第4話:決別と逆恨みの序章
「……戻ってこいよ、『蒼き流星』に」
カイトの言葉に、ギルドの酒場が一瞬、水を打ったように静まり返った。
好奇の視線、嘲笑うような視線、同情するような視線が、私たちとカイトに突き刺さる。
「……本気で言ってるのか?」
レオが、呆れたように低い声を出した。
「俺たちを『無能』だ『代わりはいくらでもいる』と罵って追い出したのは、どこの誰だ?」
「そ、それは……」
カイトが狼狽える。
「ルナに唆されたというか……とにかく、間違いだった! だから戻ってこい。お前たちは、俺のパーティーにいるべきなんだ」
カイトの隣で、彼女であるはずのルナが、不満そうに頬を膨らませた。
「ちょっと、カイト! なんでアンタがそいつらに頭下げてんのよ! 魔法使いなら、この私がいれば十分でしょ!」
「うるさい、黙ってろ!」
「なっ……!」
ルナのプライドも、カイトの焦りの前では無意味だった。彼は、本気で私たちを「道具」として買い戻しに来たのだ。私たちがいないと、彼が「勇者」ではいられないことに、ようやく気づいたから。
私は、一歩前に出た。
私の隣で、ガレンさんが「ん?」と私を見下ろし、エララさんが私の肩にそっと手を置いた。二人のその仕草が、私に勇気をくれた。
「カイトさん」
「……なんだ、アリア。お前も戻りたいんだろ? 昔みたいに、俺のそばに――」
「お断りします」
私は、震えそうになる声を必死で抑え、カイトの目をまっすぐに見据えた。
「……は?」
「私は、もう『蒼き流星』のメンバーではありません。私たちは、ガレンさん、エララさんと組んだ、新しいパーティー『アルテミス』です」
内気だった私が、はっきりと反論したことに、カイトは目を見開いて固まった。
「あなたにとって、私やレオは、手柄を差し出すためだけの便利な道具だったのかもしれません。でも、この人たちは違います。ガレンさんは私の支援を『本物だ』と言ってくれた。エララさんは『足手まといではなかった』と、認めてくれた。レオは、ずっと私を信じてくれた」
私は、新しい仲間たちを見回す。ガレンさんは重々しく頷き、エララさんは「フン」と鼻を鳴らしたが、その目は優しかった。
「私たちは、対等な仲間です。あなたの手柄のために戦う駒じゃありません。もう二度と、私たちを誘いに来ないでください」
これが、私の精一杯の決別だった。
「…………きさま」
カイトの顔が、驚愕から屈辱へ、そして憎悪へと変わっていく。
「……アリア。俺に恥をかかせたな?」
「恥?」
「そうだ! 俺は! この街の勇者、カイトだぞ! その俺が、わざわざ頭を下げてやったのに……! それを無下にしやがって!」
カイトが剣の柄に手をかけた。
その瞬間、彼と私の間に、鋼鉄の壁が割り込んだ。
「それ以上はやめておけ、小僧」
ガレンさんが、巨大な塔盾を背負ったまま、カイトの前に立ちはだかった。
「アリアは、俺たちのパーティーの魔法使いだ。……勇者様だか何だか知らんが、俺たちの仲間に手を出すなら、この『鉄壁のガレン』が相手になろう」
「っ……!」
ガレンさんの威圧感に、カイトはたじろぐ。
「勇者であるこの俺に逆らう気か!」
「逆らうも何も、筋が通っていないのはお前の方だろう」
エララさんも冷たく言い放つ。
「自分の都合で追い出しておいて、自分の都合で戻ってこい? おまけに、断られたら逆ギレか。……見苦しいわね」
「ぐ……! お、覚えてろよ!」
ガレンさんとエララさんという、高名なBランク冒険者二人に睨まれ、カイトは捨て台詞を吐いてギルドから逃げ出すしかなかった。
ルナが慌てて彼を追いかけ、サラとミナが、気まずそうに私たちに一度頭を下げてから、後を追っていった。
「……ありがとうございました、ガレンさん、エララさん」
「気にするな。仲間を守るのは当然だ」
「それにしても」
とエララさんが腕を組む。
「あれが『蒼き流星』のリーダーね。噂以上に……子供だったわ」
私たちは、改めてBランクの掲示板に向き直った。
「さて、気を取り直そう。次の依頼だが……これだ。『ミノタウロスの迷宮調査』。B+ランク。奥で未確認の魔力反応があるらしい」
「B+……やりごたえがありそうだな」
とレオが笑う。
「はい! 私、頑張ります!」
私たちが新しい、より困難な依頼に目を輝かせている頃。
ギルドから飛び出したカイトは、路地裏の壁を殴りつけていた。
「クソッ! クソッ! クソッ! あの女、アリアのくせに! 俺に逆らいやがって!」
「そうよ! なによあいつ! ガレンとかエララとか、ベテランに媚び売っちゃって!」
ルナが甲高い声で怒りを煽る。
カイトの頭の中では、アリアにきっぱりと拒絶されたこと、ギルド中の冒険者に笑われたこと、そして何より、自分(勇者)よりアリア(無能)の方が強いパーティーにいるという事実が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
(全部あいつらのせいだ)
(あいつらが俺を裏切ったからだ)
(俺が笑いものになったのは、アリアが俺に恥をかかせたからだ)
理不尽な怒り――「逆恨み」が、カイトの心を支配した。
「許さない……絶対に、許さないぞ、アリア……レオ……!」
「ねえ、カイト」
ルナが、悪魔のように囁いた。
「あいつら、さっきギルドでB+の依頼、受けてなかった? 『ミノタウロスの迷宮』の」
「……!」
「あんな難易度の高い迷宮、あいつらだって万全じゃないはずよ。……もし、迷宮の奥で、私たちが『偶然』あいつらに出会って……『事故』が起きたら?」
「……事故、だと?」
「例えば、あいつらがミノタウロスに襲われてる時に、私たちが『間違って』退路を塞ぐような岩雪崩の魔法を撃っちゃうとか」
ルナは、残酷な笑みを浮かべた。
カイトの目にも、暗い光が宿る。
「……そうか。そうだな。迷宮での事故は、日常茶飯事だ」
彼らはもはや、「勇者パーティー」ではなかった。
自分たちの凋落を仲間のせいにし、かつての仲間に復讐を企む、ただの犯罪者集団に成り下がろうとしていた。




