第56話:凱旋と、黄金のカード
『北方大要塞』での祝宴から一夜明け、私たちは再び『転移門』の光に包まれた。
一瞬の浮遊感の後、視界に飛び込んできたのは、見慣れた王都の宮廷魔術師団本部の景色と――。
「――おかえりなさいませ!! 英雄『アルテミス』!!」
割れんばかりの拍手と、ラッパの音。
転移の間には、外交官のレジナルド卿をはじめ、王国の重鎮たち、そして魔術師団の団員たちが整列し、私たちを出迎えてくれた。
「……こりゃあ、たまげたな」
ガレンさんが、目を丸くする。
北の灰色の空とは違う、王都の突き抜けるような青空。窓の外からは、市民たちの歓声が地鳴りのように響いてくるのが聞こえる。
「さあ、こちらへ」
レジナルド卿が、満面の笑みで私たちを誘導する。
「国王陛下がお待ちです。……そして、王都中の民が、あなた方の姿を一目見ようと、大通りを埋め尽くしていますよ」
用意されたパレード用の馬車に乗せられ、私たちは王都のメインストリートを進んだ。
「アリア様ー!! ありがとうー!!」
「ガレンー! その盾、すげぇぞー!!」
「『アルテミス』万歳!!」
紙吹雪が舞う中、沿道には溢れんばかりの人だかりができていた。
かつて、カイトにパーティーを追放され、雨の中を一人で歩いたあの道。
「無能」と後ろ指を指され、宿屋に泊まる金すらなかったあの日。
(……景色が、全然違う)
私は、馬車の上から、その光景を眺めていた。
隣には、信頼できる仲間たちがいる。
手には、世界最高の『杖』がある。
そして、人々の視線は、「侮蔑」から「尊敬」と「熱狂」へと変わっていた。
「……へへっ。悪い気分じゃねえな」
レオが、照れくさそうに観衆に手を振る。
「当然よ。私たちは、世界を救ったんだもの」
エララさんも、誇らしげに胸を張る。
その行列の先頭を行くのは、Sランクパーティー『紅蓮の獅子』の面々だ。
シルヴィア様が、馬上で振り返り、私にウィンクをした。
『堂々としていなさい。これが、Sランクの特権よ』
その目は、そう語っていた。
王城、『玉座の間』。
きらびやかなシャンデリアの下、赤い絨毯の先には、この国の最高権力者、国王陛下が鎮座していた。
「面を上げよ」
重厚な声が響く。私たちは、その場で片膝をつき、頭を上げた。
国王陛下の隣には、宰相や将軍たち、そして……以前、私たちを陥れようとして失脚したマルクス伯爵の「空席」が見えた。
「Aランクパーティー『アルテミス』よ」
国王陛下が、羊皮紙を広げた。
「其方らの働き、実に見事であった。魔王軍幹部『憤怒』のヴォルグの討伐。そして何より、古代より我が国を守護せし『大障壁』の修復……。これは、建国以来の偉業である」
陛下は、従者に合図を送った。
銀の盆に乗せられて運ばれてきたのは、四枚の『ギルドカード』だった。
だが、それは以前の銀色(Aランク)ではない。
光を吸い込むような、重厚な輝きを放つ、『黄金』のカード。
「よって、本日この時をもって、冒険者ギルド規定に基づき……」
国王陛下が高らかに宣言した。
「パーティー『アルテミス』を、国家最高戦力――『Sランク』に認定する!」
おおおおおおおおっ……!
謁見の間に、どよめきと拍手が巻き起こる。
Sランク。
数千、数万の冒険者が目指し、そのほとんどが夢半ばで散っていく、頂の領域。
国内に数チームしか存在しない、生ける伝説。
「……謹んで、拝命いたします」
リーダーであるガレンさんが、震える手で、その『黄金のカード』を受け取った。
「そして、アリア」
不意に、国王陛下が私を名指しした。
「は、はい!」
「そなたの『魔法』……。既存の体系には存在しない、未知の力であると聞く。……余は期待しているぞ。その力が、この国の『闇』を晴らす光となることを」
(……闇?)
陛下の言葉に、一瞬、政治的な「含み」を感じた。
単なる儀礼的な挨拶ではない。何か、切実な響き。
式典が終わり、私たちが退室しようとした時、シルヴィア様がすれ違いざまに、私の耳元で囁いた。
「……今夜、私の屋敷に来なさい」
彼女の声は、パレードの時とは打って変わって、冷たく、張り詰めていた。
「『黒い杭』の解析結果が出たわ。……国王陛下が『闇』と言った意味、教えてあげる」
その夜。
Sランク昇格の祝賀ムードに湧く王都の喧騒をよそに、私たちは、貴族街にあるシルヴィア様の屋敷を訪れた。
通されたのは、地下にある厳重な遮音結界が張られた『秘密会議室』。
そこには、『紅蓮の獅子』のメンバー全員と、険しい顔をしたレジナルド卿が待っていた。
テーブルの上には、北から回収した『黒い杭』の破片が置かれている。
「……単刀直入に言うわ」
シルヴィア様が、氷のような声で切り出した。
「この『黒い杭』……。材質の年代測定の結果、約300年前のものだと判明したわ」
「300年前?」
私が聞き返す。
「それって……」
「ええ。この王国が建国され、初代国王が『勇者召喚』の儀式を確立した時期と、完全に一致するわ」
シルヴィア様は、衝撃の事実を告げた。
「そして、この杭に刻まれていた『魔力回路』のパターンは……魔族のものではない。現在、王城の地下深くに封印されている、『勇者召喚魔法陣』の裏コードと、酷似している」
「な……ッ!?」
ガレンさんが、椅子から立ち上がった。
「おいおい、冗談だろ? じゃあ、大障壁を壊そうとしていたのは、魔王軍じゃなくて……」
「……『人間』よ」
レジナルド卿が、重く頷いた。
「それも、王城の機密に触れることができる、かなり高い地位の人間……あるいは、組織」
「そんな……」
私は、自分の『黄金のカード』を握りしめた。
私たちが命がけで守った『大障壁』。それを壊そうとしていた犯人が、守るべき王国の「中」にいる?
「アリア」
シルヴィア様が、私を見た。
「あなたが『Sランク』になったことで、あなたは政治の及ぶ範囲に乗せられた。……敵は、あなたたちの『力』を、間違いなく利用しようとしてくる。あるいは、消しにかかる」
「私たちは、どうすれば……」
「真実を暴くのよ」
シルヴィア様は、地図の一点を指差した。
「『黒い杭』の魔力反応を追跡した結果、ある場所が浮上したわ。……王国の東、未開の『古代遺跡群』。そこに、この杭を製造した『工場』がある可能性がある」
Sランク最初の任務。
それは、華々しい魔獣討伐ではない。
国家転覆レベルの陰謀に挑む、極秘潜入任務だった。
「……やります」
私は、顔を上げた。
「世界を守るのが、Sランクの仕事ですから」
Aランクから、Sランクへ。
しかし、上がったのはランクだけではない。
敵の「危険度」と「闇の深さ」もまた、Sランクへと跳ね上がっていた。




