第52話:『憤怒』の終焉と、Sランクの証明
「合同大魔法――『トリニティ・バースト』!!!!」
視界を埋め尽くす極光が収束し、世界が白一色に染まった数秒間。
音すらも置き去りにされたその静寂の後、遅れてやってきた衝撃波が、北方大要塞の堅牢な石壁さえも震わせた。
やがて、光が晴れていく。
そこにあったのは、もはや「戦場」ではなかった。
大地が深くえぐり取られ、ガラス状に溶解した巨大なクレーター。
そして、その中心に――。
「……バ、カな……」
魔王軍幹部、『憤怒』のヴォルグ。
体長20メートルの巨獣と化していた彼の体は、その9割が「蒸発」していた。
六本あった腕は全て消し飛び、下半身もなく、ただ、無残に焼け焦げた胴体と頭部だけが、クレーターの底に転がっていた。
「……我が『影』が……再生、しな、い……?」
ヴォルグが、呻く。
本来なら、周囲の瘴気を吸って瞬時に再生するはずの彼の体が、断面からボロボロと崩れ落ちていく。
私の『変換』魔法が、彼を構成する「影」の性質そのものを、「光」へと書き換えてしまったからだ。傷口が「浄化」され続けているため、再生が追いつかないのだ。
「……貴様ら、人間、では……な、い……」
ヴォルグの赤い瞳が、私を捉えた。
そこには、もはや怒りすらなく、理解を超えた存在に対する、根源的な「恐怖」が浮かんでいた。
「トドメだ!!」
その声を上げたのは、影から現れたSランク暗殺者、シェイド様だった。
「レオ! エララ! 奴の『核』は剥き出しだ! やれるな!?」
「「おうッ!!」」
クレーターの縁から、二つの影が飛び出した。
レオくんとエララさん。
二人は、あの大爆発の衝撃波の中を、シェイド様の影に隠れて、無傷で接近していたのだ。
「これで、終わりだァァァッ!!」
「消えなさい、亡霊!!」
二人の呼吸が、完全に重なる。
アリーナでの地獄の特訓で掴んだ、Sランクの絶技。
「「奥義――『竜顎の十字架』!!!!」」
レオくんの縦の斬撃と、エララさんの横の斬撃。
二つの剣閃が、ヴォルグの剥き出しになった胸部の『核』一点で交差し、閃光となって突き抜けた。
パリィィィィィィィンッ!!!!
硬質な音が響き、ヴォルグの赤い瞳から、光が消えた。
「……魔王、様……万、歳……」
ドサッ……。
崩れ落ちた残骸が、黒い霧となって霧散していく。
『憤怒』のヴォルグ。
Sランクパーティー『紅蓮の獅子』を追い詰めた魔王軍幹部は、私たち『アルテミス』との共闘の前に、完膚なきまでに敗れ去った。
「……勝った……のか?」
城壁の上で、兵士たちが、恐る恐る顔を上げた。
無限に湧き続けていた『影』の軍勢も、指揮官を失い、私の『聖域』の中で次々と消滅していく。
「……勝ったぞォォォォォッ!!!」
「魔王軍幹部を! 倒したぞォォッ!!」
ワァァァァァァァァッ!!!!
要塞全体から、割れんばかりの歓声が上がった。
それは、絶望的な防衛戦が続いていたこの場所で、久しぶりに響いた「希望」の声だった。
「……ふぅ。やれやれ」
Sランク聖騎士ライオス様が、聖剣を収め、肩の力を抜いた。
「まさか、ここまで一方的な戦闘になるとはな。……俺たちの出番、半分もなかったんじゃないか?」
「違いない」
神官バルガス様も、額の汗を拭いながら笑った。
「ワシの結界も、アリア嬢の支援があったおかげで、全盛期より硬かったわい」
そして、シルヴィア様が、私たちの方へと歩いてきた。
私たちは、緊張して背筋を伸ばした。
彼女は、ボロボロになった地面を踏みしめ、私の前で止まると――。
「……見事よ、『アルテミス』」
そのルビー色の瞳を細め、心からの称賛を送ってくれた。
「個々の武力、連携、そして何より……戦場そのものを支配する、その『杖』の力。……あなたたちは、もう『Aランク』の枠には収まらない」
シルヴィア様は、右手を差し出した。
「ようこそ、こちらの世界(Sランク)へ。……これからは、『背中』を預け合う『戦友』として、よろしく頼むわ」
「……はい!」
私がその手を握り返すと、ガレンさん、レオくん、エララさんも、ライオス様たちと握手を交わしていた。
カイトに追放され、泥水をすすったあの日から、ここまで来た。
私たちはついに、名実ともに、王国の最高戦力と肩を並べたのだ。
「……ですが」
シルヴィア様が、表情を引き締め、北の空を見上げた。
「祝杯をあげるには、まだ早いわ」
ヴォルグは倒した。影の軍勢も消えた。
だが、その向こう側。
『大障壁』に走った巨大な『亀裂』は、いまだ黒い瘴気を吐き出し続けている。
ヴォルグは、そこから漏れ出した「尖兵」に過ぎない。
あの亀裂を塞がない限り、第二、第三の幹部が、あるいは『魔王』そのものが、現れるかもしれない。
「行きましょう」
私が、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を掲げた。
「あの亀裂を、塞ぎに」
「ええ」
シルヴィア様が頷く。
「ここからは、『魔王の瘴気』の発生源への、突入作戦よ。……アリア、あなたの『浄化(変換)』だけが頼りだわ」
ひとつの戦いは終わった。しかし、戦争はまだ終わっていない。
私たちは、Sランクパーティーとの混成部隊として、人類未踏の領域――『大障壁』の内部へと、向かうことになる。




