第7章第3節
お待たせしました。
ケン・ノーティスが引き起こした暴行事件後も、学園の授業は表面上、滞りなく行われている。
それは彼が属していた3学年1階級の教室でも同じこと。
ノゾムの看病を終えたアイリスディーナは、自分の教室へと続く廊下を歩いている。
まだ朝礼が始まっていないのだろう。教室の中からはガヤガヤと雑多な話し声が廊下にまで漏れていた。
自分の教室の前まで来たアイリスディーナは、一度深呼吸をしてから扉に手を掛ける。
ガラリと扉が音を立てて開かれると、教室中の視線が一斉に彼女に向けられた。
先程までの喧騒はピタリと止み、興味と好奇に満ちた視線が一斉に彼女に向けられる。
そんな多種多様な周囲の視線を一切無視して、アイリスディーナは自分の席に腰を下ろした。
アイリスディーナ達が負傷したノゾムの看病をしているという話は、別に公にはしていない。
しかし、最近アイリスディーナ達と一緒にいることが多かったノゾムが、先の事件で怪我をして病院で療養している事。
その時期と重なるように彼女達の登校時間が遅くなり、そして放課後はすぐに下校するところを頻繁に目撃されれば、誰でも大よその見当はつく。
実際にアイリスディーナに直接“ノゾムの見舞いに行っているのか?”と尋ねる生徒はおり、彼女もそれを否定しなかった。
ジハードに口止めされていたのはノゾムが龍殺しであることと、アビスグリーフに関してのみである。
ノゾムが入院していることは周知の事実なので、特別否定する必要はなかったのだ。
だが、この事実は学生の間ではそれなりに騒ぎになった。
アイリスディーナはこの学園でも5指に入るほど見目麗しい少女である。また、その実力、出自、将来性を考えれば、噂話にならないわけはない。
高嶺の花は手が届かないからこそ、人の興味と関心を惹きつける。
あの黒髪姫に想い人が出来た。
最近ノゾムと仲がいい事で、今までもそのような噂はチラホラと流れていたが、彼女がノゾムの看病を始めたということで一気にその話が学園中に広がっていった。
ちょうどその時期、リサ・ハウンズの噂話が湧き上がっていたことも、この風聞を一気に広める要因となった。
「ねえ、やっぱりアイリスディーナさんって、アイツの事……」
「やっぱりそうなのかな。
ノゾムとアイリスディーナさんって、何だが変わった組み合わせだよね。彼って確かにとんでもなく強いみたいだけど、特別な出生ってわけじゃないんでしょ?」
「でも、最近の黒髪姫の様子は明らかに変だよね。余裕が無いっていうか……」
騒々しい周囲の声。だがアイリスディーナの心は、全く別のところに向けられていた。
元より、アイリスディーナは周りからの無遠慮な視線には慣れている。
狭く、他人の風聞に敏感な貴族社会で生きてきた彼女だ。
あの粘着質で息苦しく、陰湿で寒々しい世界に比べれば、学生達の噂話など彼女は気にも留めない。
だから、今彼女の心を支配しているのはそんな風評ではない。
脳裏に浮かぶのは、無機質な病室に寝ているノゾムの事。そして、そんな彼を看病している彼の幼馴染の事だけだった。
「ねえ、どう思う?」
「やっぱりそうなのかな……。ケヴィンは……」
「……ああ!?」
「ゴ、ゴメン、何でもないよ……」
「馬鹿、なんでアイツに聞いたんだよ……」
「ちょっと口が滑って……」
「ふう……」
周囲の煩わしい声を無視するように、アイリスディーナは視線を窓の外へと向けた。
もう夏が近い。
中央公園に並ぶ木々の枝には、巣立ちを迎えた若鳥達が羽を休めていた。
窓の外は晴々とした陽気に包まれている。
しかし、日の光に燦々と照らされた街とは正反対に、彼女の気分はどこまでも暗く、沈みこんでいた。
目を覚まさないノゾムの姿。それを見ていると、否応無く思い出されてしまう光景があったから。
それはアイリスディーナが幼い頃の話。
ソミアは覚えてはいないが、彼女は亡くなった母のことをよく覚えている。
柔和な笑顔と、たおやかな仕草。ただ佇んでいるだけで見る者を惹きつける魅力を持った、優しい人だった。
そんな母がアイリスディーナは大好きで、いつも“母様、母様!”と彼女の足に引っ付いていた。
時にはドレスのスカートを引っ掴んだり、プレゼントをするつもりで母のお気に入りの花壇の花を摘んでしまったが、優しい母は困った顔をして頭を撫でるだけで、決して頭ごなしに叱ったりはしなかった。
その代わり、父親にはそれなりに厳しく怒られたりしたが。
覚えている。可愛がってくれた記憶も、泣いていたところを優しく慰めてもらった記憶も。
アイリスディーナは指先でクルクルと艶やかな自分の黒髪を弄る。
この艶やかな黒髪も母から受け継いだものだった。彼女の誇りであり、亡き母とのつながりを感じられる大事なもの。
だが、アイリスディーナの母親は、決して体が丈夫な人ではなかった。
元々早産で生まれた彼女の母は、長女を産むときもかなり苦しんだ。
そんな彼女に、2人目の子供が出来た。
それが分かった時、母は満面の笑みを浮かべていたし、アイリスディーナも弟か妹が出来ることをとても喜んだ。
ソミアを身篭ったことが分かると、父親は国の中でも指折りの医者を専属で付け、入念に準備を重ねた。
アイリスディーナも母の体が弱い事は知っていたので、何かしたいと考えたが、当時6歳の少女に出来ることなどまるで無かった。
そして身重な母は元々の虚弱体質もあり、頻繁に体調を崩すようになる。
母の専属医も食事の改善やお産の為に入念な準備を行い、父も遠くの地に伝わる希少な薬をかき集めたりした。
だが彼らの努力も甲斐なく、彼女の母は徐々に弱っていった。
治癒魔法も虚弱な母には使えない。
使えば、体調を持ち直すどころか、残った体力を使って、取り返しのつかない事になりかねなかったからだ。
数日おきに熱を出し、だんだん歩くこともままならなくなってくる。
お腹が大きくなっていくに連れて、母が寝込む間隔も短くなっていく。アイリスディーナにはその光景が、まるで新しく生まれる生命が母の命を奪い取っているようにも見えた。
そしてついに彼女の母は、ベッドから起き上がれなくなるほど消耗してしまった。
“旦那様。ご夫人ですが、最悪の場合を覚悟しておく必要が……”
母の専属医が夜な夜な父に向かって言い放った一言を、アイリスディーナは偶然聞いてしまった。
大好きな母の命が危機的状況に陥っていることを知ったアイリスディーナは毎晩毎晩母の無事を願った。
“どうか、母様を助けてください!”
この時、アイリスディーナは生まれてくる命よりも、母の命が助かることを願ってしまっていた。
むしろ、母の命を奪う悪者に見えてしまっていたかもしれない。
“大丈夫よアイリスディーナ……。お母さん、頑張るから……”
だが、母は違っていた。
痩せこけ、頬骨が浮いて別人のようになってしまった母だが、大きくなったお腹を満面の笑みを浮かべて擦っていた。大事そうに、本当に大事そうに。
“産まれてくるのはアイリスディーナの弟かしら、妹かしら……。ふふ! 楽しみだわ”
愛しそうに微笑む母親の姿は、今でも鮮明にアイリスディーナの脳裏に焼き付いている。
自らの命を受け取ってお腹の中で育つ命に、天にも昇るような気持ちだったのだろう。
まるで干物のようにやつれていても、産まれてくる子を想う母の姿は犯しがたいほど美しかった。
それが、アイリスディーナが見た母の最期の笑顔だった。
妹が産声を上げたその時、彼女の母は逝った。
物言わず横たわり、動かなくなった母の姿は、今でも彼女の網膜に焼き付いている。
「かあ、さま……?」
いくらアイリスディーナが呼びかけても、母親は答えてくれない。
「母様! 母様!!」
大声を上げても、揺すっても、手を引っ張っても、冷たくなった母親は彼女に何の返事も返してくれなかった。
それは正しく屍。全ての命を燃やし尽くした母がこの世を去った事を、アイリスディーナは否応にも突きつけられた。
誰もが言葉を失くし、普段から寡黙な父が、この時は使用人達の前で号泣していた。
幼いアイリスディーナにも、母親の死は鋭い刃となって、彼女の胸を深々と切り裂いた。
鋭い痛みが胸に走り、傷跡から吹き込む隙間風がアイリスディーナの心から熱を奪い取っていった。
心が、感情が、凍り付いていく。ちょうど目の前で眠っている母の屍のように。
“おぎゃー!おぎゃー!”
そんな時、沈黙に沈んでいた部屋に響き渡ったのは、産まれたばかりの妹の産声だった。
母の命を糧にして、産まれてきた幼い命。
母の死で頭が一杯だったアイリスディーナはそこで初めて、産まれてきた妹に目を向けた。
静かに眠る母の隣に寝かされた、小さな、小さな幼子。
まるでガラス細工の様に弱々しいが、まるで太陽のような力強さを感じさせる命が、そこにあった。
そっと手を伸ばし、彼女は妹の額に触れた。
暖かい。
トクントクンと手の平に感じる鼓動と熱が、じんわりとアイリスディーナの身体に染み込んでくる。
徐々に死へと近づきながらも、微笑んでいた母の顔が思い起こされる。
その時、彼女は唐突に理解した。
ああ、母はこの温もりを生かしたかったのかと。自分の命を全て、この子に与えても……。
「母様……」
熱いものがアイリスディーナの頬を伝う。
妹が母を殺したという感情は、不思議と湧かなかった。
手のひらに感じる妹の体温。それはまるで、母親の温もりのように、優しく幼いアイリスディーナを慰めてくれた。
胸に開いた傷を、妹に託された母の想いが塞いでいく。
その時、彼女は心に誓ったのだ。この妹を母の代わりに私が守ろうと。
だがノゾムが寝込んだ今、塞がったはずの傷が再び開きかけていた。
「ノゾム……」
窓の外を眺めるアイリスディーナの口から、ノゾムの名前が自然と漏れ出る。
ベッドに横たわるノゾムの姿が、母の最期と重なる。
まるで死んでいるようなノゾムの寝顔が、否応なく彼女の心の傷を刺激する。
チクチクと痛む傷口を抑えるように、アイリスディーナは胸元を固く握りしめていた。
医者はノゾムの体には問題ないと言っていた。精神が眠りについているだけだと。
だが、そんな事は慰めにもならない。
精神と肉体は密接に関わっている。
精神が死ねば肉体も死ぬし、その逆もしかり。
ましてノゾムは、その魂にとんでもない危険物を抱え込んでいるのだ。
もしもノゾムが目覚めなかったら……。脳裏に浮かぶ最悪の予想が、否応なくアイリスディーナの心を掻き回していく。
彼女がこの不安に駆られたのは初めてではない。
彼が寝込む度に、アイリスディーナは母親の死を垣間見ていた。
今までは数日だった。しかし、今回はあまりに長すぎる。
募る焦燥感と寂寥感が、否応なく彼女を追い込んでいく。
その時、アイリスディーナの視界の端に、窓ガラスに映った彼女の姿があった。
紅髪を後ろで纏めた彼女は、周囲の影に隠れるように下を向いている。
「…………」
その姿を確かめた時、突き刺すような痛みが増した。
そして、その痛みはどんどん増している。ノゾムに対する想いが、その痛みを助長させていた。
“私の傍にいてほしい”
ティアマットに飲み込まれ、暴走した彼に向けた言葉。心の底からの願いも、今は痛みを伴うものだった。
アイリスディーナ自身、リサ・ハウンズに思うところが無いわけじゃない。
だが、それを彼女に言うことが出来るのはこの世でたった一人だけ。今もまだ眠ったままの、ノゾム本人だけである。
アイリスディーナは歯を食いしばって、行き場の無い焦りと想いに蓋をした。
脳裏に思い描くのは彼の笑顔。自分の過去を受けいれてくれた仲間達に見せた、心からの笑み。
初めて、家族以外で心の底から笑顔を願った人。その人の笑顔を思い浮かべながら、アイリスディーナは必死に胸に渦巻く黒い思いを抑えつける。
一日でも速く彼が目を覚ましてくれることを願って。
アイリスディーナが焦燥感に苛まれている時、同じように心を痛めている者がいた。
3学年2階級の教室に、教官の講義が流れている。
「……であるからして。主に大侵攻における各軍の配置は、それぞれの国が個別に展開し、侵攻した魔獣と相対するという形でした。
その際、一番の問題となったのは各軍の連携であった」
シーナは講義が続く教室の中で、教本を開いて記載された文字を目で追っていた。
だが、その目の動きは不規則で、どこか集中しきれていない。
シーナのほっそりとした指が、トントンと落ち着き無く教科書の角を叩いている。
彼女は普段から真面目だ。妖精族としての見目麗しさもあり、彼女をよく知らない人には硬い印象を与える。
だが、今の彼女は普段の硬質的な表情ではなく、どこか浮ついた印象を与える。
彼女の意識は今、講義ではなく窓の外へと向けられていた。窓から見えるグローアウルム機関。そこで眠る一人の少年に。
「元々魔獣の侵攻を受けた国の要請で集まった連合国軍であったが、このような複数の軍を統合した場合、指揮系統の統合が困難である場合が多い……」
シーナは授業中であるにかかわらず、以前ノゾムに繋げた魔力路に意識を集中させ、彼の精神と接触しようと試みる。
目を閉じて、じっと自分の内に張った一本の糸を慎重に手繰っていく。
彼女が魔力を込めると、一本の細い糸は徐々にその太さを増していく。
注がれた魔力によって一本の糸が太い縄になり、やがて内側から爆発するように一気に膨らむ。
広がる視界と穏やかに吹く風。
ノゾムとシーナの精神を繋ぐ一本の回廊が作り上げられ、彼女の意識はノゾムの精神へ向かって飛翔する。
地面は無い。重力に縛られないこの回廊において、シーナの精神は鳥のように飛ぶ事だって出来る。
さらさらと頬を撫でる風を感じながら、シーナはノゾムの精神がある回廊の奥へと向かう。
しかし、彼女の意識がノゾムの精神との境界に差し掛かった時、それは現れた。
「っ……!」
魔力路を通りながら風を感じていたシーナの目の前に、突然複数の鎖が走った。
海中を泳ぐ魚群のごとく、鎖の群れは回廊の中を縦横無尽に回廊の中を泳ぎまわる。
まるで夢物語のような光景。だがシーナは空中を走る鎖を無視して、前へと体を推し進めた。
すると、途端に空中を鎖の群れが向きを変え、シーナめがけて襲い掛かってきた。
「くっ!?」
上空から向かってくる群れを、シーナは体を逸らせて回避する。
鎖の群れが先程までシーナの体があった空間を突きぬけ、再び上昇しながら四方へと散っていく。
群れを解いた鎖達は、今度は上下左右、全方位からシーナに襲い掛かってきた。
シーナは体を巧みに操り、突っ込んでくる無数の鎖を避け続ける。
背後から追いすがってくるものを引き離すために速度を上げ、左右から向かってくる鎖を上昇して避ける。
上から来た鎖は体を捻ってかわし、同時に下から追いついてきた鎖を巻き付かれないよう、回転を利用して勢いをつけた手ですばやく払いのける。
上へ下へ、右へ左へと、シーナは魔力路の回廊を飛び回り、少ずつ前へと進んでいく。
だが先へ進めば進むほど、シーナを追いかける鎖はその数を増していく。
初めは数本だけだった鎖が十を超え、二十を超える。
そしていつの間にか、百を超える鎖が彼女を追い掛け回し始める。
「ああもう! しつこいわね!」
あまりにしつこい鎖の群れに辟易したシーナが、たまらず声を上げた。
だが声を出した際に、集中していたシーナの意識が僅かに逸れる。
その間隙を縫うように、彼女の足に鎖が絡みついた。
「きゃっ……!?」
小さい悲鳴がシーナの口から漏れた。
シーナの足を絡みついた鎖が彼女の体を一気に引っ張る。
鎖はシーナが元来た方向へと、あっという間に引き戻すと、彼女の体をまるで紙ごみのようにポ~ンと放り投げた。
クルクルと回転しながら放り出されたシーナが何とか体勢を整えると、いつの間にか彼女の前には大きな影が立ち塞がっていた。
その存在を一言で言い表すなら天まで届く“鎖の壁”だった。
何処までも続く無数の鎖が寄り集まり、シーナの目の前に立ちはだかっている。
彼女は鎖の一つを掴み、掻き分けながら先へ進もうと試みる。
「んっ! んんん~~~!!」
精一杯の力を込めて、鎖を引っ張る。
しかし鎖は思いのほか強く張られているのか、細いシーナの腕ではびくともしなかった。
しばらくの間、懸命に鎖と格闘していたシーナだが、いくら力を込めても解ける様子の無い鎖の壁を前に、やがて大きく肩を落とした。
「相変わらず、ここから先へは行かせてくれないのね……」
そっと目の前の鎖の壁に手を当てながら、シーナは寂しそうに呟いた。
今まで何度か彼の精神に接触を試みようとしてきたシーナ。だが、いつもこの辺りで、この鎖の壁に進路を塞がれてしまっていた。
寂しそうな彼女の声が、誰もいない魔力路に響く。
物言わぬ鎖の群れが、彼女の問いに答えるように冷たい感触を返してくる。
しばらくの間、壁の前で項垂れていたシーナだが、大きく息を吐くと、ひょいと鎖の隙間から先の様子を覗き見た。
隙間の向こうからは、篝火のようにユラユラと揺れる光が漏れている。
「でも、貴方はちゃんとそこにいるのね」
ぼやけてほとんど見ることが出来ないが、まるで赤子が眠りについているような、穏やかな光だった。
シーナは小さく息を吐き出すと、鎖の壁に背中を預けた。
「いいわ。待っていてあげる。でも、暫くここにいさせて貰うわよ……」
背中から伝わってくるひんやりとした感触に身をゆだねながら、シーナはしばらくの間、瞑目する。
鎖の隙間から見えた彼の心。
ティアマットの存在と危険性を魂で感じた彼女が何より恐れたのは、かの巨龍にノゾムの精神が食い尽くされることである。
だがノゾムの精神は無事だ。ただ眠っているだけ。
その事実を直接確認できた事実を知らせれば、外で待つ仲間達はとりあえず胸をなでおろすことができるだろう。
しかし、背中から感じる冷たさは、否応無く彼女に寂しさを感じさせる。
傍にいるのに触れられない。見てもくれない。声も聞こえない。
それでも、彼の笑顔が……頭から離れない。
たとえ答えてくれなくても、ずっとここで彼を感じていたい。
「あっ……」
その時、シーナの脳裏に親友の言葉がよみがえる。
“もしシーナに好きな人が出来たら分かると思うよ。その人の側にずっといたい、その人に求めてもらいたいって気持ち”
ああ、そうか。ミムルとトムはいつもこんな気持ちを抱いているのか、ティマさんはいつもこんな気持ちでマルス君を見ているのか。
それは、シーナが初めて自覚した恋心。胸の奥で輝く小さな炎に、彼女が気付いた瞬間だった。
同時に、その小さな火はシーナの心を徐々に焦がしていく。
帰ってこない返事と、傍にいるのに彼の心に触れることが出来ない焦燥感。
「何しているのよ。早く目を覚ましなさい……」
静寂が支配する魔力路の中で弱々しく呟く声が、やがてすすり泣きへと変わっていった。
シーナを阻む鎖の壁。その奥に煌めく光の球。
その中でノゾムがどうしているのかというと……。
「ここ、どこ?」
覇気の無い台詞を呟きながら、呆けた顔で眼前に広がった奇妙な景色を眺めていた。
今回はアイリスディーナとシーナのターン。
アイリスディーナのトラウマと葛藤、そしてシーナの恋心の自覚でした。