第42話:アリーナの洗礼と「二本の剣」の進化
ガシャアン!
伝説の鍛冶師、ボルカン師は、工房の重い鉄の扉を、私たちの目の前で容赦なく閉めた。
工房の奥からは、すぐに、地響きのような、しかし、どこかリズミカルで歓喜に満ちた、鍛冶のハンマーの音が響き始めた。
「……行っちまったな」
レオが、工房の扉を呆然と見つめている。
「三日だ! 三日、寝ずに打ってやる!……だとさ。……あのジジイ、本気で、俺たちのために『Sランク(仮)』の盾を、打ってくれてる」
「ええ」
エララさんも、そのハンマーの音に、静かに耳を傾けていた。
「『タンク・ブレイカー』をクリアし、『世界樹の魔核』を持ち帰った。……私たちは、あの人に『職人』として、火を点けてしまったようね」
「王都鍛冶区は、ボルカン師の工房の熱気で、今夜は眠れないだろうな」
ガレンさんは、自分の空っぽになった左腕(盾のない腕)を、強く握りしめた。
「……俺も、休んではいられん。アリア」
「はい」
「俺たちは、宿に戻り、ボルカン師がくれた、あの『素材リスト』に書かれていた、『地竜』の情報を、徹底的に洗い出す。……相手はA+ランク。Sランクのライオス様が『活動停止中』と注釈を入れた、その『理由』も、知る必要がある」
「「……!」」
ガレンさんの言う通りだった。『地竜』は、ただの魔獣ではない。Sランクパーティーが、一度「対処」した相手なのだ。
「分かった」
レオが、双剣の柄を叩いた。
「ボルカン師は、こうも言ってたな。『お前たちは、その間に、王都で、『竜殺し』の『剣』でも、磨いておけ』……と」
レオは、エララさんと視線を交わした。
「エララさん。行こうぜ。……俺たちの、本当の『実力』が、この王都で、どこまで通用するのか。……そして、Sランクの『剣』が、どんなモンなのか」
「ええ」
エララさんも頷く。
「アリア。ガレン。……三日後。私たちも『進化』して、ここに戻ってくるわ」
こうして、私たちは、王都で二度目の『二手に分かれた行動』を開始した。
ガレンさんと私は、王都ギルド本部の『資料室』と、宮廷魔術師団の『図書館』(レジナルド卿の紹介状で、入れるようになった)で、『地竜』に関する、あらゆる情報の収集を。
レオとエララさんは、自分たちの『剣』を、Sランクの領域に近づけるため、あのAランク専用訓練場『アリーナ』へと、向かった。
王都訓練場。
そこは、円形闘技場の名にふさわしく、中央の広大なフィールドを、観客席(ギルド職員や非番の冒険者が、訓練を見学できる)が囲んでいた。
レオとエララさんが足を踏み入れると、すでに、数組のAランクパーティーが、激しい模擬戦を繰り広げていた。
「……すげえ熱気だ」
レオが、その空気に、武者震いを抑えきれない、といった様子で呟く。
「あれを見ろ、レオ」
エララさんが指さしたのは、フィールドの片隅、Sランクパーティー『紅蓮の獅子』の紋章が掲げられた、専用区画だった。
そこに、あの男はいた。
影のように気配を消し、まるで「そこにいない」かのように佇む、暗殺者シェイド。
彼は、私たちを『監査』したあの日と同じように、Aランクパーティー三組(合計12名)を、同時に相手取っていた。
「……訓練開始」
シェイドが、そう呟いた、瞬間。
彼の姿が、消えた。
「!?」
「どこだ!」
「後衛を守れ!」
Aランクのパーティーが、慌てて円陣を組む。
だが、遅かった。
「――後ろだ」
Aランクの魔法使いの、その真後ろの影から、シェイドの声がした。
「ギャッ!?」
魔法使いが、首筋に訓練用の短剣を突きつけられ、脱落。
「次」
「くそっ! そこか!」
タンク役が、シェイドがいたはずの場所に、シールドバッシュを叩き込む。
だが、そこには、すでにシェイドの姿はなく。
「――遅い」
今度は、タンクの背後、盾の『死角』に、シェイドが立っていた。
「Aランクのタンクが、自分の背中を、これほど無防備に晒すな」
タンクも、脱落。
「……な……」
レオは、その光景を、観客席から、呆然と見つめていた。
「……見えねえ。エララさん、あんたもか?」
「……いいえ」
エララさんは、レオよりも、もっと深刻な顔で、シェイドの『足運び』を、食い入るように見つめていた。
「見えないんじゃない。……『見せていない』のよ」
「は?」
「彼は、相手の『視線』と『意識』の、ほんの僅かな『隙間』だけを、縫うように、移動している。……私たちが『大森林』で、シャドウ・パンサー相手にやった、『闇に紛れる』のとは、次元が違う」
エララさんは、戦慄していた。
「あれは、『暗殺技術』。……Aランクの『冒険者』が、Sランクの『暗殺者』に、一方的に蹂躙されている」
12名のAランク冒険者たちは、10分も経たずに、シェイド一人によって、全員、無力化された。
シェイドは、汗一つかかず、短剣を鞘に戻すと、観客席にいる、レオとエララさんを、ジロリと見上げた。
「……何の用だ。『アルテミス』の『剣』」
「「!?」」
(気づかれていた……!)
「ボルカン師に、『竜殺し』の剣を磨いてこい、とでも、言われたか」
シェイドは、音もなく、観客席の二人の前に、移動していた。
「……ああ」
レオが、緊張で、双剣の柄を握りしめる。
「あんたの『技術』、教えてもらうわけには、いかねえか」
「俺の技術は、お前たち(双剣使いと剣士)には、教えられん。……分野が違う」
シェイドは、冷たく、そう断った。
「だが」
彼は、フィールドで倒れている、12名のAランク冒険者たちを、アゴでしゃくった。
「……こいつらが、なぜ、俺に負けたか。分かるか?」
「……速さが、違いすぎるからだ」
レオが、答えた。
「違う」
シェイドは、即答した。
「こいつらが負けたのは、『個』として、強すぎたからだ」
「……?」
「Aランクのアタッカーは、自分の『力』に、自信がある。タンクは、自分の『盾』に。ヒーラーは、自分の『回復』に。……全員が、『自分』の『仕事』を、完璧にこなそうとしていた」
「……それが、悪いのか?」
「ああ」
シェイドは、エララさんを見た。
「Sランクの戦場では、それは『自殺行為』だ。……『個』の力が、集まっただけの『群れ』は、Sランクの『個』に、容易く、食い破られる」
「……!」
「『紅蓮の獅子』が、なぜ、Sランクか。……聖騎士が、なぜ、最強の『矛』か。それは、魔術師の『支援』と、神官の『治癒』、そして、俺の『撹乱』が、全て、ライオス一人の『力』として、『集約』されるからだ」
「……」
「お前たち、『アルテミス』には、それがある」
シェイドは、今度は、レオを見た。
「お前たち二人は、『大森林』で、アリア(心臓)とガレン(盾)が、動けない夜を、二人で、守り抜いたそうだな」
「……ああ」
「あの時、お前たちは、Aランクの『個』としてではなく、二人で一つの『剣』として、機能したはずだ」
シェイドは、フィールドに降りた。
「……来い、『アルテミス』の『剣』」
「……!」
「お前たち二人が、Aランクの『個』の寄せ集めなのか。それとも、Sランクの『ユニット』に、進化する『兆し』があるのか。……俺が、見極めてやる」
それは、Sランク暗殺者による、直々の「監査」だった。
「「……望むところだ!!」」
レオとエララさんは、顔を見合わせると、同時に、アリーナのフィールドへと、飛び降りた。
ガキン!
レオの双剣が、シェイドの死角を突く。だが、シェイドは、それを見もせずに、短剣一本で、弾き返す。
「遅い。アリアの『神速』がなければ、その程度か」
「『真空刃』!」
エララさんの、不可視の斬撃が、シェイドの首筋を狙う。
だが、シェイドは、その斬撃の『軌道』を、最小限の動きで、回避する。
「甘い。Aランクの『剣技』は、もはや、俺には、全て『見えている』」
「「くそっ……!」」
レオとエララさんの、Aランクとしては、国内トップクラスのはずの『連携』が、Sランクの『個』であるシェイドに、全く、通用しない。
「……分かったか」
シェイドが、二人の攻撃の『嵐』の中心で、静かに呟いた。
「お前たちが、今、やっているのは、『連携』じゃない。ただの、『同時攻撃』だ」
「……!」
「アリアの『支援』は、お前たち二人を、同時に、強くする。だが、お前たち二人が、『別々』に強くなっただけでは、Sランクの『壁』は、超えられん」
シェイドの姿が、再び、消えた。
「!?」
「レオ、後ろ!」
「――『二重奏』だ」
シェイドの声が、二人の、ちょうど『中間』から、聞こえた。
「お前たち二人の『剣』が、一つの『意志』を持った時。……初めて、アリアの『Sランク級の支援』を、受け止める『器』と、なれる」
ドッ! ドッ!
レオとエララさんは、シェイドの『峰打ち』を受け、同時に、腹を押さえて、崩れ落ちた。
「……三日後」
シェイドは、倒れる二人を見下ろし、告げた。「お前たちの『剣』が、『二重奏』の『意味』を、理解できたなら。……『竜殺し』の『型』を、一つだけ、教えてやる」
レオとエララさんは、王都のAランク冒険者たちの前で、Aランクですらないような、完璧な「敗北」を、喫した。
だが、二人の目には、絶望ではなく、『Sランク』への、明確な『道筋』が見えた、灼熱の「光」が、宿っていた。




