第55話:逆流する『光』と、不沈の『盾』
「『進化魔法』――『聖回帰』!!!!」
私が杖を突き刺した『黒い杭』の中心から、目もくらむような純白の光が噴き出した。
それは、破壊の爆発ではない。
今まで「黒」へと反転させられ、大地を腐らせていた膨大なエネルギーが、私の魔法によって再び「白(聖なる魔力)」へと書き換えられ、逆流を始めたのだ。
ギュオオオオオオオオオオッ!!!!
『黒い杭』が、断末魔のような軋み声を上げた。
黒い血管のような紋様が焼き切れ、漆黒の材質が、内側から溢れ出す光に耐えきれず、白くヒビ割れていく。
「な、なんだ、この光は……!?」
Sランク聖騎士ライオス様が、目を覆う。
光は、ドーム全体へと広がった。
足元を流れていた「黒い瘴気の川」が、光に触れた瞬間、清らかな「マナの水」へと変わる。
壁面の腐食した回路が、黄金色に輝きを取り戻す。
そして――。
「グ、ガ……ァ……!?」
ガレンさんの『焦熱地獄』によって足を止められ、そこへ直撃した『純白の波動』を浴びた、五体の『魔王軍親衛隊』たち。
瘴気と機械で構成された彼らの体にとって、この高純度の『聖なる光』は、最も強力な「劇薬」だった。
「終わらせろ!! ライオス! シェイド! バルガス!」
シルヴィア様が叫ぶ。
「今、奴らの『再生』は完全に停止している!」
「「「承知ッ!!!」」」
ライオス様の聖剣が、一閃。動けなくなった二体の首を刎ねる。
シェイド様の影の刃が、心臓部を貫く。
バルガス様の浄化魔法が、残骸を灰へと変える。
Sランク級の脅威であったはずの親衛隊は、私の光の中で、ただの脆い「ガラクタ」として、崩れ去った。
光が収束していく。
『黒い杭』があった場所には、今は、天に向かって真っ直ぐに伸びる、美しい『光の柱』が立っていた。
『大障壁』のシステムは正常化し、亀裂は、その光の柱によって内側から塞がれていた。
「……やった……のか……?」
レオが、眩しそうに目を細める。
黒い空が、割れた。
頭上を覆っていた毒々しい雲が消え去り、そこから、『大障壁』本来の、オーロラのような輝きが降り注ぎ始めた。
世界が、息を吹き返したのだ。
「……アリア」
エララさんが、駆け寄ってきた。
「すごい……。本当に、世界を『治して』しまった……」
「……はい、なんとか……」
私は、杖を支えに、膝をついた。魔力は空っぽだったが、心地よい疲労感だった。
「……でも、私だけじゃ、ありません」
私は、目の前に立つ、あの大きな背中を見上げた。
「……ガレンさん?」
ガレンさんは、光の柱の前に、仁王立ちしていた。
その姿は、凄惨だった。
全身の鎧は高熱で溶け落ち、肌は赤黒く焼け焦げ、体からはシューシューと蒸気が上がっている。
左腕の『アルテミス・ハート・イグニス』だけが、冷え固まった溶岩のように、黒く、静かに鎮座していた。
「……ガレンさん!」
私は、慌てて彼に駆け寄り、回復魔法をかけようとした。
「……よせ、アリア」
ガレンさんが、低く、しかし驚くほど力強い声で、私を制した。
「……え?」
「回復は、いらん。……俺の『盾』が、もう、やってくれた」
ガレンさんが、ゆっくりと振り返った。
その顔は煤だらけだったが、その瞳には、かつてないほどの『生命力』が漲っていた。
「……ボルカン師の言った通りだ」
ガレンさんは、自分の盾を叩いた。
「この『ミスリル銀鋼』と『地竜の逆鱗』……。俺が死ぬ寸前で、俺の生命力を吸い上げるのを『止め』やがった。そして、お前が放った『聖回帰』の余剰魔力を吸い取って、俺に『還元』してくれた」
(……すごい)
私は、その盾を見た。
Sランクの盾は、主を殺さない。
ギリギリの命のやり取りの中で、主を生かすために、自律して魔力を制御したのだ。
「……ふん。呆れた男だ」
ライオス様が、歩み寄ってきた。彼は、ガレンさんの肩を、強く叩いた。
「Sランクの親衛隊五体を、一人で足止めし、あまつさえ生還するか。……俺でも、聖剣を折る覚悟でなきゃ、無理だったぞ」
「俺一人じゃありません」
ガレンさんは、私を見た。
「後ろに、最高の『心臓』がいましたから」
「……まったく」
シルヴィア様も、苦笑しながら近づいてきた。
「あなたたち『アルテミス』のおかげで、私たちの面目は丸潰れよ。……でも」
彼女は、光を取り戻した『大障壁』を見上げた。
「……美しいわね」
その言葉に、全員が頷いた。
私たちは、成し遂げたのだ。
魔王軍の幹部を倒し、親衛隊を退け、世界を蝕む『杭』を抜き去り、この大陸を守る『壁』を取り戻した。
「……帰ろう」
シルヴィア様が、私たちに微笑んだ。
「要塞へ。……今度こそ、勝利の美酒が待っているわ」
数時間後。
『北方大要塞』は、お祭り騒ぎだった。
空は晴れ渡り、遠くに見える『大障壁』は、神々しい輝きを取り戻している。
兵士たちは、互いに抱き合い、涙を流して喜び、私たち『アルテミス』の姿が見えると、割れんばかりの拍手と歓声で迎えてくれた。
「英雄だ! 『アルテミス』万歳!」
「アリア様ー! ガレン様ー!」
私たちは、Sランクパーティー『紅蓮の獅子』と共に、要塞の司令室で、ささやかな、しかし最高に美味しい祝杯を挙げていた。
「……さて」
宴もたけなわの頃、シルヴィア様が、グラスを置き、真剣な表情で切り出した。
「今回の件で、はっきりしたことがあるわ」
場が静まり返る。
「『黒い杭』。……あれは、魔族の技術じゃない。もっと古くて、異質な……『古代魔法文明』の産物よ」
「古代の……?」
私が聞き返す。
「ええ。そして、それを操作していた『何者か』がいる。……魔王軍とは別に、この世界を裏から壊そうとしている『黒幕』が」
シルヴィア様は、私をまっすぐに見つめた。
「アリア。あなたの『杖』。……その素材である『世界樹』は、何かを知っているかもしれない」
(……世界樹様……)
私は、自分の杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を握りしめた。
エルフの森で聞いた、『声』を思い出す。
『魔王の瘴気は、ほんの兆候にすぎない』
『本物の危機が迫っている』
「私たちは、一度王都に戻り、国王陛下に報告するわ。……そして、その『黒幕』の正体を突き止める」
シルヴィア様は、私たちに言った。
「『アルテミス』。あなたたちも、来なさい。……Sランク昇格の叙勲と、そして……」
「次の『戦場』が、あなたたちを待っているわ」
Aランクパーティー『アルテミス』の、『大障壁防衛任務』は、完全勝利で幕を閉じた。
だが、それは、世界の命運をかけた、さらなる激闘への「入り口」に過ぎなかった。
新たな謎。新たな敵。
そして、私たち自身の、さらなる「進化」。
物語は、次のステージへと進む。
(第3章・完)




