私が辞めれば開かなくなるはずの鍵を、王宮は全て交換した
失礼いたします。
こちらに、セシリア・ロックウェル様は……ああ、失礼いたしました、貴方でしたか。
初めまして、私は王宮技術官レオニード・ヴァルツと申します。
え? 『戻るつもりはない』? まだ何も申し上げておりませんが、何のことでしょうか?
『連れ戻しに来たのでしょう』? ……いえ、貴方は半年前に王宮を辞されていますよね?
一度辞めた方を連れ戻すなどという非常識なこと、する筈がないでしょう。
何のために来たのかって……おかしいですね、手紙に書いた筈なのですが読んでいただけていないのですか?
では、口頭でも申し上げます。
貴方の作成した鍵を、返却いたします。
確認をお願いします。まず、国璽保管室、王室宝物庫、機密文書庫、王家文書庫、秘匿文書室、王宮金庫室。
次に、王族私物保管室、執務室機密保管庫、宝物庫、肖像画保管室、遺品保管室。
そして、現金金庫室、財務記録保管室、外交文書保管室、軍務記録保管室、印章管理室、重要契約書保管室、未公開法令保管室。
最後に金庫の鍵です。王宮・財務関係、国璽・印章関係、機密・外交文書、宝物・貴重品、王族個人用、薬品・危険物関係、宮廷職員関係。
大まかに分けて申し上げましたが、合計20室、43基。それから予備の鍵も含め、貴方が作成した全ての鍵をお返しします。
何故? この鍵はもう『不要』になりましたから。
『私にしか鍵の調整は出来ないから、開けられなくなるはずなのに』?
それが大問題だということに、何故思い当たらないのですか?
たった一人に調整の全てを任せた、つまり依存した状態では、いずれ崩壊を招きます。
だからこそ、それを危惧した主任技術官であるヴィクター様は、貴方に設計資料と保守手順所書の提出、そして後任の育成を依頼した。しかし貴方は『長年に渡って身に付けた技術を、明かす義務はありません』と拒否。
そして口論の末、ヴィクター様は『一人の職人に依存する管理体制を改める』と断言。そして貴方は『私の技術を必要としない場所など、こちらから願い下げです』と退職届を提出。
しかも、貴方は退職届を出してから、後任への引継ぎを3日で強制的に終わらせましたよね? しかも合鍵の基本的な制作手順を覚えたばかりの『新米』の後任に。
貴方が数年に渡って得た技術を、新米がたった3日で習得できるとお思いですか?
まさかとは思いますが、『私を追い出したことを、すぐに後悔するでしょう。私がいなければ、扉は誰にも開けられないから』などということをお考えに?
……そんなつもりはない? 正直なところ説得力が欠片もありませんが、追及しても意味はありませんので別に結構です。
ああ、鍵はどうしたのか、ですか?
簡単なことです。部屋の鍵は全て交換。金庫は分解して中身を取り出し、新しい金庫を作成しました。
予算? 王宮を辞した貴方に話すことではありません。
それから、一人の職人に開錠技術を依存することを禁止、王宮に納入する設備は複数人が保守、開錠できる構造にすること、設計図・整備記録・引き継ぎ資料の提出を義務付けることの制度が施行されました。
さらに、新しくした鍵を作った熟練の鍵師を正式に雇いましたので、後継者育成にも問題はありません。新米の方は喜んでおられましたよ、厳しいが丁寧に根気強く教えてくださると。
なので貴方が辞めても、何ら支障はありません。お分かりいただけましたか?
それでは、鍵の返却は済みましたので……ああ、そうだ。貴方への依頼が激減した、と噂で聞いておりますが、実際に拝見して確信しました。
何故か分かりますか? 王宮での一件が、既に各所に広まっているからです。
勝手に個人情報を流した? そのようなことする訳ないでしょう。
原因? ご自身でお分かりにならないのですか? あれ程不敬なことをしておいて?
自覚がないのですか……困りましたね。教えなさい、ですか……まあ、いいでしょう。
貴方自身が王宮を辞した理由をあちこちで『王宮から不当な扱いを受けた』『自分の技術を理解できないから愛想を尽かして辞めてやった』と吹聴していたでしょう。
我々はそれを否定し、事実を話した。ただそれだけです。
何を勝手なことを、とは? 事実ではない話を訂正することの何が『勝手』なのでしょうか?
これ以上痛手を負いたくないのであれば、今後王宮への批判は控えてください。今回は訂正するだけに留めましたが、王宮の判断を貶めるような発言は不敬罪に問われかねませんよ。
顔が真っ青ですが、大丈夫ですか? 今この場では貴方を罪に問うことはいたしませんので、ご安心ください。ええ、あくまでこの場では。
そして訂正した結果が広まったのでしょう。『自分にしか開けられない』と身勝手に技術を独占し、資料の提出を拒んだ挙句、後任への育成、引継ぎも満足に出来ない鍵師に、誰が大切な『鍵』の作成を依頼するのでしょうか?
王宮で落としたのは、技術ではありません。鍵師としての信用です。
よってこれから先、貴方の歩む道は暗いものになるかもしれませんが……まあ、ご自身で選んだ道ですから。
ご健闘をお祈りしています。
話は以上です。
今後、貴方と王宮が関わることはありませんので、ご安心ください。
では、失礼いたします。
(終)




