第68話:バグだらけの『神』と、生身の一撃
「アアアアアアアアアアッ!!!!」
カイトだったものが変貌した『破壊神』が、虚無の塔の天井を突き破り、咆哮した。
それは生物の声ではない。ノイズ混じりの、耳障りな電子音が、大音量で空間を震わせている。
全身が漆黒のポリゴンと、エラーコードの奔流で構成された巨体。
その大きさは50メートルを超え、背中からは世界を塗りつぶすような「虚無の翼」が広がっている。
『WARNING: WORLD DELETION IN PROGRESS... 5%...』
空中に浮かぶ赤い文字。
塔の外では、空がモザイク状に崩れ落ち、海が砂嵐となって消え始めている。
「……本気かよ」
レオが、足場の端で踏ん張る。
「世界を……マジで消す気か!?」
「俺ハ……神ダ……!!」
巨人の顔――カイトの顔が歪んだ状態で張り付いている胸部から、壊れたスピーカーのような声が響く。
「気ニ食ワナイ世界ナド……イラナイ……! 全テ消シテ……最初カラ……ボクノ理想ノ世界ヲ……!!」
「……哀れだな」
ガレンさんが、巨大な盾を構え、その瞳に憐憫の色を宿した。
「思い通りにならないからリセット? ……ガキの遊びじゃねえんだぞ、人生は」
ドォォォォンッ!!
カイトの腕が振り下ろされる。
その軌道上の空間が、黒く「欠損」する。触れれば即死、防御不能の『削除攻撃』。
「避けろッ!! 触れるな!!」
エララさんの指示で、全員が散開する。
直撃した塔の床が、音もなく四角く切り取られて消滅した。
「チッ、近寄れねえ! あの黒い霧に触れただけでアウトだ!」
レオが焦る。物理攻撃すら「データ削除」されてしまうため、刃が届かない。
「アリア! どうする!?」
私は、暴れまわるカイトを見上げた。
彼の胸の中心。ノイズの奥深くに、微かに光る「本体」が見える。
あの黒いカード――『終焉の鍵』が、カイトの魂を燃料にして、この暴走を引き起こしている。
(……止めなきゃ)
(殺すんじゃない。あの『システム』から、彼を引き剥がさないと)
私は、杖を強く握りしめた。
「皆さん! 私を、あの胸のコアまで運んでください!」
「あそこまで行けば、私の『進化魔法』で、あのふざけたリセット機能を強制停止させます!」
「……言うじゃねえか」
ガレンさんが、ニカッと笑った。
「あの『削除の嵐』の中を突っ切れってか? ……最高に痺れるオーダーだ!」
「行くぞ!」
Sランクパーティー『アルテミス』、最後の突撃。
「ウオオオオオッ!!」
ガレンさんが、先陣を切って飛び出した。
「『アルテミス・ハート・イグニス』――全開ッ!!」
盾が真っ赤に燃え上がる。ガレンさんは、カイトが放つ「黒い削除ビーム」に対し、自らの膨大な生命力を燃やして生成した「存在の炎」をぶつけた。
ジュウウウウウッ!!
「削除」と「再生」が拮抗し、火花が散る。
「ぐ、うぅぅぅッ!! 俺の『存在』が削れていく……! だが、通さねえッ!!」
「ガレン!」
その背後から、レオとエララさんが飛び出す。
「道は作る!」
「『双竜・螺旋撃』!!」
二人の斬撃が、カイトの振るう腕の関節(ポリゴンの継ぎ目)を正確に狙い撃つ。
ダメージは与えられない。だが、衝撃でわずかに軌道を逸らすことはできる!
「小賢シイイイイッ!!」
カイトが叫び、全方位に衝撃波を放とうとする。
「今だっ、アリア!!」
「はいッ!!」
私は、ガレンさんがこじ開けた、わずかな隙間を縫って飛んだ。
風魔法で加速し、カイトの巨体へと肉薄する。
周囲の空間がバグり、私の服や髪がノイズに侵食されそうになる。
(痛い……!)
データ上の痛みじゃない。魂が削れる痛み。
でも、止まらない。
私は、カイトの胸――本体が埋まっている場所の目の前に到達した。
そこには、半身がノイズに埋まり、白目を剥いて痙攣しているカイトがいた。
「……消エロ……消エロ……」
「カイト!」
私は叫んだ。
「こっちを見なさい!」
「……ア、リ、ア……?」
カイトの目が、虚ろに私を捉えた。
「ナンデ……? お前ハ……モブ(脇役)ダロ……? ナンデ……主役ニ……勝トウトスル……?」
「脇役なんかじゃありません!」
私は、杖を振りかぶった。
魔法じゃない。
Sランクの身体強化を乗せた、ただの物理的な、渾身の――
ゴッ!!!!
私は、杖でカイトの頭を、思い切りぶん殴った。
「いったぁぁぁッ!?」
カイトの目が覚め、涙目になる。
「な、なにすんだ!?」
「痛いでしょう!? それが『現実』です!」
私は、ひるんだカイトの胸に刺さっている『黒いカード』を、素手で掴んだ。
ジュッ!!
「あつっ!?」
カードから放たれる呪いが、私の手を焼く。
でも、離さない。
「こんなものに頼るから! あなたは、いつまで経っても『勇者』になれないのよ!」
「や、やめろ! それを抜いたら、俺の力が……管理者の権限が……!!」
「いらないそんなもの!!」
私の魔力が爆発する。
世界樹が力を貸してくれる。
『偽りの神』を否定し、『人間』に戻すための力。
「『進化魔法』――『神殺し(デウス・エクス・マキナ)』!!!!」
バキィィィンッ!!!!
私は、黒いカードをねじ切り、カイトの体から強引に引き抜いた。
「ア、アアアアアアアアアアッ!!!!」
カイトの絶叫と共に、黒い巨体が崩壊を始めた。
世界を覆っていたノイズが晴れ、赤い警告文字が砕け散る。
リセット機能、停止。
世界崩壊、キャンセル。
「……終わった」
巨体は光の粒子となって消え、私と、人間に戻ったカイトだけが、空中に放り出された。
私は、気絶したカイトの襟首を掴み、浮遊魔法でゆっくりと、塔の床へと降り立った。
スタッ。
「……ふぅ。乱暴な『治療』だったな」
ガレンさんが、ボロボロの盾を下ろして笑った。
「だが、効果は抜群だ」
床には、あの偉そうだった白いスーツも破け、薄汚れた姿で伸びているカイト。
もう、管理者でも、破壊神でもない。
ただの、情けない少年の姿。
「……勝ちですね」
私が呟くと、レオとエララさんが駆け寄ってきて、私を抱きしめた。
「やったな! アリア!」
「世界、守りきっちゃったわね」
窓の外。
バグっていた空が、元の美しい青色に戻っていく。
水平線の向こう、沈みかけていた太陽が、再び輝きを取り戻していた。
私たちは勝った。
ゲームの理不尽なルールに。
そして、自分たちの運命に。
Sランクパーティー『アルテミス』。
世界の果てでの最終決戦、完全勝利。




