第63話:暴かれた『捕食』と、砕ける信仰
「グオオオオオッ! チョコマカとォッ!!」
上空のラザロが、苛立ちを露わに叫ぶ。
彼が放つ、数百本の漆黒の聖剣の雨。その全てを、地上のガレンさんが、たった一枚の盾で弾き続けていたからだ。
「ガァァァッ……!!」
ガレンさんの口から、赤い血が噴き出す。
『アルテミス・ハート・イグニス』は悲鳴を上げ、彼自身の体も、限界を超えた負荷に軋んでいる。
「……へっ、どうした鳥人間……。俺一人、潰せねえのかよ……!」
「ガレンさん、もう少し……あと少しだけ耐えてください!」
私は、ガレンさんの背後で、杖の魔力制御に全神経を集中させていた。
防御支援をかけながら、同時に上空のホログラム映像を操作し、そして――。
「レオ、エララさん! 繋がりました! 『映像』を!」
通信機の向こうで、レオの切迫した声が響く。
『おう! こっちはいつでもいいぜ! ……クソッ、なんてザマだ!』
広場の端。逃げ遅れた人々を庇いながら、レオとエララさんは、地獄絵図の中を駆けていた。
ラザロの触手に捕まった人々が、目の前で干からびていく。その残酷な「現実」に、一番近くまで肉薄する。
「エララ! 今だ! あの親子を狙ってる触手……斬る瞬間の『後ろ』だ!」
「ええ!」
エララさんが加速し、触手を切り裂く。その隙に、レオが、恐怖に震える母子の背後に回り込み、上空のラザロを見上げた。
彼の視界が、私の魔法を通じて、空のスクリーンへと直結する。
「……見ろよ、王都の全員!」
レオが叫んだ。
「これが! お前らが崇めてた『聖人』様の、食事風景だ!!」
バチュンッ!!
上空のホログラム映像が、切り替わった。
メビウスの告発映像から、レオの視点へ。
そこに映し出されたのは、遠くのバルコニーにいた威厳ある枢機卿ではない。
醜悪な怪物が、口から涎を垂らし、触手で人々を突き刺し、その生命力を啜りながら、恍惚の表情を浮かべている――決定的な瞬間だった。
「……ひッ!?」
「い、嫌だ……やめろ……!」
「枢機卿様が……私たちを……食べている……?」
広場にいた5万人、そして王都中の人々が、その映像を見た。
彼らの脳内で、何かが決定的に砕け散る音がした。
「聖人」への敬意。「救い」への期待。それらが音を立てて崩れ去り、代わりに「恐怖」と「生理的な嫌悪」、そして「騙されていた怒り」が噴き出した。
「……な、なんだ……?」
上空のラザロが、異変を感じて動きを止めた。
彼の胸に渦巻いていた、輝かしい『信仰の光』。それが、急速に濁り、ドス黒く変色していく。
「祈りが……変わる? 貴様ら、私に何を向けている!? 私は神だぞ!? 信仰せよ! 崇めろォッ!!」
「もう、誰もあなたを崇めてなんかいませんよ」
私は、杖を掲げた。
パリンッ、パキキキキッ……!!
ラザロの体を守っていた、あの絶対無敵の『黄金の障壁(聖骸布)』に、無数の亀裂が走った。
人々の心が離れた瞬間、彼を「聖なる存在」として定義していた世界の理が、崩壊したのだ。
「バカな……私の、絶対防御が……!?」
「ガレンさん、今です! 反撃を!」
「おうよォォッ!! 待ちくたびれたぜェェェッ!!」
ドォォォォォンッ!!!!
ガレンさんが、溜まりに溜まった鬱憤と、受け止めてきたダメージエネルギーの全てを解放した。
盾から放たれた紅蓮の熱波が、ラザロの放った聖剣の雨を、下から上へと押し返していく。
「グ、オォォッ!? 貴様ごときがァッ!!」
ラザロが体勢を崩す。
障壁は砕けた。
もう、私の魔法を弾くものは何もない。
「レオ、エララさん! トドメの準備を!」
「「了解ッ!!」」
二人が、左右の建物壁面を駆け上がり、空中のラザロへと肉薄する。
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』に、残った全ての魔力を注ぎ込んだ。
もう「進化」させる必要はない。
「浄化」する必要すらない。
ただ、この世界に害をなす、最も醜悪なゴミとして――。
「消えなさい。『偽神』」
Sランク魔法使いアリアの、最大火力。
王都の空が、翠色に染まる。




