タイトル未定2025/10/25 19:15
第32話:伝説の工房と「器」の試練
王都ラディアンスでの、最初の夜が明けた。
私たちが泊まったのは、王都でも最高級と名高い宿『白獅子の寝床』。Sランクパーティー『紅蓮の獅子』からの「迷惑料(口止め料?)」が、ギルドマスター経由で振り込まれたおかげで、私たちは初めて、貴族のような豪奢なベッドで眠ることができた。
「……すげえ。昨日の夜、あんなに疲れてたのに、魔力も体力も、全快どころか溢れそうだ」
レオが、ベッドのスプリングを確かめるように飛び跳ねている。
「当然よ」
エララさんが、窓から王都の朝の景色を見下ろしながら、髪を整えている。
「結界術が施された、最高級の宿よ。一泊の値段も、私たちがいた街の宿の一ヶ月分でしょうけど」
Aランクパーティーとしての、新しい日常。
私たちは、まず、王都の冒険者ギルド『本部』へと向かった。
私たちの故郷のギルド支部とは比べ物にならない、神殿のような巨大な建物。行き交う冒険者たちも、その装備からして「格」が違った。
「Aランクパーティー、『アルテミス』様ですね。お待ちしておりました」
カウンターの受付嬢の態度は、ヴァレリウス監査官がいた頃とは天と地ほども違い、私たちを「英雄」として扱ってくれた。
私たちは、まず『大森林』で得たAランク魔獣の素材(ジャガー、オーク、コカトリス)を換金し、そして、馬車の荷台でぐったりしていた『赤髭のバルガス』を、賞金首として引き渡した。
「B+ランクの賞金首を、生け捕り、ですか……」
ギルド職員が、手配書とバルガスの顔を見比べ、ゴクリと唾を飲んだ。
「……さすが、『紅蓮の獅子』様が、一目置かれたパーティーだ」
私たちのAランクとしての「実績」は、この王都本部でも、完璧な形で受理された。
ギルドホールで、私たちは今後の行動方針を話し合った。
「よし」
ガレンさんが、気合を入れ直すように、自分の両拳を打ち合わせた。
「レオ、エララ。俺とアリアは、例の『ボルカン工房』へ向かう。俺の『盾』の問題を、解決する」
「分かった」
レオが、双剣の柄を叩いた。
「俺も、エララさんと『王都訓練場』に行ってみる。Sランクの連中と戦うには、俺たちの『剣』は、まだ軽すぎるからな」
「ええ」
エララさんも頷く。
「Sランクの『技術』が、どんなものか。この目で確かめておかないと」
こうして、私たちは、王都で初めて、二手に分かれて行動することになった。
王都鍛冶区。
そこは、街の他の区画とは違い、絶え間なく響く金属音と、地響きのような熱気に包まれていた。
『ボルカン工房』は、その一等地で、ひときわ巨大な煙突から、真っ赤な炎を噴き上げていた。
「……ここか」
ガレンさんが、緊張した面持ちで、工房の巨大な鉄の扉を見上げる。
私が、恐る恐る扉をノックしようとした、その時。
「――何の用だ!! 鉄の匂いがしねえ奴は、帰んな!」
扉の奥から、地響きのような、怒声が飛んできた。
Sランクの聖騎士ライオスにすら一歩も引かなかったガレンさんが、その「声」だけで、一瞬、たじろいだ。
「Aランクパーティー『アルテミス』の、ガレンと申します! 『紅蓮の獅子』のライオス様より、推薦状を……」
「ライオスだと!?」
ガシャアン! と凄まじい音を立てて、鉄の扉が内側から開かれた。
そこに立っていたのは、人間(私)の二倍はあろうかという、とんでもない筋肉に包まれた、ドワーフの老人だった。
炎のように逆立った赤い髭、額に巻いた手ぬぐい、そして、その手に握られた、もはや武器としか思えない巨大な鍛冶槌。
彼こそが、この工房の主、ボルカン師。
「ライオスの小僧が、また面倒事を寄越しやがったか!」
ボルカン師は、ガレンさんを、頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように睨みつけた。
「……フン。Aランクのタンク、か。なるほど、確かに、鍛え上げられた『器』だ。だが、その背中……『呪物』の匂いがするぞ」
「!?」
ガレンさんが、馬車に置いてきたはずの『黒曜の心臓』のことを、言い当てられて驚く。
「あの『失敗作』の盾か。あれを、お前が使っているのか。……馬鹿な奴だ。あれは、ただ『食う』だけだ。使用者の生命力を吸い尽くして、ただ硬いだけの『棺桶』だ」
「……それでも、あれがなければ、俺の仲間は守れなかった」
ガレンさんは、ボルカン師の威圧に怯まず、まっすぐに言い返した。
「……ケッ」
ボルカン師は、つまらなそうに鼻を鳴らすと、ガレンさんから推薦状と、ライオスに砕かれた『魔鋼鉄の塔盾』の破片を受け取った。
彼は、その破片を、まるで果物でも味わうかのように、舌の上で転がし、そして、ペッ、と吐き捨てた。
「……なるほどな。ライオスの小僧の『聖光撃』の味がする。……よく、生きていたな、お前」
「……」
「ライオスは、お前に『新しい相棒』を、と書いてきた。……だが、断る」
「なっ!?」
「俺の打つ武具は、Sランクだ。Sランクの『脅威』と戦うためのもんだ。お前のような、Aランクに、呪われた盾(失敗作)で、ようやくAランクの魔獣と渡り合ってるような『半人前』に、俺の『最高傑作』は、持てん」
ボルカン師は、私たちに背を向け、工房に戻ろうとした。
「待ってください!」
私が、思わず叫んでいた。
「ガレンさんは、半人前じゃありません!」
「……なんだ、小娘」
ボルカン師が、私を睨みつける。
「ガレンさんは、Sランクの聖騎士、ライオスさんの『聖光撃』を、盾なしで、無傷で、受け止めたんです!」
「……なに?」
ボルカン師の、地響きのような動きが、ピタリと止まった。
「それは、私が『支援魔法』をかけたからです。でも、私のSランク級の『支援』に、耐えられる『器』がなければ、ガレンさんは死んでいました!」
私は、必死で訴えた。
「私たちは、王都に来たんです! ガレンさんは、私の『支援』に、Sランクの『危機』に、耐えられる、最高の『盾』を手に入れるために!」
「…………」
ボルカン師は、黙って、私とガレンさんを交互に見た。
彼の視線は、私の魔力の「質」と、ガレンさんの「覚悟」を、同時に鑑定しているようだった。
「……フン。そういうことか」
彼は、工房の奥を指さした。
「Sランクの支援魔術師と、Sランクの攻撃に耐えたタンク(器)。……ライオスの小僧が、俺に推薦状を寄越した、本当の意味が、やっと分かったわい」
ボルカン師は、巨大な鍛冶槌を、肩に担ぎ直した。
「……いいだろう。お前の『器(から*だ)』と、その小娘の『魔力』。その二つが『合わさる』ことを前提とした、お前たち『専用』の盾を、打ってやる」
「……!」
ガレンさんが、顔を輝かせた。
「だがな」
ボルカン師は、意地の悪い笑みを浮かべた。
「Sランクの武具だ。素材も、Sランクのものが必要になる。……王都のギルド本部で、Aランクの掲示板を、よく見てみるんだな」
「……?」
「Sランクの素材は、時々、Sランクパーティーが『面倒くさい』と言って、Aランクの『お下がり』として、依頼が出ることがある」
ボルカン師は、私たちに、一枚の羊皮紙(素材リスト)を叩きつけた。
「『地竜の逆鱗』、『ミスリル銀鋼』、『世界樹の魔核』……。これを、全部、揃えて持ってこい」
「……」
それは、どれも、Aランクパーティーが、命がけで挑まなければならない、超高難易度の素材ばかりだった。
「それが、お前の『器』が、俺の『最高傑作』にふさわしいかどうかの、最後の『試練』だ。……さっさと行け! 俺は、炉の火を、最高に温めて、待っててやる!」
ボルカン師は、鉄の扉を、轟音と共に閉めた。
私たちは、顔を見合わせた。
王都での、私たちの「成長」への道筋が、今、明確に示された。
それは、私たちがAランクパーティー『アルテミス』として、Sランク級の『試練』に、挑むことだった。




