過去編3
お待たせしました。今回は過去編です。
一度に2話投稿し、過去編を終了としたいと思います。
本編の方は書けていますので、確認が終わり次第投稿します。
ソルミナティ学園に入学することを決意したノゾム。
そんなノゾムに両親は大反対した。特に彼の父親が頑固で、ノゾムが村を出ていくことを中々許そうとしなかった。
結局、ノゾムが目に大きな青あざを作るなどの壮絶な親子喧嘩に発展。一晩掛けて拳を含めて説得した末に、彼の父親はしぶしぶ許しを出した。
そして翌年、ノゾム、リサ、ケンの3人はソルミナティ学園に入学し、アルカザムの地を踏むことになる。
希望と夢を胸にこの地まで来た少年少女達。しかし、この学園に在籍し続ける事は簡単なことではなかった。
結果が伴わず、成績が満たない者は容赦なく弾かれ、退学となるか、苛烈な生存競争について聞けずに学園を去る者が後を絶たない。
事実、入学してから2カ月で4分の1近くの新入生達がこの地を去って行った。
そんな中、ノゾムは何とか厳しい学園生活に喰らいついていた。
「せい!」
「うわっ!」
訓練場に若者たちの声が響く。木剣を用いた模擬戦の中、ケンの振り抜いた模造剣がノゾムに襲いかかった。
横合いから薙ぎ払われた剣撃をノゾムは受けとめるが、防御に掲げた剣を身体ごと弾かれてたたらを踏む。
ケンは薙ぎ払った剣をくるりと回し、今度は上段からノゾムに打ち込んできた。
バランスを崩しながらもなんとか剣を剣が放った打ち降ろしの軌道に割り込ませる。
ガキン! という一際甲高い音が響き、両者の剣ががっちりと組み合う。
互いに押し込まれまいと力を込めた。ギシギシと模造剣の潰した刃が軋む音が聞こえてくる。
初めは拮抗していた両者だが、数秒の拮抗の後、徐々にその優劣が現れてきた。
「くっ!」
ノゾムの口から苦悶の声が漏れる。押し込まれ始めたのはノゾムの方だった。
ノゾムが自分の体に施しているのは気術による身体強化。ケンは魔法による身体強化を自分自身に施している。
両者が使う術はその名の通り、体の筋力などを強化するものだが、同じ様な術を使っているにも関わらず、両者の違いは傍から見ても明らかだった
ケンの流れるような術式行使と魔力操作に比べて、ノゾムの気術には荒が多い。
力が入り過ぎているせいか不必要に気を使い過ぎていて、身体から扱いきれなかった気が漏れだしている。
更に、ノゾムに発現した能力が気による身体強化をさらに阻害する。
そして少しずつ傾き始めた均衡は、一拍の後にまるで雪崩のように一気に崩れた。
「くっ……うあ!」
ケンに一気に押し込まれ思わず後ろに下がるノゾム。
なんとか勢いに逆らおうとするが、すでに下がり始めてしまった身体を止める事は出来ない。そのままケンに服を掴まれ、捻る様に投げ飛ばされて地面に押し倒される。
「がっ!」
受け身を取る事も出来ずに地面に叩き付けられるノゾム。背中に走る痛みにノゾムの口から苦悶の声が漏れ出した。
ノゾムの目の前がチカチカと光り、意識が定まらない内にケンがノゾムの喉元に模造剣の切っ先を突きつける。
「はあ、はあ……まいった」
敗北を宣言するノゾム。ケンが模造剣を引くと、彼はゆっくりと上体を起こす。
だが彼は、まだ視界はまだグルグルと回り、意識が定まらなかった。
額にも熱い熱を感じる。軽く触ってみるとヌルリと粘性のある液体が指に付き、鉄くさい香りが鼻孔を刺激した。どうやら額を少し切ってしまったらしい。
「痛っ!!」
「ノゾム、大丈夫?」
額に走った痛みにノゾムが顔を顰める。
少し離れ場所から2人を見守っていたリサが小走りにノゾムの元に駆け寄ってきた。彼女は上体をふらつかせているノゾムに寄り添い、その肩を支えた。
リサはスカートのポケットに入れていたハンカチを取り出すと、ノゾムの額にできた傷口に当てる。
「もう! ケン、ちょっとやり過ぎだよ!」
「ご、ごめん……。つい熱が入っちゃって……」
ノゾムの肩を支えていたリサがちょっと怒ったような口調でケンに文句を言っている。恋人が怪我をしたことにご立腹のようだ。
「でも、ケンならもう少しうまく出来たでしょう!?」
「いや、だけど……」
「いいんだリサ。俺がケンに手加減しないでくれって頼んだんだ」
ケンに詰め寄るリサに待ったを掛けたのは手当を受けていたノゾムだった。
彼は自分の額に当てられたリサの手を握り、真っ直ぐ彼女を見つめている。
「でも……」
ノゾム本人にそう言われ、リサの勢いが削がれた。彼女としても自分の恋人が自分の為に頑張ってくれていることは十分に分かっている。口では少し不満そうだが、その直向きな思いはいつも彼女の胸を打ち、安堵と温かい熱でリサの心を満たしてくれる。
「まあ、まあ。その辺にしておきなよ、リサ。ノゾムだってリサの為に頑張っているんだから」
「うっ……」
3人の傍に近寄ってってきたカミラの一言に、リサはちょっと気まずそうにそっぽを向いた。自分に向けられるノゾムの想いを知っているからこその板挟みに、彼女はただ口を尖らせる。
「ノゾム、傷は大丈夫? まあ大丈夫だよね。なんてったって愛しのコ・イ・ビ・トに手当てしてもらっているんだから」
「も、もうカミラ、変なこと言わないで!」
「あ、ああ、もちろん……」
「ほら、ノゾムこう言ってるよ?」
「っ!!」
リサをからかい続けるカミラ。
リサは口をパクパクさせて何か言おうとするが、カミラはそんなリサの様子を見て顔をニヤつかせている。この場合、何を言っても面白がられるだけである。
結果、リサはただ頬を膨らませて目の前の親友を睨み付けるしかできず、ノゾムとリサの2人揃って顔を真っ赤に染めていた。
そんな二人の姿を、カミラは含みがあるような笑みを浮かべつつ、内心嬉し気持ちで一杯だった。
だが、そんな彼女の目に押し黙っているケンの姿が映った。彼はジッと顔を紅くしているノゾムとリサを見つめている。
「…………」
「ケン? どうかした?」
ノゾムとリサの様子を見つめながら黙りこくっているケンに違和感を覚えて、カミラが声をかける。
ケンはハッとした様にカミラの方に振り向く。
「い、いや何でもないよ。それより早くノゾムの手当をしよう」
気が抜けていたようなケンだが、ノゾムの治療をしようという声にリサも頷いた。ノゾムの額からはまだ血が出ている。
ケンの言葉にリサが頷いて、ノゾムの額に治癒魔法をかけようとする。
リサ自身この手の治癒魔法は余り得意ではないが、彼女の持つアビリティ“ニベエイの魔手”を使い、魔法の効力を倍加する。
彼女の手から暖かい光があふれ、ノゾムの傷を徐々に癒していく。自分を守ろうとしてくれるノゾムの気持ちは嬉しいが、こういう時に癒し手としては不向きな自分の素質をリサは少し歯痒く思う。
それでも彼に触れた手から伝わる温もりに、リサの口元には笑みが浮かんでいた。
だが、そんな2人の間に心無い言葉が割り込んでくる。
「ノゾムの奴、まだこの学校にいたのか?」
「そうみたいだね。何であんなのがリサさんと付き合っているんだろう?」
「幼馴染だからだろう? そうじゃなかったら……」
掛けられた声は、ノゾムと同じクラスメート達の声だった。
聞こえてくる蔑みの声にノゾムの顔が強張る。
「ッ! も、もう大丈夫だよ。ありがとう、リサ」
「あっ……」
彼らの声を聞こえない振りをしながら無理やり笑みを浮かべると、ノゾムはスッとリサから身を離す。自分の手から感じられなくなった温もりに、リサの口から悲しそうな声が漏れた。
その声にノゾムも一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべるが、頬に力を入れて無理矢理笑みを浮かべて立ち上がった。
そのまま地面に落ちていた模造剣を取り、リサに手を差し伸べる。
「そろそろ行こう。もうじき暗くなるし、寮まで送るよ」
「そう、だね……。うん、お願い」
少し目尻を落としていたリサだが、小さく頷くとのノゾムの手を取って立ち上がると、彼の隣に並んで訓練場の出口へと歩き始めた。少し後からカミラがついてくるが、彼女は振り返って先程罵声を浴びせてきたクラスメート達を睨み付ける。
だが、クラスメート達はカミラの視線に意を介さず、鼻で笑っていた。
そんな彼らの様子にカミラの視線がさらに鋭くなるが、彼らは態度を変えようとはしない。
内心怒り心頭のカミラだったが、いつまでもそうして睨んでいるわけにもいかず、小走りにノゾム達の後を追い始めた。
そんなカミラに続いて、最後にケンが訓練場を出て行こうとする。
だが、そんな彼の背後から、先程ノゾムを罵倒していた生徒の一人が声を掛けてきた。
「やあケン、大変ですね。貴方もあんな屑の相手をさせられて……」
「ナズウェル……」
先ほどノゾムを嘲笑していた集団から一人の生徒がケンに歩み寄ってきた。
彼の名はナズウェル・バールキン。1学年の中でも飛び抜けて優秀な生徒の1人であり、クレマツィオーネ帝国の貴族の子息だ。
クレマツィオーネ帝国は強大な軍隊を保有する国であり、その国の勢力はフォルスィーナ国と並ぶほどである。
彼は3男であり、かのフランシルト家の御令嬢のように家を継ぐ立場の人間ではないが、その実力を認められてこの学園に来る人間の1人に抜擢された。国を担う立場となる人間としての教育、そして未来の人脈作りの為に。
彼もまた才に溢れた人間であり、入学当初からその力を見せつけ、アイリスディーナ・フランシルトやティマ・ライム、そしてケヴィン・アーディナルと同じように早々にDランクへの昇格を果たしていた。
「別に、僕は……」
「貴方もリサさんも素晴らしい才能を持っている。しかし、なんで彼女はあんな屑の事を気にするのでしょうか? 正直私には理解できない」
リサ、そしてケンも入学してからメキメキと力をつけ、彼らと同じようにDランクへ到達している。
2人の才は決して自分達に劣るものではない。そう感じたからこそ、ナズウェルはケンやリサには対等な立場で接していた。
そして、自分が認めるリサがノゾム・バウンティスと一緒にいることが理解できなかった。
彼にとって結果とは才能の証明だ。結果を出せる人間に才があり、それがすべてという人間なのだ。
事実、彼の後ろに控えている生徒達も1学年の中では優秀な生徒だった。ケン自身も何度か手合わせをしたことがある。
「……リサにはノゾムが必要なんだよ」
「しかし、彼女が目指しているのは冒険者だ。確かに彼女なら一線級の実力者に上り詰めることも不可能ではないと思う。だが、ノゾム・バウンティスは彼女の夢の障害にしかならないのではないか?」
ケンの答えに顔を顰めながら、ナズウェルは迷うことなくそう言い放つ。
「リサが選んだのはノゾムなんだ……」
ケンは独白するように呟くと、そのままノゾム達の後を追って歩き始める。
「まあ、貴方がそう言うなら仕方ないでしょう。しかし、よく考えたほうがいいと思いますよ。こんな物騒な世界です。いつ死が舞い降りて、命を奪っていくか分かりませんからね」
死。その言葉がケンの胸に突き刺さる。
彼にとって一番の恐れていること。幼い頃、リサの夢を聞かされた時に感じた最悪の結末。それが現実のものになるのではという恐怖が蘇る。
自分の背中に刺さるナズウェルの視線を感じながらも、ケンは訓練場の出入口に向かって無理矢理足を進める。
その胸の疼きが大きくなっていくのを感じながら。
ケンが訓練場を出ると、ノゾム達3人が彼を待っていた。少し時間が掛かっていたケンに何かあったのかと思い、カミラが声を掛けてくる。
「遅かったわね。変な事言われてない?」
「いや……大丈夫だよ」
努めて平静を装いながら、ケンは答えた。いつもと変わらない笑みを口元に浮かべながら。
ノゾムとリサ。幼なじみの2人がその関係を一歩進めた時から、変わらず自分の顔に貼り付けてきた表情。
もう、この顔をすることにも彼は慣れてしまった。
でもいい。これでいいんだと、ケンは自分の心にそう言い聞かせる。
彼女の隣に立つ親友に視線を向ける。
ノゾムはいつもそうだった。彼はいつも誰かのために一番初めに走り出す。
幼い時、父親のいないリサがその事でムジルに心無い言葉を浴びせられた時も、始めにムジルに飛び掛かったのはノゾム。自分は必ず一歩出遅れていた。
リサが選んだノゾム。彼女が惹かれ、選んだのは自分ではない。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
「そうだね。もうかなり時間が経つし……。ノゾムもいい?」
「えっ……?」
全員揃ったので、カミラが今日はもう帰ろうかと促してきた。確かに陽もそろそろ落ちる。もう言い時間だろう。
リサもまたカミラの意見に同意する。彼女は顔色を覗くようにノゾムにも声を掛ける。
だがノゾムはまだ訓練したいのか、少し返答に詰まっていた。
先程の模擬戦の結果、そしてナズウェルに掛けられた言葉を気にしているのだろう。
リサもまたノゾムが不満なことに気付いた。
「ノゾム……」
「あ、ああ。そう……だね」
リサが心配そうな顔をして怪我をしたノゾムの額に触れる。
上目遣いにノゾムを見上げるリサの視線を受けて、ノゾムもまた寮に戻ることを承諾する。
ノゾムの返答を聞いて、リサがホッと胸をなで下ろす。その光景を見ていたケンは、自分の頬に自然と力が入るのを感じていた。
「ッ……!」
自分の顔が引きつっていることに気付いたケンは、ハッとして頬に入った力を抜く。ノゾムもリサも、そしてカミラも今のケンの表情に気付いていない。3人はそのまま正門へと向かおうとしている。
ケンは気付かれていないことに安堵の息を漏らす。
しかし、同時にケンの体の奥で、どす黒い何かが蠢いているように感じた。
それはグチャグチャと内臓を掻き回すように、彼の腹の中をのた打ち回る。
それでも彼は腹の奥にいる何かが溢れださないように、必死に唾を飲み込む。もし出してしまえば、全てが変わってしまう。そんな予感があったから。
「ケン?」
リサが怪訝な顔をして振り返る。自分に彼女が目を向けてくれるだけでさっきまでの胸の疼きが嘘のように晴れ、強張っていた顔に自然と笑みが戻ってくる。
「ケンも大丈夫? やっぱり辛そうだけど……」
彼女の問いかけに大丈夫だと答え、ケンも3人の隣に並んで歩きはじめる。
正門を潜り、中央公園を通り過ぎて寮へと向かう4人。しばらく他愛もない話をしながら、彼らは足を進めていく。
彼らはやがて分かれ道へと辿り着く。片方の道は女子寮へ、もう片方の道は男子寮へと続く道だ。
「じゃあ、私達はこっちだから」
「2人とも、また明日」
カミラとリサが別れを告げて女子寮へ向かう。だが突然何かを思い出したようにリサが振り返り、ノゾム達の所に戻ってきた。
「ひとつ言い忘れたわ。ノゾム、今日はもう休みなさいよ」
「え?」
「え? じゃないわよ。どうせノゾムの事だから、寮に戻ったらまた訓練に行こうとしたんじゃないの?」
「うっ、そ、そんなことないよ?」
「…………」
ジロリとリサがノゾムを睨みつける。明らかに強くなったその視線に耐えきれなくなったのか、ノゾムが彼女の言葉を認めるように小さく頷いた。
「やっぱり……。ダメよ、今日は。怪我もしているんだし、部屋で休んで!」
「で、でも……」
「ダメ! 今日だって休みなしで訓練していたでしょう! 良いから早く部屋に戻る!」
「…………分かった」
ノゾムは小さく呟くような声ながらもしっかりとリサの言葉に頷いた。
「よかった……。ケン、ノゾムをお願いね」
「あ、ああ。分かったよ」
ノゾムとケンの答えを聞いたリサは、ようやく心の底から安堵し、面々の笑みを浮かべる。
ノゾムはその笑みに見惚れながらも、胸の奥で渦巻く焦燥感を忘れることが出来なかった。
帰っていくリサの姿が完全に見えなくなったところで、ノゾムが口を開く。
「ケン……ちょっと寮に帰るの、遅くなるけどいいか?」
「ノゾム、もしかして訓練に行く気? たった今リサに止められたのに……」
今し方リサに止められたばかりにも拘らず、鍛練を続けようとするノゾムにケンが苦言を言う。
「ゴメン。でも……俺、強くならないとあいつの背中守れない。このままじゃ……」
しかしノゾムは、焦りに突き動かされるままに自分の心の内を捲し立てた。
彼の拳は悔しさから硬く握りしめられ、焦燥感に急かされるまま今にも駆け出していきそうだった。
“能力抑圧”
本人の能力を、強制的に一定以下に抑えてしまうアビリティ。ノゾムに発現したこのアビリティが、彼の焦りを助長する。
発現してからさほど時は経っていないが、それでもノゾムの成績はクラスの中で最下位に落ち込んでしまっていたのだ。
何とかしなければ……。
その思いに急かされるまま、ノゾムは1人でも訓練しようとこの場を後にしようとする。
「分かったよ。でも、寮で軽く打ち合うだけだよ? それ以上はダメだから」
正直こうなったノゾムは止められない。そう考えたケンは大きく息を吐きながら頭を掻いた。
「ありがとう……」
親友の気遣いに感謝しながら、ノゾムは足早に寮へと戻る。彼女の夢に置いて行かれないように、もっと強くなるために。
そんなノゾムの後姿を眺めながら、ケンもまた言いようのない焦燥感と、胸の奥から湧き上がるどす黒い感情を必死に抑え込んでいた。
だが次の日、ある話が広がり、1学年を席巻することになる。
そして、それがノゾム達の間に致命的な亀裂を生む切っ掛けになってしまうのだった。