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私が辞めれば開かなくなるはずの鍵を、王宮は全て交換した

作者:
掲載日:2026/08/16

 失礼いたします。

 こちらに、セシリア・ロックウェル様は……ああ、失礼いたしました、貴方でしたか。


 初めまして、私は王宮技術官レオニード・ヴァルツと申します。


 え? 『戻るつもりはない』? まだ何も申し上げておりませんが、何のことでしょうか?

 『連れ戻しに来たのでしょう』? ……いえ、貴方は半年前に王宮を辞されていますよね?


 一度辞めた方を連れ戻すなどという非常識なこと、する筈がないでしょう。


 何のために来たのかって……おかしいですね、手紙に書いた筈なのですが読んでいただけていないのですか?

 では、口頭でも申し上げます。


 貴方の作成した鍵を、返却いたします。


 確認をお願いします。まず、国璽保管室、王室宝物庫、機密文書庫、王家文書庫、秘匿文書室、王宮金庫室。

 次に、王族私物保管室、執務室機密保管庫、宝物庫、肖像画保管室、遺品保管室。

 そして、現金金庫室、財務記録保管室、外交文書保管室、軍務記録保管室、印章管理室、重要契約書保管室、未公開法令保管室。

 最後に金庫の鍵です。王宮・財務関係、国璽・印章関係、機密・外交文書、宝物・貴重品、王族個人用、薬品・危険物関係、宮廷職員関係。


 大まかに分けて申し上げましたが、合計20室、43基。それから予備の鍵も含め、貴方が作成した全ての鍵をお返しします。


 何故? この鍵はもう『不要』になりましたから。


 『私にしか鍵の調整は出来ないから、開けられなくなるはずなのに』?


 それが大問題だということに、何故思い当たらないのですか?

 たった一人に調整の全てを任せた、つまり依存した状態では、いずれ崩壊を招きます。


 だからこそ、それを危惧した主任技術官であるヴィクター様は、貴方に設計資料と保守手順所書の提出、そして後任の育成を依頼した。しかし貴方は『長年に渡って身に付けた技術を、明かす義務はありません』と拒否。

 そして口論の末、ヴィクター様は『一人の職人に依存する管理体制を改める』と断言。そして貴方は『私の技術を必要としない場所など、こちらから願い下げです』と退職届を提出。


 しかも、貴方は退職届を出してから、後任への引継ぎを3日で強制的に終わらせましたよね? しかも合鍵の基本的な制作手順を覚えたばかりの『新米』の後任に。

 貴方が数年に渡って得た技術を、新米がたった3日で習得できるとお思いですか?


 まさかとは思いますが、『私を追い出したことを、すぐに後悔するでしょう。私がいなければ、扉は誰にも開けられないから』などということをお考えに?

 ……そんなつもりはない? 正直なところ説得力が欠片もありませんが、追及しても意味はありませんので別に結構です。


 ああ、鍵はどうしたのか、ですか?


 簡単なことです。部屋の鍵は全て交換。金庫は分解して中身を取り出し、新しい金庫を作成しました。


 予算? 王宮を辞した貴方に話すことではありません。


 それから、一人の職人に開錠技術を依存することを禁止、王宮に納入する設備は複数人が保守、開錠できる構造にすること、設計図・整備記録・引き継ぎ資料の提出を義務付けることの制度が施行されました。

 さらに、新しくした鍵を作った熟練の鍵師を正式に雇いましたので、後継者育成にも問題はありません。新米の方は喜んでおられましたよ、厳しいが丁寧に根気強く教えてくださると。

 なので貴方が辞めても、何ら支障はありません。お分かりいただけましたか?


 それでは、鍵の返却は済みましたので……ああ、そうだ。貴方への依頼が激減した、と噂で聞いておりますが、実際に拝見して確信しました。

 何故か分かりますか? 王宮での一件が、既に各所に広まっているからです。

 勝手に個人情報を流した? そのようなことする訳ないでしょう。

 原因? ご自身でお分かりにならないのですか? あれ程不敬なことをしておいて?

 自覚がないのですか……困りましたね。教えなさい、ですか……まあ、いいでしょう。


 貴方自身が王宮を辞した理由をあちこちで『王宮から不当な扱いを受けた』『自分の技術を理解できないから愛想を尽かして辞めてやった』と吹聴していたでしょう。

 我々はそれを否定し、事実を話した。ただそれだけです。

 何を勝手なことを、とは? 事実ではない話を訂正することの何が『勝手』なのでしょうか?

 これ以上痛手を負いたくないのであれば、今後王宮への批判は控えてください。今回は訂正するだけに留めましたが、王宮の判断を貶めるような発言は不敬罪に問われかねませんよ。


 顔が真っ青ですが、大丈夫ですか? 今この場では貴方を罪に問うことはいたしませんので、ご安心ください。ええ、あくまでこの場では。


 そして訂正した結果が広まったのでしょう。『自分にしか開けられない』と身勝手に技術を独占し、資料の提出を拒んだ挙句、後任への育成、引継ぎも満足に出来ない鍵師に、誰が大切な『鍵』の作成を依頼するのでしょうか?


 王宮で落としたのは、技術ではありません。鍵師としての信用です。


 よってこれから先、貴方の歩む道は暗いものになるかもしれませんが……まあ、ご自身で選んだ道ですから。

 ご健闘をお祈りしています。


 話は以上です。


 今後、貴方と王宮が関わることはありませんので、ご安心ください。


 では、失礼いたします。


(終)

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― 新着の感想 ―
まあ、マトモな組織ならこうなるわなw マトモならね
鍵は扉についていて 扉は壁についている 鍵が開かなくなった→扉を壊そう 扉が壊せない→壁を壊そう って対処が割と現実にもあるんだが これでマジ困るって状況に陥るの金庫くらいじゃないか?
ろくな引き継ぎもなく受けざるを得なかった仕事で不具合がある度に前任者に殺意を抱いているわたくしには余りにハートぶっ刺しストーリーですわ。 そうそう、過日同僚が「俺がどれだけ仕事してたか後でわかるわ」と…
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