第67話:絶対権限と、規格外の『バグ』
「ルール変更。……物理ダメージ無効化」
カイトが空中のモニターを指先で弾いた瞬間、世界が変わった。
「オオオオッ!!」
重力制御を根性で振り切ったガレンさんが、渾身のシールドバッシュをカイトに叩き込む。
Sランクの膂力と、地竜の盾。本来なら城壁すら粉砕する一撃。
だが。
『DAMAGE 0』
カイトの目の前に赤い数値が浮かび、ガレンさんの盾は、まるでゴム毬のように無力に弾き返された。
「なっ……!?」
ガレンさんが目を見開く。
「手応えがねえ……!? 壁があるわけでもねえのに、力が『消滅』した!?」
「次はこれだ」
カイトはあくび交じりに指を動かす。
「魔法効果範囲、縮小。……さらに、消費MP10倍」
「『旋風刃』!」
エララさんが真空の刃を放つが、その斬撃はカイトに届く前に、シュン……と情けない音を立てて消滅した。
「魔力が……! 一発撃っただけで、枯渇しそうなくらい持っていかれた!?」
「ハハハ! 無駄だよ」
カイトが高笑いする。
「言ったろ? 俺は『管理者』だ。お前らがどれだけレベルを上げようが、強い武器を持とうが、俺が『数値』をいじれば、赤子同然なんだよ」
カイトが右手をかざした。
「削除コマンド――対象『レオ』」
「しまっ……!?」
レオの足元に、赤い魔法陣――いや、エラーコードの羅列のような円陣が出現した。
「体が……動かねえ!? 粒子になって消えていく……!?」
レオの足先から、データが欠損するように体が透け始めた。
「レオくん!!」
私は叫んだ。これは攻撃魔法じゃない。存在そのものを「データ」として消去しようとしている。
防御力も耐性も関係ない。システムによる処刑。
「アリア、助けても無駄だぜ」
カイトが冷ややかに告げる。
「お前の回復魔法も、俺が『回復量ゼロ』に設定すれば、ただの光の演出だ」
絶体絶命。
これが、世界の理を握る者の力。
物理も魔法も、全ての「前提」を書き換えられては、戦いようがない。
(……いいえ)
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を強く握りしめた。
杖の『世界樹の魔核』が、激しく脈打っている。
世界樹が、怒っている。
命を、数字やデータとして扱うカイトに対して。
(カイト。あなたは間違っている)
(この世界は、ゲームなんかじゃない。……私たちが生きている、本物の『現実』だ!)
「……アリア?」
ガレンさんが、私の異変に気づいた。
私の体から、カイトの「設定」を無視した、膨大な魔力が溢れ出していたからだ。
「カイト」
私は、静かに歩き出した。
カイトの重力操作も、消費MP増大のデバフも、私の周りでは機能していない。
「……あ?」
カイトの眉がピクリと動く。
「おい、なんだその魔力数値は。……俺の設定を超えてやがるぞ?」
「あなたの『管理者権限』は、あくまで『システム』の上での話ですよね?」
私は、杖をカイトに向けた。
「システムってのは、世界を管理するために、後から被せた『網』のようなものです」
「でも、私の魔法は……その『網』の隙間を抜けて、その下にある『星そのもの』から力を借りています!」
世界樹は、この世界のシステム(ゲーム)が作られる前から存在していた。
つまり、カイトの権限よりも、私の杖の権限(アクセス権)の方が、階層が深い!
「『進化魔法』――『理・強制上書き(システム・オーバーライト)』!!!!」
私が杖を振るうと、世界樹の翠色の光が、部屋中の赤いデジタルコードを侵食した。
『SYSTEM ERROR』
『UNAUTHORIZED ACCESS』
カイトの周囲のモニターが、次々と警告音を上げて爆発していく。
「な……ッ!?」
カイトが狼狽えた。
「バカな……! 管理者権限に割り込むだと!? ただのキャラデータごときが!!」
「レオくんの『削除』を……キャンセル!」
私が杖を一閃させると、レオの足元の赤い円陣が砕け散り、透けかけていた体が元に戻った。
「お、おぉ!? 戻った!?」
レオが自分の体を触って確認する。
「サンキュー、アリア!」
「物理無効化も……解除!」
ガレンさんの周囲の空気が弾ける。
「力が戻ったぜ……! これなら殴れる!」
「くっ……おのれぇッ!!」
カイトが、必死にコンソールを操作する。
「なら、これならどうだ! 強制終了――世界崩壊プログラム起動!!」
「させません!」
私は、カイトに向かって疾走した。
魔法戦ではない。
プログラムの書き換え合戦。
「俺の『ゲーム』を壊すなァッ!!」
カイトが、光の翼から破壊光線を放つ。
「この世界は『現実』ですッ!!」
私は、それを『進化魔法』で無効化しながら突っ込む。
「ガレンさん! レオ! エララさん! 道を開けます!」
私が、カイトの前の「防御壁」を、物理的に杖で叩き割った。
パリーンッ!!
「今だッ!! 叩き込めェェッ!!」
「オオオオオオオオオッ!!」
システムによる守りを失ったカイトに、Sランクの物理攻撃が殺到する。
ガレンさんの盾が、カイトの鼻先を砕く。
レオの双剣が、カイトの白いスーツを切り裂く。
エララさんの蹴りが、カイトを玉座から蹴り落とす。
ドガッ、バキッ、ズドンッ!!
「ぐ、あ……が……ッ!?」
カイトが、無様に床を転がった。
最強の『管理者』が、泥臭い肉弾戦でボコボコにされる。
それは、彼が一番見下していた「現実」の痛みだった。
「……ふざ、けるな……」
カイトは、鼻血を流しながら、よろりと立ち上がった。
その目は、まだ死んでいない。
むしろ、追い詰められたゲーマー特有の、狂気じみた集中力が宿っていた。
「……いいぜ、アリア。認めてやる」
カイトが、懐から、禍々しい『黒いカード』を取り出した。
「お前はバグだ。……処理落ち(ラグ)を起こすほどの、致命的なエラーだ」
「だから……俺自身が『ラスボス』になって、バグごと世界をリセットしてやるよ」
カイトが、黒いカードを自分の胸に突き刺した。
『MODE: APOCALYPSE(終焉)』
塔全体が、激しく振動し始めた。
カイトの体が、デジタルの光と、闇の魔力に飲み込まれ、巨大な『黒い巨人』へと変貌していく。
それは、ゲームの終盤に出てくる、理不尽な強さを持った『破壊神』そのものだった。
「さあ、ラストゲームだ、アリア!」
「世界が落ちるのが先か、俺が倒れるのが先か……試してみようぜ!!」
虚無の塔の最上階。
崩壊へのカウントダウンが始まった。




