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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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雨を降らせる水溜まり

 次の瞬間――


 美都(みつ)(めん)のドアが揺さぶられ、ガタガタと音を立てて(きし)む。風か? 風の仕業(しわざ)か?


 隼人(はやと)の左目が(かす)かに光り、ウジャトの目を使ったと僕にも判る。


 尻もちをついたまま奥羽(おくう)さんが隼人に訊いた。

「なんだ? ドアを叩いているのか?」

「……開けろと叫んでいるね。そこにいるのは判っているぞ、だって」

「ひっ……!」

奥羽さんはますます縮こまったが、隼人はフンと鼻で笑う。


「神たるボクに(いど)もうなどと、いい度胸だ。目にものを見せてくれる……」

ずかずかドアに近づいていく。


「やめとけ、隼人。挑発に乗るな!」

(そう)さんが止める声も聞こえないようだ。そしてドアの前まで行き、ぐるりと左手で大きな円を描いた。ずんと、空気が重くなったのを感じる。

「これでドアを開けても外にいるヤツらは入って来られない」


 なるほど、結界を張ったのか。って、隼人、なんで僕を見てニヤリと笑う? イヤな予感に、縮こまるのは僕の番だ。


「バンちゃん、ちょっと外に出て、ヤツらを()(ぱら)ってきてよ」

また、僕かい! ま、いつものこと。いつもこうだ。いつも……


「追っ払うってどうやって?」

「家に帰りたいから道を()けろって言えばいいよ」

「素直に言うこと聞く?」

「さぁ?」


 隼人ぉ……冷たすぎないか? 僕がどうなってもいいのかよっ?


「目にものを見せるんじゃなかったの?」

「誰が? バンちゃんがそうしたいなら、勝手にしなよ」


 言っても無駄だ、三歩で忘れる……ってあれはニワトリか。僕はもう一度、格子戸の上部から外の様子を(うかが)った。


 今度は雨が降っている。店の前、一メートルくらい先で、雨が降っている。つまり、手前一メートルには降ってない。もう、これ、それだけで怪しいよね?


 雨……と言ってもいいのか? なんとなく粘っこさ(・・・・)を感じる。隼人たちは何かが潜んでいると言ったけど、僕にはその何かが見えない(・・・・)。でも確かに、何かが(うごめ)く気配がある。


 格子戸に手を当てながら空を見上げると、やはり月が輝いている。半月と言ったところだが、やけに明るい光を放つ。


 雲はない。どこで雨粒は発生するんだろう? 雨に視線を戻し、来るかたを辿(たど)る。なるほど、五メートルほど上の水溜り、あそこから落ちてくるのか――


「えっ!? えっ? えっ?」


 驚いて素っ頓狂な声を上げる僕、同時にどこかから犬の遠吠えが聞こえ、隼人が

「中止! ドアを開けるなっ!」

と叫ぶが間に合わない。五メートル上をよく見ようとガラガラと僕はドアを開け、一歩踏み出してしまった。チッと隼人が舌打ちする。


≪下がれ!≫


 隼人が叫び、腕を振り上げる。雨の領域が一メートル後退し、見あげると宙に浮かんだ水溜りも同じくらい後退している。


「奏ちゃん、奥羽ちゃんをよろしく!」

隼人が叫ぶ。

「おう! おまえの結界の中から出るもんか!」


 ドアの前で(ほう)けて立ち尽くす僕に隼人がしがみ付く。すぐ後ろで奥羽さんがドアを閉めた。


「バンちゃん、上に飛んで! あのヘンなのに触らないように! (さく)ちゃんを助けに行くよ!」


 あの遠吠えは人狼の朔が助けを呼ぶ声だ。朔が助けを呼ぶなんて滅多にない。美都麵よりも人狼兄弟だと、隼人は判断した。それには外に出るほかない。別の方法を考えたのかもしれないが、僕がドアを開けてしまった。だから雨を後退させて(・・・・・・・)、正面突破に切り替えた。


 ちなみに僕の最大の武器は瞬間移動だ。水平方向なら障害物を通りぬけ、十メートル移動できる。垂直にも移動できるが、こっちは障害物を無視できない。すかさず隼人を抱きすくめ、僕は上へと跳躍した。


 僕の腕の中で、隼人は雨に向かって掌を(かざ)している。近寄らせないためだろう。


「行くよ!」

水たまりを充分下に見る高さで隼人の身体が縮んだ。すぐに翼がザッと広がる。ハヤブサに変化(へんげ)したのだ。とっさにハツカネズミに変化(へんげ)した僕を隼人の鉤爪(かぎつめ)が柔らかく包み込む。僕は落とされないよう、尻尾を隼人の足に巻き付けた。


 隼人はどんどん上昇していく。上空から見ると水溜りは、長さ五メートルくらい幅は三メートルほどの楕円形、端からダラダラと(よだれ)のように水を落としている。落とした水が(おり)のように中に何かを捕らえている。


 朔たちの住むお屋敷が向こうに見えた。美都麵の前のように水溜りがあるようには見えない。なにが朔たちを襲ったんだろう?


「ピッ!」

隼人が合図した。ここからは急降下、一気に朔たちの家に突っ込む。鉤爪が僕をしっかり包み込む。


 最速で時速二百四十キロメートル超を誇るハヤブサ、あっという間に朔たちが住む屋敷の屋根に到着すると、ホバリングして僕を落とす。隼人はハヤブサ姿のままで、庭から室内に飛び込んだ。


 屋根から庭を見おろすと、無数の赤茶色いモアモアしたものが(うごめ)いて、どんどん屋敷の中に入っていく。一体の大きさは鶏の卵ほどで、体表が煙のように(かす)んでいる。そのせいか、はっきりとした形がよく判らない。時どき何かが飛び出したり、へっこんだり、なにしろモアモアは常時体型を変えている。


≪寄るな!≫


 部屋の中から隼人の声が聞こえた。モアモアが僅かに庭に押し戻される。


 隙間を見つけて天井裏に忍び込み室内を窺うと、部屋の中には二頭のオオカミ、その前に人形(ひとなり)に戻った隼人が立ち(ふさ)がり、モアモアが円を描くように取り巻いている。円周にモアモアが積み重なって高さが出ているところを見ると、隼人は見えない壁を出現させている。


 よくよく見るとソファーやテーブルがない。どこだ、と見ると、庭に打ち捨てられている。庭にいたモアモアたちは全部部屋に入ったようだ。見えない壁を取り囲んで集結したモアモアたち、その高さが増している。が、隼人の壁を超えられずにいる。


 でも、隼人、どうする? おまえ、人狼もろともすっかり囲まれてるぞ? そして僕はどうする? ハツカネズミになったまま、見物(けんぶつ)してていいはずがない。

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