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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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13/30

嫌いになれない

 許しとは何か――またも僕は自分に問いかける。


 (みちる)は『隼人(はやと)を許して』と僕に言った。(そう)さんは『誰よりも隼人を許してやれるのはおまえだ』と僕に言った。


 きっと二人が言う許し(・・)は、同じ言葉でも別のものだ。だけどやっぱりどこかで繋がっていると感じる。


「どうする、バン?」

僕は……奏さんに(うなず)いた。許しとは何か、その答えは隼人の顔を見ればきっと判る。そんな気がした。


 大きなトレイに奥羽(おくう)さんが持ってきた薬瓶とカフェオレボウル、(ぬる)いお湯を張った洗面器、洗面器にはタオルを放り込み、僕は隼人の部屋に運んだ。


 施錠されていないドアを開けるとベッドに仰向(あおむ)けで横たわったまま、隼人が首だけをこちらに向けた。全裸で何も(かぶ)っていない。そして目の端が赤い。熱があるのか、それとも泣いたのか?


「奥羽ちゃん、来たんでしょ? なんの用だった?」

「うん……それより隼人、奏さんが身体を拭いてやれって。お湯を持ってきた」

「やだよ……」

隼人が目を()らす。


「奏ちゃんに聞いたんでしょ? ボク、今、痛いの」

やっぱり痛むのか……羽根を無理に(むし)れば痛くないはずがない。


「奏さんがね、一度ちゃんと拭いてからハヤブサに化身(けしん)させて、鶴の回復薬(ポーション)を飲ませろって、言うんだ」

「鶴の回復薬? あれ、ほかの鳥にはそう簡単にくれないのに?」


「奥羽さんが頼んだみたい」

「でも……苦いって聞いてる。ボク、苦いのイヤ」


「薬を飲んだらね、そのあとはハヤブサのままでも、人形(ひとなり)に戻っても、僕が抱いていてあげるよ」

横たわったままの隼人が首を持ち上げてもう一度僕を見た。


「奏さんから聞いた……どんなに柔らかな布でも引っかかって、新しい羽根がうまく()えてこない、って。しかも痛む、って」

「奏ちゃんのオシャベリ――」


「だけど人の肌なら引っかかりも軽減される、滑ってすんなり生えてくるって奏さんが――隼人、いつも僕の背中を使うじゃないか。今夜は僕の胸と腹を使いなよ」


 隼人は何も答えない。顔を何かに突っ込んで座ったままか、(うつぶ)せになって隼人は眠る。今、仰向けで横になっているが、そのままでは眠れない。ただでさえしょっちゅう眠る隼人だ、眠れなければ辛いし、回復も遅くなる。


 僕は隼人の机にトレイを置いてタオルを絞った。


「背中には(ほとん)ど損傷がないんだ、右腕も」

温和(おとな)しく身体を拭かれながら隼人が言う。


「左の翼を少し朔の腕に使った。風切り羽も何本か……本当はもっと広い範囲で霧を起こせばよかったんだけど、あの翼で飛べるのはあれが限界だった」

「うん、よく頑張ったね」

そっと押さえるように隼人の身体を拭きながら僕は答える。悔しかったのか、痛みを思い出したのか、隼人の声が震えている。僕はそれに気が付かないふりをした。


形代(かたしろ)なんかなくても霧は出せたけど、途中で人形(ひとなり)に戻って力を使ったら、きっともうハヤブサに戻れないって思ったの。お(なか)の毛を(むし)って百倍に増やして()き散らしたんだ。さすがに羽根をすべて毟るわけにはいかないし、全部使ったところで足りないしね。で、奏さんのところに戻ってから霧に変えたんだ」


 隼人といえど、ハヤブサ姿のままでは力を振るえない。奏さんのもとに帰り、(ひと)(なり)に戻ってから形代(かたしろ)に、霧になるよう命じたのだ。


「バンちゃん……」

「うん?」


「あのね……ボクね、今、とっても(みにく)いの」

「羽根が(むし)られて、皮膚が丸出しになっているから?」

「うん、そう――バンちゃんが、綺麗だって言ってくれるボクじゃないの」

隼人の声がまた震えた。


「隼人、怪我をしているだけだ。ちゃんと養生すれば羽根も生えるし、姿も元通りになる」

「でも、今は醜いの……醜いボクを見ても、バンちゃんはボクを嫌いになったりしない?」


 それくらいで嫌いになるならとっくに嫌いになっている。自分勝手なおまえの我儘に振り回されたり、虐められたり、何度嫌気がさしたことか。


「嫌いになんかならない(・・・・)よ」

笑いながら僕は言った。嫌いになんかなれない(・・・・)よ……笑っているのに胸が苦しくなって、目頭が熱くなる。


「バンちゃん……なんで泣くの?」

(あふ)れ出た涙を(ぬぐ)いながら僕は答える。


「そんなの判んない。でもきっと、隼人が好きだからだ」

「変なバンちゃん……」


 身体を拭き終わり、薬をカフェオレボウルに(そそ)ぐ。隼人を抱き上げるとすぐさまハヤブサに化身して、僕の腕の中に納まった。服を着たままだった僕は慌てて隼人を膝に移し、シャツを脱ぐ。そして隼人を抱き寄せ、カフェオレボウルを手にし、(くちばし)の前に持って行く。


 隼人はものすごく温和(おとな)しい。鉤爪(かぎづめ)を丸めた状態で僕に抱かれたまま、腹を僕の腹に押し当てている。ぷつぷつとした感触、僅かに突き刺さるのは中途半端に残った羽根の根元だろうか。


 隼人は一度 僕を見上げ、それから首を(かし)げてカフェオレボウルに突っ込んだ。(くちばし)で薬液を(すく)うと、上を向き飲み込む。それを何度か繰り返し、カフェオレボウルは空になった。


 飲み終わると僕の胸に頭を(もた)れさせた。何も考えず、僕はその頭を撫でた。すると隼人は首を傾け、僕の指先に頬を寄せる。指先で撫でると、隼人はフワッと頬を膨らませた……


 隼人が眠る態勢に入ったのを見届けて、僕も隼人のベッドに横たわる。仰向けになればハヤブサはそのまま腹に乗る。一キロもない体重、腹に乗せていたってどうということもない。敏感な鳥類は、僕の動きに少し目を覚まし、自分に添えられた僕の指を甘噛みした。


 僕から見て右、つまり左の翼はだらりと垂れ下がっている。僕は右の翼に左手を添えて、腹から落ちないように支えていた。そして右手の指先で、そっと隼人の頬を撫でた。気が付いただろうに、隼人は目を開けもしない。嫌がる様子もない。


 僕は隼人に許されている――陽光が差し込こむようにそう思い、僕を照らしたと感じた。


『バンちゃんはね、バンちゃんのままでいいの』

隼人はよく僕にそう言う。


『記憶がないならないままでいい、バンちゃんはね、どんなことがあってもバンちゃんなんだよ』


 許しとは、ありのままを受け入れることか? あるものをそのままに、認めることか? 僕が欲しい答えはこれか?


 腹の上で眠るハヤブサに僕は触れた。もう一度、そっと頭を撫でる。腹の上のハヤブサ、鳩より少し大きいだけ、体重は一キロにも満たない。腹の上にいたってどうってことはない。


 そう、ハヤブサのままならば――

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