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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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18/30

絶対的な不利

 機嫌鳥に――間違った、機嫌取りにグレープジュースを二杯、お盆に乗せて隼人(はやと)の部屋に持っていく。案の定、ジュースを一目見て、隼人は嬉しそうな顔をした。


 隼人の部屋はドアを入るとすぐ横に大きな机、その先の窓際には三人掛けのソファーがあってローテーブルがある。ソファー対面のキャビネットにはテレビ、棚には本やソフト類がごちゃごちゃと詰め込んである。一番奥にベッドだ。隼人はソファーにちょこんと座って僕を待っていた。


「バンちゃん、それ、なぁに?」

目の前にグラスを置くと、判っているだろうに聞いてくる。


「グレープジュース……ブドウのジュースだよ」

「ボク、ブドウ、大好き。飲んでいいの?」


「うん、隼人の分だよ」

「ボクの分……そっちはバンちゃんの分?」

僕の前に置かれたグラスを見ながら訊いてくる。もちろん、少しだけ隼人のグラスより少なく注いである。


「そうだね」

「判った、じゃあ、半分こしよう」

「半分こ?」

えっ? 隼人の目がギロリと光る。僕、何か気に障るようなこと言った?


「なんだ! やっぱりバンちゃん、判ってなかったんだね! もういい、バンちゃんには言っても無駄。出てって! 自分のジュース持って出てって!」

「えっ? 隼人、どうしたんだよっ?」


「出てけって言ってんだよっ? 引っかかれたいか? それとも(つつ)かれたいか?」


 いや、いや、僕、呼ばれたから来たんですけど? 怒っている隼人に言っても意味がないと、()()うの(てい)で隼人の部屋を出る。僕の後ろでドアがバタンと閉められて鍵を掛ける音がする。隼人、なんだってんだよ?


 リビングでテレビを見ている奥羽(おくう)さんを避け、茫然(ぼうぜん)としたままダイニングに行くとキッチンで(そう)さんが洗い物をしていた。(さく)(みちる)は三つめの部屋にいるのだろう。


 ダイニングテーブルにジュースを置いて奏さんを手伝う。手伝いと言ったって、洗い終わった食器を拭いて食器棚にしまうだけだ。


「隼人に追い出されたか?」

奏さんが笑う。


「隼人、時どき、わけが判らなくなる……僕にどうして欲しんだろう?」

僕の言葉に奏さんがニンマリ笑う。


「前にも言ったが、鳥族の気まぐれを気にすんな」

「気紛れだけなのかな?」


「忘れっぽくて移り気。そして気分屋」

「そうなんだけどさ……ジュース、ちゃんと二人分持ってったのに、半分こしようって言うんだ。なんで?」

すると奏さんの手が止まった。


「なんだ、バン。判っててさっき、パンを半分に分けたんじゃなかったのか?」

「えっ? なんか、隼人もそんなこと言った。判ってなかったんだね、って」

「そうか!」

ケラケラと奏さんが笑う。


「まぁさ、隼人も今回は少しばかり……いや、かなりか。心細いんじゃないか?」

「心細い?」

「隼人は物の怪って言ってたが、本当のところ、神だと思っているんだろう?」

「……」


「おや、黙ったね。やっぱりそうか」

「奏さんには……奏さんに限らないと思うけど、口止めされたんだ」

「うん、隼人のヤツ、バン以外には弱味を見せたがらないからな――そうか、やっぱり神か」


 奏さんが洗い物を再開する。

「さっき、パンを半分ずつにしてただろう? あれ、愛情表現だぞ。鳥族がよくやってるだろ、大事な相手に自分の餌を分け与える」

「……そんなの、鳥じゃない僕は言われなきゃ判んないよ」


「まぁ、そうだよな……()えてきた羽根のカスを払ってやんなかったか? 隼人、羽根繕いして貰った気分だったんじゃないかな。きっと、すごく嬉しかった。それで、つい、鳥族の甘え方をしてもいいような気になっちまった。でも、そうだよなぁ、バンは鳥族じゃないもんな」


「言ってくれれば、それくらい僕だってするのに」

「うん。だけど隼人のあの性格じゃ、言えないと俺は思うよ」

「うん……」

洗い物の最後の一枚を受け取って、拭いてから食器棚にしまう。


「僕は、どうしたら隼人の心に添えるんだろう?」


 煙草に火をつけながら奏さんが僕をチラリと見た。僕はダイニングテーブルに置いたジュースを手に取った。


「バンが鳥じゃないのは隼人だって判ってる。それでもパートナーにバンを選んだんだ。それがすべてだと俺は思う」

「それがすべて?」


「隼人は思っていることを巧く言えなくて癇癪(かんしゃく)を起こす。バンは隼人が癇癪を起しても、結局隼人の傍を離れない。隼人の傍にいられるのはバン、おまえだけだってことだろうな」

「……」


「隼人は今、口にも顔にも出さないが怖がっている。異国の神が地場の神とやりあう危うさは、諸国を巡ってきたあいつが一番よく知っている。大気も大地もそれ以外もすべて、地場の神の味方だ。あいつは太陽神だが、この国にも太陽神はいる。絶対的に不利だ」


「うん。かなり昔だけど、トリトーンとやりあった時もすごく怖がってた」

いったいいつの話だよ、と奏さんが笑う。


「そうだ、忘れてた――」

タバコを吸い終わった奏さんが冷蔵庫を開ける。

「ほら、隼人に持って行ってやれ」

と、冷蔵庫からプリンを出し、僕の飲み終わったグラスを取って『洗っておくから気にするな』と頷く。


「これを持ってけば、隼人はとりあえず機嫌を直す。そのあとは隼人が眠るまで、(そば)にいてやれ。眠けりゃ、バン、一緒に寝ちゃえばいい。時間になったら起こしてやるよ」


 プリンとスプーンを手に、隼人のドアを叩く。開錠される音がしたのは隼人が神通力で開けたからだ。案外素直に開けたな、と思ってドアノブを回すと、いきなり鍵が閉められた。おぃ! いやがらせか? 仕方のないヤツだ。


「隼人。プリン持ってきたよ」

プリンの誘惑には勝てないらしく、すぐに開錠された。


 ドアを開けると隼人はさっきと同じところに、やっぱりちょこんと座っていた。

「バンちゃんの分は?」

プリンが一つしかないことに気が付いて隼人が尋ねる。


「一つしかないんだ」

「そう――それじゃ、バンちゃん、隣に座って」

言われたとおりに座るうちに、隼人はプリンを開けて、スプーンで(すく)った。


「はい、バンちゃん」

「えっ?」

そのスプーンを僕の口元に差し出してくる。


「隼人……」

「うん?」

「僕、隼人の傍にいるから、安心していいよ」

「そっか」

と隼人が笑顔を見せた。


「でも、ひと口だけ食べて。ボク、バンちゃんに食べて欲しいんだ。残りはボクが食べる」


 隼人が差し出したプリンは物凄く甘かった――

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