心はいつも裏切って
どうやら隼人たちは僕をクローゼットに閉じ込めている間に、例の異変に立ち向かったらしい。場所は遣泉、八王子から橋本方面に国道を行く。
国道から少しそれた空き地で、夕刻からトプトプが現れるのを待っていた。造成中の遣泉にはいくらでも空き地がある。そして夜になれば人通りはほぼない。人間を巻き込まないため、その場所を選んだ。
モアモアちゃんは朔たちのお屋敷を襲撃した。人狼を狙っている。だから待っていれば現れると考えた。お屋敷では地面から現れたから、地に封印術を使い、地表からは出てこられなくした。隼人の狙いはモアモアちゃんではなくトプトプちゃんだ。
案の定、日付が変わる直前にトプトプが宙に忽然と姿を現した。
「見通しのいいあの場所で待っていれば、どの方向から来るか判ると思ったのに」
隼人が悔しげに言った。
トプトプの大きさは昨日と変わらず、短辺三メートルに長辺五メートル程度の楕円形、五メートルほどの高さからベチャベチャと雨粒状の液を滴らせていた。
隼人たちが移動すると、そのままの大きさと形で追跡してきたという。涎のような雨を降らしながら、その中に隼人たちを取り込もうとする。
「雨の檻の中にはすでに取り込まれた何かが見えた。取り込まれたら、そいつらが襲ってくるんだろうと思った。なにも敵のホームで戦う不利を受け入れることもない」
≪姿を現せ! 檻から出てこい!≫
太陽神の命令に、雨の中から次々と飛び出してくる影がある。
出てきたのは武者姿の亡霊、数え切れなかったという。物理攻撃が有効だったからよかったけれど、そうじゃなければどうなっていたか判らない。ま、さっさと逃げ出した、と隼人が笑う。
武者たちが出現すると同時にトプトプは涎を垂らすのをやめ、新手の投入はなかった。だが、千に近い数だったらしい。降った雨粒の数かもしれない。
「亡霊に物理攻撃?」
僕の疑問に、
「亡霊って言うより、ミイラのほうが近い。半ば朽ちて干乾びた肉体に怨念が宿っていた」
と、隼人が言った。
襲ってくるミイラもどきのほとんどを奏さんが三つ目入道になって踏み潰したらしい。踏み潰されるとモアモアになってトプトプに戻り、一体化していく。でも、トプトプが涎を再開することはなかった。
「まぁさ、俺に取っちゃあ、ヤツらの錆びた日本刀じゃ、草で切った程度の傷にしかならないからな」
三つ目入道の奏さんは、最大四メートルの大男に変化する。そしてその皮膚は強靭だ。ミイラもどきの多くは隼人くらいの背だというから、小柄だ。隼人は百六十五センチ、四メートルの三つ目入道に、蹴られ張り倒されればひとたまりもなさそうだ。体勢を崩したミイラもどきを朔や満も襲い、噛み殺していった。正確にはダメージを与え、存在を維持できなくしていった。ダメージによるエネルギーの喪失だ。
隼人はその様子をじっと観察していたが、ミイラもどきが最後の一人となった時、トプトプが逃走態勢に入ったと感じている。
「トプトプを操っている物の怪、それを突き止め、退治しなければ、この怪異は収まらない」
だから追おうとした。それを察した朔が自分が行くと隼人に合図し、注意をトプトプに向けた時だった。
「倒れていた最後のミイラもどき、もう動かない、このままモアモアになる、そう思ったのに朔が横を通ったとたん、日本刀を振ったんだ」
朔の前足が宙を飛び、トプトプの近くに落ちる。一瞬動きを止めるトプトプ、満がとっさに朔の足を咥えて逃げた。トプトプは迷ったようだが、満を追うことはなかった。
「人形に戻れ、朔!」
奏さんの叫び声、朔を切ったミイラもどきが煙に変わり、トプトプと合流する。そのままトプトプは南西方向に消えたという。
逃走するトプトプを追う気力など隼人に残っていない。朔に駆け寄り、人形に戻った朔の腕と切り落とされたほうを慌てて調べる。
「奏ちゃん! ボクと朔ちゃんを抱いて走って! 朔ちゃんの手当てがしやすいように、一緒に抱いて『ハヤブサの目』に大至急! バンちゃんの力が必要だ!」
奏さんは三つ目入道の姿のまま、国道を走り抜けたらしい。人も車も驚いて、いくつもの悲鳴と鳴り響くクラクション、それを無視して奏さんは走った。満はその後ろをオオカミの姿でついてきたらしい。三つ目入道の後ろなら、オオカミを見ても大きな犬としか思わなかっただろう。
ちなみに奏さんは僕たちと違って、衣類も一緒に変化できる。妖怪の奏さんは、神や神の末裔や、元人間とは違う。
奏さんが朔に『人形になれ』と言ったのは、僕が治癒にかかわると見込んでのことだろう。そして早くしないと人形に戻る体力がなくなる、そう思ってあのタイミングで言った。
僕の治癒術は隼人にも優る。もともとあった力らしいが、隼人の血が混ざったことで強化されたんだろうと奏さんは言っていた。ただ、人間――人形以外には発揮されない力だ。僕は人間の血を飲んだことがないけれど、吸血された人間を回復させるために備わっている力だと奏さんが言っていた。
「トプトプを追いかけることはできなかった。が、南西に消えたってことで、少しは目星をつけられる」
「南西たって広いぞ、隼人」
「そうだよねぇ……バンちゃん、コーヒー淹れて」
奏さんと話しながら隼人がいつものように言う……うん、と頷いて立ち上がろうとしたのに、さっきから感じていた不満が僕の口を突いて出た。
「いいけど――なんで僕をクローゼットに閉じ込めたの? どうして僕を連れて行かなかったんだよ?」
悔しさで、くらくらする。だけど……
ねぇ、僕、もう隼人に逆らわないんじゃなかったの? ほら、隼人がイヤそうな顔をした――




