第5話:迷宮の罠と二つの戦線
『ミノタウロスの迷宮』は、その名の通り、B+ランクに相応しい複雑な構造をしていた。
「ガレン、左からの通路、罠反応あり」
「うむ。エララ、レオ、右通路から回り込むぞ。アリア、警戒を頼む」
「はい!」
私たちのパーティー『アルテミス』は、完璧な連携で迷宮の浅い階層を突破していた。
ガレンさんがその圧倒的な防御力と注意力で先陣を切り、エララさんとレオが両翼で機動的に敵を排除する。私は最後尾から、支援魔法と罠の感知、そしてパーティー全体の状況を把握する。
「アリアの支援、本当に助かるな」
レオが、一体のミノタウロス・ソルジャーを仕留めながら言った。
「カイトのパーティーにいた頃は、お前の感知能力、宝の持ち腐れだった」
「そんなことないよ。あの頃は、カイトさんの派手な攻撃の邪魔にならないように、索敵する余裕もなかったから……」
「フン」
とエララさんが鼻を鳴らす。
「あの男、魔法使いをただの砲台としか思っていなかったのでしょう。戦術の『眼』を潰していたなんて、滑稽だわ」
ガレンさんも頷く。
「リーダーが優秀な『眼』を持たず、仲間の『眼』さえ信用しないパーティーは、遅かれ早かれ崩壊する。……さて、着いたぞ。ここが最深部だ」
開けた広間の中央には、ひときわ巨大な影がうずくまっていた。
体長は5メートルを超えるだろうか。手には巨大な戦斧を持ち、荒い鼻息を立てている。
B+ランクモンスター、『迷宮の主』ミノタウロスだ。
「グオオオオオオッ!!」
ミノタウロスが私たちに気づき、雄叫びを上げる。
「戦闘開始! ガレン、正面!」
「応!」
ガレンさんが盾を構えて突進し、ミノタウロスの戦斧を正面から受け止める。凄まじい金属音が響き渡り、火花が散った。
「ぐっ……! やはり重い!」
「エララさん、レオ、脚を狙って!」
「「おう!」」
エララさんとレオが、左右からミノタウロスの膝裏とアキレス腱を狙う。だが、ミノタウロスは巨体に似合わず素早く、戦斧を振り回して二人を寄せ付けない。
「アリア! スキルを!」
「はい! 『力の天秤』!」
私はミノタウロスにスキルを発動。対象はガレンさん。
ミノタウロスの動きがわずかに鈍り、ガレンさんの盾が青白い光を帯びる。
「よし! これなら抑え込める!」
ガレンさんがミノタウロスと拮抗した、その時だった。
「――そこまでよ!」
広間の入り口、私たちが通ってきた唯一の通路から、甲高い声が響いた。
振り返ると、そこにはカイト、ルナ、サラ、ミナの『蒼き流星』のメンバーが立っていた。
「カイトさん!? なぜここに……」
「決まってるだろ、アリア」
カイトの目は、嫉妬と憎悪で濁りきっていた。
「お前たちに『復讐』しに来たんだ」
「何を言ってるの!」
「ねえ、アリア」
ルナが、意地の悪い笑みを浮かべて詠唱を始める。
「迷宮での事故は、日常茶飯事なのよね?」
「まずい!」
私は叫んだ。
「ガレンさん、エララさん、レオ! 罠です!」
「『土砂崩』!!」
ルナの魔法が炸裂し、広間の入り口の天井が轟音と共に崩れ落ちた。土砂が通路を完全に塞ぎ、私たちの退路は断たれた。
「グオオオッ!」
同時に、ミノタウロスがガレンさんの盾を弾き飛ばし、体勢を崩す。
「ガレン!」
エララさんが咄嗟にカバーに入る。
「あははは!」
カイトが高笑いする。
「どうだ、アリア! これでお前たちは袋のネズミだ!」
「カイト、なんてことを……!」
レオがカイトを睨みつける。
「うるさいぞ、裏切り者が!」
カイトが剣を抜き、サラとミナが弓と短剣を構える。
「サラ! ミナ! あの二人の足を狙え! ミノタウロスに殺させるんだ!」
「え……で、でも、カイトさん……」
サラとミナは、さすがに躊躇しているようだった。自分たちが、殺人の片棒を担がされようとしていることに気づいたのだ。
「いいからやれ! これは命令だ!」
「チッ……!」
私たちは、最悪の状況に陥った。
前門の虎――B+ランクのミノタウロス。
後門の狼――私たちに復讐を企む、カイトのパーティー。
「アリア! どうする!」
レオが叫ぶ。
私は、二つの敵意に挟まれながら、必死で思考を巡らせた。
カイトたちは、私たちがミノタウロスに倒されるのを待っている。だが、もし私たちがミノタウロスを倒せば、疲弊したところをカイトたちが襲うだろう。
(どっちに転んでも、絶体絶命……)
「……いいえ」
私は杖を握りしめた。
(カイトさん。あなたは、まだ分かっていない)
「ガレンさん、エララさん、レオ! ミノタウロスに集中してください!」
「なにを言ってる、アリア! 後ろから!」
「大丈夫です! あの人たちは……私が引き受けます!」
「は?」
カイトが、私を嘲笑う。
「お前が? 無能なお前が、一人で俺たちを止められるってのか?」
私は、カイトたちに向き直った。
「私は、カイトさんのパーティーにいた頃、攻撃魔法を禁じられていました」
「……?」
「あなたが『威力が低い』『チマチマしてる』と馬鹿にした、あの魔法しか使わせてもらえなかった」
でも、と私は続けた。
「『アルテミス』の仲間たちは、私に『お前の判断を信じる』と言ってくれた。だから、私は、私のやり方で戦います」
「アリア……」
ガレンさんが、ミノタウロスの攻撃を防ぎながら、私を信じるように頷いた。
「面白い」
カイトが剣を構える。
「やってみろよ、無能。お前が俺に勝てるものならな!」
「ルナ、援護を!」
「任せて! 『火球』!」
ルナが放った火球が、私に向かって飛んでくる。
私は動かない。
「アリア、避けろ!」
レオが叫ぶ。
火球が私に直撃する寸前。
私は、私とルナの間に、あのスキルを発動させた。
「――『力の天秤』!」
対象は、ルナ。そして、私。
ルナが放った火球が、私に触れる直前で、まるで水に吸い込まれるように、私の中に「吸収」された。
「「「なっ!?」」」
カイトも、ルナも、そしてミノタウロスと戦っていた仲間たちさえも、目を疑った。
「そ、そんな馬鹿な! 魔法を、無効化した……?」
「いいえ」
私は、自分の右手に集まっていく膨大な魔力を感じながら、冷たく言い放った。
「無効化じゃありません。『吸収』して、『変換』したんです」
私のスキルは、敵の「力」を奪い、味方に「与える」だけではなかった。
それは、敵の「魔力」さえも奪い、私の「魔力」として上乗せする――。
「これが、私の本当の力。あなたが『無能』と呼んだ、魔法使いの力です!」
私は、ルナから奪った魔力を上乗せした、私自身の魔法をカイトたちに向かって解き放った。
「『氷結牢』!!」
カイトたちが立っていた床から、凄まじい勢いで氷の柱が突き出し、彼らを一瞬にして閉じ込めた。
「な……! 氷が、溶けない……!?」
「私の魔力よ! このバカ!」
「アリア、すごい!」
「よそ見をしている暇があるのか!」
ガレンさんの声に、私はハッと振り返る。
カイトたちを一時的に無力化したが、本命のミノタウロスが、仲間たちを押し始めていた。
「今行きます!」
二つの戦線を、同時に捌く。
私たちの本当の戦いが、今、始まった。




