第41話:『調整弁』の代価と「中間」の進化
聖域『エルフの森』を覆っていた、あの神聖な、黄金色の光の霧が晴れ、私たちは王都へと続く街道に戻ってきた。
森の入り口に待たせていた馬車に乗り込むと、現実の喧騒が、まるで夢から覚めたかのように、私たちを包み込んだ。
「……終わった、のか?」
馬車の御者台で、レオが、まだ信じられないという顔で、森の入り口(水晶の柱)を振り返った。
「……Sランク任務、クリア。エルフと『友』になって、『世界樹』からお土産(魔核)まで、もらってきやがった」
「レオ」
エララさんが、その隣で手綱を握りながら、厳しくたしなめた。
「これは、始まりよ。シルヴィア様が私たちに『期待』された、『本当の試練』の、ね」
馬車の中は、奇妙な静けさに包まれていた。
ガレンさんは、背中に背負ったBランクの『鋼鉄の盾』を、無言で見つめている。『エルフの森』では、『力』を隠すために、この「無力な盾」でいるしかなかった。
そして、私の手の中には、あの翠色に輝く『世界樹の魔核』が、静かな鼓動を続けていた。
(『力』を、『正しい方向』に、一滴も、無駄にすることなく、『集中』させる……)
(『あなたは、この魔核を手に入れることで、さらに強くなる』……)
世界樹の『声』が、頭の中で反響する。
私は、自分の『進化魔法』が、仲間を危険に晒す「諸刃の剣」であると、自覚していた。『魔核』は、その「制御」のために必要だと思っていた。
だが、世界樹は、それを『増幅器』だと言った。
私は、自分の力が、どこまで強くなってしまうのか、少し、怖かった。
「……アリア嬢」
馬車に同乗していた、外交官のサー・レジナルドが、私に深く、深く、頭を下げた。
「……恐れ入りました。シルヴィア様が、なぜ、あの『紅蓮の獅子』ではなく、あなた方『アルテミス』を、代理に立てられたのか。……愚かにも、このレジナルド、今、ようやく、理解いたしました」
「そ、そんな、顔を上げてください!」
「いいえ」
レジナルド卿は、私の手の中の『魔核』を、畏敬の念で見つめた。
「あなたは、我が国の『剣』や『盾』ではない。……『魔王の瘴気』さえも『癒し』に変える、王国の……いえ、この世界の『希望』そのものだ」
彼は、王都のギルド本部に到着すると、私たちに丁重な別れを告げ、すぐに王城へと向かっていった。
『アルテミス』が、王国とエルフ族との『断交』の危機を救い、『魔王の瘴気』の『浄化法』を発見した、と。
Sランクの功績として、王家に「報告」するために。
「――Sランク任務、『エルフの森への使者団護衛』、完了しました」
私たちが、王都ギルド本部のカウンターに、フィン様のサインが入った任務完了報告書を提出すると、ギルドホールが、三度、静寂に包まれた。
数日前、『タンク・ブレイカー』をクリアした時は、「畏怖」と「警戒」の視線だった。
だが、今は、違う。
Sランク掲示板の、あの『外交任務』を、無傷で、成功させて、帰還した。
その事実は、王都のAランク冒険者たちに、理解不能な「衝撃」を与えていた。
「……おい。『交渉』だけで、エルフの森から、生きて帰ってきた……?」
「馬鹿な。あそこの連中は、人間の子を、虫ケラ同然に……」
「『天秤の魔女』……。あいつは、『力』だけじゃなく、『交渉』まで、規格外なのか……」
私たちは、その視線を背中に受けながら、ギルドを後にした。
Aランクパーティー『アルテミス』の名は、もはや、王都の「最強ルーキー」という枠を超え、Sランクパーティーに次ぐ、「特異点」として、認識され始めていた。
そして、私たちは、再び、あの『ボルカン工房』の、重い鉄の扉の前に立っていた。
ガレンさんが、採取してきた『ミスリル銀鋼』の袋と、私の持つ『世界樹の魔核』を、確認し、扉を叩く。
「――ウルセェ!! 『森』の匂いがプンプンしやがる! 『鉄』の覚悟がねえ奴は、帰んな!」
いつもの、地響きのような怒声。
「『試練』の、二つ目を、持って帰ってきたぞ! ボルカン師!」
ガレンさんが、迷いなく、怒鳴り返した。
ガシャアン! と、扉が開く。
ボルカン師は、炉の炎を背に、汗だくで、巨大なハンマーを肩に担いでいた。
「……フン。Aランクの小僧ども。……『地竜』からは、逃げたか」
彼は、私たちが『世界樹』を選んだことを、そう、嘲笑った。
「ああ。逃げた」
ガレンさんは、その挑発に、乗らなかった。
「今の俺の『盾』では、『地竜』には勝てん。……だから、あんたの言う通り、『調整弁』を、先に、手に入れてきた」
ガレンさんは、『ミスリル銀鋼』の袋を、工房の床に置いた。
そして、私が、その隣に、『世界樹の魔核』を、そっと、置いた。
「……」
ボルカン師の、地響きのような動きが、止まった。
彼は、その『魔核』を、見た。
彼は、その『魔核』に宿る、神聖な、黄金色の『光』と、世界樹の『意志』を、感じ取った。
「……馬鹿、者が……」
ボルカン師は、ハンマーを取り落としそうになるほど、激しく、狼狽した。
「お、お前たち……。これを……これを、どうやって……」
「『交渉』です」
私が、答えた。
「……『交渉』だと?」
「エルフの森は、『魔王の瘴気』に、侵されていました」
「……なんだと!?」
「私は、私の『進化魔法』で、その『瘴気』を、『癒し』の力に『変換』しました。……『世界樹』は、その『礼』として、これを、私たちに……」
「……『瘴気』を、『癒し』に、『変換』……?」
ボルカン師は、その『魔核』を、まるで、恐ろしいものでも見るかのように、後ずさった。
そして、次の瞬間。
「――カッカッカッカッカ!!!!」
彼は、腹を抱えて、工房中に響き渡る、大声で、笑い出した。
「面白い! 面白いぞ、小娘! ガレン! お前たちは、俺の想像を、遥かに、超えてきやがった!」
「……?」
「『調整弁』! そうか、『世界樹』は、これを、そう呼んだか!」
ボルカン師は、ヒビが入った、あの『黒曜の心臓』を、炉の横から、蹴飛ばすように、私たちの前に転がした。
「ガレン! 『試練』は、まだ、一つ、残っている!」
「ああ。分かっている。『地竜』だ。……だが、ボルカン師。この『盾』は、もう……」
「だから、だ!」
ボルカン師は、床に転がった『ミスリル銀鋼』の原石と、『世界樹の魔核』を、その巨大な両手で、掴み上げた。
「お前たちが、二つの『試練』を、クリアした『証』だ。……こいつらを、お前の、その『失敗作(黒曜の心臓)』に、ブチ込んでやる!」
「……!」
「『地竜』の鱗は、盾の『外面』だ。それが無ければ、Sランクの『完成品』には、ならねえ」
ボルカン師は、ヒビが入った『黒曜の心臓』を、ハンマーで叩き割った。
「ガレンさん!?」
「だがな!」
ボルカン師は、叫んだ。
「A+ランクの『試練』に挑むのに、Bランクの『鋼鉄の盾』で、行かせるほど、俺は、鬼じゃねえ!」
彼は、砕けた『黒曜の心臓』の『核』の部分を、取り出し、代わりに、私たちが持ってきた『ミスリル銀鋼』を、そこに、埋め込んだ。
そして、その上から、『世界樹の魔核』を、まるで、機械の『制御基板』のように、埋め込んでいく。
「……これは……」
ガレンさんが、息を呑む。
ヒビが入っていた盾が、ミスリルの『核』と、世界樹の『魔核』を得て、新たな『魔力回路』を、形成していく。
「Sランクの『完成品』は、まだ、作れねえ」
ボルカン師は、汗だくで、ハンマーを振り下ろし始めた。
「だが、『地竜』と、渡り合うための、『Sランク(仮)の試練用武装』。……『アルテミス専用・中間進化』の『盾』なら、今、ここで、打ってやる!」
「……!」
「『ミスリル』が、お前の『器』となり、『世界樹』が、お前の『力』を、受け止める!」
「お前たち『二人』が、揃って、初めて、Sランクの『盾』となる、専用武装だ!」
ボルカン師は、私たちを、工房から、叩き出した。
「三日だ! 三日、寝ずに打ってやる! お前たちは、その間に、王都で、『竜殺し』の『剣』でも、磨いておけ!」
ガシャアン!
扉が、閉められた。
工房の中から、今までにない、激しい、歓喜に満ちた、ハンマーの音が、響き始めた。
私たちの、最後の『試練』のための、『武器』が、今、産声を上げようとしていた。




