第62話:堕ちた聖人と、通じない『浄化』
「グオオオオオオオオオッ……!!」
大聖堂のバルコニーが崩れ落ち、ラザロ枢機卿だったモノが、広場の上空へと舞い上がった。
その姿は、神々しくもあり、同時に吐き気を催すほど冒涜的だった。
背中からは、蝙蝠のような皮膜と、天使の羽毛が混ざり合った六枚の翼。
純白の法衣は肉体と融合し、白磁のような肌には、どす黒い血管が幾何学模様を描いている。
そして頭上には、黒い泥を垂れ流す『光輪』が輝いていた。
「……なるほどな」
ガレンさんが、冷や汗を流しながら盾を構える。
「あっさり正体を現したと思ったら……こいつ、もう『人間』のフリをする必要すらねえってことか」
「その通りだ、愚かなる旧人類よ」
上空のラザロが、二重に重なった声で嘲笑った。
「私は、魔族の力と、神聖魔法を融合させ、新たな『神』へと至った。……もはや、貴様らごとき『信者』の機嫌を取る必要などないのだよ」
ラザロが、翼を大きく広げた。
「さあ、我が糧となれ! 『聖絶捕食』!!」
ヒュンッ、ヒュンッ!!
翼から無数の「光の触手」が放たれた。
それは私たちではなく、逃げ惑う広場の市民たちへと降り注ぐ。
「きゃああああ!」
「助け……ぐあああっ!」
触手に貫かれた人々が、干からびていく。彼らの生命力が吸い上げられ、ラザロの『光輪』へと集まっていくのだ。
「させねえぞ!!」
レオが跳躍し、空中で触手を斬り裂く。
「エララ!」
「分かってる!」
エララさんも市民の前に立ち、飛来する触手を次々と弾き返す。
だが、数が多すぎる。5万人の群衆全員を守りきることなど、Sランクといえど不可能だ。
「アリア! 元を断て! あの化け物を!」
ガレンさんが叫ぶ。
「はい!」
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』をラザロに向けた。
相手がキメラやアンデッドなら、私の魔法は特効だ。
強制的に「あるべき姿」に戻すか、浄化してしまえばいい。
「『進化魔法』――『強制解呪』!!」
私の杖から、極大の翠色の閃光が放たれた。
それは一直線にラザロを捉え、その穢れた肉体を包み込む――はずだった。
ガギィィィィィンッ!!!!
「……え?」
私の魔法は、ラザロの体に触れる寸前で、見えない『黄金の壁』に弾かれ、霧散した。
「な……弾かれた!?」
私は愕然とした。私の『進化魔法』が、完全に無効化されたのは初めてだ。
「クックック……。無駄だ、小娘」
ラザロが、ニヤニヤと笑いながら降下してくる。
「貴様の魔法は、あくまで『異物』を排除するものだろう? 魔族なら浄化できる。キメラなら分離できる。……だが」
ラザロは、自分の胸に手を当てた。
そこには、無数の『祈りの光』が渦巻いていた。
「私は『聖職者』だ。この国で数十年、何百万人もの人々から『祈り』を捧げられてきた。……その膨大な『信仰心』が、私を護る最強の『聖骸布』となっているのだよ!」
「信仰を……盾にしていると言うの!?」
「そうだ! たとえ私が化け物になろうとも、彼らが私に捧げた『過去の祈り』までは消えん!」
ラザロの手から、漆黒の聖剣が生成された。
「ゆえに、私は『聖なる魔王』! 貴様の浄化など、神への冒涜として弾かれるのみ!!」
ドォォォォォンッ!!
ラザロの聖剣が一閃される。
ガレンさんが『イグニス』で受け止めるが、その衝撃は凄まじく、広場の石畳が数百メートルにわたって粉砕された。
「ぐ、ウオオオッ……!」
ガレンさんの足が、地面にめり込む。
「……重てぇ……! 魔力だけじゃねえ……何万人分もの『想い』が乗ってやがる……!」
「ガレンさん!」
「来るなアリア! ……今の攻撃、お前が食らったら即死だ!」
状況は最悪だった。
ラザロは、市民を食らい続けて回復し、さらに市民の「信仰」を盾にして、私の魔法を無効化している。
手を出せば市民が死に、守りに回ればジリ貧。
そして、私の切り札である『浄化』が通じない。
「どうする!? アリア!」
レオが、触手を斬り払いながら叫ぶ。
「物理で殴っても、あのバリア硬すぎて刃が通らねえぞ!」
私は、必死に思考を巡らせた。
(『進化魔法』が効かないのは、彼が『聖なる存在』として判定されているから……。信仰の力が、私の干渉を拒絶している……)
ならば、どうする?
力尽くでバリアを割る? いや、それでは彼に囚われている「人々の祈り」ごと破壊することになる。
そんなことをすれば、ガレンさんの言う通り、想いの重圧で私たちが潰されるかもしれない。
(……待って)
私は、ラザロの『光輪』を見た。
そこには、吸い上げられた生命力と、過去の信仰心が混ざり合って渦巻いている。
でも、その色は……濁っている。
(彼は今、人々を傷つけている。……今の彼に対する人々の感情は、『信仰』じゃない。『恐怖』と『絶望』だ)
私の脳裏に、一つの賭けが浮かんだ。
それは、魔法ではなく、もっと根源的な「戦い方」。
「……皆さん」
私は、通信魔法で仲間に伝えた。
「彼のバリアを剥がす方法が、一つだけあります」
「なんだ!? 言ってみろ!」
とガレンさん。
「彼の『聖人』としての仮面を、物理的にではなく……『精神的』に殺すんです」
私は、空中に浮かんでいる『ホログラム映像』を操作した。
まだ、王都の空には、メビウスの告発映像が流れている。
でも、それだけじゃ足りない。過去の栄光にしがみつく彼を引きずり下ろすには、もっと強烈な「今」を見せつける必要がある。
「レオ、エララさん。……カメラの役をお願いできますか?」
「カメラ?」
「はい。私が映像を中継します。……彼が今、どれだけ醜く、人々を食い物にしているか。その『現実』を、特等席で国民に見せるんです」
「なるほどな」
レオが、ニヤリと笑った。
「あいつの『カリスマ』を、ゼロどころかマイナスに叩き落とすってわけか」
「ガレンさんは、私と一緒に、あいつの攻撃を耐え抜いてください。……人々が、『もう祈りたくない』と心から願うその瞬間まで」
「上等だ!」
ガレンさんが、盾を地面に叩きつけ、挑発的な叫びを上げた。
「おい! 鳥人間! 俺の盾は、テメェの安っぽい信者より美味そうだろ!? こっちを狙え!!」
「……小賢しい!」
ラザロが、ガレンさんに標的を定めた。
「ならば、その五月蝿い盾から砕いてくれる!」
物理的な戦いと、情報戦。
Sランクパーティーの総力戦が始まった。
私の魔法が通じる「一瞬」を作るために。




