第7話:勇者の末路と新しい道
ミノタウロスが倒れた最深部の広間には、奇妙な静けさが漂っていた。
私たちが討伐の疲労を癒す間、縛り上げられたカイトはまだ何かをわめき、ルナは「ありえない、ありえない……」と虚ろに呟いている。サラとミナは、ただ黙ってうずくまっていた。
「さて」
ガレンさんが、私たちが塞がれた入り口――今は巨大な岩の山と化している――を見上げた。
「ボスは倒したが、最大の難関が残ったな。アリア、お前の氷結牢は解いたが、ルナが起こした土砂崩れは、どうにもならんぞ」
エララさんが、縛られたルナを冷たく一瞥した。
「ねえ、そこの魔法使い。あなた、どうやってここから出るつもりだったの? 私たちを閉じ込めたはいいけれど、あなたたちも一緒に生き埋めよ」
「そ、それは……」
ルナが顔を青くする。
「カイトが、何とかするって……」
「俺に振るな!」
カイトが怒鳴る。
「お前が勝手にやったんだろ!」
仲間割れを始める二人を、レオが冷ややかに見下ろした。
「……どっちでもいい。お前らの計画性のなさは、今に始まったことじゃない」
レオは瓦礫の一つを蹴った。
「どうする、ガレンさん。こいつらをここに置いていくわけにもいかないだろ」
「うむ。殺人未遂の犯罪者を、ギルドに引き渡す義務がある」
ガレンさんは、塔盾を背負い直すと、瓦礫の中で最も大きな岩の前に立った。
「……アリア。俺に『力の天秤』を。対象は、この岩だ」
「え? 岩、ですか?」
「ああ。もし、この岩の『重さ』か『硬さ』を奪い、俺の『力』に上乗せできれば……道が開けるかもしれん」
(岩の、重さを……!)
ガレンさんの発想に驚きながらも、私は集中した。
「やってみます! 『力の天秤』!」
私がスキルを発動すると、巨大な岩がわずかに震え、ガレンさんの全身の筋肉が、魔力によって膨れ上がった。
「おお……! いけるぞ!」
ガレンさんは雄叫びを上げると、その巨大な岩に肩からぶつかった。
「うおおおおおおっ!!」
ゴゴゴゴゴ……!
B+ランクボスの部屋を塞いでいた岩が、信じられない力で押し動かされ、人間一人が通れるほどの隙間が生まれた。
「す……すごい……」
「これが、本物のSランク(※)タンクの力……」(※ギルド未認定)
サラとミナが呆然と呟く。
「よし、道は開けた!」
ガレンさんが汗を拭う。
「レオ、エララ、こいつらを運ぶぞ。アリアは周囲の警戒を」
迷宮からの帰還は、行きとは比べ物にならないほど過酷だった。
私たちは、討伐したミノタウロスの素材(主に魔石と戦斧)を運びつつ、二人の捕虜を引きずり、二人の証人を連れていかなければならない。
「離せ! 俺は勇者だぞ!」
「足が痛いのよ! 歩けない!」
わめき続けるカイトとルナに、エララさんの我慢が限界に達した。
「……黙りなさい」
エララさんは、カイトの目の前に剣を突きつけた。
「あなたたちは、今やB+ランクの依頼を妨害し、我々を殺害しようとした『犯罪者』よ。それ以上騒ぐなら、ここで脚の一本でも斬り落として、荷物として運んであげるわ」
その本気の殺気に、カイトとルナは顔面蒼白になり、ようやく静かになった。
長い時間をかけ、私たちはようやく迷宮の入り口にたどり着いた。夕日が、疲れ切った私たちを照らしていた。
冒険者ギルドの扉が開いた瞬間、いつもの喧騒がピタリと止んだ。
全ての冒険者の視線が、私たちに集まる。
それもそのはずだ。
Bランクに昇格したばかりの『アルテミス』が、B+ランクの素材を運び込み、
その背後には、この街の「勇者」であったはずの『蒼き流星』のリーダーと魔法使いが、ロープで縛られて連行されている。
そして、残りのメンバー二人が、幽霊のように青い顔で続いているのだ。
「……おい、あれ」
「『蒼き流星』が、『アルテミス』に捕まったのか……?」
「一体、何があったんだ……」
私たちは、その視線を無視してカウンターに向かった。
ガレンさんが、重々しく報告する。
「B+ランク『ミノタウロスの迷宮調査』、完了した。ボスも討伐済みだ。……それと、この二名の身柄を引き渡したい」
受付の女性が、困惑した顔で私たちとカイトたちを交互に見た。
「これは……一体……?」
「ギルドマスター、もしくば懲罰委員会の責任者をお願いしたい」
エララさんが冷静に告げた。
「ダンジョン内における、意図的なパーティー妨害、及び殺人未遂の現行犯だ」
「さ、殺人未遂!?」
その言葉に、ギルドホール全体が爆発したような騒ぎになった。
私たちは、ギルドの奥にある査問室に通された。
呼び出されたギルドマスター――厳ついドワーフの男性――が、重い溜息をついた。
「……ガレン、エララ。お前たちの報告だ。何があったか、全て話せ」
ガレンさんとエララさんが、迷宮での出来事を淡々と説明した。
ルナが退路を塞いだこと。
カイトが「復讐だ」「ミノタウロスに殺させろ」と指示したこと。
私たちが、ボスとカイトたちの二正面作戦を強いられたこと。
「……嘘だ! こいつらが俺たちを陥れようとしてるんだ!」
カイトが最後まで往生際悪く叫ぶ。
「では」
ギルドマスターが、部屋の隅で震えていたサラとミナに目を向けた。
「弓使いのサラ、盗賊のミナ。お前たちの証言を聞こう。……嘘偽りなく、全てをだ」
二人は、お互いの顔を見合わせ、やがて、サラが顔を上げた。
「……カイトさんに、誘われました」
彼女は、涙ながらに全てを語った。
ギルドで私たちがカイトの誘いを断った日の夜、カイトとルナが「あいつらに復讐する」「迷宮で事故に見せかけて殺す」と計画していたこと。
自分たちは怖くて逆らえなかったこと。
そして、実際に退路を塞ぎ、私たちを殺そうとしたこと。
「……そうか」
ギルドマスターは、静かにカイトを見た。
「カイト。ルナ。言い渡す」
ギルドマスターの、地響きのような声が響いた。
「両名の冒険者資格を、これより『永久剥奪』とする。また、迷宮内での殺人未遂、傷害、ギルド規約違反の罪で、両名の身柄を拘束し、街の衛兵団に引き渡す」
「そ、そんな……! 永久剥奪!?」
「いやだ! 私は悪くない! カイトが! カイトが全部悪いのよ!」
ルナがカイトに掴みかかる。
「うるさい!」
衛兵に取り押さえられながら、カイトは最後に、私を睨みつけた。
「アリアァァ! お前のせいだ! お前さえいなければ、俺は勇者のままだったんだァァ!」
その叫び声も、重い扉が閉まると共に聞こえなくなった。
「……さて」
ギルドマスターは、残されたサラとミナに向き直った。
「お前たち二人も、主犯に加担した罪は重い。本来なら、お前たちも同罪だ」
「「……っ」」
「だが、情状酌量の余地はある。お前たちは、どうしたい?」
ミナが、土下座する勢いで頭を下げた。
「私たちは……もう、冒険者を辞めます。……でも、もし、もし許されるなら、アリアさんたちに、謝罪がしたいです……!」
私は、三人の仲間たちと顔を見合わせた。
ガレンさんが、エララさんが、レオが、私に頷いてくれる。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「ギルドマスター。彼女たちの処遇は、ギルドの判断にお任せします。……でも、私たちは、彼女たちをこれ以上罰することは望みません」
カイトの時代は、終わった。
そして、私たち『アルテミス』の本当の冒険は、まだ始まったばかりだった。




