第61話:聖なる広場と、招かれざる『英雄』
聖光祭。
それは、王都の大聖堂広場に5万人以上の市民が集う、一年で最も神聖な儀式の日だ。
広場の中心、高くそびえ立つ大聖堂のバルコニーに、その男は立っていた。
純白の法衣に身を包み、宝石をちりばめた杖を手にした初老の男。
聖光教会の実質的な支配者、ラザロ枢機卿。
「……迷える仔羊たちよ」
ラザロが、魔法で増幅された声で語りかける。
「今、王国は危機に瀕している。北の大障壁は綻び、魔王軍の影が忍び寄っている。……今の王家の力では、もはやこの国を守りきれないのだ」
「おお……」
「神よ、お救いください……」
広場を埋め尽くす信者たちが、祈りを捧げる。
ラザロは、その光景を見て、内心でほくそ笑んだ。
(そうだ。恐怖せよ。そして縋れ。……王への不信感が頂点に達した今日、私が『聖なる軍隊』の結成を宣言すれば、国は私の手の中に落ちる)
「だが、安心せよ!」
ラザロが両手を広げた。
「神は、新たな『力』を授けてくださった! 穢れた王家の騎士ではなく、教会が導く『聖戦士』たちこそが――」
その時だった。
ヒュンッ――!!
空から、一筋の『翠色の光』が降り注いだ。
それは、ラザロの演説を遮るように、バルコニーと広場の間の空間に突き刺さった。
「な、なんだ!?」
「神の光か!?」
ザワめく群衆。
光が収束すると、そこには四人の男女が立っていた。
ガレン、レオ、エララ。
そして、中央には、翠色に輝く杖を持った魔法使いの少女――アリア。
「……ごきげんよう、ラザロ枢機卿」
私は、杖のマイク機能を使って、広場全体に透き通るような声を響かせた。
「神聖な儀式の最中に、申し訳ありません。……少し、『忘れ物』をお届けに参りました」
「き、貴様らは……!」
ラザロが、バルコニーの手すりを握りしめた。
「Aランク……いや、新Sランクの『アルテミス』か! 無礼であろう! ここをどこだと思っている!」
「無礼なのは、どちらでしょうか」
私は、ラザロを真っ直ぐに見上げた。
「民の祈りを利用し、裏で国を売ろうとしている『詐欺師』が、神の代弁者を名乗ることこそ……最大の無礼ではありませんか?」
「なっ……!?」
広場が凍りついた。
英雄が、聖人を「詐欺師」呼ばわりしたのだ。
「き、貴様……狂ったか!?」
ラザロが顔を紅潮させて叫ぶ。
「衛兵! 聖騎士団! 何をしている! この異端者たちを捕らえよ! 魔王に魂を売った反逆者だ!!」
ガチャガチャッ!!
広場の周囲から、教会の武装兵たちが雪崩れ込んでくる。
市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
「……へっ。やっぱり実力行使かよ」
ガレンさんが、巨大な盾をドンと地面に置いた。
「悪いが、俺たちの『Sランク』は、お前らの雇ったゴロツキとは格が違うぜ」
「かかってきなさい」
エララさんが剣を抜く。
「神罰を下すのは、私たちよ」
武装兵たちが襲いかかろうとした瞬間。
「『聖域展開』――『広域幻影投影』!!」
私が杖を空にかざすと、王都の空一面に、巨大な『映像』が映し出された。
「な、なんだあれは!?」
市民たちが空を見上げる。
そこに映し出されていたのは、あの日、東の遺跡で記録された映像。
メビウスが語る『真実』だった。
『……ラザロ枢機卿の指示でした』
『大障壁を壊し……人造勇者を……』
『国民を騙し……国を乗っ取る……』
鮮明な音声と映像が、王都中に響き渡る。
それは、言い逃れようのない、決定的な証拠だった。
「……う、嘘だ……」
「枢機卿様が、そんな……」
「大障壁を壊したのが、教会だって……?」
信者たちの目に、動揺と疑念が広がる。
恐怖による支配が、真実によって揺らぎ始めた。
「や、やめろぉぉぉぉッ!!!」
ラザロが絶叫した。
「それは幻術だ! 魔女の捏造だ! 消せ! その映像を消せぇぇぇッ!!」
「真実は消せません」
私は、冷ややかに告げた。
「これが、あなたの『裏の顔』です。ラザロ枢機卿」
「おのれ……おのれぇぇぇッ!!」
ラザロの表情が、慈愛に満ちた聖人のものから、憎悪に歪んだ悪鬼のような形相へと変わる。
「小娘が……! 私の計画を……! 神に選ばれた私の覇道を……!!」
ラザロは、懐からドス黒いオーラを放つ『宝石』を取り出した。
それは、以前ヴォルグが持っていたものと同じ、『魔王の欠片』のような魔力を放っている。
「ならば、ここで死ね! 愚民どもと共に!!」
ラザロが宝石を飲み込んだ。
バキバキバキッ……!!
彼の背中の法衣が裂け、中から漆黒の翼が生え、全身が異形の怪物へと変貌していく。
聖なる広場に、絶望的な魔力が吹き荒れる。
「……本性を現したな」
レオが、ニヤリと笑った。
「最初から、人間やめてやがったか」
「市民を守れ! 結界展開!」
ガレンさんが叫び、盾の結界で逃げ遅れた人々を守る。
私は、杖を構えた。
「さあ、最後の審判です。ラザロ」
「Sランクパーティー『アルテミス』が、あなたを『断罪』します」
聖光祭は一転、人類の敵との決戦の場となった。
群衆の目の前で、嘘と真実、闇と光の戦いが始まる。




