第59話:『偽りの神』と『分解』の魔法
「■■■■■■■■■ッ!!!!」
言葉にならない咆哮と共に、融合体『ネオ・バーサーカー』が突進した。
その速度は、巨体に似合わず音速に近い。
右腕のドラゴン・クローが、空気を切り裂きながら、ガレンさんの頭上へと振り下ろされる。
「速えな! だが、軽いッ!!」
ドガァァァァンッ!!!!
ガレンさんが、『アルテミス・ハート・イグニス』で真正面から受け止める。
衝撃で床の鉄板がめくれ上がるが、ガレンさんの足は一歩も下がらない。
「オオオオッ!」
キメラは、防がれたことに苛立ち、今度は左肩に内蔵された『魔導砲』をゼロ距離で発射しようとした。
「させねえよ!」
「遅い!」
レオとエララさんが、左右から同時に仕掛ける。
レオの双剣が砲塔を斬り飛ばし、エララさんの突きが膝の関節駆動部を貫く。
Sランクパーティーとしての連携は、もはや呼吸をするように自然に行われている。
「……アリア、どうだ?」
ガレンさんが、キメラの猛攻を涼しい顔で捌きながら、背後の私に問う。
「……酷いですね」
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を通して、キメラの内部構造を『診察』していた。
「ドラゴンの筋肉、魔族のコア、機械の骨格……。互いの拒絶反応を、強力な『呪い』で無理やり縫い合わせています。……中の魂が、泣いています」
「クックック! 素晴らしいでしょう!」
メビウスが、安全圏から叫ぶ。
「互いに反発する力を、強制的に圧縮することで、爆発的なエネルギーを生むのです! これこそが科学! アリアさん、あなたの『進化』など、この『混沌』の前には無力です!」
「……いいえ」
私は、静かに首を振った。
「それは進化ではありません。ただの『崩壊の先送り』です」
私は、杖を掲げた。
以前の私なら、この怪物を倒すために、さらに強い力で吹き飛ばそうとしただろう。
でも、今の私には、もっと「正しい」倒し方が分かる。
「ガレンさん、離れてください」
「おう!」
ガレンさんがシールドバッシュでキメラを弾き飛ばし、バックステップで距離を取る。
キメラは体勢を立て直し、その胸の『ヴォルグのコア』を赤熱させ、全身から破壊光線を放とうとした。
「消えろォォォッ!!」
「『進化魔法』――『強制分離』」
私が杖を一振りすると、翠色の風が、キメラを通り抜けた。
シュン……。
破壊光線は、発射されなかった。
それどころか。
ガチャン、ガラガラ……。
キメラの体から、機械のパーツが、ネジが外れたようにボロボロと落ち始めた。
「……ア、ガ……?」
キメラが、自分の腕を見つめる。
ドラゴンの腕が、ずるりと肩から剥がれ落ちる。
魔族のコアが、ポロリと胸から転がり落ちる。
「な……なにが……!?」
メビウスが、目を剥いた。
「私の、私のキメラが……バラバラに……!?」
「混ぜてはいけないものを、混ぜるからですよ」
私は、淡々と告げた。
「私の魔法は、対象を『あるべき姿』へと進化させます。……無理やり融合させられた彼らにとっての進化とは、『元の姿に戻る』ことです」
ボロボロと崩れ去った肉塊の中から、光の粒が立ち昇る。
それは、素材にされた生物たちの魂が、解放され、天へと還っていく光だった。
あとには、ただのスクラップの山と、動かなくなった魔石だけが残った。
攻撃も、防御も必要ない。
私は、この怪物の「存在の定義」そのものを解除したのだ。
「……ば、馬鹿な……」
メビウスが、ガクガクと膝を震かせて後ずさりした。
「Sランクのキメラだぞ……!? 私の理論の結晶だぞ……!? それを、指先一つで……解体したというのか……!?」
「あなたの理論は、脆すぎました」
私は、メビウスに歩み寄った。
「Sランクというのは、ただ力が強いだけじゃありません。……命の重さを知る者だけが、辿り着ける領域です」
「ヒッ、ヒイイイッ!!」
メビウスは、腰を抜かして這いつくばった。
「くるな! 化け物め! お前は人間じゃない!」
「往生際が悪いぜ、先生」
いつの間にか背後に回り込んでいたレオが、メビウスの首元に剣を突きつけた。
「チェックメイトだ。……洗いざらい吐いてもらうぜ。この国の『闇』についてな」
エララさんが、素早くメビウスの手を縛り上げる。
ガレンさんが、床に転がった『人造勇者のデータ』が入った記録媒体を回収した。
「……確保完了」
エララさんが冷たく告げる。
「アリア、こいつどうする? ここで処分しても、誰も文句は言わないけれど」
「いけません」
私は、メビウスを見下ろした。
「彼は重要な証人です。……誰が彼に資金を提供し、誰が『黒い杭』を作らせたのか。黒幕を吐かせないと」
「……ち、違……」
メビウスが、青ざめた顔で、うわ言のように呟いた。
「私は……頼まれただけだ……。あの方に……『枢機卿』閣下に……」
「枢機卿?」
その言葉に、私たちは顔を見合わせた。
枢機卿といえば、王国の宗教組織『聖光教会』のトップに次ぐ地位。
国民から聖人として崇められている、あの人物か?
「……へえ。坊主(教会)が絡んでんのか」
ガレンさんが、眉をひそめた。
「きな臭くなってきやがったな」
その時。
ウウウウウウウ……!
施設全体に、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。
『――緊急自爆シーケンス起動。爆発マデ、60秒――』
「なっ!?」
メビウスが叫んだ。
「じ、自爆だと!? 私は起動していないぞ!?」
「……尻尾切りか」
シルヴィア様の声が、通信機から響いた。
『アリア! すぐに脱出しなさい! 証拠隠滅のために、施設ごと吹き飛ばす気よ!』
「60秒!? 間に合うかよ、出口まで!」
レオが叫ぶ。ここは地下深くの最深部だ。
「皆さん、私のそばに!」
私は、杖を床に叩きつけた。
「『転移魔法』――最大出力!!」
「ちょ、ここ結界が……!」
「Sランクなら、関係ありません!!」
ヒュンッ!!
私の魔力が、施設の妨害結界を強引にこじ開け、空間を繋ぐ。
爆発の炎が迫る中、私たちの姿は、光の中へと消えた。
ドガアアアアアアアン!!!!
東の森の奥深くで、地面が陥没し、巨大な爆炎が夜空を焦がした。
間一髪、森の上空へと転移した私たちは、眼下で崩れ去る遺跡を見下ろしていた。
「……あっぶねえ」
レオが、冷や汗を拭う。
「マジで死ぬかと思った……」
「……口封じに、施設ごと消すとはな」
ガレンさんが、拘束したメビウスを睨む。
「お前の雇い主は、お前の命なんて何とも思ってねえようだな」
メビウスは、燃える施設を見て、呆然としていた。
「……私が……捨てられた……? 神の研究が……」
「さあ、帰りましょう」
私は、王都の方角を見据えた。
『枢機卿』。
『聖光教会』。
敵の正体が見えてきた。
Sランクパーティー『アルテミス』。
次なる戦いの舞台は、王国の信仰の中心――『大聖堂』へと移る。




