第47話:最高傑作の「産声」とSランクの「鼓動」
ボルカン師が、私たち『アルテミス』を工房から追い出し、鉄の扉を閉ざしてから、約束の五日が過ぎた。
その五日間、王都鍛冶区は、異様な熱気に包まれていたと聞く。
昼夜を問わず響き渡る、地響きのようなハンマーの音。煙突から噴き上がり続ける、七色の魔力を帯びた炎。
それは、伝説の鍛冶師が、その生涯で最高の仕事をしていることを、王都中に知らしめていた。
そして、六日目の朝。
ハンマーの音が、止んだ。
「……行こう」
ガレンさんが、宿屋『白獅子の寝床』のロビーで、静かに立ち上がった。
彼は、背中に背負っていたBランクの『鋼鉄の盾』を、部屋に置いてきていた。今の彼には、もう、半端な盾は必要なかった。
「ああ」
レオくんも、武者震いするように、愛用の双剣の柄を撫でた。
「待ちくたびれたぜ。……Sランクの『最高傑作』、拝ませてもらおうじゃねえか」
私たちは、早朝の静けさが残る王都を歩き、鍛冶区へと向かった。
『ボルカン工房』の前には、すでに、徹夜明けのような顔をした、近所の鍛冶職人たちが、遠巻きに集まっていた。
「……おい、音が止んだぞ」
「あの中から感じる魔力……。間違いねえ、とんでもないモンができあがってやがる」
ガレンさんが、工房の前に立つと、職人たちが、自然と道を開けた。
ガレンさんは、煤けた鉄の扉に、手をかけた。
ノックは、しなかった。
扉は、鍵がかかっていなかった。まるで、主が、私たちが来るのを待っていたかのように。
ギイイイィィィ……。
重い扉が開くと、中から、熱風と共に、静謐な空気が流れ出してきた。
「……来たか」
工房の奥、消えかけた炉の前に、ボルカン師が座り込んでいた。
その姿は、五日前よりも一回り小さく見えた。全身の精根を、燃やし尽くしたかのように。
だが、その目は、爛々(らんらん)と輝き、子供のような純粋な喜びに満ちていた。
「……持って行け」
ボルカン師は、顎で、作業台の上をしゃくった。
そこには、二つの『武具』が、鎮座していた。
一つは、『盾』。
あの日、ヒビが入ったAランクの呪物『黒曜の心臓』。
だが、今のそれは、全く別の姿に生まれ変わっていた。
漆黒のベースはそのままに、その表面は、『地竜の逆鱗』によって、燃え盛る溶岩のような赤黒い輝きを放ち、何者をも寄せ付けない圧倒的な『硬度』を感じさせる。
そして、その中心。核には、私たちが採掘した『ミスリル銀鋼』が埋め込まれ、まるで生き物の血管のように、盾全体に青白い魔力回路を張り巡らせていた。
「……『アルテミス・ハート・イグニス(紅蓮)』」
ボルカン師が、その名を呟いた。
「地竜の『熱』と、ミスリルの『伝導率』。……ガレン。お前の生命力を燃料に、Sランクの攻撃すら『焼き尽くして』防ぐ、攻撃的な盾だ」
「……イグニス……」
ガレンさんが、震える手で、その盾を持ち上げた。
ズシン、という重量感。だが、以前のような「魂を吸われる」ような不快感はない。盾が、ガレンさんの生命力を「燃料」として認識し、静かに、命令を待っている。
「……軽い。いや、熱い。……俺の血が、滾るようだ」
そして、もう一つ。
『盾』の隣に置かれていたのは、一本の『杖』だった。
それは、派手な装飾など一切ない、ただの『白い木』のようだった。
素材は、私が持ち帰った『世界樹の枝』。
だが、その先端には、あの『世界樹の魔核』が、翠色の光を湛えて埋め込まれ、杖全体が、呼吸をするように、微かな光の粒子を放っている。
「……『アルテミス・ロッド・アイギス(聖域)』」
ボルカン師が、私を見た。
「アリア。お前の『力』は、もう『封印』しなくていい。……その『世界樹』と『魔核』が、お前のSランクの魔力を、一滴も漏らさず、完璧に『制御』し、『増幅』する」
私は、その杖を、手に取った。
(……!)
触れた瞬間、私の魔力回路と、杖が、完全に『一体化』した。
今まで、古い杖に合わせて、無意識に絞っていた魔力の奔流が、堰を切ったように杖に流れ込む。
だが、杖は、それを優しく受け止め、私の意図した通りの『形』へと、瞬時に変換してくれる。
(すごい……。これが、Sランクの『杖』……!)
まるで、私の『手』が、もう一本増えたような、いや、私の『神経』が、世界そのものに繋がったような感覚。
「……完成、だな」
エララさんが、ため息交じりに呟いた。
「見てるだけで、肌が粟立つわ。……これが、私たちの『心臓』と『盾』」
「……行け」
ボルカン師が、私たちに背を向け、ボロ布をかぶって、床に横になった。
「俺は、寝る。……死ぬほど、寝る。……礼なら、いらねえ。……その『最高傑作』で、『世界』を、救ってきやがれ……」
言い終わる前に、豪快なイビキが聞こえ始めた。
「……ありがとうございます、ボルカン師」
ガレンさんが、その寝姿に、深く、深く、頭を下げた。
私たちも、全員で礼をした。
工房を出ると、朝の光が、私たちの新しい装備を照らした。
ガレンさんの腕には、地竜の赤とミスリルの青が脈打つ『最強の盾』。
私の手には、世界樹の翠が輝く『至高の杖』。
そして、その両脇を固める、レオくんとエララさんの、研ぎ澄まされた『剣』。
私たちは、もはや、昨日の私たちではなかった。
「……行くぞ」
ガレンさんが、王都の北――『大障壁』の方角を見据えた。
「シルヴィア様が、待っている」
私たちは、王都ギルド本部へとは戻らなかった。
向かう先は、ただ一つ。
『宮廷魔術師団』の本部にある、Sランク任務専用の『転移門』。
Aランクパーティー『アルテミス』。
第3章、開幕。
私たちの戦場は、ここから『世界』へと、広がる。




