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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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27/30

花屋は深夜営業中

 照らすのは月明かりのみ、ほぼ真っ暗闇のハイキングコースを三十分かけて下っていき、やっと(そう)さんたちと合流する。奏さんが気を利かせてハイキングコースの出口まで車をまわしてくれなかったら、もっと時間がかかっただろう。


 暗いね、怖いね、足元見えないね、と僕にしがみ付いていた隼人、奏さんたちと合流した途端に、

「ほんっと! バンちゃん、歩くの遅いんだから!」

ツンツンし始めた。僕の腕を止まり木代わりにして自分じゃ歩いてないくせに、よく言えると思っていると、

「おかげでお(なか)すいた、腹ペコ」

と涙目になる。そういうことか、と隠れて笑ってしまった僕だ。


「奏さんにコンビニに寄ってもらう? それとも早く帰ってカレー食べる? まだ残っているよ」

「カレーまだあるの?」

目をクリッとさせた隼人、

「それじゃあ……奏ちゃん、コンビニ寄ってね、何か甘いモノ買って。で、それから帰ってカレー食べる」

はいはい、よく食べるよね。


 コンビニに寄ってもらって、シュークリームを人数分、それと隼人のコーヒー牛乳を買ってから帰った。いつもは買ってくるとすぐその場、駐車場に止めた車の中で食べる隼人が、今日は家で食べると言った。だからみんなの飲み物は、帰ってからコーヒーを淹れることにした。


 隼人がカレーを食べる横で、娘さんと若者の様子を奏さんと(さく)(みちる)に話す。

「トプトプに抱きこまれていたのはこれで全部――残るは本体だけ、だな」

と、奏さんが(うな)る。


「しかしよく、人身御供(ひとみごくう)を返してきたね」

そう言ったのは朔だ。


「山の上に感じた神威(しんい)からは怒りを感じなかったよ」

満の言葉に朔がムッとした。


「満は慈愛を感じた? 龍神は荒ぶる神だ。そんな温和(おとな)な考え方をすると思えないけどな!」

「なぁにが温和(おとな)なのよ。奥さんを愛してたって話じゃん。愛情ってもんは判ってるってことだよ」

「そのあたりは、満の言う通りかもしれんな」

面白そうに朔と満を見ていた奏さんが満の肩を持った。朔の顔があからさまに不機嫌になる。満が朔の古傷を(えぐ)らないかと冷や冷やする僕だ。


 朔は随分前にボルゾイ(大型犬)の女の子と恋に落ちた。が、こっぴどくフラれた。それからというもの、愛も恋も信じない。そんなの幻想だと決めつける。それでも今回、久喜里(くきり)に対して批判的な発言が少ないのは、空気を読んで我慢しているんじゃないかな? ま、そんな朔だから、妻を愛しているらしい久喜里(くきり)を高評価する満が気に入らない。


 僕の心配は杞憂に終わり、朔も満もそれ以上は口を(つぐ)んだ。喧嘩を回避したのかもしれない。仲間内で争っても意味がない。そうこうするうちに隼人がカレーを食べ終える。


「バンちゃん、シュークリーム――龍神ちゃんはね、きっと待ち草臥(くたび)れちゃったんだよ」

隼人はちゃんと朔たちの話を聞いていたようだ。隼人にしては珍しい。


「待ち草臥れたし、娘さんを取り込んでいるのにも疲れた――武者ちゃんたちや妖怪モアモアも同じ、飽きちゃったの」


 シュークリームを配ると嬉しそうな顔をした隼人だが手に取ると、例によって小首を(かし)げた。僕が座るとシュークリームを渡してくる。まったく、仕方のないヤツだ。僕は受け取って開封してから隼人に返す。おまえ、甘えるのが大好きだよね。


相撲(すもう)川には相撲(すもう)湖と多々井(たたい)湖ができた。どちらも相撲(すもう)川の水を利用してる。川の流れがそのままだ」

シュークリームに(かじ)りついて隼人が言った。(あふ)れて(こぼ)れそうなクリームを舌を出してペロリと舐め取る。そういうとこはなぜか器用だ。


「でもさ、大松(おおまつ)湖は違う。多々井湖から汲み上げた水だよね。区霧(くぎり)川の源泉は大松湖に面した山腹にあるのに、大松湖に水を(そそ)ぐには水量が足りなさ過ぎた――ここでも久喜里(くきり)は自分と相撲(すもう)の格の違いを見せつけられてしまったんだよ」

奏さんが腕を組んで目を閉じた。久喜里(くきり)に同情を感じたんだと僕は思った。


「そうだとしても、なんで飽きたんだ?」

朔の質問に

「さぁ?」

と、隼人。ムッとした朔の腕に満がそっと触れ、怒るなと言ったようだ。


「何しろね、疲れちゃったんだよ」

「それって、あれか?」

奏さんが隼人に向き直る。

「まさか、久喜利(くきり)、自分を消すつもりか?」

神は己の存在意義を感じられなくなると自らを消滅させる。


「うーーーん、かもしれないし、そうじゃないかもしれない――大松川は今も区切川に流れ込んでいる。久喜利(くきり)は自分が消えれば小母妻(おもつ)も消えると知っている」


「ねぇ、隼人……」

遠慮がちに訊いたのは満だ。

「本松ダムのすぐ横に神がいない(ほこら)が見えたんだけど、あれは?」

隼人はそれには答えない。紙パックのコーヒー牛乳に手を伸ばし、一口飲んだ。


「明日で終わりにしよう。夜明けに久喜里(くきり)の祠に行く。朔と満はお留守番」

慌てたのは朔と満だ。


「隼人! 龍神の領域に踏み込む気か?」

「そうだよ、隼人、気は確か?」


 コーヒー牛乳のパックに挿したストローがズズズッと音を立てる。その音に喜んだ隼人がニヤッと笑う。まったく、なんでそんな、変な音が好きなんだか。


願掛(がんか)けしてそれが(かな)った。ボクはお礼に行かなくっちゃ……礼を尽くせば多分大丈夫――奏ちゃん、花束を用意できる? 持って行きたい」

果物の次は花束ですか。龍神相手にそんな供物で本当に大丈夫なのか、隼人?


 奏さんは花屋に訊いてみると言って、すぐ電話した。こんな時間に電話? と思ったけれど、どうやら相手も人間じゃなさそうだ。謝礼は熊笹でいいか? なんて言っている。きっと芭蕉精(ばしょうのせい)か何かだ。


「今から花屋に行ってくるよ」

隼人のありがとうに見送られ、奏さんは出かけて行った。


 おさまらないのは朔と満だ。隼人が行くなら自分たちも行くと言い張る。

「朔ちゃん、ミチル……心配しなくても大丈夫。それにね、神格が三柱も揃って押しかけたら久喜里(くきり)ちゃんに迷惑でしょ?」

と隼人に言われ、とうとう諦めた。


「判った、祠にはいかない。でも、奏さんの車で待機してるから」

少し休んでおくと言って朔と満は部屋に戻った。


 今の時期の日の出は六時ころだ。五時半には事務所を出ると隼人が言う。


「バンちゃん、寝坊しちゃダメ、ちゃんとボクを起こしてね」

時刻はそろそろ深夜二時、朝食はシリアルで決定、起きるのは四時四十五分頃。もういくらも眠れない。


「ねぇねぇ……背中を貸して、バンちゃん」

どうせ隼人も熟睡しようとは考えていないだろう。僕は隼人と一緒に、隼人の部屋に向かった――

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