第44話:『地竜』の封印と『アルテミス』の「解」
王都から北へ、丸一日。
私たちは、再び、あの荒涼とした『古代ドワーフ鉱山跡』へと、戻ってきていた。
数日前に、あれほど苦戦した『タンク・ブレイカー(ゴーレム)』の残骸が転がる坑道を、今度は、迷いなく、その『下層』へと向かって進んでいく。
「……空気が、変わった」
先頭を進むエララさんが、足を止めた。
坑道の、さらに奥。私たちが『ミスリル銀鋼』を採掘した広間の、その隅。
『紅蓮の獅子』の戦闘記録にあった通り、Sランクの聖騎士ライオス様が、その『聖剣』の力で、強引に『封印』したという、地下深くへと続く『亀裂』が、口を開けていた。
そこから、生暖かい、硫黄の匂いと、Sランク級の、圧倒的な『魔力』が、漏れ出してきている。
「……ガレンさん」
私は、ゴクリと唾を飲んだ。
「……ああ」
ガレンさんが、背中から、私たちの「新しい盾」を、構え直した。
『アルテミス・ハート』。
ボルカン師が、三日三晩、寝ずに打ってくれた『中間進化』の盾。
それは、ヒビが入っていた『黒曜の心臓』の禍々しい漆黒を、ベースにしながらも、その中心には、私たちが持ち帰った『ミスリル銀鋼』が、青白い『核』として輝き。
そして、盾の裏側、ガレンさんの腕が触れる部分には、『世界樹の魔核』が、翠色の『調整弁』として、埋め込まれていた。
ガレンさんが、その盾を構えた、瞬間。
(……!)
私は、自分の魔力が、まるで、もう一つの『心臓』と繋がったかのように、ガレンさんと『リンク』するのを、鮮明に感じた。
『黒曜の心臓』が、ガレンさんの生命力を、一方的に『奪って』いったのとは、違う。
『アルテミス・ハート』は、ガレンさんの『生命力』と、私の『魔力』を、『世界樹の魔核』を通して、『循環』させていた。
「……すごい」
ガレンさんが、驚愕の声を漏らした。
「軽い……。いや、重さは変わらん。だが、アリアの『力』が、俺の『血』になって、巡っている……!」
「……これが、『調整弁』……」
世界樹の『声』が、蘇る。
(『力』を、『正しい方向』に、一滴も、無駄にすることなく、『集中』させる……)
「……行くぞ」
ガレンさんが、その新しい『盾』を先頭に、『地竜』の巣穴へと、一歩、踏み入れた。
下層は、地獄のようだった。
空気は、摂氏100度近い熱波となり、足元には、溶岩の川が流れている。
「アリア! 『冷却結界』!」
「はい!」
私が、パーティー全員に、耐熱の結界を張る。
そして、私たちは、それを見た。
「……」
広大な、地底のドーム。その中央。
溶岩の海の中で、眠っていた、山が、動いた。
いや、山ではない。
『地竜“ガイア”』。
体長は、50メートルを超える。その鱗は、火山岩そのものであり、Sランクパーティー『紅蓮の獅子』ですら、「討伐」を諦め、ライオス様が『封印』するしかなかった、A+ランク(規格外)の、怪物。
(……ギルマスが、言っていた通りだ)
私は、思い出していた。
(『動くと隙ができる』)
(『動かないと隙はできない』)
(『仮に隙ができたのなら、相手が凡人か、或いは罠か』)
『地竜』は、今、ライオス様の『聖剣』の力によって、その四肢を、光り輝く『聖なる鎖』で、溶岩の川底に、縛り付けられていた。
「動かない」格上。
Sランクパーティーは、この『動かない』状態の『地竜』を、殺しきれなかったのだ。
「……ガレン」
エララさんが、その光景に、息を呑んだ。
「ギルドの資料通りよ。ライオス様は、この『封印』で、動きを止めている。……だが、鎖が、もう、持たない……!」
エララさんの言う通り、光の鎖は、『地竜』が、寝息を立てるたびに、その莫大な魔力によって、ミシミシと、軋み、砕け散ろうとしていた。
「ボルカン師の『試練』は、『地竜の逆鱗』。……眠っている間に、一枚、剥がして、逃げるか?」
レオが、双剣を抜きながら、提案する。
「……無理だ」
ガレンさんが、首を振った。
「あの『鱗』は、Sランクのライオス様の『聖光撃』ですら、貫けなかった。……シェイド様の『竜殺し』の型でも、アリアの『Sランク級の支援』がなければ、俺たちの『剣』では、剥がせない」
「……つまり」
私は、覚悟を決めた。
「この『地竜』を、一度、起こして、『紅蓮の獅子』ですら、見つけられなかった『隙』を、私たちが、作って、叩く」
「……!」
「アリア」
エララさんが、私を見た。
「あなたは、シェイド様の『特訓』を見ていない。……Sランクの『個』が、どれほど恐ろしいか……」
「いいえ」
私は、エララさんとレオを、まっすぐに見返した。
「私は、ライオス様の『個』を、ガレンさんと、止めました。……そして、エララさんとレオくんは、シェイド様の『個』の、教えを、受けた」
私は、ガレンさんと、レオと、エララさんを、見回した。
「私たちは、『個』じゃない。『アルテミス』です」
「……ケッ」
レオが、嬉しそうに、鼻を鳴らした。
「ボルカン師のジジイが打った、この『盾』の名前を、忘れるわけ、ねえよな」
『アルテミス・ハート(わたしたちの心臓)』。
「……アリア」
ガレンさんが、私に、最終確認を、求めた。
「ギルドで調べた、お前の『作戦』、本当に、やれるんだな?」
「はい」
私は、宮廷魔術師団の図書館で、三日三晩、研究し続けた、私の『新しい魔法』を、信じた。
「『地竜“ガイア”』のブレスは、『炎』ではありません。あれは、『溶岩』そのものを、吐き出す、『超高熱の地脈エネルギー』です」
「ああ。資料にも、あった」
「だから、Sランクのシルヴィア様や、ライオス様の『聖』や『氷』の魔法でも、『相殺』できなかった」
「でも」
私は、杖を構えた。
「私の『進化魔法』は、『変換』の力。『力』を『力』でぶつけるんじゃありません。……『力』の『性質』を、変える」
「『超高熱』のエネルギーなら、その『熱』を、『吸収』して、『別』の力に、『変換』します」
「……来たぞ!」
レオが、叫んだ。
私たちが、A+ランクの『間合い』に入ったことに、ついに、『地竜“ガイア”』が、気づいた。
グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
地底ドーム全体が、揺れた。
『地竜』が、その巨体を、起こした。
Sランクのライオス様が、半年前に、命がけで張った『聖なる鎖』が、凄まじい音を立てて、弾け飛んだ!
Sランクですら、倒せなかった「格上」が、今、完全に、解き放たれた。
「……!」
『地竜』の、溶岩のように真っ赤な、巨大な『瞳』が、私たち四人を、捉えた。
そして、それは、カイトや、マルクス伯爵や、ヴァレリウスが、私たちに向けた『侮蔑』や『憎悪』とは、全く違う、
ただ、縄張りを荒らす『虫ケラ』を、焼き尽くすためだけの、純粋な『殺意』で、口を開いた。
「――ブレスが、来る!!」
エララさんが、叫んだ。
「ガレンさん! 『アルテミス・ハート』、起動!」
「応!」
ガレンさんが、盾を構える。私とガレンさんの魔力が、『世界樹の魔核』を通して、完全に『リンク』した。
「レオ! エララさん! シェイド様の『型』を!」
「「応!!」」
二人が、私とガレンさんの、左右に展開する。
「私の、新しい『魔法』、いきます!」
私は、ガレンさんの『盾』の、さらに『前』に、魔法陣を展開した。
(『大森林』で、レオくんとエララさんが、私を『守って』くれた!)
(『Sランクの盾』を、私が『守る』!)
「『熱吸収』――『氷結変換』!!!!」
『地竜“ガイア”』の、溶岩のブレスが、放たれた。
それと同時に、私の『進化魔法』が、その『超高熱』を、真正面から、受け止めた。
私の魔力回路が、焼け切れるほどの『熱』が、流れ込んでくる。
(耐えろ、私! 『変換』しろ!)
『世界樹の魔核』が、翠色に、激しく、明滅する!
熱が、私の中で、『冷気』に、変わっていく!
「――今だ!!」
私が、ブレスを『受け止めた』、その一瞬。
『動いた』瞬間の、その『隙』を。
「「『竜顎の十字架』!!!!」」
レオとエララさんの、Sランクの『型』が、『地竜』の、たった一つの『弱点』――
Sランクのライオス様が、半年前、『聖光撃』で、わずかに『ヒビ』を入れた、あの『逆鱗』に、突き刺さった。
「グギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
『地竜』の、絶叫が、地底ドームに、響き渡った。
私たちは、Sランクパーティーが、倒せなかった『竜』に、勝ったのだ。




