第57話:東の禁足地と、機械仕掛けの『幽霊』
Sランク昇格の祝宴から数日後。
私たち『アルテミス』の姿は、王都の喧騒から遠く離れた、東の辺境にあった。
今回の任務は『極秘』だ。
表向きは「Sランク昇格に伴う、新強化エリアの視察」ということになっているが、実際は、シルヴィア様が突き止めた『黒い杭』の製造元――『古代遺跡群』への潜入捜査である。
「……ここが、東の禁足地か」
レオが、鬱蒼とした森の奥を見つめ、低い声で唸った。
そこには、苔に覆われた石柱や、崩れかけた壁が散乱しているのだが……。
「……異質ですね」
私が呟くと、ガレンさんが無言で頷いた。
普通の遺跡ではない。
崩れた石材の間から、錆びついた『鉄パイプ』や、何かの『歯車』、そしてガラスのような『配管』が露出している。
ここは、魔法と科学が融合していたという、古代魔法文明の遺構なのだ。
「気をつけろ」
エララさんが、愛剣に手をかけた。
「鳥の声がしない。……生物が、寄り付かない場所よ」
私たちは、森の深部にある、巨大な金属製の『扉』の前に行き着いた。
高さ10メートルはある、重厚な鋼鉄のゲート。
表面には、『大障壁』で見たのと同じ、複雑な幾何学模様の回路が刻まれている。
「……鍵穴はねえな」
レオが扉を小突く。
「ガレンの盾で、ぶち破るか?」
「よせ。警報が鳴って、中の証拠を隠滅されたら元も子もない」
ガレンさんが首を振る。
「私にお任せを」
私は前に出た。
杖『アルテミス・ロッド・アイギス』の先端を、扉の回路に静かに当てる。
(……解析。構造理解。……セキュリティ解除)
ピピピッ、キュイーン……。
私の脳内に、膨大な『言語』が流れ込んでくる。
それは現代の魔法言語とは全く違う体系だが、世界樹が瞬時に翻訳してくれる。
(……パスコード認証。『王家』権限を確認……)
ガコンッ、プシュゥゥゥ……。
数百年もの間、閉ざされていたはずの扉が、油の切れた重い音を立てて、ゆっくりと左右に開いた。
「……マジかよ」
レオが呆れたように笑う。
「アリア、お前、本当に何でもありだな」
「Sランクですから」
私は少し悪戯っぽく微笑んで、暗闇の中へと足を踏み入れた。
内部は、予想以上に保存状態が良かった。
ヒカリゴケのような青白い照明が、長い通路を照らしている。
床は金属製で、足音がコツコツと響く。
「……生きているな」
ガレンさんが、壁に耳を当てた。
「壁の奥から、微かな振動音がする。……この施設は、まだ稼働している」
その時だった。
通路の奥から、カシャン、カシャン……という、規則的な金属音が近づいてきた。
「……来るわよ!」
エララさんが警告する。
暗闇から現れたのは、三体の『人形』だった。
ただし、愛らしい人形ではない。
真鍮色の金属ボディに、無機質なカメラアイ。手には刃物が内蔵された、戦闘用オートマトン(機械人形)。
『――侵入者検知。排除行動ニ移行シマス――』
無感情な合成音声と共に、オートマトンたちが加速した。
「速いッ!」
レオが反応するより早く、先頭の一体が飛びかかってくる。
その動きは、生物の筋肉の限界を無視した、機械特有の挙動。
「『シールド・バッシュ』!」
ガレンさんが割り込み、盾で弾き飛ばす。
ガギンッ!!
硬質な音が響く。
「……硬てぇ! こいつら、ボディにミスリルが混ざってやがる!」
「Sランク(わたしたち)の敵じゃない!」
エララさんが、床を滑るように接近し、関節の隙間――配線の露出部を正確に斬り裂いた。
バチバチッ!
一体がショートして沈黙する。
「レオ! 右!」
「おうよ!」
残る二体も、レオの双剣とガレンさんの盾の連携で、数秒とかからずにスクラップになった。
「……古代の警備ロボットか」
ガレンさんが、動かなくなった残骸を見下ろす。
「300年前の技術にしちゃ、洗練されすぎている気がするが……」
私たちはさらに奥へと進んだ。
最深部にあると思しき『中央制御室』を目指して。
そして、突き当たりの広い部屋に出た瞬間。
私たちは、言葉を失った。
「……なんだ、これは」
そこは、広大な『培養室』のような場所だった。
部屋の中央には、巨大な円筒形の水槽が、林のように何十本も立ち並んでいる。
水槽の中は、緑色の液体で満たされ、無数の気泡が上がっているのだが……。
「……おい、アリア。あれ……」
レオが、震える指で、一つの水槽を指差した。
私が近づいて、ガラス越しに中を覗き込むと――。
そこには、『人間』が浮いていた。
管だらけで、意識はないようだが、確かに人間だ。
そして、その顔には、見覚えがあった。
黒髪に、黒い目。
この世界の住人ではない、私たちと同じ『召喚された日本人』のような特徴。
いや、もっと言えば……。
「……カイト?」
私が、思わずその名を呟いた。
水槽の中にいたのは、私を追放した勇者カイト……によく似た、しかし少し若い、少年の姿をした『何か』だった。
『――検体番号 1048。廃棄処分待ち――』
水槽の横にあるモニターに、無機質な文字が表示されている。
「……検体?」
私は、隣の水槽を見た。そこにも、カイトに似た少年。
その隣も。そのまた隣も。
ここにある数十本の水槽の全てに、『勇者カイト』の失敗作のような存在が、浮かんでいたのだ。
「……なんてことだ」
ガレンさんが、拳を握りしめた。
「ここは、古代の遺跡なんかじゃない。……『人造勇者』の、製造工場か……!?」
『黒い杭』が吸い上げていた、膨大なエネルギー。
それが何に使われていたのか、その一端が見えた気がした。
誰かが、この地下で、『勇者』を量産しようとしている。
「……アリア」
エララさんが、部屋の奥を指差した。
「誰か、いるわ」
制御コンソールの前に、一人の男が立っていた。
白衣のようなローブを羽織り、背を向けたまま、淡々とデータを操作している。
「……困りますねぇ」
男が、振り返った。
糸のように細い目をした、青白い肌の男。
その口元には、爬虫類のような、不気味な笑みが張り付いていた。
「せっかくの『Sランク検体』のデータを取っていたのに。……ネズミが入り込んでくるとは」
男の胸元には、王国の宮廷魔術師団の紋章。
しかし、その色は、漆黒に染められていた。
「はじめまして、英雄『アルテミス』の皆様。……そして、『サンプル・アリア』」
男は、私を見て、舌なめずりをした。
「私の可愛い『実験場』へ、ようこそ」
王国の闇。
その深淵が、口を開けた。




