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第6章第24節

お待たせしました。第6章第24節です。


「エクロスを狙うって、どういうつもりよ!」


 ケンが言い放った信じられない言葉にカミラが声を荒げる。


「分かっているだろ? あの程度じゃノゾムを追い出すには不十分。街の住人程度じゃ足りないなら、この街にとってかけがえのない存在を狙うしかない」


「だからって、何で子供たちを狙う必要があるのよ!?」


 街で騒動を起こす程度では目的を達成するには足りなかったから、より重要度の高い存在を目標に据える。その事自体は不自然ではない。

 だが、目標とするなら、北区画の要人を狙ってもよかったはずだ。


「北区画の警備は他の区画に比べて厳重だよ。君の助力を得ても流石に一人では難しいかもしれない。不確定要素が大きいからね」


 北区画の行政区には各国の要人が滞在している。ケン達が気づかないだけでより厳しい警備が敷かれている可能性はあるし、要人の中には腕の立つ人間もいるかもしれない。


「だけど、エクロスにいるのは子供だ。弱いけど才能豊かで、将来性がある。そんな存在を傷つけた人間がこの街にいることをジハード先生が許すと思うかい?」


 しかしエクロスに在籍しているのはほとんどが幼い子供である。才能はあれど、自分を守れるだけの力量を身に着けている存在は皆無だ。

 そんなか弱い存在を傷つけた話が広まれば、ノゾムは最近盛り返し始めたノゾムの評価は間違いなく地に落ちる。憲兵達に捕縛されて罪人として裁かれ、どこかの炭鉱か収容所送りになる。少なくとも、この学園に留まる事は不可能だろう。

 その光景を夢想したのか、ケンの顔が愉悦に歪む。


「狂ってるわ……」


 歯を食いしばりながら、カミラはケンのドロドロとした妄執に慄く。

 だがカミラには、エクロスの襲撃はケンが言うほど容易くできるとは思えなかった。

 エクロスに在籍している子供達が才はあれど、まだ孵ってもいない卵であることはジハード達学園関係者とて十分すぎるほど理解しているはずである。

 彼らが住む寮は学園のすぐ近くにあるし、日々の悩みや精神のケアという名目で常駐している先生もいる。

 だからこそ、そう簡単にケンの言うほど簡単に事が進むとも思えなかった。


「そうでもないよ。最近、図書館の辺りで夜遅くまで外出しているエクロスの生徒を見かけたんだ。確かこの辺りだったかな……」


 ケンはノゾムの姿のまま、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。


「カミラは離れたところで待っていて。騒ぎを起こしたら人が集まってくる。当然憲兵も来る。僕なら大抵の事は切り抜けられるけど、ノゾムの動きを再現しながら逃げないといけないから、場合によっては援護してもらうよ」


「ちょっとケン! 待ちなさい!」


 止めようと声を上げるカミラ。だが、ケンはそんな彼女の声など聞えないのか、スタスタと足を進めていく。

 夜の闇に消えていったケンに言いしれぬ恐怖を感じていたカミラは慌てて懐から通魔石を取り出した。


「くっ! ジハード先生、聞こえますか!? ジハード先生!」


 このままでは罪のない子供たちが巻き込まれてしまう。

 何とかしてケンの狙いを伝えようと声を張り上げるが、通魔石は手の平の中で微かな赤光を放つだけで、肝心のジハードからの返答がない。


「なんで誰も答えてくれないのよ!?」


 懇願するように、カミラは声を荒げる。

 もしこのままケンを止められなかったら……。最悪の事態がカミラの脳裏によぎった。

 何の罪もない子供達が倒れ伏し、鉄臭い匂いが充満する血海の中で、ノゾムに扮したケンが愉快に笑みを浮かべている。

 今まで垣間見たケンの異常性から考えれば、カミラにはその光景が決して考えすぎとは思えなかった。


「もしかして、壊れたの……? お願い、誰でもいいかから答えて! ケンが図書館にいるエクロスの子供達を狙っているの!」


 必死に通魔石に叫び続けていたカミラだが、ふとジハードの言葉を思い出し、周囲にいるはずの追跡員を探し始めた。

 だが、気配すら感じさせない程の手練れを簡単に見つけられるはずもない。焦りに駆られるまま、カミラは大声を張り上げた。


「ねえ、いるんでしょう! 早くこの事をジハード先生に伝えて!」


 たとえ目には見えなくても、追跡員はきっとこの近くにいる。そう考えた彼女が声を張り上げるが、周りはしんと静まり返り、猫の鳴き声すら聞こえない。

 一向に返事が返ってこない状況が彼女の焦燥感を一気に煽り立てる。


「っ!」


 気が付けばカミラは通魔石を投げ捨て、ケンの後を追って走り出していた。

 もう一刻の猶予もない。焦りに急かされるまま足を動かし、肺を擦り切れそうなほど酷使して、彼女は図書館へと急ぐ。

 やがて遠目に図書館の建物が見えてくる。赤土の煉瓦を積み立てた、周りの家と比べても遥かに大きな建造物。

 その前で、ソルミナティ学園の制服を着た男子生徒と、エクロスの制服に身を包んだ2人の少女の姿がある。

 背中しか見えない男子生徒だが、その姿をカミラが見紛うはずもない。その後ろ姿はつい先程見たノゾムに化けたケンのものだった。


「あ…た、……ムさん………り………」


 2人の女子生徒の内、黒髪のショートカットの少女がケンに向かって何か話しかけている。まだ距離があり、カミラにはその少女が何を言ったのかは聞えない。

 しかし次の瞬間、言われたケンの雰囲気が豹変した。

 大きく肩を落として頭を掻くと、ケンの体から粘っこい、汚泥のような気配が漏れ始めた。

 カミラの脳裏に煩いほどの警鐘が鳴る。その気配は今日校舎裏で、ケンがノゾムに向けていたもの。熟成された憎悪と殺気だった。

 異常なケンの気配。続いて警告のつもりなのか、少女たちの足元に腕ほどもある氷柱が突き刺さった。

 ケンの殺気に当てられたエクロスの少女達は怯えたように血の気を失い、身を寄せ合って後ずさっている。

 ケンが下がる少女達を追いかけるように足を一歩前に踏み出し、腰に下げた剣の柄に手を伸ばした。


「っ!!」


 このまま走っても間に合わない。そう判断したカミラは背中に担いでいた杖を手に取り、呪文を詠唱、素早く土の塊を眼前に構築すると、正面に立つ男子生徒の背中めがけて打ちはなった。











 煙と埃が舞う本部室内に、うめき声が響く。目を凝らしてみれば、床には複数の人間が取れ伏していた。


「全員無事か!?」


「え、ええ。こちらは大丈夫です」


「痛たたたた……。一体何が……」


 最初に身を起したのはジハードとマウズ。元々体が頑丈で全身に鎧を着こんでいた彼らは、爆発の影響もそれほど受けなかった。

 続いて身を起したのはインダとトム。続いてティマとシーナが痛みに顔をしかめながらも、しっかりと自分の足で立ち上がった。

 ジハードが全員の状態を確認するが、皆それなりに擦り傷などは負っているものの、大きな怪我はないようである。

 全員の無事にホッと胸をなでおろしたジハードだが、すぐに厳しい目つきで爆発の中心を睨みつけた。

 そこには粉々に砕けた縁石が無残な姿をさらしており、床一面には舞い散った欠片が散乱している。


「……魔力制御を間違えたのか?」


「いえ、確かにティマさんが放っていた魔力はかなりの量でしたが、魔力の流れそのもののブレは僅かでした。それにティマさんの魔力は精霊を集めるためのもので、縁石そのものに注いでいたわけではありません。このように縁石が砕けるような魔力爆発は考えにくいです」


 ティマの膨大な魔力は完成したばかりの縁石に注ぐには大きすぎる。だからこそ、その魔力で精霊を誘引し、シーナが統括して通魔石と縁石との通信を補強すると言う遠回しな手段を講じたのだ。


「それに、爆発の規模が小さすぎると思います。もしティマさんの魔力で爆発が起きたなら、この部屋は間違いなく吹き飛んでいるでしょうから」


 インダの説明に納得したのか、ジハードが小さく頷いた。

 縁石そのものに魔力が注ぎ込まれていない以上、それ以外に考えられるのは精霊を統括していたシーナの方であるが……。


「ふむ、確かにそうだな。シーナ君。精霊達の方は?」


「爆発の直前まで、精霊達は私の言う事を素直に聞いてくれました。ですが爆発の直前、精霊達が慌てた様子を見せていました。多分、この爆発を事前に察知したのだと思います」


 こちらもまた可能性としては低い。精霊と魔力、どちらも制御がきちんと出来ていた。

 ならば、考えられるのは縁石その物に原因があるということだ。

 もちろんそれなりの耐久試験は行っているのだろうが、まだ完成したての技術ではあるし、幾ら大陸でもトップレベルの研究機関が作り上げたとはいえ、何らかの問題を内包している可能性は十分あり得る。


「だが、今考えても答えは出そうにない。原因を探るにはトルグレイン殿に詳しく調べてもらうしかなかろうな……」


 とはいえ、今は縁石についてはどうしようもないと、ジハードは考えを切り替える。

様々な推測が頭をよぎるのだが、まだ作戦行動中なのだ。


「……通信網は?」


「……だめです。縁石と通魔石間の魔力網は完全に寸断しています」


 インダが砕け散った縁石に手をかざして、構築されていた通信網を探ってみるが、各班からの通信は一切聞こえない。

 送り込んだ魔力に対する反応もなく、通信網の要たる縁石は完全に沈黙していた。


「復旧は出来そうか?」


「出来るかもしれませんが、縁石がこの状態では……」


 床に散らばる砕けた縁石に目を落とすインダとジハード。素人目から見ても、通信網の構築など出来るわけがないことは明白だった。


「……やむを得ん。通信網の復旧が出来ない以上、伝令兵を用いて部隊を指揮するしかないか」


 本部にはいざという時の為に伝令の為の兵も用意している。

 縁石による通信網が破壊された以上、学園を囲む4区画にそれぞれ伝令を送り、通信網の破綻と本部の現状、そして今後の対応を通達するしかない。


「どうするのですか?」


「各区域を連携させる事が不可能なら、それぞれの担当区域の捜査を徹底させるしかない。おそらくケン・ノーティスがいるのは市民街のどこか。その辺りを考慮し、隣接している行政区と商業区には市民街との境界近くに特に注意するよう促すしかないな」


 本部の前には集まった伝令兵たちがジハードの指示を待っている。

 ジハードは集まった伝令兵達の前に立つと現在の本部の状況と、各区域の兵たちに下す命令を伝えた。


「伝令である君達には街中を走り回って貰うことになる。こちらの不手際の尻拭いをしてもらうのは申し訳ないが……」


「その点はご心配する必要はありません。そのための私達ですので」


 背筋を伸ばしたまま伝令兵達はジハードに一礼し、素早く街の中へと散っていく。

 彼らの背中を見送ったジハードが本部へと戻ると砕け散った縁石を前にしてインダとティマ達が何かを話していた。


「しかし、それでは危険なのでは……」


「そうですね。制御は格段に難しくなりますし、危険性は跳ね上がります。しかし、時間を限れば可能かと思います」


 何やら只ならぬ雰囲気で満ちた本部内に、ジハードは眉をひそめる。


「一体何事か?」


 室内に響き渡ったジハードの声に、シーナ達が目を向ける。そこには手に何か持ったインダ達が輪になって何かを覗きこんでいた。

 ジハードが彼女達の手元を覗きこんでみると、机の上に予備として確保していた数個の通魔石があった。


「いったいどうしたのだ?」


「もしかしたら、一時的にも通信網の再構築が可能かと思いまして……」


 インダの言葉にジハードの瞳が鋭くなる。


「インダ殿、説明を」


「はい、通魔石は元々この縁石から作られています。そして、今現在作戦で使われている通魔石は、すべてこの砕けた縁石から作られました」


 インダが机の上に置いてある通魔石を右手で1つ摘み上げ、全員が良く見えるように目の前にかざす。

 さらに床に散らばった縁石の破片も左手に取り、双方の石を比べるように並べた。


「多少加工を加えられたとしても、通魔石は元々縁石です。元論、通魔石間同士の通信の為の術式はありませんし、加工の過程で通魔石間の繋がりはとても弱くなりました。

しかし、か細いとはいえ、通魔石間の魔力的な繋がりが完全に断たれたわけではありません。これを利用できないかと……」


 元々縁石とは魔力的なつながりを持った石の総称であり。本来は相互に複雑な魔力網を形成している。

 しかし、その繋がりは決して強いとはいえず、人間が利用するには実用には適さないものだった。

 そのため、その魔力網を限定することで特定の繋がりを強化し、ようやく悲運の双子石等の魔法具と使えるのだ。


「つまり、縁石から作られた通魔石に、縁石としての機能を取り戻させ、親機として使用出来ないかということか?」


 ジハードの確認にインダは首肯する。

 確かにそれが出来るのであれば、そうしついた通信網を再構築できるかもしれない。

 だが、この縁石と通魔石を利用した機構は大陸でも最高峰の技術機関であるグローアウルム機関が作り上げたものである。そうそう簡単に縁石の代わりになる通魔石を作成できるのかと言われれば普通の人間なら不可能だと考えるだろう。


「可能なのか?」


「ほぼ無いと言えるほど通魔石同士の繋がりは薄いですが、完全に消失しているわけではありません。先程と同じように、シーナさんとティマさんの助力を受ければ、短時間なら可能だと思います。ただ、通魔石自体は元々これだけの通信網を構築する為に造られたものではないので……」


 インダの話を聞く限りシーナやティマといった特異な能力を持つ者の力を借りても“一応可能かもしれない”という程度の話なのだろう。

 インダの言うとおり、通魔石は通信端末としての運用を前提に造られており、縁石の様な通信網の親機としての機能は備えていない。


「……危険は高くなるな」


「はい。ですが、成功の可能性も決して少なくはないと考えます」


 インダがちらりと後ろに控えるシーナ達に視線を送る。その眼には微かな期待の色が窺えた。

 本来ならジハードはこんな無謀な策を許可などしない。しかし、インダ自らがそう言い放つということは、成功の可能性は決して低くはないということなのだろう。

 ジハードは瞑目し、熟考する。

 確かに危険性はある。正直、先ほどの様に爆発を起こしてしまう可能性もゼロではない。

 だが、早急な通信網の再構築は確かに必要である。伝令兵がいるとはいえ、その即応性の差は歴然だ。

 自らの考えを纏めると、ジハードは改めてシーナ達に目を向ける。

 

「……やってみよう、インダ殿とトム君は通魔石に通信の為の術式構築を、ティマ君とシーナ君には消えかけている魔力路の拡張と保持をしてもらう」


「は、はい!」


「分かりました」


 ジハードの掛け声に弾かれたようにティマ達が動き始める。

 彼女達の作業の邪魔にならないように魔法陣から一歩離れたところで、ジハードは背負った顎落としの柄を撫でながら、マウズに声を掛けていた。


「マウズ殿、いざという時は私が通魔石を吹き飛ばします」


「分かりました。私は彼女達を守れるように魔法障壁の準備をしておきます」


 互いに頷き合いながら、インダ達の様子を見守る。

 そして数分後、捜査本部からは頼りなさげながらも力強い光が溢れていた。



 










 ノゾムは寮の自室の中でバロッツァ達と、沈黙してしまった通魔石に首をかしげていた。


「ジビン、本部からの通信はやっぱりないか?」


「はい、通信は完全に途絶しています」


 バロッツァが参った様に額に手を当てて天を仰ぐ。

 傍らでバロッツァ達を見守っていたノゾムは、突然起こったこの状況の原因に考えを巡らせているが、正直情報が少なすぎた。


「……何が起こったんだと思いますか?」


 ノゾムがバロッツァ達に通魔石の不通の原因について心当たりがないか尋ねてみるが、先程の様子を考えると、判断が付かないのは彼も同じなのだろう。


「さあな……元々この通魔石、出来たばかりの試作品みたいな感じだったし、何が起こっても不思議はないけどな」


 仕方ないと言うように、バロッツァが肩をすくめる。

 とはいえ、このままでは不味い。今回の作戦に置いて、ノゾムにはアリバイを確実なものにする為に積極的な行動はしない事になっている。

 ノゾムの顔に焦りの色が浮かび始める。

 今までは通信網を介して最新の情報がやり取り出来ていたからそれほどでもなかったのだが、こうして目に見えない所でケンが何かを企んでいると考えると、いても立ってもいられなくなりそうだった。

 とはいえ、今ここでむやみやたらに動くわけにはいかない。きちんと状況を把握したうえで行動しなければ、逆に味方の足を引っ張りかねないのだ。

 ノゾムは一度大きく息を吸い込み、自らの焦りを押し流す様に大きく息を吐く。

 そしてジビンを向きあいながら、用を成さなくなった通魔石を片手にあれこれ話しているバロッツァに、声をかける。


「バロッツァさん、念のため、本部に確認を取りに行きませんか? あなた方が一緒についてきてくれればアリバイの証明自体は出来ますし……」


 ノゾムの提案を聞いたバロッツァが顎に手を当てて考え込み始めた。おそらく、今のノゾムの提案が問題ないか思案しているのだろう。

 確かに彼らの任務はノゾムのアリバイの確保である。彼の位置を見失わなければ、実情の任務には差し支えない。


「う~ん。だがな、本部には伝令兵がいるだろ? 街中を巡回している他の班はともかく、俺達は動いていないから、伝令兵が来るまで待った方がいいだろう。その方が入れ違いもないし、結果として状況把握の時間も短縮できる」


 しばし考え込んでいたバロッツァだが、本部に伝令兵がいる事を考え、ノゾムの提案を却下した。

 バロッツァの言うとおり、本部には万が一の為の伝令兵がいる。捜査の過程で何か異常が発生し、通信が行えない場合を想定して配置していた兵だ。

 下手に動いてしまうと、結果的に状況把握が遅れてしまう可能性もある。バロッツァはそう判断したようだ。

 ノゾムとしても、伝令兵がいるなら問題はないかと考え、バロッツァの話に素直に頷いた。

 焦りは未だにノゾムの胸の奥で渦巻いているが、行動の指針が決まるとその焦燥感も若干和らいだようだ。


「ん?」


 その時、他の班に通信を試みていたジビンの目が細まった。

 手に持っていた通魔石を耳に当て、僅かな音を拾うように耳を澄ませている。


「先輩、今通魔石から誰かの声が……」


「おっ! 直ったのかな?」


 ジビンの報告にバロッツァが顔を綻ばせた。ジビンが手に持つ通魔石に駆け寄るノゾムとバロッツァ。

 3人が耳を澄ませていると、やがてザーザーという砂嵐の様な音に混じって、ぐもった声が聞こえてきた。


“……で、だ……!” 


「よく聞こえないな?」


「まだ通信の状態が良くないみたいですね」


 通魔石から聞こえてくる声は耳の奥を掻きまわすような雑音にかき消され、単語すら把握できない。

 声自体も油断すると聞き逃してしまうほど小さく、3人は顔を擦り付けるように寄せて、何とか通信の内容を把握しようとする。


「……何か様子が変じゃないですか?」


 通魔石から発せられる声はとても小さく、ほとんど聞き取れないものの、ノゾムはその声に差し迫るような切迫感を感じた。

 それはバロッツァ達も同じなのか、2人もノゾムの言葉に小さく頷いている。

 

「そうだな、何か慌てているような感じが……ジビン、通魔石にもっと魔力を注いでみてくれ」


「分かりました」


 ジビンが通魔石にさらに魔力を注ぐと、強まる赤光と共に、砂嵐の様な雑音が大きくなっていく。注いだ魔力によって、通信の感度が上がった証拠だ。

 雑音が大きくなってしまうのは問題だが、相手の声を聞き取れる程まで増幅する為にはしょうがない。

 耳に響く雑音に顔をしかめながら、ノゾム達は砂嵐に紛れたか細い声を逃すまいと、目を閉じて、耳をそばだてる。


“……! ケンがエクロスを……”


 ほとんど聞き取れないほど雑音に紛れてしまった声だが、今度はハッキリと単語を把握できた。しかし、その言葉にノゾム達は愕然とする。


「お、おい。エクロスって……」


「ソルミナティ学園の付属学校の……」


 聞こえてきた容疑者の名前とエクロスという単語。同じ推察が3人の脳裏に掠め、同時にブワッと脂汗が浮かんだ。

 ケンの目的は……ノゾムを貶める事。

 エクロスという付属学校に通っているのは無限の可能性を持つ、まだ小さな未来の宝達。

 そして今までの事を考えれば、ケンは目的のためにはもう手段を問わない。


「っ!?」


 同時に胸を切り裂くような最悪の予想がノゾムの頭に浮かぶ。

 ケンがエクロスの生徒達を標的していると考えた場合、それに最もふさわしい標的は誰か?

 刹那の間も置かずにノゾムの頭に浮かんだのは、艶やかな黒髪を綺麗に切りそろえ、空に輝く太陽の様な満面の笑みを浮かべた少女。

 次の瞬間、ノゾムは弾かれたように立ち上がり、自室の扉へと駆け寄った。


「ケンの目標はおそらくソミアちゃんです! 俺はこれからエクロスに向かいます! ジビンさんはここにやってくる伝令兵へ事の次第を伝えてください!」

 

 アイリスディーナ達と知り合ってから、ソミアもまた一緒に登校する機会が多かった。黒髪姫の妹であるソミアの存在をケンが知っていても何ら不思議はない!

 ノブを回す時間すら惜しんだのか、ノゾムは躊躇なく自室の扉を破って廊下に飛び出した。

 ノゾムの突然の行動に一瞬呆けていたバロッツァだが、すぐに我に返って行動に映る。

 バロッツァは傍に置いてあった愛剣を引っ掴み、ノゾムの後を追って部屋の外へ。先程ノゾムが扉を蹴破った音に驚いたのか、生徒達が一体何事かと廊下に出てきていた。

 皆一様にノゾムの部屋から出てきた中年親父の姿に目を見開いている。


「俺はあの小僧の後を追う! ジビン、伝令兵への伝達は頼んだ!」


「え、ええ!?」


 周囲からの好奇と奇異な視線にさらされながら、後始末をジビンに託すと、バロッツァはノゾムの後を追って駆け出した。


「頼んだぞ! 小僧! ちょっと待てこら!」


 会談がある廊下の奥へと小さくなっていくノゾムの姿を追いかけながら、バロッツァは必死に足を動かす。

 ノゾムは階段の身を乗り出すと、下の階へと飛び降り続ける。一階まで降りると再び全力疾走。ホールの中を一直線に疾走する。

 正面玄関の扉が壊れたと思えるほどの大きな音を立て、開け放たれた扉から飛び出したノゾムは夜の闇に沈んだ街中へと駆け出していく。

 ノゾムの後ろでは相変わらずバロッツァが声を張り上げているが、ノゾムに聞こえている様子は全くない。

 制止を呼び掛ける声を完全に無視しながら、ノゾムは焦りに突き動かされるままに、必死に走り続けた。


「先輩!? ノゾム君!? ああもう!」


 割りを食ったのは一人量に取り残されたジビンだ。脇目も振らずに飛び出していった二人に悪態をつきながらも、ジビンは荷物を素早くまとめて寮を飛び出す。

 すでに暗くなった街中を全力で駆け抜けながら、捜査本部が置かれたソルミナティ学園を目指して走り始めた。


「ハッ、ハッ、ハッ! ぐっ!」


 息を弾ませながら、一秒でも早くこの事態を伝えようと足を速めるジビン。しかし、次の瞬間、突然胸に強烈な痛みが走った。


「な、何だ……ぐああ!」


 あまりの痛みに、ジビンは思わず足を止めてしまう。同時に、ジビンの頭にまるで重奏のように響く不快な声が響いた。


“ミツケタ……”


 周囲には誰もいないはずなのに、ジビンの脳裏にはその声がはっきりと聞こえてくる。そして頭に鳴り響く声を重ねるように、胸の痛みがさらに増してきた。


“ミツケタ、ミツケタ、フサワシイ贄ヲ 資格ヲ有スル適合者……”


「み、見つけた? い、一体何のこと……うああ、ああ。ぎっ! があああ!」


 感覚。まるで体の内側を何かが這いずりまわるような吐き気を催す感覚とミチミチと内臓をかき回されているような激痛。ジビンの顔色が一気に青ざめ、大量の油汗が噴き出してくる。

 地面に膝をつき、自分の体を抱きしめるものの、痛みは一向に収まる気配を見せない。

 体を切り裂かれるような激痛に視界が砂嵐のようにかすみ、全身が硬直し続ける。

 やがてバツン! と何かが張り裂けるような音が響き、続いて焼きごてを押し付けたような熱がジビンの体を襲う。


「……え?」


 ジビンが思わず体を締め付けていた己の手を見ると、そこにはべっとりと赤い液体がぶちまけられていた。

 そして血に濡れた赤黒い塊と一緒に、自分の腹から一匹の蛇のような生き物が体を覗かせている。

 どす黒い鱗に全身を覆われた、目のない蛇。自分の体から出てきたあり得ない生物にジビンが呆けている中、盲目の蛇は鎌首をもたげて天を仰いでいた。

 やがて頭のような部分の肉が張り裂けて花弁の様に4つに広がり、内側から無数の牙が生えてくる。そして全身の鱗がぐるりと反転すると無数の赤い瞳がギョロリとその冷徹な目を覗かせていた。


「……あ」


鮮血のように赤い目がジビンを見つめる。そして自らが遭遇した事態を最後まで理解できないまま、ジビンの意識は真っ暗な闇の中へと落ちていった。

 


いかがだったでしょうか。

今回はフラグの一つを回収しました。

そしてまた厄介な奴が……。

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[一言]  魔法使ってる時点でノゾムには無理じゃん?あいつばっかじゃねーの?
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