第6章第22節
お待たせしました。第6章第22節です。
ジハードとマウズ達が詳細を詰めて話し合った翌日、ノゾムは改めて正式に釈放となった。
ノゾムが学園に登校すれば、クラスメート達から質問が絶たなかったが、訳が分からないまま連行され、釈放されたと説明するしかなかった。
アイリスディーナ達の方にも詳しい事情を知らない生徒達が真実はどうなのかとしきりに訪ねてきたが、現在真犯人を見つけるための捜査中のため、公表できないということにして無理やり押し通した。
この話を受けて唇を噛みしめたのは、ノゾムを落とし入れた張本人であるケンである。
「チッ、あれじゃ足りなかったのか?」
誰もいない放課後の校舎裏で舌打ちしながら、彼は足元の石ころを蹴り飛ばす。
跳ねた石ころが校舎にぶつかって虚しく響く音に更なる苛立ちを感じながら、ケンは再びノゾムを排除する手段に考えを巡らせる。
「街中であの程度の事件を起こすだけじゃダメか。もっと大きな事をしないと。なら……」
ケンは既に手段と目的が入れ替わっている事に気付いていない。
初めは純粋にリサ・ハウンズを想っての暴走だった。手段は人間的にも道徳的にも褒められたものではないが、少なくともその行動の根底には想い人に対する思慕とその身を案じる心があった。
だがその心は自らの計略が一度成功した事に陰りを見せ始め、ケンは2年という時間の中で完全にその目的を見失ってしまう。
そしてノゾムの心を完全に折るためとはいえ、計略全てを晒した事で最後のタガが完全に外れてしまった。
どうしようもないほど肥大化した彼の自意識と狭量な視野は、既に盲目と言っていいほど彼の目を曇らせてしまっている。
「こんな所でなにしているのよ」
「……カミラか、何の用だい?」
自分の計略が上手く行かなかったことへの怒りから不機嫌そうに足を揺らすケンの背中に、彼のよく知る声が掛けられる。
振り向いたケンが見たのは冷めた目で見つめてくるカミラの姿だった。
「それはこちらのセリフよ。アナタ、今度は何を考えているのよ」
「決まっているだろう。分かり切っていること聞くなよ」
吐き捨てるように唸るケンを、カミラはジッと睨みつける。
沈黙したまま互いに相手の様子を探り合うその姿は、2人の間にもはや修復不能なほどの亀裂が走っている事を如実に感じさせた。
互いに睨みあっていた両者だが、ケンの目に後悔や罪悪感といった感情は見えない。
カミラは何処までも自らの行いを正当なものだと語るケンの瞳に、諦めたように目を逸らした。
「何も言わないんだね。まあ、君も僕と同じだ。リサの為なら何でもする。そうだろ?」
カミラの仕草を自らの勝利だと勘違いしたのか、ケンがゆがんだ微笑を浮かべてくる。
そんなケンに対して怒りとも哀れともつかないような感情に胸を突かれながら、カミラは自嘲の笑みを浮かべた。
確かに、カミラはリサの為なら何でもするつもりだった。
たった一人でこの学園に来て、それでも孤独のまま変われなかった自分を変えてくれたのは、間違いなくリサのおかげだ。
不器用で、可愛げがなくて、近づいてきた相手に噛みつく事しか出来なかった自分を変えてくれた存在。それがカミラにとってのリサだった。
だが始まりはどうであれ、ケンの言うとおり、カミラもノゾムを陥れる一助をした事に変わりはない。そして今この時も憔悴しているリサの事を考えれば、真実を曝け出すことは彼女の心に修復不能な傷を負わせることになるだろう。
自らの恩人を2度に渡って裏切る行為。それがカミラには不可能であると踏んでいるからこそ、ケンはこのような言動をしているのだろう。自分に確実に降りかかる糾弾や責め苦を想像して、それでもその道を信じて突き進める人間は極僅かだからだ。
周りのあらゆるものを利用することを厭わず自らの絶対を疑わないケン。
その醜い笑みにどうしようもないほどの怒りと嫌悪感を覚えながらも、カミラは必死でその怒りを呑み込み、自らの責務を果たそうと口を開く。
「いまさら真実を話してもリサが傷付くだけなのは分かっている。でも私はあんたを仲間とはもう見れない」
カミラは内心煮えたぎる憤怒を手の平に爪を食い込ませる事で耐え、リサの味方である事を伝える。
その言葉はケンが予想した通りのもの。ケンの歪んだ笑みがさらに深くなる。
「別にいいよ。僕はリサを守れればいいからね」
そう言いながら“次の手は考えてある”とカミラに耳打ちして、ケンはカミラの脇を通り過ぎていく。
その背中を見送りながら、カミラは今にも噴出しそうな怒りを必死に抑え込み続ける。
「アンタはこんな事でリサを守れると思っているの? やっている事は滅茶苦茶じゃない」
「ならノゾムがいいと? 確かにそれなりに強くなったかもしれないけど、弱点は何も変わっていない」
ケンの脳裏にジハードと打ち合うノゾムの姿が浮かぶ。
確かにノゾムは信じられないほどの技量を身に付けた。ジハードの盾を貫くほど精錬された凶悪な気術、力で圧倒的に不利な相手とそれなりに打ち合えるほど刀術。
しかし、能力抑圧そのものを完全に消し去ったわけではないし、持久戦には致命的に向かない体質自体は何も変わっていないとケンは言い放つ。弱点自体が変わっていないなら、今の自分なら幾らでも手の打ちようがあると確信している顔だ。
しかし言葉にすればするほど、ケンの脳裏にノゾムがジハードと戦う光景が閃光のように瞬く。
「能力抑圧がある以上、あいつはリサを守りきれる人間じゃないさ!」
頭の中に浮かぶ光景を振り払うように吐き捨てるケン。同時に、胸の奥から掻き毟りたくなる様な不快感がこみ上げているのか、彼はギリッと奥歯を噛み締めていた。
平坦だったはずのケンの口調は荒々しい物へと変わり、端正なその顔を醜く歪めていく。
そんなケンの様子を眺めると、カミラは小さく鼻を鳴らした。
“少なくとも、恋人面しているアンタや親友面している私も、最後までリサと一緒にいるべき人間じゃないことは確かよ……”
「で、君はどうするんだい? リサの味方なら……分かっていると思うけど」
ノゾムに対する激情からだろうか。ケンが血走った眼をカミラに向けながら、返答を迫ってくる。
カミラもいい加減爆発しそうだったが、ケンの血走った瞳の奥を見て言葉を失った。
そこに垣間見えたのは、死滅して腐臭をまき散らす湖のような穢れ切った色。ネットリとした汚濁のような、熟成された憎悪と殺意だった。
まるで巨人が小鳥を握りつぶすように、ケンの殺意はカミラの全身を締め上げる。
「っうあ……」
背筋を走る悪寒とは裏腹に、心臓はドクン!ドクン!と血管が破裂するほど激しく脈動する。
底冷えするほどの純粋な殺意から逃れようと、カミラは必死に喉の奥から声を絞り出そうとした。
ここで上手くケンの油断を誘って、屈したように見せかける必要がある。だが全身を刺し貫くような殺気は本当にカミラの心を折ってしまいそうなほど苛烈なもの。
手のひらに突き立てた爪を皮膚に食い込ませ、流れ出る血と痛みに耐えながら、せめて心だけは折られまいとカミラは必死に歯を食いしばる。
「……これ以上の事実にリサは耐えられない。だから、反吐が出るほど嫌だけど、アンタの計画に従うわ。もう、そうするしかないし……」
抗うような気持ちで絞り出した声は、カミラ自身が驚くほど擦れていた。
だが、そんなカミラの様子を眺めていたケンが満足そうな笑みを浮かべる。自分が向けた視線に余裕をなくしていた彼女の姿が幸いしたかもしれない。
ケンから威圧感が弱まり、カミラが荒い息を吐く。
「はあ、はあ……どうするつもりなの?」
「……街で騒動を起こすだけじゃノゾムを追い出すには足りない。なら、もっと大きな目標をつくしかないだろう?」
また事件を起こす。それも今回はさらに多くの人を巻き込むと宣言しても薄笑いを浮かべるケンの表情に、戸惑いや躊躇といった感情は感じられない。
カミラの全身が凍りつく。先程の殺気といい、目の前の男はもうどうしようもない程道を踏み外してしまっているのだと思い知らされたのだ。
「まあ、任せておきなよ。もう次の手は考えてあるんだから……」
自信満々にそう言い放ち、ケンは踵を返して正門へと歩き始めた。カミラもまた沈黙を保ったまま、その後に続く。
夕焼けに染まり始めた正門。それがカミラには、まるで地獄へ通じる門のように感じられた。
だが、彼女達は気付かなかった。この時、校舎の窓から2人を凝視していた目があったことを。
そして開けられた窓から吹き込む風が、彼女の真紅の髪をユラユラと揺らしていた。まるで揺れ動いている彼女自身を表すように。
カミラがケンと接触した頃、ノゾムは寮の自室で椅子に腰かけ、特にすることもなくボーっとしていた。
窓の外では徐々に日が傾き始めているのか、カーテン越しに射し込む光が徐々に色褪せ始めている。
「すまないね。不自由をかけてしまって」
明らかにノゾムのものではない、どこか申し訳なさそうな声が彼の自室に響いた。
声が聞こえてきた先に目を向けると、優しそうな青年が佇んでいる。彼の後ろには無精ひげを生やした30半ば位の壮年の男性もいた。
彼らはマウズがノゾムを監視するためにつけた憲兵であり、目立つ鎧は脱いでいるものの、立派にこの街を守る兵士である。
同時に彼らは事が起こった場合、ノゾムのアリバイを証明してくれる存在でもあった。他に容疑者が上がったとはいえ、ノゾムへの疑いが完全に晴れたわけではないからだ。
「いえ、これが必要なことだと理解していますので、気にしないで下さい」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ……」
「まあ、そう長くないだろうから勘弁してくれや」
ノゾムも現状は十分理解しているので、この扱いは特に気にしていない。
口元に笑みを浮かべて返すと、目の前の青年、ジビンという名の兵士は安心したようにホッと肩を落とした。
彼の後ろにいた壮年の兵士、バロッツァもまた苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。
ケンが行動を起こすとしたら、ノゾムが一人きりになっている時である。今ノゾムは、放課後に外を出ることは控えるよう命じられており、目の前の 2人の憲兵はノゾムが釈放される前から、周囲に気付かれないようにこの部屋に籠っている。
部屋の片隅には彼らが持ち込んだと思われる寝袋と燻製にした肉や乾パンが置かれている。実際、彼らはノゾムが釈放される前日からこの部屋の中で過ごしているのだ。
「飲みますか?」
そう言いながらノゾムは薬湯の入ったポットを掲げた。
香りの強いハーブを煎じて出したもので、特に高くもないものではあるが、ポットの嘴から立つ湯気は、どこかホッとする香りを漂わせている。
「僕たちのことは気にしないで、いつも通りにすごしてくれればいいよ」
「逆にそうしてくれないとまずいんだ。下手に違和感を外にまき散らすわけにいかないからな。でも、貰えるものは貰っとく……」
「先輩……」
立派な姿を見せながらもちゃっかり薬湯を分けてもらう先任兵士に向かって、後輩が呆れた顔を浮かべている。
“いいじゃねえかよ”と唇を尖らせるバロッツァに苦笑を浮かべながらも、ノゾムはジビンのコップにも薬湯を注ぐ。
香草の風味が溶け込んだ湯気が鼻をくすぐり、自然と肩に張った力が抜けていく。やはりこの事態に自然と体が緊張していたのだろう。
2人の憲兵も口に広がる香りと薬湯の暖かさを楽しんでいた。
「へえ、ちょっと渋みが強いけど、悪くはないな」
「森の中に自生していた香草で、街の外から来たものとはちょっと違いますからね」
この薬湯は森の中で修業していた時に、シノと一緒に修行をしていた時によく飲んでいたものだ。
香りはいいのだが少し渋みが強いので、初めて飲んだ時、ノゾムはちょっとむせてしまった記憶がある。
「ゴホゴホ……!」
「大丈夫ですか?」
「大じょう、ゴホゴホ! ごめん、ちょっとむせて……んん!」
むせたジビンがちょっと大げさにトントンと自分の胸を叩いている。
しばしの間、咳き込み続けるジビンだが、やがて落着いたのか、荒れた呼吸を落ち着けて再び薬湯を味わい始めた。
ゆっくりと杯を傾けながら、一時の安らぎに身をゆだねる3人。しばしの間、ただ薬湯をすする音だけが部屋の中に響く。
「そう言えば、アイリスディーナ達はどうなったんですか?」
ノゾムはふと頭に浮かんだ質問をジビンに話してみた。
捜査に協力することが決まったアイリスディーナ達だが、彼女達がどんな形で協力することになったか聞いていなかったのだ。
「彼女達は通魔石を持たされてそれぞれ違う配置についているよ。君の担任の先生もそうだね。主に行政区と商業区、それから学園に設置された捜査本部だね。この通魔石の要である縁石も、本部に置かれているはずだよ」
「まあ、あの嬢ちゃん達がいなかったら、この捜査はもっとやり難いものになっていただろうからな」
バロッツァが呟きながら絵の中で青い通魔石をクルクルと回して遊んでいる。
今ノゾム達を含めた街中に散らばる人員を繋げている通信網。これは1つの縁石によって一元化されている。
本来、一つの縁石ではこれだけ広い面積をカバーできない。
しかし、それを可能としたのは、シーナ達の“特異な才能”による助力が大きかった。
ティマの持つ膨大な魔力とシーナの精霊魔法。
極大の魔力で多量の精霊達を誘い込み、シーナが集まった精霊達を統括して通魔石と縁石の魔力的な繋がりを補強する。それによってアルカザム全体を覆う通信網の構築を可能としたのだ。
「まあ、街に配置された生徒には憲兵が少なくとも一人は付き添っているし、本部にはジハード殿達もいるから大丈夫だよ」
「それに、あくまで“協力者”って建前になっている事もあるしな」
「そうですか……」
ノゾムだけでなく、アイリスディーナ達の傍にも憲兵がついているらしい。彼女達が協力者という立場である上、学生であることを考慮した配置だった。
「ただ、捜査の都合上、あのカミラという生徒の傍に憲兵を貼りつかせることは難しいけど、その辺はジハード殿がどうにかしてくれるらしいよ」
内偵をケンに感付かれるわけにはいかない以上、どうしてもカミラの身は危険にさらされやすくなる。
ならばと、ジハードは学園側の熟練した数名の追跡者に通魔石を持たせ、距離を置いて貼りつかせることにした。
追跡者は当然のことながら隠密に特化しており、学園の教師ですら簡単には見破られないだけの技術を持っている。
「なら、いいですけど」
カミラの名を聞くと、ノゾムの脳裏には釈放された時の彼女の様子が蘇る。
真っ赤に腫らせた目元と涙の跡をぬぐおうとせず、深々と頭を下げた彼女の姿。そして釈放されて帰路に就く途中に外縁部で話をした時のことを。
今窓から差し込む夕焼けと同じ光に照らされながら語り合ったノゾムとカミラ。実に2年ぶりのまともな会話だった。
“ノゾムはリサにどうなってほしいの?”
ノゾムはカミラの言葉を思い起こす。彼女と外縁部で話した時は“リサに立ち直ってほしい”としか言わなかった。
ノゾムにとって今大事なことは、リサ達の停滞した時間を動かすこと。
その決意を胸にノゾムは動いている。
もちろんノゾム自身、リサの事が気にならないわけじゃない。彼女に対する気持ちは未だにノゾムもうまく言い表せないのだ。鬩ぎ合う感情は複雑で、常に心の中で何かがぶつかり合っている。
「だから、今分かっている気持ちしか言えなかったんだけどな……」
苦笑を浮かべたノゾムはガリガリと自分の頭を掻くと、己の懊悩を振り切るようにコップに残った薬湯を一気に飲み干した。強烈な苦みが口の中に広がり、ノゾムの額に思わず皺が寄る。
「お、おい、大丈夫か?」
掛けられた声にノゾムが顔を向けると、目の前にはこちらを覗き込んでくるバロッツァの姿があった。
「コホッ……え、ええ。大丈夫です」
慌てた様子のバロッツァと違い、ノゾムの返事は軽快だった。表情もスッキリとしている。
逃げる理由にしてしまったとはいえ、リサに対する想いが自分を支えてくれたものの一つであることは変わりない。
それは否定できないし、否定してはいけないものだ。
怒りに流されるのではなく、捨て去るのでもなく、抱えながら前に進む。そう決めたのだから。
「……まあ、お前も色々と複雑だよな」
ノゾムの想いを知ってか知らずか、肩をすくめたバロッツァも残っていた薬湯を一気に飲み干すと、おもむろに口を開いた。
「ま、人生の先輩としては後悔だけはするなって事と、先の話はともかく、今は目の前に集中しろとしか言えねえな」
バロッツァたちは今回の件についてある程度の事情は理解しているが、詳しく本人達から話を聞いたわけではないし、つい数日前に顔を合わせただけの他人である。
そのせいか、特に当たり障りのない言葉を選んでいた。
「事が始まったらお前の悩みに関係なく事態は進むだろうし、もし犯人がお前の幼馴染なら、もうそいつは越えてはいけない一線を踏み越えてしまってやがる。そんな奴は、後はただ坂道を奈落に向かって転がり落ちていくだけだ。己の周りを傷付けながらな」
とはいえ、彼らはこの街で多くの犯罪者を見てきている。たとえ犯罪にまで至らなくても、多くの日人間同士のトラブルを垣間見てきた。
そんな彼らにとって、タガが外れた人間というのは一番タチが悪い。彼らは自分が正しいということを疑いもしないし、自らの行いによる犠牲者達を顧みようともしない。
彼らにとって大事なのはと閉じこもった自らの世界の内にいる存在であり、外の事などアリの餌にも等しいのだ。
この街の守護者の一員である目の前の憲兵はそれを認めるわけにはいかないのだろう。
今までのどこか疲れた中年の雰囲気は微塵も感じられない。
「ええ、分かっています」
バロッツァのから鋭い言葉が投げ駆られるが、ノゾムは落ち込んだりする様子は見せずにその言葉を受け止めていた。
バロッツァの言うことはノゾムも分かりきっている。彼の言う通りケンは止めないといけない。
今のリサ達がこのままでいいとはとても思えなかったからこそ、ノゾムは行動する事を選んだ。
それはどんな形でもいいから、リサ達に前を向いて欲しかったからだ。
“逃げることは構わない。でも自分が逃げていることから目を背けて欲しくない”
リサもケンも、ノゾムにとっては大事な人たちだった。シノにとってのノゾムの様に。
だから、ノゾムは積極的にリサ達に接触し続けた。
ジハードとの模擬戦でも自分の気術をすべて曝け出した。全ては今の自分をリサ達に見てもらうために。
そして今、ノゾムを再び脅威とみなしたケンが、2年前をなぞる様に動き出した。
もう既に大きく道を踏み外してしまっているケン。放っておけば彼は本当に取り返しのつかない事を仕出かすだろう。
過ぎ去っていく時間は個人の事情など構ってはくれない。なら完全には答えを出しきれていなくても、動くしかないのだ。今はそれが必要な時だから。
「ええ、分かっていますよ。俺はアイツを止めます。今度こそ……」
今はそれが自分のするべき事。ノゾムはそう自分の心に刻み込み、強い意志を言葉と瞳に込めてまっすぐに目の前の壮年の憲兵を見つめる。
そんなノゾムの目にバロッツァは驚いたのか、己の大きく目を見開いた。しかし、彼はノゾムの答えに満足したのか、すぐに口元に笑みを浮かべていた。
その時、ジビンが何かに気付いたように懐に手を伸ばす。
取り出したのはこの捜査に係る者達に持たされた通魔石。すでに声が届けられているのか、その色は赤く染まっていた。
通魔石に耳を当て聞こえてくる声に耳をすませる。
やがて通話が終わったのか、赤く光っていた通魔石が蒼色に戻り、ジビンはゆっくりと石を持っていた手を下した。
「どうかしましたか?」
「先ほどジハード殿から連絡があった。容疑者と内偵役が街に出たそうです」
ジビンが持っていた通魔石に魔力を送ると、通魔石からはさらに強まった赤光と共にインダとジハードの声が聞こえてきた。
“目標は現在西地区を大通り沿いに移動中。商業区のA、B班及び北区画のC、D班は西地区の境界線へと移動。目標追跡のための網を張ります”
“相手は姿形を自在に変えることが出来るアビリティを持っている。各自、通魔石の変化には常に注意しろ。状況を開始する”
状況開始。その言葉が聞えた瞬間、澄んだ緊張感がノゾムの部屋全体を支配する。
そんな張りつめた空気の中、ノゾムは腰に差した刀の柄をゆっくりと握りしめていた。
アルカザム西側の市民街を歩くケンとカミラ。
すでに夕暮れ時の街中は一日の仕事を終え、家路へと急ぐ人たちでごった返していた。
そんな中を淡々と歩を進めていくケンの後ろにカミラはついていく。
互いに一言も発さず、黙々と歩を進めていだが、突然前を歩いていたケンが振り向いた。
「カミラ、ここでいったん別れよう」
「……どういうこと?」
突然、投げかけられた言葉にカミラは目を細める。
「一度二手に分かれて別々に行動して、改めて合流する。今回やることを考えれば複数で行動すると足がつくからね」
「…………」
もしかしたら内偵がバレたのだろうか。カミラの背筋に冷や汗が走る。
内心走る動揺を悟られまいと、カミラは出来る限り無表情でいようと努めるが、ケンは構わず言葉を進めていく。
「カミラはここで待っていて、すぐに合流するよ」
全く表情を変えないまま、ケンはカミラに2つに折った紙切れを渡すと、彼女の返答を待たずに喧噪の中へと足を進める。
“どうするべきだろうか”
迷いがカミラの頭に過る。
ここで無理矢理付いて行ったら、さらに不信感を持たれる可能性がある。だがこのまま見失ってしまったら、彼をもう一度自力で発見することは困難だ。
一瞬の懊悩。その間にケンの姿は人混みにほとんど隠れてしまっている。
焦燥に駆られたカミラは判断がつかないまま、気がつけばケンの後を追おうと足を踏み出していた。
“カミラ君、聞こえるか?”
「っ!」
しかし、踏み出したカミラの足を通魔石から聞こえてきたジハードの声が押しとめる。
“彼には追跡員を付けている。君は一度指定された場所へ行くんだ”
ジハードの“追跡員”という言葉に、カミラは目を見開いた。そんな人が付いている事など知らされていなかったし、追跡されている気配など微塵も感じなかったからだ。
確かにカミラはケンやリサと比べて実力もランクも劣るが、3学年の最高階級に至れるだけの成績は持っていた。
今までギルドで魔獣の討伐などもこなしてきただけに、彼女は今ジハードから伝えられた内容に少なからず驚愕を覚えた。
だが考えてみれば、特総演習でみた学園教師の実力は自分達が複数でかかってようやく互角に持ち込める相手だった。そんな人間を確保している学園のことを考えれば、今の自分が追跡者の存在に気付かないのも当然かもしれない。
「……分かりました」
もしかしたら、自分など必要ではなかったのでは?
そんな弱気な思考に陥りかけた自分を振り払うように、カミラはブンブンと頭を振る。
未熟な自分に出来ることはたかが知れている。熟練の追跡者が後をつけているなら、今はケンの指定した場所に向かうしかない。
そう気持ちを入れ替えて、そっとケンから手渡された紙を開く。
「中央公園……」
そこには街の中央に設けられた、憩いの場の名前が書かれていた。
いろいろ悩みました。
特にノゾムの部分は何度か書き直すことになってしまいました。
いろいろ悩みながら書きましたしまだまだ中途半端ですが、楽しんで頂けたら何よりです。