第58話:狂気の錬金術師と、量産された『勇者』
「私の可愛い『実験場』へ、ようこそ」
爬虫類のような笑みを浮かべた白衣の男は、恭しく一礼してみせた。
その動作は貴族のように洗練されていたが、漂う空気は、腐った薬品と死臭が混じった、生理的な嫌悪感を催させるものだった。
「貴様、何者だ」
ガレンさんが、私を背に庇いながら、ドスの利いた声で問いただす。
「王家の紋章をつけているが……俺は長く長く王都にいるが、お前のような顔、見たことも聞いたこともないぞ」
「クックック……。光栄ですね」
男は肩をすくめた。
「私の名はメビウス。宮廷魔術師団『特務研究室』の室長を務めております。……もっとも、私の存在を知っているのは、この国でも国王陛下と、一部の『ご理解ある』貴族の方々だけですがね」
「特務、研究室……?」
私が眉をひそめると、メビウスは、水槽の中の『カイトのようなもの』を愛おしそうに撫でた。
「ええ。我が国の『勇者召喚システム』は、偉大だが不安定だ。……精神的に脆かったり、すぐに死んだりする。今回の『カイト君』のようにね」
メビウスは、まるで壊れた玩具の話でもするかのように続けた。
「だから、我々は研究しているのですよ。召喚された勇者の『因子』を培養し、より強靭で、より従順で、より『使い勝手の良い』兵器を量産する方法を」
「兵器……だと?」
レオが激昂し、双剣を抜いた。
「ふざけんな! カイトは……あいつはクソ野郎だったが、人間だぞ! それを、こんな……!」
「おや、心外ですね」
メビウスは心底不思議そうに首をかしげた。
「Sランクの方々なら理解できるでしょう? 『力』こそが正義だと。……これらは、国を守るための『部品』です。名誉ある再利用ですよ」
「……吐き気がするわ」
エララさんが、冷たい殺気を放つ。
「アリア、許可を。……ここを更地にするわよ」
「待ってください」
私は、メビウスを睨みつけた。
「……あなたですね。『黒い杭』を作って、大障壁を壊そうとしたのは」
「壊す? 違いますよ」
メビウスは、大げさに手を振った。
「あれは『テスト』です。……我々が作った『人造勇者』のエネルギー効率を試すために、大障壁の無限の魔力を逆流させてみただけです。……まあ、多少の環境汚染は計算外でしたが、データは取れました」
「……テストのために、国を滅ぼしかけたと言うのですか」
「科学の進歩には、多少の犠牲はつきものです」
メビウスは、ニヤリと笑った。
「それに、あなたという予想外の『収穫』もあった。……アリアさん。あなたは『無能』として廃棄されたはずが、独自に進化し、Sランクにまで至った。……素晴らしい! あなたの肉体、脳、そしてその『杖』……! 全て分解して調べたい!」
カチッ。
メビウスが、コンソールのスイッチを押した。
「さあ、見せてください! 英雄『アルテミス』と、私の最高傑作……どちらが優れているかを!」
ゴボボボボボッ……!!
部屋中に並んでいた数十本の水槽の液体が、一斉に排水された。
ガラスが開き、管に繋がれていた『人造勇者』たちが、ドサドサと床に落ちる。
「……ウ、ア……」
彼らが、ゆらりと立ち上がった。
その目は虚ろで、焦点が合っていない。だが、その体からは、本物の勇者カイトに匹敵する、いや、リミッターの外れた暴走寸前の魔力が溢れ出している。
「殺レ……殺レ……」
「敵……排除……」
「来るぞッ!!」
ガレンさんが叫ぶ。
ドオッ!!!!
数十体の『人造勇者』が、一斉に地面を蹴った。
その速度は、Aランク冒険者を軽く凌駕している。
「『旋風斬』!!」
レオが、先頭の一体を斬り伏せる。
だが、斬られた腕の断面から、機械のコードと肉腫が飛び出し、レオの剣に絡みついた。
「なっ!? こいつら、死なねえぞ!?」
「痛みを感じないように改造してあるんですよ」
安全圏にいるメビウスが高笑いする。「頭を潰さない限り、動き続けます!」
「キリがないわね!」
エララさんが、三体の首を同時に刎ね飛ばすが、その背後から次々と新しい個体が湧いてくる。
数が多い。そして何より、顔が「カイト」と同じであるため、レオたちの剣に、ほんの一瞬だが、無意識の躊躇いが生まれてしまう。
「クックック……。さあ、どうします? あなたも『実験体』になりましょう、アリアさん」
メビウスが、私に向かって、ねっとりとした視線を送る。
戦場の後方で、私は杖を握りしめた。
「……かわいそうに」
私は、襲い来る『人造勇者』たちを見た。
彼らに魂はない。ただの肉塊と機械だ。
でも、かつてカイトだった「何か」を、こんな風に弄ばれるのは、見ていられない。
「ガレンさん、皆さん! 下がってください!」
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を床に突き立てた。
「『聖域展開』――モード『鎮魂』」
私の杖から、悲しげな、しかし温かい黄金色の波紋が広がった。
それは、敵を傷つける攻撃魔法ではない。
強制的に、生物としての機能を「停止」させ、土へと還す、慈悲の魔法。
「……ア、アァ……」
波紋に触れた人造勇者たちが、動きを止めた。
彼らの体から、狂暴な魔力が抜け落ちていく。
「……楽ニ、ナッタ……」
そんな声が聞こえた気がした。
彼らは、糸が切れた人形のように倒れ込み、そして光の粒子となって崩れ去っていった。
「な……!?」
メビウスの余裕の表情が、凍りついた。
「馬鹿な……! 私の最高傑作たちが……『機能停止』させられただと!? 外部からの強制アクセスで!?」
「命を、弄ばないでください」
私は、静かに、しかし明確な怒りを込めて、メビウスを見据えた。
「あなたの研究は、ここで終わりです」
「……おのれ、おのれぇぇぇッ!!」
メビウスが、激昂してコンソールを叩いた。
「『サンプル』風情が、創造主に意見するなど……! 許さん、許さんぞ!!」
ズズズズズ……。
部屋の奥、巨大な鉄扉が開き始めた。
そこから、今までとは桁違いのプレッシャーが漏れ出してくる。
「見せてやる! これこそが、Sランクを超える『神』に至る研究の成果だ!!」
ドシィィィィン……!
現れたのは、全身が黒い金属と、ドラゴンの素材、そして人間のパーツで継ぎ接ぎされた、体長5メートルほどの異形の巨人だった。
その胸には、以前私たちが倒した魔王軍幹部『ヴォルグ』の核らしきものが埋め込まれている。
「魔族と人類、そして機械の融合体……『ネオ・バーサーカー』!!」
メビウスが叫んだ。
「行け! あの生意気な小娘を、ぐちゃぐちゃにすり潰してしまえ!!」
「■■■■■■■■■ッ!!!!」
巨人が、言葉にならない咆哮を上げた。
その衝撃波だけで、培養室のガラスが全て割れ飛ぶ。
「……Sランク級か」
ガレンさんが、盾を構え直し、獰猛に笑った。
「上等だ。……胸糞悪いもん見せられた鬱憤、全部あいつにぶつけてやるぞ」
「ああ!」
レオが剣を構える。
「研究施設ごと、瓦礫に変えてあげるわ」
エララさんが殺気を放つ。
Sランクパーティー『アルテミス』対、狂気のキメラ。
東の禁足地で、倫理なき科学との決戦が始まる。




