第8話:Aランクへの特例昇格と「天秤」の二つ名
『ミノタウロスの迷宮』から帰還して三日。
あの日、ギルドを震撼させた「勇者パーティー逮捕劇」の興奮も冷めやらぬ中、私たち『アルTミス』の四人は、再びギルドマスターの執務室に呼び出されていた。
重厚なオーク材の机を挟み、ギルドマスターのドワーフ――バフジンさんが、髭を扱きながら重々しく口を開いた。
「まずは、先の『蒼き流星』の件、ご苦労だった。衛兵団への引き渡しは完了しておる」
「彼らは、どうなりましたか?」
私が恐る恐る尋ねると、ギルドマスターは厳しい目を細めた。
「カイトとルナは、冒険者資格の永久剥奪。加えて、迷宮内での殺人未遂、傷害の罪で、王都の裁判所に送致された。……まあ、最低でも20年の強制労働、良くて奴隷鉱山送りだろう」
奴隷鉱山。その言葉の重みに、私は息を呑んだ。
レオは「自業自得だ」と静かに呟く。
「して、サラとミナの二人だが」
ギルドマスターが続ける。
「両名は、査問会で全ての事実を証言した。主犯格二名の命令に逆らえなかったこと、深く反省していることが認められ、情状酌量が下された」
「……」
「永久剥奪は免れたが、冒険者ライセンスは『無期限停止』。ギルドの管理下で、奉仕活動に従事することになる。……昨日の朝、二人でここに来て、お前たち『アルテミス』宛に謝罪の手紙を置いて、別の街のギルド支部へ発ったわい」
カイトのパーティーは、文字通り「解散」し、それぞれの罪を背負うことになった。
一つの時代の終わりを実感し、私は静かに目を閉じた。
「さて」
ギルドマスターが、机の引き出しから何かを取り出しながら、ニヤリと笑った。
「暗い話はここまでだ。……ここからが、お前たちを呼んだ本題だ」
バフジンさんが机の上に置いたのは、四枚の銀色に輝く金属板。
それは、冒険者ランクの最高位の一つ手前、Aランクの証だった。
「こ、これは……」
「Aランクへの昇格試験は、受けていないはずだが」
ガレンさんが、さすがに驚いたように目を見開く。
「試験?」
ギルドマスターは、心底おかしいというように笑った。
「ガレンよ。お前たち『アルテミス』が成し遂げたことを、試験ごときで測れると思うか?」
彼は、一枚の羊皮紙を広げた。
「B+ランク『ミノタウロスの迷宮』の討伐完了。――これだけでも、Aランク昇格の功績としては十分すぎる」
「……」
「だが、お前たちは、その任務遂行中、同ランクのパーティー(蒼き流星)からの意図的な妨害と、命を狙われるという『最悪の状況』に陥った」
ギルドマスターの目が、私を真っ直ぐに射抜いた。
「そして、アリア。お前の特異なスキルによって、二つの戦線を同時に維持し、ボスを討伐し、なおかつ、妨害者全員を無力化し、生きて連れ帰った」
「……」
「こんな離れ業、通常のAランク昇格試験より、よほど難易度が高いわい」
ギルドマスターは立ち上がり、私たち四人に向かって、深く頭を下げた。
「ギルドマスター、バフジンとして、お前たちの功績に敬意を表する。――これより、『アルテミス』を、BランクよりAランクへ『特例昇格』とする!」
私たちは、言葉を失い、ただ、差し出された銀色のプレートを受け取った。
これが、私たちが「本物」として認められた証。
カイトに「無能」と呼ばれた私が、今や街のトップランカーの一員になったのだ。
執務室を出て、一階のギルドホールに戻ると、空気が一変した。
昼時の酒場は、多くの冒険者でごった返していたが、私たちの姿を認めると、全員がこちらを注目し、ひそひそと噂を始めた。
「おい、来たぞ。『アルテミス』だ」
「あいつら、B+をクリアしたって……」
「それだけじゃねえ。あの『蒼き流星』のカイトを、ダンジョンで返り討ちにして捕まえたんだ」
その時、カウンターの受付嬢が、立ち上がって声を張り上げた。
「お知らせします! ただいま、パーティー『アルテミス』の皆様が、B+ランク任務達成、及びギルドへの多大な貢献を認められ、Aランクへと特例昇格されました!」
ホールが、一瞬、完全に静まり返った。
次の瞬間、爆発的な歓声が巻き起こった。
「うおおおお! マジか!」
「ガレン! エララ! さすがだぜ!」
「Bランクからいきなり特例昇格!? 何年ぶりだよ!」
ガレンさんとエララさんは、昔からの知り合いに肩を叩かれ、手荒い祝福を受けている。
レオも、少し照れくさそうに「まあ、当然だろ」なんて強がっている。
私は、その喧騒の中心で、ただ戸惑っていた。
(Aランク……。私が……)
その時、歓声の中の誰かが、叫んだ。
「Aランクの『アルテミス』! その中心は、あの魔法使いだ!」
「ああ! 敵の力を奪って味方にするんだろ!?」
「カイトのパーティーの魔法使い(ルナ)の魔法を、吸い取ったって話だ!」
そして、一人の屈強な冒険者が、私を指さして、高らかに宣言した。
「――『天秤の魔女』アリアの誕生だ!!」
(……てんびんの、まじょ?)
その「二つ名」は、あっという間にホールに響き渡った。
「天秤のアリア!」
「すげえ! 『力の天秤』使いか!」
「ま、魔女……」
私は、その物騒な響きに顔を赤らめたが、隣に来たエララさんが私の肩を叩いた。
「フン。悪くない響きじゃない? 『無能』より、よっぽどね」
「う……」
「アリア」
レオが笑う。
「おめでとう。……やっと、お前が正当に評価される時が来たんだ」
こうして、私の「伝説化」の第一歩は、「魔女」という、少し(かなり?)不本意な二つ名と共に、幕を開けたのだった。




