哀れにも夜になって巡回員に発見されるまで、そのまま放置されていた。
今回は色々と書くことが多かったような気がします。
問題はインダでしょうか……。
薄っぺらいと言われるかもしれないし、まだ不備が指摘されていますから、あちこち直す必要があるかも……。
そして本節最後の狐さん。
リア充を爆発させるつもりが、仕返されたでござる……。
おかしいな。ティマとマルスを爆発させて高笑いするつもりが、爆発させられたのは狐でした(自爆テロっぽいですけど
なんでこうなったんだろう。……ああ、キャラの選択が悪かったのか!