第43話:『竜殺し』の型と『中間進化』の盾
ボルカン師の工房の扉が閉められ、王都鍛冶区に、三日三晩鳴り響くことになるであろう、歓喜のハンマーの音が、響き始めた。
私たち『アルテミス』は、最後の『試練』、『地竜の逆鱗』を手に入れるため、二手に分かれて、行動を開始した。
ガレンさんと私は、まず、王都ギルド本部の『資料室』へと向かった。
そこは、故郷のギルド支部とは比べ物にならない、膨大な書物が眠る場所だった。Aランクの依頼書に『Sランクの推薦状なき者、受注を禁ず』とまで書かれた『地竜』。その情報を、徹底的に洗い出す必要があった。
「……あった。『ドラゴンズ・ラヴィーンの主、地竜“ガイア”』……」
ガレンさんが、埃をかぶった分厚い『Sランク討伐記録』を、テーブルに広げた。
その記録は、今から半年前。Sランクパーティー『紅蓮の獅子』が、この『地竜』と交戦した時の、戦闘ログだった。
「……こ、これは……」
私は、その内容を読み進め、息を呑んだ。
『地竜“ガイア”』は、A+ランクとはいえ、その防御力(鱗の硬さ)と、ブレスの威力は、Sランクに匹敵する、と。
Sランクの聖騎士ライオスさんの『聖光撃』ですら、その鱗に、決定的なダメージを与えることが、できなかった。
「……討伐じゃない……」
ガレンさんが、記録の最後の一文を、震える声で読み上げた。
「……『対象の活動を、一時的に『停止』させることに成功。聖騎士ライオスが、巣の入り口を、聖剣の力で『封印』。……だが、封印は、いずれ、竜の魔力によって破られる。再度の『討伐』、もしくは『封印』の維持が、必要』……」
『活動停止中』とは、そういう意味だったのだ。
『紅蓮の獅子』ですら、「倒せなかった」。
ライオスさんは、私たちがボルカン師の『試練』で、いずれ、この『地竜』と対峙することを見越して、私たちに、あの『推薦状』を渡したのだ。
(あの聖騎士様は、私たちが、Sランクの『紅蓮の獅子』が、倒せなかった相手に、挑むことを、知っていた……?)
「……アリア」
ガレンさんが、別の資料――『古代ドワーフ鉱山跡』の地図――を広げた。
「悪い報せが、もう一つだ」
「……?」
「『ドラゴンズ・ラヴィーン(地竜の巣)』は、私たちが『タンク・ブレイカー(ゴーレム)』と戦った、あの『ミスリル銀鋼』の鉱山の、さらに『下層』にある」
(繋がっている……!)
「ボルカン師の『試練』は、全て、あの鉱山跡で、完結していたんだ」
ガレンさんは、自分の『ヒビが入った』呪われた盾を、思い返していた。
「あの『タンク・ブレイカー』のドリルにすら、耐えきれなかった、この盾(の欠片)で……。Sランクが倒せなかった『竜』に、どう、挑めと……」
ガレンさんの顔に、Sランクの聖騎士に挑んだ時以上の、絶望の影が差した。
「……ガレンさん」
私は、宮廷魔術師団の図書館で、レジナルド卿の紹介状を使って借りてきた、『古代魔術』の書物を、開いた。
「私にも、できることがあります」
「アリア?」
「『大森林』で、レオくんとエララさんが、私とガレンさんを、守ってくれました。……今度は、私たちが、あの二人を、守る番です」
「……?」
「私は、この三日間で、私の『進化魔法』を、さらに『進化』させます。……『地竜』のブレスに、対抗するための、新しい『魔法』を、です」
「アリア、お前……!」
ガレンさんが、ボルカン師の盾の完成を待ちながら、ライオスさんの『聖光撃』の衝撃を思い出し、己の『肉体』を鍛え直すように、瞑想を始めた。
私も、その隣で、世界樹が言った、『力』の『制御』と『集中』を、必死で、研究し始めた。
私たちの『盾』は、工房の外でも、進化を始めていた。
その頃。
王都訓練場では、地獄のような『訓練』が、始まっていた。
「――遅い!!」
ガキン!
Sランク暗殺者シェイドの短剣一本が、レオの双剣と、エララさんの長剣を、同時に弾き返した。
「……っ!」
「はぁっ、はぁっ……!」
レオとエララさんは、アリーナの土の上に、倒れ込んでいた。シェイドの『監査』に敗北してから、丸一日。二人は、不眠不休で、模擬戦を繰り返していた。
「……なぜ、勝てない……!」
レオが、地面を殴りつけた。
「俺とエララさんは、Aランクだぞ! 二人がかりで、なんで、あんたの短剣一本に……!」
「『大森林』で、シャドウ・パンサーを倒した時の『連携』は、どうした」
シェイドは、冷たく二人を見下ろした。
「あの時、お前たちは、アリア(心臓)とガレン(盾)が、『死んでいる(ダウンしている)』という、極限の状況下で、互いの『全て』を、補完しあったはずだ」
「……!」
「だが、今、お前たちがやっているのは、Aランクの『エララ』と、Aランクの『レオ』が、別々に、俺に攻撃しているだけだ。……そんな『同時攻撃』は、『連携』ではない。『群れ』だ」
シェイドは、エララさんを見た。
「お前(剣士)は、相手の攻撃を『見切る』のが、速い。だが、その『見切った』情報を、隣の『相棒』に、伝達できていない」
「……っ!」
「お前(双剣使い)は、敵の『隙』に、『突っ込む』のが、速い。だが、その『突撃』を、隣の『相棒』が、『カバー』できる『間』を、作っていない」
二人は、ハッとした。
シェイドは、たった一日で、二人の「長所」と「欠点」を、完璧に見抜いていた。
「『二重奏』とは、そういうことだ」
シェイドは、二本の訓練用短剣を構えた。
「お前の『速さ』を、お前の『予測』で、導け。お前の『剣閃』を、お前の『攪乱』で、隠せ」
「……!」
「お前たち二人が、アリアの『Sランク級の支援』を受け止める、『一つの器』となれ。……それが、できなければ」
シェイドは、二人の喉元に、短剣を突きつけた。
「……お前たちは、『地竜』の『鱗』に、触れることすら、できずに、死ぬ」
二日目の夜。
アリーナの照明が落ち、月明かりだけが、フィールドを照らしていた。
レオとエララさんは、ボロボロになりながらも、まだ、立っていた。
シェイドは、アリーナの観客席の、一番上の影に、座っていた。
「……行くぞ、エララさん」
「……ええ、レオ」
二人は、この二日間で、初めて、互いの『呼吸』と『魔力』が、完全に『同調』するのを、感じていた。
「「――ハァッ!!」」
二人が、同時に、シェイドに向かって、駆け出した。
だが、それは、『同時攻撃』ではなかった。
レオが『右』から仕掛け、シェイドが、それを『左』に弾く。
その、シェイドの体が『左』に流れた、0.1秒の『隙』に、エララさんの剣が、シェイドの『右』の死角から、突き込まれていた。
「……!」
シェイドは、そのエララさんの剣を、驚愕の表情で、紙一重で、回避した。
(……今のは)
「……上等だ」
シェイドは、影から立ち上がった。
「『二重奏』の、入り口には、立ったな」
三日目の朝。
シェイドは、約束通り、アリーナに立っていた。
「……お前たちに、『竜殺し』の『型』を、一つだけ、教える」
「……!」
「これは、『紅蓮の獅子』の『合体技』の一つ。『竜顎の十字架』」
シェイドは、二人に、その「型」を、教え始めた。
それは、危惧した通り、「怖い」技だった。
一人が「縦」の斬撃を。
もう一人が「横」の斬撃を。
敵(竜)の『逆鱗』という、ただ「一点」に、寸分の狂いもなく、同時に、叩き込む。
「……失敗すれば、どうなるか、分かるな?」
シェイドは、冷たく言った。
「互いの『剣』が、ぶつかり合い、砕け散る。……そして、お前たちは、カウンターのブレスで、二人とも、蒸発する」
「……」
「だが」
シェイドは、私がいるであろう、ギルドの方角を見た。
「もし、お前たち二人の『デュエット』が、アリアの『Sランク級の支援』と、『完璧』に『同期』した時……」
「その『十字架』は、Sランクの『鱗』をも、貫く、最強の『槍』となる」
レオとエララさんは、その、あまりにも危険な「切り札」の重みを、受け止めた。
三日目の夕方。
王都鍛冶区。『ボルカン工房』の前。
私たちは、再び、四人で、集結していた。
『地竜』が、Sランクですら倒せなかった「格上」であることを、再確認した、私とガレンさん。
『竜殺し』という、Sランクの「切り札」を、手に入れた、レオとエララさん。
全員が、この三日間で、確実に「進化」していた。
ゴゴゴゴゴ……
工房の、重い鉄の扉が、ゆっくりと、開いた。
中から、まるで、炉そのものが歩いてきたかのような、凄まじい『熱気』が、溢れ出してきた。
「……来たか、小僧ども」
ボルカン師が、立っていた。
その顔は、三日間の徹夜で、疲労困憊のはずなのに、人生で、最高に、楽しそうだった。
そして、彼の背後。
工房の中央に、それは、鎮座していた。
「……!」
ガレンさんが、息を呑んだ。
それは、『黒曜の心臓』の、禍々しい漆黒を、ベースにしながらも。
その『核』には、私たちが持ち帰った『ミスリル銀鋼』が埋め込まれ、青白い、魔力の『回路』が、盾全体を、脈打つように、駆け巡っていた。
そして、その『回路』の中心。盾の裏側(ガレンさんの腕が、触れる場所)には、『世界樹の魔核』が、翠色の『調整弁』として、埋め込まれていた。
「『試練』の、中間品だ」
ボルカン師は、その『盾』を、ガレンさんに、差し出した。
「――その名も、『アルテミス・ハート(お前たちの心臓)』だ」
ガレンさんが、震える手で、その『盾』を、握りしめた。
瞬間、ガレンさんの生命力と、私の魔力が、盾を通して、完璧に『リンク』するのを、感じた。
「……行くぞ」
ガレンさんが、私たちの、新しい『盾』を、構えた。
「ボルカン師の、最後の『試練』。……『地竜』を、狩りに」




