《第一封の手紙》
『この世界にはお前たちが必要ない。だから、俺のものを返してもらうぞ』
【申し訳ございません。この手紙の受取人は該当者がおりません】
***
《第一封の手紙》
アルファが部屋に足を踏み入れる。
男は、指先がわずかに何かに触れるたび、それがたとえドアノブであっても、苛立ちを隠すように手袋の皺を整えた。
仕立ての良いスーツは、この埃の堆積した廃墟において、場違いなほどの光沢を放っている。彼は汚れを避けるように、黒のスラックスの裾を気にしながら、床の軋む音を刻んで机へと歩み寄った。
机の上には、古い血痕のような暗紅色のインクが点在している。
彼はその汚れを、まるで不治の病を見るような冷ややかな目で見つめた。割れた窓から吹き込む容赦ない風が、黄ばんだカーテンを激しくはためかせ、机の上の一冊の本を乱暴にめくり上げる。
パラパラと音を立てるページを、アルファは包帯の巻かれた指で、羽虫を圧し殺すように静かに押さえた。
指の下に止まったのは、一通の手紙だった。
『こんにちは。この手紙はあなたへ宛てたものです。どうか最後まで読んでほしい。
一緒に暮らしていた頃のことを覚えている? お母さんはいつも本を読んでくれたよね。修道女と呼ぶべきなのは分かっているけれど、僕にとっては想像していた母親のように優しい人だった』
アルファは「お母さん」という単語をなぞるように指を滑らせたが、その指先はわずかに震えていた。それは慈しみではなく、拒絶に近い震えだ。
『厳しく指導されることもあったけれど、それは全部僕たちのため。だから、お母さんを嫌わないで』
「嫌う? ……そんな生温い感情ではないだろう」
アルファが低く呟く。眼鏡の奥の瞳が、手紙を書いた人の甘さを嘲笑うように細められた。
『お母さんが突然いなくなったのは悲しいけれど、きっと急な用事で離れなきゃいけなかったんだと思う。お母さんは今でも僕たちを愛している。だからお願い、お母さんを嫌わないで』
手紙の中盤、再会を願う切実な言葉が続く。アルファはそれを読み飛ばすように視線を走らせた。彼にとって、この無垢な祈りは、耳障りなノイズに過ぎない。
『ねえ、僕たちがどうして存在するのか覚えている? ……君もチャーリーを守るためだよね? まだ子供である彼を……』
「ふん、相変わらずだな」
アルファは鼻で笑い、乱暴に次の一ページを捲った。紙の端が、彼の鋭い爪で僅かに裂ける。
「ベルがこれを最後まで読めるとでも思っているのか? ダニー、お前の独りよがりには反吐が出る」
彼は口角を吊り上げ、最後の一節に目を落とした。
『最後に、これは僕のわがままだ。君が強いことは知っているけれど、それでも僕は、君たちを守りたいんだ……』
「守るだと? ……優しさを貫くことしかできないお前に、一体何が救えるというんだ」
吐き捨てると、男はベッドの脇へと向かった。
ベッドの下から引きずり出したのは、段ボールで作られたおもちゃ箱だ。クレヨンで描き殴られた絵が、薄暗い部屋の光に浮かび上がる。
子供たちと一人の修道女が楽しそうに笑っている。 だが、その絵は狂っていた。
手だけの子供、足だけの子供、そして修道女の生首を、宝物のように抱えて満面の笑みを浮かべる子供。
アルファはその惨状を、愛おしそうに、細長い指で撫でた。
彼は箱の中に手を入れ、泥をかき混ぜるように中身を弄り、ゆっくりと引き抜いた。 指先には暗紅色の粘着質な跡が付着し、小さな虫が這い上がってくる。
眉ひとつ動かさず、もう片方の手で、その虫を慈しむように一匹ずつ丁寧に、そして確実に潰していった。




