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月時雨(つきしぐれ)が降る夜は きっと誰かが泣いている  作者: 寄賀あける


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10/30

爪を立てれば血が滲む

 隼人(はやと)、ものすごく嫌そうな顔で、それでね、と言う。

「バンちゃん、ボク、お(おなか)すいてるの」

そっちかい!


 すると(そう)さんが、

「よし、判った隼人。俺が何か作ってやるよ」

ついでにコーヒーも()れてやる、と、立ち上がる。


「ほんと? 奏ちゃん、ボク、ラーメンがいい!」

「悪いね、隼人。おまえの家にラーメンの材料があるとは思えない――バン、冷蔵庫にあるもの、勝手に使うぞ」

奏さんがキッチンへ向かい、隼人がくっ付いて行ってしまう。


 ……あれ? 僕、無視された?


 キッチンでは冷蔵庫を覗き込んだ奏さんが焼き鳥丼にしようと言って、『刻み海苔はたっぷりにしてね』と隼人が喜んでいる。奏さんが、(さく)が寝ている三部屋めのドアを開けて『(みちる)も食うか』と訊いている。


 三部屋めのドア――うちの二階は三LDKで、居室は僕と隼人が一部屋ずつ使っている。つまり一部屋余っていた。長く使っていなかったその部屋は、外階段にも出られる部屋だ。


 隼人はその部屋を開けるのにかなり抵抗があったようだが、いつまでも怪我人をリビングに置いておくわけにもいかない。しぶしぶ開けるとそこには大量の抜けた羽根と、いくつかの、からっからに乾いた小動物の死骸(しがい)があった。


 繁殖期になると居ても立ってもいられなくなり、ハヤブサに化身(けしん)して営巣の準備をし、メスへの貢物を貯め込んでしまった。そして時期が過ぎると全く興味がなくなってそのまま放置、ってことらしい。隼人、おまえ、もとは人形(ひとなり)だって言ってなかったか? もとはハヤブサなのか? まっ、どっちでもいいか。


 奏さんがさっさと片付けて、清潔で居心地のいい部屋にした。そこに一階の事務所からソファーを運んで、朔を寝かせた。一階のソファーは来客用にソファーベッドを用意していたから、ちょうどよかった。


 ()いたリビングを掃除してからソファーで隼人と奏さん、そして僕の三人で話をしていた。途中、交代でシャワーを使い、身体に着いた血の(にお)いを洗い流した。


 コーヒーのいい香りが立ち込める。ボクね、お砂糖五杯、入れて欲しいの。隼人が奏さんに頼んでいる。いつもは糖分の取り過ぎだと口煩い奏さんが、『ミルクは二つだったよな』と答えている。


 僕がいなければ、ほかの誰かが隼人を甘やかす、そんなもんだと思っていたら、

「バンちゃんはね、砂糖もミルクも入れないよ」

と隼人が言った。


 えっ? 隼人が? 僕がコーヒーはブラックで飲むと隼人が知っている? 自分の事にしか関心のない隼人が? 思わず振り向いてキッチンを見ると、両手に持ったカップを緊張した面持ちで(にら)みつけた隼人がそろそろと近づいてくる。とっさに前を向いて見なかったフリをした。


「バンちゃん、コーヒー、どうぞ」

嬉しそうな顔で隼人がテーブルにカップを置く。見るとカップはベチャベチャ、中身は半分しか残っていない。気配に振り向くと、奏さんがモップ掛けしながらそこにいて、手にした布巾を渡してくる。


 奏さんがくれた布巾は、冷たい水で絞ってあった。熱いコーヒーで濡れた隼人の手を拭いてやると

「バンちゃん、相変わらず気が利くね。冷たくて気持ちいい」

頬をムフッと膨らませた。隼人、おまえ、熱いコーヒーが手にかかっても、じっと我慢してたんだね。しようと思えば、我慢できるんだね。火傷するほど掛かったわけじゃなさそうで良かった……


 カップの底とテーブルも拭いて綺麗にすると、すぐに隼人が自分のコーヒーを飲み始める。


「あまぁーい、おいしーい、半分になったけど、いつもと同じ味!」

そりゃあそうだよ。(こぼ)れたからって、味が変わると思えない。


「バンちゃんも、早く飲んで。ボクが運んできたんだよ」

そうだね、隼人。僕のために初めてコーヒーを運んでくれた。そう、初めて――僕が感動に震えているって、おまえ、気が付いてないだろう?


 半分になったコーヒーはいつも以上にほろ苦く、甘い香りがした。あれ、ヘンだな? 味が変わるはずないのにな。


 飲み干したカップをテーブルにおいて、隼人が横眼で僕をチラリと見る。なんか、今、嫌な予感がした。まさか隼人、何か企んだり……してないよね?


「飲み終わった?」

カップを置いた僕を隼人が覗き込む。


「だったら背中貸して。ボクね、眠いんだよ。ご飯ができるまで、転寝(うたたね)したいの」

有無を言わさず後ろを向かされ、背中に隼人がしがみ付いてくる。なんだ、そんなことか。でも、やっぱりいつもと違う? いつもなら(わき)の下を通してくる腕が、僕の腕を押さえつけている。しかもなんだか、触れる前のフワッがいつもより弱く感じる。


「バンちゃん……」

いきなり隼人の声音が変わった。怒っているときの声だ。


「バンちゃん……ボクね、怒ってるんだよ」

はいぃ?


「昨日から、ボクね、とっても怒ってるの」

だから、なにを?


「なんで吸血鬼のくせに、血を判別できないんだよっ? なんで勝手に掛布団になっちゃうんだよっ?」

蒸し返すのか? いや、掛布団の件、覚えていたのか?


 僕の胸に回した隼人の手が爪を立て始める。もちろんただの爪じゃない、ハヤブサの鉤爪(かぎづめ)だ。


「バンちゃんがクローゼットに(こも)った時、僕がどう思ったか、バンちゃん、判ってる?」

……隼人、少しは僕を気にかけてくれたんだ?


「よかった、これで足手まといがいなくなった。そう思った」

「……」

そっか、やっぱり僕は足手まとい。役立たず、余計モン。いなくてもいい存在。


「だって、古戦場で集めた血だよ? 武士(もののふ)の血だよ?」

うん?


「ほんと、連れて行かなくてよかったよ。あんな実体を伴って出てくるとは思ってなかったけど、どっちにしたってヤツら、一斉にバンちゃんを襲ったと思う」

「え?」


「ヤツらから見ればバンちゃんは兜首(かぶとくび)、首を取れば名を上げられる」

「それは……」


 人間だった頃の僕の名は平敦盛(たいらのあつもり)だと、いつだったか隼人が言っていた。平清(たいらのきよ)(もり)の甥、従五位下、無冠大夫、十六で初陣に出て、その初陣で首を取られた。僕には全く身に覚えのないことだけど。


 隼人の手が僕の胸元から首筋に移る。そこにはグルリと傷跡が残っている。隼人の力でも、生前の傷は治せないと言っていた。


「ボクはね、バンちゃんを連れて行きたくなかったんだ」

隼人の指先が首の傷跡を撫でる。もう爪を立てていない。


「連れて行かなくてよかった……あの数で一斉にバンちゃんを襲ってきたら、奏ちゃんや朔ちゃんがいても、バンちゃんを守り切れなかった――また首を落とされちゃってた」


 フッと隼人が笑う。

「でも、もしそうなっても必ず持って帰って、しばらく生首のまま飾っておくよ。吸血鬼なら死なないから、首と胴体、別々でも存在できる。もちろん話もできるし、胴体は胴体でいろいろできる……飽きたら(・・・・)くっつけて元に戻してあげるね」

隼人が僕の背中に顔を当て、もう一度しっかりとしがみ付いてくる。


 ねぇ隼人。僕は喜べばいいのかい? 悲しめばいいのかい? それとも、ここは怒るところかい? いっそ、笑うしかないか?


 不思議な隼人はもう寝息を立てている――

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