第50話:『憤怒』の黒騎士と、Sランクの『初陣』
「……我が名は、『憤怒』のヴォルグ」
漆黒の鎧をまとった魔王軍幹部が、その名を名乗った瞬間。
『北方大要塞』の城壁周辺の空気が、物理的な重さを持って歪んだ。
それは単なる魔力ではない。生物が本能的に抱く「恐怖」と「怒り」を強制的に引きずり出す、精神干渉の波動だった。
「う、あ……ッ!」
城壁の上にいた一般の兵士たちが、泡を吹いて倒れ、あるいは錯乱して叫び声を上げ始める。
Aランク冒険者クラスでさえ、膝が震え、武器を取り落とすほどのプレッシャー。
「……下がれ! 雑兵共!」
シルヴィア様が、紅蓮の炎壁を展開し、兵士たちを守る。
「奴は、魔王軍『七つの大罪』の一角! 生半可な結界など、息をするだけで砕かれるわ!」
「……ほう」
ヴォルグは、赤い双眸を細めた。
「『紅蓮の魔女』か。……だが、我が興味は、其奴だ」
ヴォルグの魔剣が、真っ直ぐに、ガレンさん――いや、その背後にいる私を指した。
「貴様だな。我が『影』の軍勢を、忌々しい『光』で浄化したのは」
「……ッ!」
「死ね」
ドォォォォォンッ!!
音速を超えた。
ヴォルグの姿が掻き消え、次の瞬間には、私の目の前に「死」そのものが迫っていた。
「アリア!!」
「させるかよッ!!」
ガキンッ!!!!
私の鼻先数センチで、凄まじい火花が散った。
ガレンさんが、反応速度の限界を超えて割り込み、『アルテミス・ハート・イグニス』で、ヴォルグの魔剣を受け止めていたのだ。
「ぐ……ゥ、オオオオオッ!!」
ガレンさんの足元の石畳が、クモの巣状に砕け散る。
「……重い……ッ! 聖騎士ライオス様の一撃より、重い……!」
「ほう。我が一撃を受け止めるか、人間。……だが、いつまで持つ?」
ヴォルグが、魔剣にどす黒いオーラを込めた。
「『憤怒の波動』!」
至近距離からの、衝撃波。物理防御を無視して、盾ごと相手を粉砕する技。
「ガレンさん!」
「心配するな!」
ガレンさんは、一歩も引かなかった。
「この盾は……ボルカン師の『最高傑作』だ! お前ごときの『怒り』で、砕けるかァッ!!」
ブォンッ!!
盾の中心にある『ミスリル銀鋼』のコアが青く輝き、同時に『地竜の逆鱗』が赤熱化した。
ガレンさんの生命力が燃料となり、爆発的な『熱』が放出される。
ヴォルグの「闇の衝撃波」が、盾から放たれた「紅蓮の熱波」と衝突し、ジューッ! という音と共に『蒸発』した。
「な……ッ!?」
ヴォルグが、初めて驚愕の声を上げた。
「我が魔力を……『焼き払った』だと!?」
「今だ! レオ! エララさん!」
「「応ッ!!」」
ヴォルグが体勢を崩した一瞬の隙。
左右の死角から、シェイド様の特訓を受けた「二本の剣」が襲いかかった。
「遅い!」
ヴォルグは、見もせずに魔剣を振るい、二人を薙ぎ払おうとする。
だが。
「見えているわ!」
エララさんが、ヴォルグの剣筋を紙一重で見切り、身を低くして回避。
その回避行動が、背後にいたレオの姿を『隠す』ブラインドとなる。
「死角だァッ!」
レオの双剣が、ヴォルグの鎧の隙間、脇腹へと突き込まれた。
ガギィッ!!
「チッ! 硬ぇ!」
刃は通ったが、浅い。Sランクの鎧は、Aランクの剣では貫通しきれない。
「羽虫が……!」
ヴォルグが激昂し、全方位に魔力を放出しようとする。
「消え失せろ!!」
全員が吹き飛ばされる――その直前。
「させません!」
私は、杖『アルテミス・ロッド・アイギス』を掲げた。
「『聖域展開』――『魔力掌握』!!」
私の杖の『世界樹の魔核』が、翠色に閃光した。
ヴォルグが放出しようとした「憤怒の魔力」が、私の周囲の空間に干渉された瞬間、強制的に『鎮静化』された。
「……な、に……?」
ヴォルグは、自分の力が、霧散していく感覚に慄いた。
「我が魔力が……『支配』されている……?」
「ガレンさん! 今です! フルパワーで!」
私は、杖を通して、ガレンさんに私の魔力を送り込んだ。
「『超・身体強化』!!」
私の『Sランクの魔力』が、一滴のロスもなくガレンさんに流れ込み、そしてガレンさんの『Sランクの盾』が、それを爆発的な推進力に変えた。
「うおおおおおおおおっ!!」
ガレンさんの盾が、太陽のように燃え上がった。
「必殺! 『紅蓮・盾衝』!!!!」
ドゴオオオオオオオオオオッ!!!!
灼熱の盾の一撃が、ヴォルグの腹部にクリーンヒットした。
Sランクの鎧が、熱で飴細工のように歪み、衝撃が内部へと突き抜ける。
「ガ、ハッ……!!」
魔王軍幹部、ヴォルグの口から、黒い血が噴き出した。
その巨体が、砲弾のように吹き飛び、はるか後方の、崩れかけた石壁へと激突した。
ズズーン……!
土煙が舞い上がり、戦場が一瞬、静寂に包まれる。
「……嘘だろ……」
城壁の上で見ていた兵士たちが、震える声で呟いた。
「あいつら……『魔王軍幹部』を……吹き飛ばしたぞ……」
シルヴィア様も、目を見開いていた。
「……信じられない。個々の力はまだSランクに届かない者もいる。……けれど、『連携』としての総戦力は……完全に、Sランクの『個』を凌駕している……!」
土煙の中から、ヴォルグが、ふらふらと立ち上がった。
その鎧の腹部は大きく凹み、焼け焦げている。
彼の顔から、余裕と侮蔑は消え失せ、底知れぬ「殺意」と、戦士としての「認識」が宿っていた。
「……人間風情が」
ヴォルグが、血を拭った。
「認めよう。貴様らは、羽虫ではない。……我が主の覇道を阻む、『敵』であると」
ヴォルグの全身から、先ほどとは比較にならない、どす黒い魔力が噴き出し始めた。
空の色が、さらに暗く変わっていく。
それは、Sランクモンスターが「本気」になった時の、絶望の合図。
「……来るぞ」
ガレンさんが、盾を構え直す。
「ああ」
レオが、双剣を構える。
「ここからが、本番だ」
私たち『アルテミス』は、一歩も引かなかった。
魔王軍幹部との初戦。
私たちは、確かに通用した。
そして、この激戦を乗り越えた時こそ、私たちが真に『世界を救う英雄』となる瞬間だと、全員が確信していたからだ。
「……第2ラウンドといくか」
ヴォルグが魔剣を構えた、その時。
ヒュンッ!
空から、一筋の『白銀の閃光』が降り注ぎ、ヴォルグと私たちの間に突き刺さった。
「……そこまでだ、ヴォルグ」
現れたのは、白銀の鎧に身を包み、聖剣を携えた男。
Sランクパーティー『紅蓮の獅子』、聖騎士ライオス様だった。
彼は、私たちを振り返り、ニヤリと笑った。
「……よく耐えたな、ルーキーども。……いや、『アルテミス』」
「あとは、俺たち(先輩)と……『共闘』といこうか」
SランクとAランク(Sランク級)。
二つのパーティーが並び立つ、最強の防衛戦が、始まろうとしていた。




