第6章第26節
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商業区の喧騒からやや離れた市民街の裏路地を駆け抜ける一つの影。
しばらく走り続けた影は何度も後ろを確かめると、やがて安心したように大きく肩を落とした。
「やれやれ、参ったのう。こんなところで憲兵に目を付けられるとは……」
溜息を吐くようなセリフを口にした影の正体は、ちょっとした行き違いから憲兵に連行されていったゾンネだった。
もっとも、普段の行動がアレなだけに自業自得とも言えなくない。
気を取り直したようにパンパンと服についた土埃を落とすと、老人は妙にまじめな顔で空を見上げた。
「追っ手を巻くのに苦労したがこれでよかろう。とにかく、今は大事な時。急いであの小僧を探さぬといかんな」
普段の言動からは想像もできないほど凛とした瞳。それはあの森でノゾムたちに機殻竜を差し向けた時と同じもの。
「いやな予感がする。悪いことが起こらなければよいがのう……」
その眼に、言い知れぬ強い意志を秘めたまま、老人は早足でアルカザムの街中へと消えていく。
まるで何かに急かされるように。
気付いてしまった幼馴染の裏切りとリサ自身の過ち。それを受け入れる間もなく戦いは始まってしまった。
目の前で繰り広げられる幼馴染同士の戦い。端正な顔を醜く歪めてノゾムに斬りかかるケン。その姿はリサが今まで見たことが無いほど殺意と敵意に満ちていた。
それに対してノゾムは、ほとんど表情を変えないままケンと打ち合っている。だが能面のような表情とは裏腹に、ノゾムの瞳には強い意志の色が垣間見えた。
それはかつて故郷で彼女が惹かれたノゾムの姿そのものだった。
そんなノゾムの姿もまたリサの胸を鋭く貫く。自分が全くノゾムを見ていなかったことを突き付けられるからだ。
目を閉じてしまいたい。耳を塞いでしまいたい。見なかったことにしてしまいたい。
だが目を背ける事が出来ない。
リサの体は完全に硬直し、力を失った足はガクガクと震えるだけで動き出してはくれず、目の前の戦いから目を離すことすら出来ない。
次々と2転3転していく目の前の事態にリサは激流に飲まれた笹舟のように翻弄され続ける。
交わる刃の甲高い音が耳に響く中、彼女はただ茫然と佇む事しか出来なかった。
その間にも2人の戦いは徐々にその勢いを増していく。
「ぜええええい!」
ケンの怒号と共に振り下ろされる長剣。ノゾムはケンが振るう刃を側面から打ち払い、同時に踏み込もうとする。だがケンが素早く切り返した長剣がその動きを牽制した。
ノゾムは前へ出るのを諦め、素早く一歩後ろへ退がりながら自分の刀をケンの斬撃に沿わせる。横なぎに振るわれた長剣が力の方向を逸らされ、キャリリッ! と耳障りな音を立てながらノゾムのすぐ目の前を通過していく。
「ふっ!」
同時にノゾムが再度踏み込み、刀を振るう。咄嗟に首をそらしたケンの眼前を今度はノゾムの刃が通過していく。
掠めた刃の風圧がケンの髪を払い、切り裂く様な剣気が頬を薙いだ。
背筋に走る緊張感、そして胸をかき乱す不快感と憎悪にケンは歯噛みする。
「この!」
粘つくようなその不快感を押し退けようとケンは再度踏み込む。
「リサの傍にいるべきは僕だ! ここでおまえを倒せば、今度こそ僕がリサの傍に……!」
追いつめられた表情でケンは長剣を振り続ける。その喉から出る言葉は寒々しく、怒りを通り越して哀れに感じるほどだった。
だが振るわれるケンの長剣は一撃ごとに大気を薙ぎ、背筋が委縮するほどの威圧感を放っている。
ケン自身も伊達に3学年1階級でAランクに値する評価を受けているわけではない。学園卒業生ですらAランクと評価されるものは少ないのだ。
絶え間なく煌めき続けるケンの剣筋は、素人が見ても他の剣士達とは隔絶した技量と力強さを感じさせるものだった。
だが……。
「ふっ、はっ、しっ!」
そんなケンの太刀筋は、ノゾムの体を全く捉えることが出来ていなかった。
牽制として放った斬撃は容易く見切られ、胴体を断ち切る勢いで振った本命の一撃は空を切る。
「くそ、こいつ……」
ケンは振り抜いた長剣を素早く引き戻し、体ごと押し付けるように袈裟がけに繰り出した。同時に腰を落とし、受け流そうとノゾムの動きに合わせて足を踏ん張る。
払おうとしたノゾムの刀はケンの太刀筋を完全に受け流すことができず、2人は噛み合うようにがっぷりと鍔ぜり合う。
「っ!」
「よし!」
力勝負になったことにケンは顔を綻ばせる。ノゾムとケン、身体能力の差は明らかだ。
このまま一気に押し切り、斬り伏せる。そんな思考を頭に浮かべ、ケンは組み合ったまま力づくで押し切ろうとする。
だがケンが今まさに力を入れようとしたその瞬間、ノゾムが組み合っていた腕の力を抜いた。
殺意を纏ったギラつく刃はあっという間にノゾムの眼前に迫り、その頭を砕かんとする。
しかし迫る刃がノゾムの顔に触れそうになった瞬間、ケンの眼前からノゾムの姿がかき消えた。
「なっ……ぐあ!」
同時にケンの脇を風が駆け抜け、彼の腕に鋭い痛みが走る。
唇を噛んで痛みに耐えながらケンが自分の腕に視線を落とすと、自らの二の腕が斬られ、純白の制服を紅く染め始めていた。
そしてケンの背後では油断なく構えたまま様子を伺うノゾムの姿がある。
ノゾムは自らの頭が砕かれそうになった瞬間、腰を落として地に這うほど体勢を低くした上で“瞬脚-曲舞-”を発動。一瞬でケンの脇を駆け抜けつつ、彼の二の腕に一撃を見舞っていたのだ。
人間の目は左右に比べ、上下に動く目標を識別することは難しい。それが至近距離で、かつ上下左右ほぼ同時に視点を振らさればなおさらだ。
だがそれ以上に注目すべきは、一瞬でもタイミングを誤れば頭を砕かれる状況で躊躇なくこの手段をとり、かつ成功させたノゾムの胆力と集中力だろう。
「っ!……こいつ!」
傷自体は決して深くはないとはいえ、腕に走る痛みと屈辱感にケンは顔を歪めた。
身体能力で圧倒的に劣る相手。能力的に決して後れを取るはずのない敵から貰った一撃。
ケンの脳裏にジハードと切り結ぶノゾムの姿が蘇る。
あの場にいた全ての人間が見惚れた戦い。そして二の腕に走る痛みがケンにある事実を明確に突きつけていた。
“至近距離での戦闘において、ノゾムはケンを圧倒的に上回る”
その事実を振り払うように長剣に魔力を叩き込みながら、ケンはノゾムに向かって全力で踏み込む。ケンにとって、ノゾムに僅かでも劣るということは認められないことだった。
強化魔法で全身を強化。空気が弾けるような炸裂音と共に瞬間的な加速を得たケンはノゾムとの一気に間合いを詰めて、魔力で強化した長剣を叩きこむ。
眩いばかりの青色の魔力光を纏った長剣。全力で強化された肉体から繰り出される一撃は、鍛え上げた鋼鉄の大剣ですら一刀両断する威力を秘めている。
「ふっ!」
「なっ!」
だがなんと、ノゾムはケンの一撃を真正面から迎撃した。
刹那の間にノゾムの刀に気の刃が付される。刀身全体に光の帯を纏わせながら、ノゾムは一瞬の迷いもなく刀を振り上げた。
空中で衝突する二つの刃。
振り下ろされるケンの斬撃に合わせて切り上げるように振りぬかれたノゾムの一撃は、甲高い音を立てて青い魔力光を宙に散らせる。そしてケンの斬撃はノゾムの体を捉えることなく、空しくノゾムの脇へと逃げていった。
「ちいっ!?」
唇を噛み締めながらも、ケンは諦めずに2撃3撃と長剣を繰り出していく。
しかし、ケンの斬撃をノゾムは素早く迎撃した。叩きつけられる斬撃に会わせて自らの刀を打ち込み、相手の攻撃を逸らすと同時にノゾムの体が横に流れる。
「これは……」
その光景を目の当たりにしたケンの脳裏に数日前の武技園での出来事が蘇った。
鍛え抜かれた集中力とバランス感覚、そして練達の刀術がなせる絶技。それは彼がジハードと戦った際に使用した、相手の斬撃の威力を利用した受け流しだ。
「何か、コツを掴めたみたいだ」
「くっ!?」
ジハードとの模擬戦で何かを掴んだのか、ノゾムは並の剣士では一度としてできないであろう練達の技を、まるで手を振るような容易さで次々とこなしていく。
「ノゾム!!」
荒々しい声を上げながらケンの刃がさらに剣速を増す。だがノゾムの目にはケンの斬撃の軌跡が2手3手先までハッキリと見えていた。
(袈裟懸け、逆袈裟、右薙ぎ……)
確かに剣速、威力、魔力量、どれをとっても、ケンとノゾムの間には隔絶した差が存在する。ケンの剣技自体もAランクに相応しいものだ。
しかし自らの策略をリサに知られた故の動揺とノゾムに対する憎悪が爆発し、ケンの顔にはっきりとした“感情”が映っている。
何より、今のノゾムは極めて冷静沈着。かつてケンと戦った際の動揺は欠片も見えなかった。
ノゾムの双眼は鷹のように鋭く、ケンの動きを瞬く間に見切る。
鞭のようにしなる筋肉は一切の停滞なく連動し、全身の力を一片の無駄なく振るう刀の切っ先に集約させる。
そして掲げられた刃は時に柳のように軽やかに、時に嵐のように荒々しく、主であるノゾムに降りかかる災いを払い除けていた。
「クソ、クソ、クソ!」
自らが打ちつける斬撃を坦々と受け流し続けるノゾムの姿にケンは奥歯を噛み締めた。
その場をほとんど動かぬままに剣を交え続ける両者。
金属の打ち合う音が周囲に響き、2人の周囲を煌めく火花と舞い散る青い魔力光が照らし続ける。
そう、空中に宙に舞い散っているのは魔力光のみなのだ
ノゾムの気量に比べてケンの魔力量は圧倒的に多い。本来なら絶対量で上回るはずのケンの魔力剣がノゾムの気刃を一方的に打ち消していなければおかしいのだ。
だが現実には正反対に、ノゾムの気刃がケンの魔力剣を削り続けている。
ノゾムの抜群の制御力によって調整された気刃は一筋の光の帯となって分厚い層で覆われたケンの青い魔力剣にめり込み、甲高い音と共に長剣に込められた魔力を弾き飛ばしていく。
「くうう!」
削られるたびにケンは魔力を補い、魔力剣が霧散しないようにしているが、その度にどうしても魔力剣の維持が疎かになってしまう。対するノゾムの気刃はほとんど気が消費されていない。
徐々に不安定になっていくケンの魔力剣。それに合わせてノゾムは徐々に刀身に込める気量を増やし、同時に気の圧縮をさらに高めていく。
先程よりもさらに鋭さを増すノゾムの気刃にケンの頬が引きつる。先ほどまで打ち合っていた気刃より遥かに剣呑な剣気を纏っていたからだ。
動揺を浮かべるケンとは裏腹に、ノゾムの表情に変化はない。ケンの魔法剣に比べても遥かに鋭い気刃を作り上げながらも、ノゾムにはまだまだ余裕があった。
光の帯が一気に極圧縮され、刃筋に一筋の光刃が纏う。それは正しく、彼の十八番の気術。本当の“幻無”であった。
「はあ……しっ!」
吐き出された息と共に、裂帛の気合を込めてノゾムは刀を薙ぎ払う。
ジハードの盾すら切り刻むノゾムの気術が円の軌跡を描きながら、振り下ろされた長剣めがけて一直線に流星のように飛び込んだ。
同時にノゾムとケンの耳にキィイン! と澄んだ音が響く。ノゾムの刀はケンの魔力剣を紙のように切り裂き、その刀身を真っ二つに切り裂いた。
「なっ!」
柄と半ばの剣身のみとなってしまった愛剣にケンが動揺の声を上げる。だがその一瞬の隙に、ノゾムの刀の切っ先が、ケンの喉元に突きつけられていた。
「う……!」
「…………」
うめくような声を漏らすケンと、黙したままのノゾム。
「嘘だ……こんなはずが……」
否定しようとした現実を突きつけられ、茫然とするケン。だがその顔はすぐに屈辱に歪み、汚濁の様に濁りきった真っ黒な憎悪をノゾムに向けてくる。
「……終わりだケン。大人しくしろ」
ケンの憎しみを真っ向から浴びながらも、ノゾムは淡々と終わりを宣言する。
これだけ騒ぎを起こしたのだ、近くにいる仲間達や憲兵達もすぐに駆けつけてくるだろう。
すでに犯人の特定が完了した以上、ケンに逃げられる道理はない。たとえこの場を逃げ延びても、この街から脱出することはできないだろう。
しかしケンはそんなノゾムの言葉など意に介さず、未だに自らの妄執に固執していた。
「そんな訳がない! 今までリサを守ってきたのは僕で、僕とリサはこれからも……」
それでも自分の“逃避”を自覚せず、自分がリサを守ってきたのだと言い張るケンにノゾムの顔が一気に歪んだ。
「っ! 今のリサが、本当にお前と居たいと思うのか!? お前はリサにあんな顔させたかったのかよ!!」
ノゾムの言葉に促されるようにケンがリサの方に視線を向ける。
膝を震わせ、茫然と目の前の戦いを眺めるだけだったリサとケンの視線が交差する。
「っ!」
「あ……」
その瞬間、リサはビクリと体を震わせた。血の気を失って真っ青になった顔に怯えと後悔の色が浮かぶ。
彼女の弱り切った表情がケンの胸に突き刺さる。
そして同時に、今まで嘘で塗り固めてきた2人の関係が完全に崩壊したのだということを改めてケンに突きつけていた。
「そんなはずない。そんなはずは……」
「俺達の約束は“リサの夢を守ること”だったはずだ。これがリサを守ることに繋がるのかよ!」
自らが一番大事な人を傷付け続けていたという事実を突き付けられ、ケンは狼狽しながら後ずさる。
だが今まで妄執の世界に逃げ込んでいたケンはその事実を受け入れられない。ただ首を振って、目の前の真実から目を背け続ける。
そこにかつて“リサの夢を支える”と誓ったノゾムの親友の姿は微塵もなかった。
「リサには僕がいなくちゃいけないんだ。僕が守らないといけないんだ。そうさ、ノゾムじゃない。僕が……」
「ケン……!」
自分を陥れた相手とはいえ、完全に道を見失ってしまった親友の姿にノゾムは複雑な表情を浮かべる。怒り、憎しみ、憐憫、悲しみ。様々な感情と激情がノゾムの胸を打つ。
だがノゾムの想いとは裏腹にケンは自らの行為に目を向けることはなく、ひたすら自らの閉じた世界に閉じ籠る。
「そうだ、お前がいるから……。お前さえいなかったら、こんなことにはならなかった!」
元々リサを失うことへの不安とノゾムに対する嫉妬、そして何より、ノゾムがこれ以上強くなれないという思い込みから道を足を踏み外したケン。
だが彼自身が否定していた“ノゾムの強さ”をイヤが応にも突きつけられた今、彼のノゾムに対する嫉妬はさらに肥大化し、同時にリサを失うという恐怖が極大にまで膨れ上がる。
そして彼の狭量で弱い心は圧し掛かってくる嫉妬と恐怖には耐えきれない。
だからケンはそんな不安を払拭するには“諸悪の根源であるノゾムを倒せばどうにかなる!”という思い込みを捨てることが出来なかった。
「っ!」
半ばから断ち切られた長剣で突き付けられたノゾムの刀を弾き、ケンは苦し紛れに間合いを取ろうと後ろへ跳躍しようとする。
だが、当然ノゾムはそんなことをさせるつもりはなかった。
気を伏したままの刀を携え、ケンを逃すまいと踏み込んでいく。狙いはケンの足元。
打ち込んだ気が炸裂する際の衝撃でケンの足を止め、そのまま組み伏せる。魔法を使おうとしても関節を極めて締め上げれば、痛みで術式の構築は難しいだろう。
殺傷力が強すぎるノゾムの気術ではあるが、切り裂く対象が相手自身でないならば何の問題もない。
ノゾムが自分より劣っていると信じ込もうとしているケンの事だ。真正面からの打ち合いで後れを取り、意固地になって抵抗しようとしたところで組み伏せて完全に抵抗できなくすれば、彼の戦意を完全に折ることが出来るかもしれない。
それはケンの偽りの幻想を完全に破壊することになるだろう。
これだけの事を仕出かしたのだ。彼の行く末が険しいものであることは分かりきっている。
だが、それでもノゾムは迷わなかった。
流れるような曲線を描く刃が、今まさにその身に付された気刃を放とうとする。
「これで……があっ!」
だがその瞬間、ノゾムの脳内に雷のような激痛が走った。ノゾムの動作が一瞬遅れ、その間にケンは後ろに跳んでノゾムの間合いから離脱してしまった。
「っ! お前……」
“…………”
ノゾムの脳裏にティアマットの顔が浮かぶ。
ジッとノゾムを凝視してくる巨龍の目は“なぜ目の前の敵を殺さないのか!”と責めているようだった。
だがノゾムはティアマットの抗議を無視して足を踏み出す。今この場でティアマットの言うことに耳を傾けてなどいられなかった。
歯を食いしばって頭痛に耐えながら、ノゾムは瞬脚で間合いを詰めようとする。
ケンが半ばまで断ち切られた長剣を掲げながら、詠唱を開始していた。“氷柱舞”か“立ち昇る泉”かと考えたノゾムだが、既に剣としての役割をなさない得物を掲げる姿に疑問符が浮かぶ。
「ふっ!」
ケンが断ち切られた長剣を突き出す。次の瞬間青い魔力光が迸り、ノゾム目がけて一直線に氷剣が伸びてきた。
「なっ……!」
ノゾムはすぐさま真横に跳んで突進してくる氷剣の進路から離脱する。幸い氷剣はノゾムの体を捉えることはなかった。
水晶のように透き通る氷の剣。槍のように伸びた刃が石床を砕く音を置き去りにしながら、ノゾムがちらりとケンの様子を伺うと、ケンが突き出した腕を薙ぎ払う姿が目に映った。
すると槍のように伸びていた氷剣に無数の節目が入り、続いて鞭のようにしなりながらノゾム目がけて再び襲い掛かってきた。
ノゾムは咄嗟に体勢を低くして、薙ぎ払われる氷剣を潜る様に身を投げ出す。氷剣はノゾムの頭上を紙一重で通過していくと、まるで従順な犬のように主であるケンの元へと戻っていった。
「な、なに……あれ?」
「蛇腹剣……」
リサ達が目を見開きながら、驚きの表情でケンを眺めている。それは彼女達が今のケンが使った魔法剣について全く知らないことを示している。
かくいうノゾムも、今ケンが掲げる魔法剣については全く見たことがなかった。
魔法剣“這い回る蛇牙”
凍えるような氷で形成された無数の刃に水の鞭を通した蛇腹剣。リサ達にすら見せたことのない、ケンの奥の手の魔法剣だった。
ノゾムだけでなく、カミラやリサですら驚きの視線を向けている中、ケンが腕を大きく振りかぶって蛇腹剣を振り抜いてきた。
ガリガリと氷の刃が石床を削り、まるで蛇の様にノゾムの顔面めがけて跳びかかってくる。
「ちっ!」
舌打ちしながら首をひねったノゾムの頬をケンの蛇腹剣が掠めていく。
だが刺す様な痛みを感じながらも、ノゾムはケンが蛇腹剣を振り切ったタイミングに合わせて地を蹴った。
確かにケンの蛇腹剣はかなりインパクトのある得物だ。ギャリギャリと耳障りな音を立てて唸る剣身には鮫の歯によく似た刃が羅列している。
人間の肉など容易く抉れそうな牙の群れには漏れ出した魔力が青い霧の様に絡みつき、その威容を一層冷たいものに感じさせる。
だがそれでも、ノゾムはその牙の群れに跳びこむことを躊躇しなかった。
蛇腹剣はその迫力とは裏腹に、剣としては致命的な欠陥を抱えている。
鞭としての今の使い方では、その長さゆえに接近戦では取り回しがきかない。
そして剣としても鞭としても中途半端なその作りでは、たとえ鞭の状態から剣に戻したとしても打ち合いに十分耐えられるものではないのだ。
ノゾムが一直線にケンめがけて突進する。ケンは未だに蛇腹剣を突き出したままの状態だ。
ノゾムのやることは変わらない。一気に距離を詰めて接近戦に持ち込む。それだけだ。
だが蛇腹剣を突き出したケンがグイッと手首を捻った瞬間、ノゾムの視界に映ったのは、氷剣の表面がハリネズミのように逆立つ光景だった。
背中に嫌な汗が一気に噴き出たノゾムは自らの危機感に急かされるまま、全力で跳躍し、地面に身を投げ出した。
ノゾムがその場から離脱した瞬間、ケンの蛇腹剣の剣身が爆発。周囲に無数の氷刃をまき散らした。
爆発範囲から逃げ切れなかったノゾムに容赦なく氷刃が襲い掛かる。
「っう!」
苦悶の表情を浮かべながらも、ノゾムはすぐに跳躍の勢いを利用して立ち上がり、体勢を立て直す。だがケンがそんな隙を見逃すはずもなく、すぐさま追撃の体勢を取っていた。
ケンが腕を振り上げ、それに従って氷の蛇が鎌首をもたげる。
ノゾムは回避に徹し続けることは不可能と判断し、攻勢に出ることにした。
抜いていた刀を鞘に納め、飛翔してくる蛇腹剣めがけて一気に抜き放つ。放たれた気術“幻無”は蛇腹剣に触れた瞬間、その剣身をほぼ半ばから両断した。
「無駄だよ!」
だが断ち切られた蛇腹剣の芯であった水の鞭が、瞬く間に断ち切られた剣身を繋ぎ合わせてしまう。そしてお返しといわんばかりに氷刃が炸裂し、ノゾムに牙を向く。
ノゾムは瞬脚で氷の刃の刃圏から離脱するが、ケンはノゾムの行き先を読んですぐさま氷の蛇を向かわせる。
そして蛇腹剣の切っ先を避けても再び氷の剣身から放たれる氷刃がノゾムを襲い掛かる。
遠距離への直接攻撃と範囲攻撃を兼ね備えた魔法剣。息もつかない波状攻撃を前に、ノゾムは間合いを詰められなかった。
「はは! やっぱり変わっていないなノゾム! 確かに接近戦はかなりできるようになったけど、距離を取ればこの様だ。僕みたいにあらゆる距離に対応できない以上、やっぱりお前にリサが守れるはずがないんだ!」
ノゾムが手間取っていることに完全に気を取り戻したのか、ケンの口から威勢のいい言葉が出てくる。
だが真実を知り、震えているリサを目の当たりにしても現実から目を背けている姿はどうしようもなく空虚で、寒々しいものだった。
ノゾムは目を顰めると、一気に後方へと跳躍。幻無の間合いはおろか、ケンの蛇腹剣の間合いの外へと離脱してしまった。
接近戦でしか活路を見いだせないノゾム。そんな彼が自分から間合いを離すということは本来考えられない。
「なんだノゾム、あきらめ……」
戦意喪失したのかと思い、嘲笑しようとしていたケンをノゾムの槍のような眼光が貫く。その目に諦めの色は一片も感じられない。
思わず押し黙ったケンを見つめながら、ノゾムがゆっくりと口を開いた。
「ケン、これが最後だ。おとなしく武器を捨てて、自分の罪を償うんだ」
何を言っているんだ?というように首を傾げるケンに対して、ノゾムは言葉を重ねる。
「どのみち、この件はジハード先生たちも知っている。ここまで来て、今更今までと同じように学園に通えると思っているのか?」
ノゾムの言う通り、ジハード達に知られた時点でケンは崖っぷちに立たされたに等しかったのだ。
その時、さらにケンを追い詰める出来事が起こった。通りを包む闇の向こうから、複数の足音が聞こえてくる。
「な、なんだ……?」
「来たな」
「ソミア、大丈夫か!?」
「姉様!」
駆けつけてきたのは北区画の巡回をしていたアイリスディーナ達。その後ろには商業区を巡回していたマルス達、そしてアンリの姿もある。
「やれやれ、危ないところだったな」
「カミラさんたちは任せて~」
アンリが足に怪我を負ったカミラの治療を引き継ぎ、ケンの退路をマルスや憲兵たちが素早く塞いでいく。
ケンが忌々しそうに顔を歪めた。優越感を浮かべた表情が、怒りと憎しみに再び染まる。ケン自身もなんとなく察していたのかもしれない。
「さて、おとなしく捕まってもらうぞ。色々と聞きたいことが山のようにあるからな」
「黙れ!」
周囲を取り囲んだ憲兵達がケンに降伏を呼び掛ける。しかしケンは右手に携えた魔法剣で答えた。
振り抜かれた“這い回る蛇牙”がケンの周りを取り囲んだ憲兵の足元を薙いでいく。
ケンの抵抗の意思を見た憲兵達が一斉に抜剣する。マルスを始めとしたノゾムの仲間達も、ケンを取り囲み、其々の得物を構えていた。
「ちっ、往生際の悪い奴だな! ……ノゾム?」
そんな中ノゾムはケンの包囲網から一歩踏み出し、再びケンと対峙する。
「ノ、ゾム~~!」
ケンがその端正な容貌を醜く歪め、地獄の底から響くような怨嗟の声を上げる。血反吐を吐きそうな声を漏らすケンに対して、ノゾムは複雑そうに眉を顰めるのみ。あくまで淡々とケンの殺気を受け止めている。
異様な空気が周囲に満ち、得物を抜いたマルスや憲兵達も黙したままノゾムたちを見守っている。
“何をしている! なぜ手を抜く! お前にはこの愚か者を裁く権利があるはずだ!”
未だにティアマットはノゾムの頭に締め付ける様な痛みを叩きつけてくる。
いつからだっただろうか。ノゾムはあらゆるものに憎しみを向けるこの龍が、最近どこか違う雰囲気を醸し出しているように感じていた。
だが、それが何なのかノゾムには分からない。
ただノゾムに分かるのは、以前とは違い、自分の心がティアマットの憎悪に感化されることはなく、不思議と落ち着いているということだけ。今まで何度も干渉されて耐性がついたのか、それとも他に理由があるのか。
少なくとも、ノゾムがその理由を推察するには彼は未だに知らないことが多かった。自分の事も、ティアマットもの事も。
「お前が……お前のせいでこうなったんだ!」
「……いや、違うな。こうなってしまった原因は、俺達全員だ」
だが今はやるべきことがある。そう気持ちを入れ替えたノゾムは、腹の底から絞り出す様なケンの言葉をにべもなく否定した。
ノゾムにしろ、ケンにしろ、リサにしろ、全員が想い人と向き合うことから逃げてしまった。
その結果、バラバラになってしまったノゾムたち。その事実をノゾムは淡々と告げていく。
だが、ケンはやはり自分の弱さを認めることが出来ない。
リサの傍にいるための拠り所にして、リサの傍にいるために免罪符。それが“自らがノゾムよりも強い”という思い込みのみだから。
「お前が俺を恨むのはまだ分かる。だが何でそれにソミアちゃん達を巻き込んだ! 狙うなら俺一人を狙えばよかっただろうが!!」
「う、うるさい、うるさい! うるさい!!」
だがやはりケンは聞く耳を持たない。自分の行ったことの結果を突き付けられても、どうしようもない現実を突きつけても、ただ子供の様に喚き散らす。
かつては背中を預け合った親友の変わり果てた姿と鎖に繋がれた小鳥のようになってしまったかつての恋人。
もはや意味を成さなくなった誓いと約束。それはとっくに未来を創るための輝かしいものでなく、ただ自分達を頑なに縛り続けるものでしかなくなっていた。
頭では理解していたが、ノゾムはそんな彼らの姿をこれ以上見ていられなかった。
「あの時の約束は、もう夢を叶えるものじゃない。その夢を壊すものになってしまった……!」
もうノゾムに出来ることは唯一つだけだった。
ジクジクと痛む胸の疼きに歯を食いしばり、頭の中でがなり立てている巨龍の言葉を無視する。
「お前が頑なにあの時の約束を歪め続けるなら、俺はその全てを断ち切る。そうしなきゃいけない……。もう、俺が出来るのはそれだけみたいだ」
この偽りの関係を完全に終わらせる。今までケン達が閉じ籠っていた偽りの世界を完全に破壊する。たとえその結果、もう二度と後戻りできなくなっても。
ノゾムは瞬脚を発動。仲間たちが見守る中、真正面からケンに向かって突進していく。
「死ね、死ね!」
すぐさまケンが腕を振ると、その殺意に答えるように炸裂した無数の氷刃がノゾムに殺到する。
ノゾムは自分に降りかかる氷雨を確かめると、全身の筋肉を総動員し、瞬脚の方向を変える。
だがこれでは避けきれない。驟雨の様に塗りそそぐ氷の雨。ノゾムの身体能力ではその範囲から逃れるにはわずかに足りない。
氷の矢に貫かれ、血まみれになるノゾムの姿を思い浮かべたケンの目尻が緩む。
これで終わる。わずかな満足感を胸にケンは期待の目を輝かせていたが、その眼は次の瞬間、驚愕の色に染まった。
「な、なんだって!」
叩きつけられた氷矢の雨。その中を突っ切る様にノゾムが姿を現す。
多少体に傷を負いながらも、その勢いはほとんど衰えていない。
再び炸裂音を響かせながら、ノゾムが瞬脚で再加速。ケンに向かって一直線に突っ込んでいく。
「くっ!このおおお!」
いったい何故!? どうやってあの氷の雨を突破した!?
予想しなかった光景を目の当たりにし、次々と疑問が浮かぶ中、ケンは2度3度と蛇腹剣を振るい、氷の雨をノゾムに向かって撃ち落とす。
「ふっ!」
避け切れないと判断したノゾムの選択は至極単純。氷の雨の中央突破であった。
ノゾムは再び“瞬脚-曲舞-”により、複雑な曲線移動を展開。降り注ぐ氷雨の効果範囲からできるだけ逃れつつ、氷の雨の隙間を縫うように走り抜ける。
だが、それだけでは氷矢の群れを突破しきれない。殺到した矢のいくつかは、確実にノゾムの体を捉えている。
「せっ!」
自らに迫ってくる氷矢を確かめた瞬間、ノゾムは気を込めた刀を振るった。ノゾムの前面に気の膜が形成される。扇状に形成された気の膜は迫りくる氷矢を受け止め、はじき返す。
それは間違いなく、気術“扇帆蓮”によって作られた気の膜だった。
本来“扇帆蓮”は円状に刀を振りぬいて気の膜を形成するが、気の膜は長時間維持できない。
さらに刀を振りぬいた時の隙もあり、立て続けに降り注ぐ氷雨を凌ぎ切ることは不可能だと判断したノゾムは、隙を出来うる限り少なくするために刀を僅かに動かして、気の膜を扇状に形成することを選択した。
だが、これでは形成される気の膜は小さくなってしまう。そこでノゾムは“瞬脚-曲舞-”で相手の氷矢を避けつつ、避けきれないものだけを“扇帆蓮”で弾き落とすことにしたのだ。
“氷柱舞”の様に貫通力に長けた魔法ならともかく、ほんの数本の氷矢程度なら能力抑圧を開放しないノゾムの“扇帆蓮”でも十分に弾き返せる。
“瞬脚-曲舞-”は元々高いバランス感覚を必要とする。そして“扇帆蓮”もまた、その効果時間の短さゆえに使いどころを選ぶ気術だ。
しかしノゾムはそんな気術を使いこなし、一瞬のタイミングを逃すことなく氷の嵐を撥ね退け続ける。
「そ、そんな……だけど!」
ほぼ無傷で突破してくるノゾムに狼狽したケンだが、相手がもうすぐ蛇腹剣の間合いに入るところを見て気を持ち直す。
氷雨の他に蛇腹剣で波状攻撃を行えば、すぐに撃退できると踏んだからだ。
ノゾムがケンの間合いに入る瞬間、そのタイミングを見極めて、ケン“這い回る蛇牙”を繰り出す。
ギャリギャリと耳障りな音を立てて、蛇腹剣の切っ先がノゾムに向かってその牙を突き立てんと突進していく。
ノゾムの目は迫ってくる刃の切っ先を見据えながら、突き出すように刀を構える。
瞬く間に迫る二つの刃が交差する。
その瞬間、ノゾムは蛇腹剣の軌道を逸らすように後ろに流しながら、再び一歩踏み込む。さらにケンとの距離を詰める算段だ。
「無駄!」
だがノゾムの突進を阻むように、蛇腹剣が膨張した。
今にも炸裂しそうな剣身。無数の氷の刃が逆立ち、獲物の血を求めてギチギチと解き放たれる瞬間を待ちわびている。
だが次の瞬間、目に飛び込んできた光景にケンは目を見開いた。なんとノゾムは手首を捻って、今にも爆発しそうな蛇腹剣の剣身を自分の刀で絡めとったのだ。
「馬鹿が!」
魔力を十分注がれた蛇腹剣は後一秒経たずに爆発する。ノゾムの行為は自殺願望者の行為そのものだ。
あの至近距離ではもう逃れることはできない、気の膜を展開しても至近距離の爆発に耐えられない。
ノゾムにもう手はない。ケンはそう確信した。
だが、その確信はすぐさま覆される。
爆発まで半秒足らず。ノゾムは刀に気を送り込み、秒を超える刹那の速度で極圧縮。刀身から無数の針状にして炸裂させたのだ。
気術“塵断”
零距離で炸裂した気の刃は、同じ様にパンパンに膨らんで爆発しそうになっていたケンの蛇腹剣に突き刺さり、半ばから粉砕する。
「なっ!!」
ケンが驚きの声を上げる間もなく、ノゾムは気を脚部に充填して爆発させる。至近での爆発でノゾムも炸裂した氷片が突き刺さり、血を流しているがお構いなしだった。
自らの切り札を砕かれたケンが持ち直す間もなく、ノゾムは一気に間合いを詰めていく。
「ふう、ふう……はあ!」
同時に刀を納刀し気を込めて、再び極圧縮。
既に気はかなり消費され、息も上がりかけているが、ノゾムはここで退くつもりは全く無かった。
完全に相手を刃圏に捉えたノゾムが鯉口を切る。ケンは未だに顔に焦りの色を浮かべていた。
距離を詰めても幻無の刃圏から全く動こうとしないケンを見てノゾムは確信した。
“這い回る蛇牙を使っている間、ケンは移動することが出来ない”
だが、考えてみればもっともだ。遠距離攻撃と直接攻撃を同時に可能とした魔法剣。そんな高度な魔法を維持するためには信じられないほど高い集中力を必要とする。
ノゾムが看破した通り、この魔法を展開している時、ケンは制御に手一杯で、ほとんど何も出来ないのだ。
鞘から覗いた刃を星光が照らし、輝く気刃が月光で輝く。
そしてノゾムがその刃を抜刀しようとした瞬間、ケンの脳裏にノゾムに切り捨てられた自分の姿が映った。
まるで土下座の様に這いつくばる自分の姿。
闇の向こう側へと消えていく愛しいリサの姿。声を張り上げようとしても、縄をかけられ、狭い牢屋に閉じ込められた彼の声は届かない。
ぽっかりと胸に穴があいたような虚無感と喪失感。それは幼き日、ノゾムとリサが共に歩み始めた時から感じていた感情だった。
「イヤだ」
再び思い出したその喪失感が、ケンの“リサを失う”危機感を一気に煽り立てる。それはさながら火山のマグマの様に猛り、一気に爆発した。
「イ、イヤだ……イヤだ!」
弾けた感情とプチンと何かが切れたような音が頭に響き、ケンの感覚が一気に引き伸ばされる。
今まで経験したことのない感覚。まるで水に浮いたような浮遊感。目に映る光景すべて、そして身分の体をめぐる魔力までもが、ケンには手に取るように分かった。
ノゾムに粉砕された “這い回る蛇牙”。
あれだけ制御に四苦八苦していたはずの魔力剣が、今ではまるで自分の手の様にしっくりとくる。その内部の魔力の流れ、すべてを理解できた。
それはノゾムが極限の集中力を発揮した時と非常に酷似していた。
妄執の賜物か、全てが崩れ去るという恐怖が成した奇跡なのか。いずれにしろ、ケンは今この瞬間、自らの限界を超えたのだ。
崩れかけた蛇腹剣内の構造を一瞬にして理解し、修復。さらにノゾムに気取られぬよう、魔力のみで剣身を動かし、ノゾムの視界外から一気に奇襲を仕掛ける。
半ばまで砕けたケンの“這い回る蛇牙”の切っ先が持ち上がり、ノゾムの無防備な背中めがけて突き進む。
(終わりだ!)
ケンが勝利を確信し、口元を釣り上げる。
だが、ノゾムはさらにその上を行った。
蛇腹剣がノゾムの後頭部を貫こうとした時、ノゾムの目が細まった。次の瞬間、抜刀しようとしていたノゾムの体がその場で一回転する。
「えっ……」
呆けたケンが漏らした言葉を置き去りにしながら、一瞬で振り返ったノゾムは納刀した鞘で後頭部を貫こうとしていた蛇腹剣を払いのける。
そしてその勢いのまま再び踏み込むと、今度こそすべてを断ち切るように刀を抜刀。
ケンは蛇腹剣を戻そうとするが間に合わず、抜き放たれた刃はケンの右腕と胸元を深々と切り裂いた。
「あっ……」
一瞬の静寂。
続いてピチャピチャと何かが滴り落ちる音と共に、白い石床に赤い花が咲いていく
「あ、あああああああああああ!」
ケンの絶叫が木霊する。
同時にケンの“這い回る蛇牙”がパリン! と音を立てて砕け散り、まるで霞のように儚く消えていった。
どうだったんでしょうか。なんとなく中途半端な気がしますが……。
う~ん。中々集中できない日が続いていたので、ちょっと心配です。