第69話:遺された『記録』と、召喚の残酷な真実
虚無の塔の最上階。
暴走したカイトとの戦いが終わり、静寂が戻った空間で、私たちは「世界の心臓部」に立っていた。
床には、ボロボロになったカイトが転がっている。
彼はもう、世界の管理者ではない。ただの、力の抜けた抜け殻だ。
「……おい、起きろ」
ガレンさんが、カイトの頬を軽く叩く。
「う、うぅ……」
カイトが目を開けた。その瞳からは、あの狂気じみた光は消え、代わりに怯えと、子供のような無力さが浮かんでいた。
「……俺は……負けたのか……? あんな……モブキャラたちに……」
「まだ言うか」
レオが呆れる。
「いい加減認めろよ。お前が作ったわけでもない『力』に頼って、王様気取りだっただけだってな」
「……そうだ」
カイトが、ポツリと呟いた。
「俺が作ったんじゃない……。俺は、この塔に偶然迷い込んで……『アレ』を見つけただけだ」
カイトが視線を向けた先。
部屋の中央、先ほどまで彼が座っていた玉座の後ろに、奇妙な『石碑』が鎮座していた。
今までカイトの派手なモニターに隠れて見えなかったが、それは明らかに、この塔が建てられた当初からある、最も古い遺物だった。
「……あれが、メインシステム?」
私は、吸い寄せられるように石碑に近づいた。
表面には、文字とも回路ともつかない光のラインが走っている。
「アリア、気をつけろ」
エララさんが警戒する。
「カイトの時とは違う……もっと、古くて重い気配がするわ」
私は、石碑の前に立った。
手の中にある杖『アルテミス・ロッド・アイギス』が、かつてないほど激しく共鳴している。
(……大丈夫。これは、敵じゃない)
私は、杖の先端を、石碑のくぼみに当てた。
「……教えて。あなたは、誰?」
フォン……。
石碑から、柔らかい光が溢れ出した。
そして、部屋の中央に、一人の『女性』のホログラム映像が投影された。
それは、どこか私に似た……いや、エルフの森で見た『世界樹』の化身にも似た、神々しい姿をしていた。
『――アクセス承認。……お待ちしておりました。新たなる資格者よ』
女性の声は、録音されたもののように淡々としていたが、どこか悲しげだった。
『私は、この世界管理システム「YGGDRASIL」のナビゲーター。……そして、かつてあなた方と同じ世界から来た、最初の「迷い人」の記憶の残滓です』
「最初の……日本人?」
私が息を呑むと、ホログラムの女性は語り始めた。
【世界の真実 1:システムの起源】
『1000年前。この世界は、未知のエネルギー「魔素」の暴走により、滅びかけていました。大気は毒に変わり、生物は異形化し、人類は絶滅寸前でした』
『そこで、当時の賢者たちと、異世界から来た一人の「プログラマー」が協力し、ある結界を張りました』
「……それが、この『ゲームシステム』?」
『はい。世界全体を、強力な術式でコーティングし、複雑怪奇な自然法則を、「ステータス」や「スキル」という単純な数値に置き換えることで、管理・制御したのです』
ガレンさんが唸った。
「つまり……俺たちが使ってるレベルとかスキルってのは、人間がこの過酷な世界で生き残れるようにするための、ドデカい『補助輪』だったってことか?」
『その通りです。システムは、人類を守る鎧であり、ゆりかごでした』
【世界の真実 2:勇者召喚の理由】
『ですが、このシステムを維持するには、膨大な「管理者権限」と、システムを修復するための「異世界の知識」が必要でした』
『システムは徐々に劣化します。大障壁の亀裂も、黒い杭も、その劣化現象の一つ』
女性の視線が、床に転がるカイトに向けられた。
『だから、システムは定期的に、異世界(日本)から波長の合う若者を「勇者」として召喚しました』
『目的は、魔王討伐ではありません。……劣化していくシステムをメンテナンスするための、「生体部品」兼「保守要員」としてです』
「……なっ!?」
カイトが、顔面蒼白で叫んだ。
「部品……だと!? 俺たちは……選ばれた勇者じゃなくて……ただの修理屋だったってのか!?」
『残酷な事実ですが、そうです。……歴代の勇者たちは、その魂をシステムに捧げ、世界を延命させてきました』
『あなた(カイト)は、その役割を拒否し、管理者権限を悪用して世界を私物化しようとしましたが……それもまた、システムのエラーの一つに過ぎません』
部屋に、重苦しい沈黙が落ちた。
これが、真実。
私たちが召喚されたのは、世界を救うためなんて綺麗な理由じゃない。
壊れかけた古い機械を、無理やり動かし続けるための「燃料」にするためだったのだ。
「……ふざけんなよ」
レオが、震える声で言った。
「じゃあ、俺たちは……死ぬまでこの世界のメンテをさせられて、最後は魂まで吸い尽くされる運命だったのかよ……」
『……システム上は、そうです』
ホログラムの女性が、私を見た。
『ですが……「イレギュラー」が現れました』
『アリア。あなたは、システムが想定していなかった「進化」を起こした』
『あなたは、与えられた枠の中で生きるのではなく、システムそのものを書き換え、世界樹と直接対話し、自らの力で現実を変えた』
女性は、微笑んだように見えた。
『資格者アリア。……あなたには、最後の「選択権」があります』
私の目の前に、二つの光るパネルが現れた。
【選択肢 A:システムの修復】
現状維持。カイトから奪い返した『黒いカード』を使い、システムを再起動する。
世界はゲームのルールのまま安定し、平和が戻る。ただし、将来また誰かが「生贄」として召喚される悲劇は続く。
【選択肢 B:システムの廃棄】
この世界を覆っている「ゲームシステム」を、完全に消去する。
ステータスも、スキルも、レベルも消える。
人類は「補助輪」なしで、剥き出しの過酷な自然と向き合わなければならない。
魔法は残るが、制御は難しくなり、多くの混乱が起きるだろう。
『選びなさい、新しい時代の「管理者」よ』
『安寧なる籠か。……過酷なる自由か』
「アリア……」
ガレンさんが、私を見た。
何も言わない。でも、その目は「お前が決めろ」と言っていた。
私は、カイトを見た。彼は絶望して震えている。
私は、仲間たちを見た。彼らは、私の決断を信じて待っている。
(……ゲームは、いつか終わる)
(でも、人生は続く)
私は、答えを出した。
「……私の答えは、決まっています」
私は、杖を振り上げた。
どちらかのパネルを押すのではない。
その両方を――。
「私は、どちらも選びません」
「この世界に必要なのは、維持でも、破壊でもない。……『進化』です」
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を、石碑のコアに突き刺した。
私の魔力が、世界樹の意思が、古代のシステムへと流れ込む。
「YGGDRASIL。……私と、混ざりなさい」
ラストシーン。
アリアが選んだ「第3の選択」。
それは、世界をどう変えるのだろうか。




