第31話:王都の門と、それぞれの「成長」
『大森林』の深い闇に、朝日が差し込み始めた。
巨木の洞で夜を明かした私たちは、数時間ぶりに、警戒を解いて外の空気を吸い込んだ。
「……おはよう、アリア。ガレンさん」
洞の入り口で、レオが欠伸を噛み殺しながら、私たちを迎えた。彼の足元には、10体を超える『シャドウ・パンサー』の魔石が転がっている。
エララさんも、長剣の手入れを終えたところだった。二人は、文字通り一睡もせず、私たちを守り抜いてくれたのだ。
「……二人とも、ありがとう」
私は、完全に回復した魔力を感じながら、深く頭を下げた。
「私、昨日の夜まで、気づいていなかった。私が『進化魔法』で強くなればなるほど、私の魔力切れが、パーティーの『弱点』になるってことに」
「アリア」
ガレンさんも、回復した体力で立ち上がりながら、レオとエララさんに向き直った。
「俺もだ。Aランクの『呪われた盾』を手に入れ、アリアの支援さえあれば、と驕っていた。だが、あのジャガーの一撃で、俺とアリアが同時に倒れれば、全てが終わる。……昨夜は、お前たち二人に、命を救われた」
ガレンさんと私は、あの夜、自分たちの「力」の限界と「脆さ」を痛感した。
そして、レオとエララさんは、その「脆さ」を、自分たちの「技術」で完璧にカバーして見せた。
「フン」
エララさんが、長剣を鞘に戻した。
「Aランクパーティーが、Aランクの魔獣に苦戦するのは当然よ。問題は、その『苦戦』をどう乗り越えるか。……『心臓』が止まっても、『盾』が砕けても、戦い続ける。それができなければ、Sランク(あのひとたち)の背中には、到底届かない」
「そういうことだ」
レオが、ニヤリと笑う。
「アリア。お前の『進化魔法』は、最強の『切り札』だ。……だがな、Aランクの雑魚相手に、いちいちジョーカーを切ってたら、魔力がいくつあっても足りねえだろ?」
「……うん」
「だから、決めた」
エララさんが、森の出口(王都)の方角を見た。
「この森を抜けるまで、『アルテミス』の戦闘序列を変更する」
エララさんの提案した新しい戦闘序列。
それは、私たちが『大森林』で生き残るための、そして「成長」するための、必然の選択だった。
第一に、私は、『進化魔法』の無闇な使用を『禁止』する。
私の役割は、カイトのパーティーにいた頃のように、「敵の妨害」と「戦場の索敵」、そして「仲間の治癒」に徹する。魔力は、あくまで温存する。
第二に、ガレンさんは、『黒曜の心臓』を、敵の「必殺技」を受ける時以外は、極力使用しない。
アリアの『身体強化』なしで、あの盾を維持することは、ガレンさんの生命力を無駄に削るだけだからだ。
ガレンさんは、予備で持っていた『鋼鉄の盾』(Bランク装備)を構え、純粋な『技術』で敵の攻撃を受け流す(パリィ)ことに集中する。
そして、第三。
パーティーの主攻撃手は、レオとエララさん、二人の『剣』が担う。
私の『進化魔法』という「ドーピング」なしで、二人の『素』のAランクの剣技と、昨夜見せた『連携』だけで、敵を仕留める。
「……つまり」
レオが、双剣を抜き放った。
「アリアとガレンさんは『防御』に徹して、俺とエララさんで、この森を『突破』するってことだな。……上等だ!」
『大森林』の踏破は、そこから、私たちの「Aランクとしての実力」を試す、過酷な『訓練』に変わった。
「来たぞ! 『オーク・ジェネラル』2体と、その護衛10体!」
レオが叫ぶ。
「ガレン、正面を!」
「応!」
ガレンさんは『呪われた盾』ではなく、Bランクの『鋼鉄の盾』を構える。
「『シールド・バッシュ』!」
オーク・ジェネラルの大斧を、盾で弾くのではなく、あえて『叩き潰す』ことで衝撃を相殺し、体勢を崩させる。
「アリア!」
「はい! 『鈍足』! 『脆弱化』!」
私は『進化魔法』ではない、懐かしい、威力の低い支援魔法を、護衛のオークたちにばら撒く。
敵の動きが、わずかに鈍る。
「その『わずか』で、十分よ!」
エララさんが、敵陣に切り込んだ。彼女は、もはや『神速』のエンチャントに頼らない。オークの攻撃を、最小限の動きで見切り、その剣は、確実に鎧の隙間だけを狙っていく。
「レオ、左翼を!」
「任せろ!」
レオも、派手な『旋風刃』のような大技は使わない。双剣の一本で敵の攻撃を『受け流し』、もう一本で『カウンター』を叩き込む。
(すごい……!)
私は、戦場の後方で、息を呑んだ。
(これが、Aランクの『技術』……!)
『エメラルド・ジャガー』戦では、私の『進化魔法』の力で、敵を強引にねじ伏せた。
だが、今、私たちのパーティーは、ガレンさんの『技術』、エララさんの『技巧』、レオの『機転』、そして私の『補助』だけで、Aランク級の群れと、互角以上に渡り合っている。
「……アリア!」
ガレンさんが叫ぶ。
「オーク・ジェネラルが、魔力解放を始めた! 多分、範囲攻撃が来る!」
(まずい、あれはBランクの盾じゃ防げない……!)
「ガレンさん、盾を!」
「応!」
ガレンさんは、Bランクの盾を捨て、背中の『黒曜の心臓』を構え直した。
「アリア! 支援を!」
「『身体強化』!!」
私が支援魔法をかけた、まさにその瞬間。
「『黒曜の心臓』、起動!!」
ガレンさんの生命力が盾に流れ込むのと、オーク・ジェネラルの突進が激突するのは、同時だった。
ドゴオオオオオン!!!
凄まじい衝撃を、漆黒の盾が、今度はガレンさんの生命力をほとんど奪うことなく、完璧に受け止めた。
「……やった」
「アリア!」
エララさんが叫ぶ。
「今、ガレンが敵意を独占した! レオ!」
「「そこだ!!」」
動きが止まった二体のジェネラルの首筋に、二人の剣が突き刺さった。
「……はぁ……はぁ……」
戦闘後、ガレンさんは、漆黒の盾を降ろした。
「……すごい。アリア。お前の『支援』のタイミングが完璧だったおかげで、盾が『起動』した瞬間に、俺の生命力が、ほとんど吸われなかった……!」
「私たちもよ」
エララさんが、頷いた。
「あなたの『鈍足』が、あのわずかな『隙』を作ってくれた。……レオ」
「ああ。アリア。お前の『支援』、カイトの時とは比べモンにならねえくらい、『正確』だぞ」
私は、自分の両手を見つめた。
(『進化魔法』だけが、私の力じゃなかったんだ)
カイトに「無能」と呼ばれながらも、必死で磨き続けてきた、あの地味な『支援魔法』こそが、Aランクの『技術』と組み合わさることで、私たちの戦いを、より強固なものにしていた。
その後、私たちは、Aランクの『コカトリス』の群れや、『アース・ゴーレム』との遭遇戦を、新しい『連携』で乗り越え、ついに、『大森林』を突破した。
馬車で、最後の丘を越えた時。
私たちの視界に、それは飛び込んできた。
「……あれが……」
レオが、馬車の屋根で、呆然と呟いた。
「……王都、ラディアンス……」
地平線の彼方まで続く、巨大な、白い城壁。
天を突くようにそびえ立つ、王城の尖塔。
私たちがいた街とは、比べ物にならないほどの規模と、魔力の集積。
「……着いたな」
ガレンさんが、御者台で、深く息を吐いた。
私たちは、王都の巨大な正門『勇者の門』へと、馬車を進めた。
門をくぐり、王都ギルド支部に到着する。
私たちが、荷台で気絶したままの『赤髭のバルガス』と、Aランク魔獣の素材(ジャガー、オーク、コカトリス)をカウンターに叩きつけると、王都のギルド職員たちは、目を丸くした。
「Aランクパーティー、『アルテミス』の皆様ですね!?」
職員の態度は、ヴァレリウスが来た時とは、天と地ほども違っていた。
「Sランクパーティー『紅蓮の獅子』様より、話は伺っております! マルクス伯爵の件、そして、皆様のAランク昇格の件も!」
『紅蓮の獅子』の「監査結果」は、すでに王都のギルド本部を動かし、私たちの「名誉」は、完全に回復していた。
「……では」
ガレンさんが、カウンターに、あの推薦状を置いた。
「『ボルカン工房』への、取り次ぎをお願いしたい」
「こ、これは……! ライオス様直筆の推薦状!」
職員の顔が、さらに青くなる。
「アリア」
エララさんが、王都の喧騒に包まれながら、私に微笑んだ。
「今夜は、一番高い宿で、ゆっくり休みましょう。……明日から、私たちの『本当の戦い』が始まるわ」
ガレンさんは、最高の「盾」を。
エララさんとレオは、最高の「剣」を。
そして私は、この王都で、Sランク級の支援術師が、本当に「為すべきこと」を。
私たちは、それぞれの「成長」を胸に、王都での第一歩を、踏み出した。




