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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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移動するなら止まり木で

 とりあえず(さく)が遠鳴きで、奥羽(おくう)さんに様子を尋ねる。するとカラスの伝令鳴きが聞こえてきた。


『雨は置き土産を残し、いなくなった――こっちに来るなら人形(ひとなり)で。警官がうじゃうじゃ来ておるぞ』


 聞くなり隼人(はやと)、庭に飛び出し地面に触れる。それから立ち上がり、両手を広げてぐるりと回る。屋敷を出る準備だ。


「よし、結界を張り直して強化した――こないだの落雷で破れてるのを忘れて再施術してなかった。ごめんね、朔ちゃん、(みちる)ちゃん。もうモアモアは出てこないよ」

こないだの落雷……多分、雷神デヅヌによるものだ。普通の雷じゃ太陽神(はやと)の結界は破れない。


 そのあと屋敷の中を回り、最後に裏門(うらもん)で印を切る。


 と、ここで隼人、またもダウン。ハヤブサ姿になった後はいつもスタミナ切れになる。慌てて満が金平糖を出してきて袋ごと隼人に渡す。ピッ! と一声、一粒口に放り込むとバリバリかみ砕きながら隼人が言った。


「あとは正門に(まじな)いをすればこの屋敷の守りは完璧――美都(みつ)(めん)に行くよ」

食べる必要はないが、食べれば回復が早い。これ、隼人に言わせると常識なんだそうだ。


 朔たちが住むお屋敷(・・・)は五百坪の敷地を屋根付きの漆喰塀(しっくいべい)がぐるりと囲む、純日本建築の平屋建て、立派なものだ。


 漆喰塀の内側に沿って植栽があるものの、広い庭は芝が植えてあるだけのドッグランになっている。正門もまた立派な数寄屋(すきや)(もん)、そう簡単に中を覗けない。百年以上姿を変えずに生きる朔と満のため、昭和の時代、戦後の混乱に乗じて隼人が入手した。


 常に門は閉ざされ、手入れされている気配はあるものの誰かが住んでいる様子はない。ご近所は空き家だと思っているだろう。朔と満はこの家で人目を避けて暮らしていた。満月の夜には地下室に閉じこもって過ごすらしい。


 ちなみにこの二人、ただの人狼ってわけじゃない。かの(いにしえ)にヤマトタケルを導いたと言われる大口(おおぐち)真神(まがみ)の子孫だ。つまり神様の末裔(まつえい)。今も準神格があり、ほかの神様の神域やお寺なんかには立ち入れない。


 なんだか東西が入り混じった存在だが、深く考えても意味がない。そんな存在だと納得するしかない――僕だって似たようなモンだ。


 正門の内側でブツブツ言った後、『行こう』と隼人がくぐり戸を出る。人狼が続き、その後に僕が出るとしっかり施錠した。


 ここから美都麵は歩いて十分足らず、坂を下って少し道を()れればつく。もっとも隼人のペースで歩くと二十分はかかるだろう。例によって隼人が僕を止まり木代わりにする。そして自分じゃ歩かない。腕を組んで歩いているように見せかけて、僕にぶら下がっているだけだ。ま、まったく重さは感じないからいいんだけどさ。


 金平糖をポリポリ食べながら、隼人はいつも通りのご機嫌モード。僕にぶら下がっての移動は(らく)だし面白いらしい。きょろきょろ見渡して、何かに興味を惹かれるとじっと見ていたりする。


 左へ曲がれば十五メートルほどで美都麵に行ける交差点が見えてくる。なにやら大勢の気配、赤い光はパトカーの赤色灯か? 交差点の僅か手前で、先を行く朔と満の歩みが止まる。そして追いついた僕の息が止まる。


「うピョー、派手だねぇ」

僕の耳元で隼人が呟いた。


 警官が慌ただしく行きかい、交差点から少し向こうに非常線を張っている。数台のパトカーと消防車……はしご車か、が、美都麵を超えてずっと向こうまで停まっている。もちろん通行止めだ。通りに面した建物からは窓から出るよう、はしご車が誘導している。はしご車が誘導……そう、地面に降りなくていいように。


 道がヌメヌメと濡れて光る。周囲が赤く照らされるのは、赤色灯だけが原因じゃない。道を濡らしているのも赤黒い。それが照り返しているんだ。


 血液か? いや、それなら周辺が生臭くなる。ナンなのか(・・・・・)が判らないんだ。だから人間は、触れるのを怖がって踏み込めないんだ。


「おう、やっと来たか」

後ろから奏さんが声をかけてきた。

「奏ちゃん!」

隼人が嬉しそうな声を出す。

「はしご車、乗ったの?」

そっちかよっ!


 奏さんの話によると、あの後しばらく『雨』は行ったり来たりを続けたらしい。それがプツリとやんで気配が消えた。


「それがな、道が濡れてるのはまだいいんだけれど、あちこちに人が倒れていたから大騒ぎさ。瘴気(しょうき)()てられたのかもしれないな」


 死んでいるわけではない。でも、声をかけ、揺さぶっても反応しない。ほかの店からも人が出始め、驚いて救急車と警察を呼んだ。


「そこの交差点の手前五メートルから、向こうの交差点の手前五メートルの間、そして道の両側を一メートル残して、この赤黒いモンがたっぷりブチ()けられてる。警察が来て、幅と長さを測っていたから間違いねぇ」


 僕たちが着いた頃は倒れていた人たちの搬送が終わって、屋内に退避していた人たちの救出が始まったらしい。奏さんは警察や消防が来る前に店の外に出て、成り行きを見守った。


「なんだ、はしご車、乗らなかったんだ」

つまらなそうに隼人が頬を膨らませた。


「それより隼人、道にぶちまけられているのはなんだ?」

奏さんの質問に、隼人がちらりと道路を見る。


「イチゴジャムでもトマトケチャップでもアセロラドリングでもない」

「うん、そうだな、判ってる」

「奏ちゃん、判っててなんで訊くの?」


「ふん……どうせ隼人も実のところは判んないんだろう?」

そう言ったのは朔だ。


「おーや、朔ちゃん。朔ちゃんだって犬っころの鼻を使っても判んないんだろ?」

犬と言われて朔が(うな)り始める。慌てて満が朔を抑える。


 朔を無視して隼人が奏さんに訊く。

奥羽(おくう)ちゃんは?」

「近場を散策してくるって言ってた。服は預かってるから、必ずどこかで合流してくるはずだ」

奏さんが手に提げた紙袋を見せた。


 ここからなら朔たちのお屋敷よりも『ハヤブサの目』のほうが近い。とりあえず、どこかで落ち着こうと事務所に向かう。


「それにしても、宙に浮いた水溜り、どこに消えたんだろうねぇ」

やっぱり僕にしがみ付き、金平糖を食べながら隼人が呟く。

「どこから来たかはちょっと見当ついてるけど……」


「隼人、そうなの?」

思わず僕は小さな声で隼人に問う。だって隼人の呟きは、奏さんや朔・満に聞こえないようにしているみたいだったから。


 さらに強く僕にしがみ付いた隼人が眠そうに言う。

「うん、だいたいね――あの、道にぶちまけられてるの、あれ、臭いはないけど、血だよ。かなり古い……昔の血だよ。モアモアちゃんと同じだ」


 えっ? 隼人、それってどういうこと!? モアモアちゃんの正体も判ってるってことか?

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